受け継がれし「G」の名
翌日、弥彦中学校。
授業も終わり、健と翼は帰路に着いていた。
通る人々は健を見るや顔を背けるが、その光景に慣れている健は全く気にしていない様子だ。
「はぁ、面倒臭ぇ・・・」
「兄貴、どうかしたんっすか?」
「今日やっと数学の課題終わらしたと思ったら、今度は国語の時間に作文の課題が出やがってさ、それがまた凄く面倒臭ぇ感じなんだよ・・・」
「なんすか?その課題って?」
「『ゴジラの歴史を調べ、どう思ったかを八百字以内で纏めよ。』・・・俺、作文が一番好きじゃねぇのに・・・ってか、ゴジラってどんだけ昔の話なんだって・・・」
健はため息を付きながら翼に愚痴を漏らすが、翼は少し深刻な顔付きをしている。
「これじゃあフォレストファンタジーもできや・・・おい、どうした?」
「・・・おれっち、基本的に兄貴の言う事が全てなんすけど、これだけはちょっと・・・」
「何だよ、お前ってゴジラオタクだったのか?」
「そう・・・なんっすかね・・・兄貴、少しおれっちの話に付き合ってくれるっすか?」
「んっ?別にいいぜ。」
「あざっす。じゃあ、兄貴だけに話すっす。」
翼は少し躊躇い気味に顔を下げていたが、意を決して顔を上げると健と目線を合わせ、静かに口を開いた。
「信じてもらえないかもしれないっすけど、実はおれっちの両親・・・一度ゴジラと関わった事があるんっす。」
「ゴジラと?」
「どっちも15年も昔なんすけど、親父はかつて対ゴジラ組織だったG対策センターや『Gフォース』に一時期勤めてた事があって、ゴジラを倒す為の兵器を作ったり乗ってたりしてたんっす。」
「えっ、あの翼竜大好きな親父さんが!?」
「お袋なんか京都の国立生命科学研究所に勤めてた時にあのゴジラの子供、ベビーゴジラを育ててたんっす。」
「嘘だろ・・・!?あの優しいお袋さんがゴジラの子供を!?」
あまりに突然でかつ、衝撃的過ぎる翼の言葉に健は目眩にも近い感覚を覚える。
「やっぱ・・・信じられないっすよね・・・」
「いや、ちょっと待ってくれ・・・今、思考回路を何とかして・・・」
「兄貴・・・?」
「・・・・・・よし、大丈夫だ。お前の言う事は分かった。俺は疑わねぇから安心しろ。」
「さっすが兄貴!やっぱ兄貴は最高っす!」
「それで、少し頼みがあるんだけどよ・・・」
「どうかしたんっすか?あっ、フォレストファンタジーなら学校の行きに押さえといたっすよ!」
「いや、それじゃねぇんだ・・・書いてくれ。」
「へっ?」
「俺の代わりに、作文書いてくれよ。ほら、お前ゴジラについてよく知ってんだろ?だったら楽勝じゃんか。」
健の脳裏には、二つ返事で作文を請け負ってくれる翼の姿があった。
しかし、翼の返事は健のその甘い予想を大きく覆すものであった。
「・・・無理っす。」
「えっ?」
「いくら兄貴の命令でも、それだけは無理っす。」
「何でだよ、お前だったら書けんだろ?」
「とにかく、無理っす。これだけは無理なんす。じゃあ、失礼するっす・・・!」
「お、おい!」
健が止める間も無く、言い終わった翼は走り去ってしまった。
健は翼を追い掛けようとするも、何故かその気にはならなかった。
「ったく、何だよあいつ・・・減るもんじゃねぇんだし・・・」
仕方なくまた帰路に着いた健は翼への愚痴を溢しながら畦道を歩く。
だがしばらく歩いている内、健は翼の内心を考え始めていた。
――・・・やっぱ、あいつはゴジラの事を軽く考えてた俺に怒ってたのか・・・?
ってか、絶対そうだ。あの様子はいつものあいつらしくねぇし・・・
・・・あーっ!俺ってほんと、デリカシーがねぇよなぁ・・・
むしろ流行りの『KY』ってやつか・・・
健は激しく頭を掻き、自分がしてしまった過ちを後悔する。
そして健は感情に任せて横に生えていた木の幹を殴って揺らすとその拳を更に固く握り締め、家に帰って行った。
夕刻、桐城家の台所では夕食が始まっていた。
テーブルの中心には健の好物である唐揚げが山の様に積まれており、健の前には大盛りのお碗に入ったご飯と味噌汁、美歌と和美の前には普通の大きさのお碗に入ったご飯と味噌汁が置いてある。
これだけならいつもと変わらず、山盛りの唐揚げも大盛りのご飯と味噌汁も健ならすぐ平らげてしまうのだが、今日は少し箸が遅い。
「健、今日はちょっとご飯を食べるのが遅いみたいだけど、どうしたの?」
「い、いや、そんな事ねぇぜ?」
「うそ、いつものたけにぃならもう食べ終わってるもん。たけにぃの事だから、学校で何かあったんでしょ?」
「なっ、何でもねぇってほんとに。今日はあんま腹が減ってねぇだけなんだ!ごちそうさま!」
「健・・・?」
「そうだ母さん、風呂は沸いてるか?」
「お風呂ならもう沸いてると思うけど、今日は早いのね・・・?」
「何か今日汗掻いちまってさ、さっぱりしてぇんだ!じゃあ入るわ!」
そう言うと健はそそくさと台所を出ていったが、明らかに健が動揺している事は美歌と和美に筒抜けだった。
「健、何か学校であったのかしら・・・?」
「隠してるつもりみたいだけど、全然バレバレだよね。」
「そうねぇ・・・健の事だから、私達に心配を掛けたくないのかもしれないわね。どうしてもって時は相談してくるでしょうし、今はそっとしておきましょうか。」
「うん。」
入浴を終えた健は二階にある自分の部屋にいた。
端に置かれたサンドバック、ゲームや攻略本や参考書が乱雑に散らばった部屋の一角で、健は学校から渡された数枚の作文用紙を見ている。
「やっぱ面倒臭ぇ・・・でも、これだけはやらないといけねぇよな・・・」
――そうだ、明日は絶対あいつに謝りに行こう。
フォレストファンタジーなんて言ってる場合じゃねぇ。絆は、簡単に取り戻せねぇんだ・・・
健は傍にある机に作文用紙を置くとベッドに横たわり、眠りに着いた。