受け継がれし「G」の名




「そこの君!ここで何をしている!」



背後から聞こえた声に振り返った健が見たもの、それは今最も健が出会いたくなかった人物・・・自衛隊の隊員だった。
健は男に気を取られ、完全に油断していたのだ。



「え、えっと・・・」
「ここは関係者以外の立ち入りは禁止されている区域だ!君は我々に許可を取ってここにいるのか?」
「そ、それは・・・」



予想だにしなかった相手に狼狽え、まるで敵陣の兵士が降伏しているかの様に両手を上げる健。
適当に返事をしてゆっくり後ろを確認すると、既に男はいなくなっていた。



――あのおっさん、いなくなってら・・・


「目を逸らすな!ちゃんと質問に答えるんだ!」
「・・・ちょっとすみませんけど・・・!」



そう言うと健は一気に隊員の前に近付き、隊員の顔の前で思いっきり手を叩いた。
所謂「猫騙し」だ。



「っ・・・!」
「それじゃあ失礼しますよっと!」



不意打ちに放った猫騙しに隊員が目を瞑った隙に健は隊員の横をすり抜け、上手く逃げ出した。
隊員がそれに気付いて振り向いた時にはもう健は全力で逃走しており、健の足の早さも相まってとても追い付けない距離だった。



「君!待ちなさい!止まって話を・・・」



隊員の制止もひたすら逃げ続ける健には通じず、健の姿は段々と見えなくなっていく。
隊員は逃した不審者を見ながら悔しい表情を見せるが、すぐに無線を取り出すと仲間に連絡を入れる。



「こちらB‐4地区。許可無く侵入した不審者を発見。不審者は中学生と思われる少年で、C地区へ向かって逃走中。至急応援願う。」





「くそ、結構増えてきやがったな・・・」



隊員が呼び寄せた別斑の仲間はすぐに健が向かった地区に駆け付け、少しずつだが健を追い込んで行く。
健も持ち前の土地勘で隊員の追手をかわしていくが、昨日のマジロスによる町の破壊、町並みの変化も合わさり、健は徐々に逃げ道を失ってしまっていた。



「ってか、昨日デカブツが暴れ回ったせいで町がぐっちゃぐちゃじゃねぇか・・・!」
「いたぞ!こっちだ!」
「やべっ・・・」



遠くから聞こえて来る隊員の掛け声に急いで健は辛うじて原型を留めている建物の壁際に逃れるが、今度は右側から隊員の声が聞こえて来た。



「待て!逃がさんぞ!」
「うっ!」



健は条件反射的に反対側へ逃れようとするも、数歩進んで走り出す前に足を止めた。



「そっちだ!追え!」



そう、進もうとした反対側からも隊員の声が聞こえて来たのだ。
正面には瓦礫の山のみであり、健は完全に逃げ場を失ってしまった。



「ちっ、逃げ場無しかよ・・・!」



絶対絶命なこの状況に唇を噛む健。
このままお縄に付くしか無いのか・・・と諦めの感情が健の頭をよぎる。
しかし、そんな健の手を背後から何者かが掴んだ。



「こっちだ!」
「へっ!?」



驚く間も無く健は手に引っ張られ、健の後ろにあった壁の割れ目へと引き込まれた。
割れ目は丁度人が入れる程度の大きさで、その先には瓦礫だらけになった建物の一室があった。



「ここは・・・?」
「話は後だ。あいつらから逃げたいんだろ?だったら黙ってこの俺に着いて来てくれ。」



そう言いながら健の手を引っ張り続けていたのは茶色い短髪の男だった。
一見するとその髪や白い半袖のシャツと言うラフな格好から高校生に見えたが、よく見るとその体付きは確実に成人過ぎである事が分かる。



「ここから外に出れる。出たらすぐ左に行くぞ。」
「は、はい。」



男に言われるがまま健は違う割れ目からビルの外に出ると、男と共に左へ向かって走った。
先程健が見た時には瓦礫の山にしか見えなかった所だが、いざ来てみると不思議な事に瓦礫が丁度左方向へ行ける道を作っていた。



「こんな道が・・・」
「ボサっとしてたら捕まっちまうぞ?また俺が引っ張ってやろうか?」
「いや、走れます!走る事は得意なんで!」
「そうか、だったら安心だな!」





こうして男と逃走を続けた健は途中何度か隊員に見付かりつつも、男の巧みな誘導のお陰で決して捕まる事は無く、無事に郊外の林の入口まで逃げ切る事が出来た。
全力で走り続けた2人は近くの木に手を置き、呼吸を整える。



「ふーっ・・・何とか、逃げ切ったぜ・・・」
「お前・・・中学生くらいなのに無茶苦茶体力あるなぁ・・・」
「へへっ、体力はありますんで・・・それで、なんでここらじゃ見かけないあんたがあんなに町の事を・・・?」
「誰にも秘密だぜ?実は今日の朝5時にこっそりここへ来て、一通り町全体を見ておいていたのさ・・・」
「朝の5時!?そんな前からここへ!?」
「ジャーナリストとして取材場所の下見をしてたんだよ。こういうのは早い方がいいからな。でもあれだけ騒ぎ起こしてたら、やっぱ取材は無理だろうなぁ・・・こりゃ後でデスクに怒られるな・・・」
「あ、あの、あんたってジャーナリスト?」
「ああ、紹介を忘れてたな。俺は志真。日東新聞の志真哲平だ。」



志真と名乗ったその男はズボンの名刺入れから名刺を取り出すと、健に差し出す。
名刺を見る限り、ジャーナリストであるのは本当のようだ。



「とりあえずジャーナリストなのは分かりましたけど、何であんたが俺を・・・?」
「いやぁ、時間あったからお前の事を観察してたんだけど、見る限り悪い奴じゃなさそうって思ったんだ。何か大切な物を探してたみたいな、そんな感じがしてな。」
「・・・見てるだけで、そんな所まで・・・」
「まっ、ジャーナリストの勘ってやつさ。じゃあ俺はそろそろ宿舎に帰るから、お前もとりあえず家に帰れよ。あっ、あと新聞を取るなら真実と信頼がモットーの日東新聞を宜しくな。」



そう言うと志真は振り向きざまに健に手を振り、何処かへと去っていった。



「日東新聞か・・・母さんに相談してみっかな。よし、もう一回あそこに突撃・・・は流石にできねぇよなぁ・・・」



目的が達成出来なかった事に肩を落とし、渋々健は鈍い足で病院へと帰った。



――しかし何だったんだろ、あのおっさん・・・
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