「G」vsディアボロス


〈改善後新時間軸②〉


「じゃぁ、これから私はもう一仕事してくるわね」

 格納庫で一人目の亜弥香は睦海に告げると手元の装置を操作し、タイムスリップした。最後に何か物言いたげな顔をしていたが、それは次の亜弥香から伝えられるだろう。
 左手首に付けた腕時計型端末で時間を確認する。その薬指には先日受け取った婚約指輪の宝石が輝く。送った当人は半年前から蓄えた報酬が一瞬で指輪に化けたことで魂が抜けかけていたが。

「ふふん、紐は許さないから覚悟してらっしゃい」

 誰もいないことをいい事に天井の照明に左手を翳して宝石を輝かせながら一人、睦海は指輪に言った。

「見せつけてくれるわねぇー」
「っ!」

 まるでタイミングを合わせて転移したように現れた二人目の亜弥香がニヤニヤとして腕を組んで立っていた。
 思わず睦海は左手を隠して赤面する。

「まぁ良かったわ。色々とね。……あ、その中には貴女がそういうことをすることもあるんだって安心もあるから」
「それ、嫌味にしか聞こえないんだけど」
「そりゃ、嫌味の一つも言いたくなるでしょうが。睦海にとっては数分と経ってない時間だろうけど、私はそりゃもう大変だったのよ! しかも当初の任務でなくて、21世紀の次元転移の概念も技術も知らない相手の思い通りに動かされてたんだから」
「失礼ね。貴女の任務の後始末に協力してあげたようなものじゃない?」
「はぁ、本当にその通りだからなぁ」

 睦海の言葉に亜弥香は嘆息する。全てはこの日、この時の為に睦海が入念に準備したことと言ってよい。
 しかも、睦海の策略というよりもこれまでに起きたことの中からピンポイントで亜弥香が関わったと思われる事柄を睦海が見抜き、その亜弥香が事柄に介入する際に役立つ情報を一人目の亜弥香の持つメモリーチップに入れていたのだ。
 本日についても、偶然ではない。亜弥香に渡す資料が準備できた半年前からアンナに依頼してこの格納庫のデルスティアがロストしたら即時連絡が睦海の元に入るようにしていた。連絡を受けた睦海は約1時間半、この格納庫でデルスティアと一人目の亜弥香が戻る時を待機していた。

「まぁ、ある意味既定路線の作業を粛々と進めただけのことよ」
「種明かしされればそうだけど……。その前提になるのが、次元転移で隠密的に動いていた私の動きを見抜いていたというのがあるんですけどね!」
「でも、私自身その次元転移を経験していて、この時間軸定着の為に要所要所でお義父さん達のライフイベントに亜弥香が介入していた事実を知っていたんだから、今回の件も気づいて当然よ」
「言葉を交わした健さんなら兎も角、特に接触を警戒していた睦海に見抜かれるのが解せない」
「でも、役立ったでしょ?」
「そりゃね。答えを知ってて作ったものだとわかっていても突飛過ぎるわよ。健のアバターを最強にするプログラムなんて。まあ、開発メンバーを考えれば納得なんだけど、プログラムがまだこの時代に存在しない次世代端末に互換する仕様ってもう頭おかしいわよ」

 亜弥香が愚痴を溢す。無理もない。次世代端末が必要ということはわざわざその端末を入手する為に、数年後の未来にまで移動しているということだ。恐らくはG対の備品をこっそり借りたのだろうが、万が一市販の物を店頭に並んで購入していたとしたら、中々に滑稽な姿だ。
 しかし、次世代端末の互換は、むしろ必要なプロセスだったと言える。一つはスペックの問題だ。純粋に超ゴジラという突飛な手段に対応できるプログラムを搭載させるには、現行端末のスペックが低かった。そして、プロセス上、あの場面ではラパサナが端末へ避難しないと行けない状況であった。最も容量の大きい端末は言わずもがなGGGだったが、結果論から言えばGGGは直後に地面へ落下して壊れている。つまり、ラパサナが生存できる脱出先は健の端末のみだった。
 そして、もう一つは逆説的な話になるが、ラパサナから健の端末スペック、仕様が情報としてもたらされたことだ。当然ながら、それは数年先の端末スペックであり、現時点においてはオーパーツといえる。
 作戦終了後、所在不明になった健の端末。そして、健にその端末を渡し、ログアウト後に端末を受け取り、ラパサナを外部ネットワークへ逃がした人物。当然ながら、あの時アドノア島にいた人間の中にその女性隊員は存在しなかった。
 ここまでわかりやすいヒントがあって、亜弥香の存在を知っている睦海がプログラムを準備し、亜弥香に睦海がそれを渡し、亜弥香が持ち込み、回収したと想像しない方が難しい。

