受け継がれし「G」の名




こうして青木家を出た健は一馬と梓の話を思い出しつつ、家に帰る為に畦道を歩いていた。



「しかし凄い話だったな・・・よく翼も普通に聞いてられるぜ・・・」


――・・・でも、ゴジラにも人間みたいな感情があったんだなぁ・・・
さて、これから何すっかな・・・あっ、そうだ!確か家にカレー豆が!



カレー豆とはこの弥彦村の名物土産の一つであり、名前の通り空豆を油で揚げてカレー粉をまぶした物である。
健はこれが大好物で、家には必ずカレー豆が一袋置いてある程だ。



「よし!さっさと帰ってカレー豆でも食うか!」



急にやる気が沸いてきた健は地面にしゃがんでまたクラウチングスタートの体勢を取ると、一気に走り始めた。
例えるなら、吹き抜ける風の様に走る健は人々や家を追い抜かしながら自宅へと向かう。



――カレー豆、カレー豆・・・!



しばらくしてまた住宅地に差し掛かった頃、少し先から大型のトラックが来るのが見えた。
健はすぐ道路の右側へ寄ろうとしたが、そこにはボール遊びをしていた女の子がおり、やはり左側に寄る事にした。
が、健の目に飛び込んで来たのは弾んでいたボールが道路の中央へ飛び、思わずトラックが迫っている事も分からずにボールを追ってしまう女の子の姿だった。



「危ねぇ!」



健はすかさず停止して体の方向を転換させると、トラックを横切ろうとする女の子へ向かって飛び込み、女の子を抱えて道路の外へ突っ込んだ。
健自身は壁にぶつかって背中を強打してしまったが、そのお陰で女の子は無事だった。
トラックの方も凄まじい擦れ音を立てて急停止し、運転席からドライバーの男が出てくる。



「だ、大丈夫かぁ!?」
「な、なんとか・・・」
「ふう、無事で何よりだ・・・しかし兄ちゃん、凄い事すんなぁ。」
「俺・・・無茶な野郎っすから。よいしょっと・・・」



健はドライバーに無事を示す様にゆっくりと立ち上がり、服に付いた砂を手で払うとしゃがみ込んで突然の出来事に目を瞑りながら顔を両手で塞いでいる女の子に話し掛ける。



「おい、もう大丈夫だぞ。」
「う、うん・・・」
「ったく、トラック来てんのに道路の真ん中に突っ込むんじゃねぇぞ。今度からボール遊びは公園でな。」
「わ、分かった・・・」
「嬢ちゃん、君のボールはこれかい?」
「あっ、ボール!ありがとう、おじちゃん!」
「今度道路で遊ぶ時は、周りに気をつけろよ。」
「うん。お兄ちゃんもありがとう!」



女の子は健とドライバーに一礼すると、ボールを大切そうに抱えてトラックと反対の方向へ走って行った。
ドライバーもまたトラックへと戻り、運転席のドアを開ける。



「いやぁ兄ちゃん、なんか久々にヒーローを見た感じだよ。最近、こんな勇敢な若者は見ないからねぇ。」
「そんな事無いっすよ。俺は只の喧嘩好きな中学生。この村のとんだ厄介者さ。」
「ふぅん。でもわしには兄ちゃんみたいなのが、もっと必要だと思うぜ。それじゃあ、いい夢見ろよ。」



そう言うとドライバーは健にサムズアップをし、運転席に入ってドアを閉めるとトラックのエンジンを吹かして去って行った。



「・・・ふう、腕すりむいちまった。まぁ怪我なんて別に慣れてっし、早く家に・・・」
「君、凄いね。」



と、その時健の後ろから現れたのは健と同年輩であろう顔立ちをした青年・・・将治だった。
昨晩寮を出た彼は飛行機の深夜便に乗って新潟に向かい、ここ弥彦村にしばらくの間「旅行」と言う形で駐在する事にしていたのだ。



「誰だ、お前。」
「僕は通りすがりの観光客さ。偶然ここを通っていたらトラックに牽かれそうな女の子が見えて、それから女の子を助けた君が見えた。一歩間違えれば自分も牽かれる所だったのに、本当に無茶な事を・・・」
「別にそんな事なら慣れてるからな。それより見てたんならお前は女の子を助けようとか、警察呼ぼうとか思わなかったのかよ。」
「何故そんな事を?その子がトラックに牽かれるのは周りも見ずに飛び出したその子の責任。わざわざ命を捨ててまで助ける必要なんてない。」
「何だと?じゃあお前は全部あの子が悪いって言いてぇのか?そんな事考えてる余裕あったらな、少しは助けに行くとかしやがれ!」
「分からない人だな。そんな些細な事で自分の命を捨ててどうするのさ。交通事故なんて乗り物が産まれた時点で必然的に起こるもの、つまり無くならないものなんだ。被害者にしろ被疑者にしろ、事故が起こるのはどちらかが注意すると言う過程を怠った結果。元々第三者が関わる必要なんてないんだ。」
「・・・そんな事、俺には関係ねぇよ・・・!」
「まあ、もう君と関わる事は無いかもしれないし、この忠告をどうするかは君次第。君が余計な事に首を突っ込んでしっぺ返しを受けようが僕には無関係だしね。じゃあ、せいぜい命を無駄にしないようにしなよ。」



そう言い残し、将治は軽く手を振って健の前から去った。
自分を全否定された健は拳を強く握り締め、心の底から沸き立つ行き場の無いモヤモヤに苛立つ事しか出来なかった。



――・・・さて、Xデーは明日かな。
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