「でも、そこまでわかってて疑問はないの?」
「え? あるに決まってるわよ。でも、どう考えても貴女の立場や状況を見て、貴女が答えられる訳がないのは分かり切っているもの。そんなの聞く訳ないじゃない」
「……あぁ、ご配慮頂きありがとうございます」
「まぁ、貴女のやってきた事を考えれば私の生存ってのかしら? 私が生きて、今日まで、そしてこれからやっていくことが貴女の守りたい未来を守る為には絶対に必要な条件なんだってのはわかっているから。……それでいいんでしょ? これからも私は私のやりたい、生きたいように生きるわ」

 睦海が挑戦的な笑顔で言うと、亜弥香は苦笑して頷く。これが限界だ。だけど、彼女を前にして今更な気もする。
 彼女の残し、またこれから作り上げる実績、歴史はそれほどに重大なものだ。少なくとも亜弥香にとって、睦海は尊敬し、生存、活躍を願うべき相手なのは間違いない。色々な人の願いや思惑があってのことだが、これを運命と思わずにはいられない。だから、睦海の正体に気づいた後も、彼女や彼女を取り巻く人々の為に動けた。

「じゃあ、これを亜弥香に渡すわね」

 そういって、睦海は鞄から分厚い資料とメモリーチップを出して、亜弥香に渡した。

「何? ファイルナンバー、4?」
「私、いいえ。この時代を生きる私達から亜弥香への恩返しよ」
「恩返しって……っ! えっ! これって……」

 ファイルをめくった亜弥香の目の色が変わった。その反応を見て、睦海は満足した顔で頷く。

「これをどう使うかは貴女次第よ。だけど、例え生きる時代が違っても、私は必ず亜弥香の力になる!」
「あ、ありがとう。……うん。このバトンは確かに受け取ったわ! 約3世紀に渡るこの因縁に決着をつけるわ」

 亜弥香は睦海に力強く言い、そして睦海が見送られる中、長い任務を終えた亜弥香は22世紀の未来へと帰っていった。




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 22世紀。ゴジラが永い眠りに入り、国際連合の解散による後継連盟組織の連邦制化に伴って1世紀以上の歴史に幕を下ろしたGフォースの格納庫。今は失われつつある過去の対怪獣兵器の保存を目的とした倉庫として当時の赴きを残したまま現存していた。
 地上部のG対策センターを始めとした建築物は既に老朽化も相まって、既に当時のものは残されておらず、連邦の直轄機関の下部組織の本部が設置されている。

「こちらに居ましたか」

 格納庫の一つ、今は家主が不在となって空き家となったその空間に立つ男性に亜弥香は声をかけ、コツコツと靴音を響かせて彼に近づく。
 その男は亜弥香の上司であり、彼女にとって幼少期は父と慕った存在でもあった。スーツ姿に髭とサングラスの出立ちで、彼はズボンのポケットに両手を入れたまま近づく亜弥香に視線を向けた。

「よく見つけられたな」
「上にいなかったので、多分此処だろうと。……局長、任務報告書です」

 そう告げて、天井から注ぐ円形になった照明の中に亜弥香が立つ。局長もポケットから手を出し、ライトの下に入る。
 やけに分厚い報告書だった。

「やけに分厚いな。……ん? これは別の報告書じゃないか? ファイルナンバー、4?」
「報告書です。ご確認をお願いします」
「ん? …………! こ、これは!」

 任務報告書の下にある分厚いファイルに綴じられた報告書。それは亜弥香が睦海から受け取ったものだった。それをパラパラと捲った局長はサングラス越しでもわかるほどに目を見張って食い入るように内容を読む。
 亜弥香はその中身とそこから導き出される一つの仮説を伝え始める。

「局長、それはタイムマシン技術を開発したとされるエマーソン氏に関する資料です。ご存知の通り、起点時間軸と事案発生時間軸、及び本時間軸については相違点が二つあります。一つは、ガダンゾーアの存在。そしてもう一つが、エマーソン氏のタイムマシン実験の結果。一見、この2つはタイムマシンの成功という結果と因果関係がありますが、タイムマシン実験の失敗した起点時間軸も一度タイムマシン技術が消失した事案発生時間軸でも22世紀には技術的課題をクリアしています。そして、タイムマシン技術は当時既に現在のものと基本的な技術開発に差異がありませんでした。この二つの相違点の背景にもう一つ、タイムマシン実験の成功と失敗を分け、ガダンゾーアの出現の要因となるオリハルコンの発見の有無を分けた存在があります」

 亜弥香は淡々と説明する。
 次元転移こと、タイムマシン技術において最大の課題はこの世界、宇宙に存在する不可逆的な時間エントロピーの制御にあるというのが、亜弥香達の知る概念だ。時間軸と呼ぶ一つの歴史は宇宙そのものに存在する時間のエントロピーが作用して構成される。宇宙空間では微粒子や高重力環境ではこのエントロピーが小さく、量子論や相対性理論によって時間は変化するが、基本的に自然界ではこれが大きく、人がどんなに足掻いてもその不可逆性を乗り越えたりも、歴史を変えようとしてもすぐに修正される。このエントロピーの増大を歴史の修正力などとも呼ぶ訳だ。タイムマシン技術の鍵はこのエントロピーの増大の解析、観測、そして恣意的な誘導にある。つまり、制御下に置く事だ。
 当然人の頭脳では不可能なことであり、高度な人工知能が必要となる。故にエマーソンはタイムマシン開発と共に人工知能開発も行っていたのだ。

「I-E……。確かに、当時の技術レベルでは偶発的に生まれた高度な人工知能と解釈すべきだ。この資料にも、彼はI-E開発前に携わったM-4型アンドロイドの試作人工知能をベースにI-Eを生み出したことが調べられている。その“ヨン”と呼ばれる人工知能は偶発的に生まれたとなっている」
「えぇ。凡ゆる調査結果からも、ヨンの開発前の人工知能の技術レベルは当時の水準として考えれば高度、先進的である、という範囲でした。それが突然ヨンの開発、そこからの派生でシンギュラリティといえるI-Eが当時の前倒しされた技術レベルでも異常に高いことはその後の2046年の汎用人工知能誕生までの歴史を見れば明らかです。そして、決定的な点はこの仮説で今回の事案を考察すると、“エマーソン氏のタイムマシン実験による時間軸の変化が事案の原因とは言えない”という点です」
「……起点時間軸でもタイムマシンは作られて実験が行われていた。つまり、タイムマシンそのものでなく、タイムマシンの制御を成功させた人工知能の存在が歴史を変えた」
「はい。タイムマシンによってそれ自体が事案発生の要因だと我々に思い込ませる為のフェイクです。そのフェイクは勿論、“ヨン”という人工知能誕生への干渉とそれを偶発的なものと偽装したことを隠す為。当然ながら、これは21世紀の人間に不可能な歴史改変です」
「そのようだな。確かに、これは明確な歴史改変行為によって発生した事案と言える。局内のみでなく、機関へも報告すべきだ」
「……本当にそれだけだと思いますか? いえ、それで真実を追求できると思いますか?」

 局長は亜弥香の言葉に眉を寄せる。

「何がいいたい?」
「そもそも我々の起点とする時間軸も、23世紀人によるゴジラとキングギドラの改変によって生じたものです。この改変前の時間軸における22世紀の我々がどうだったかはわかりませんが、当時の改変に対してその時間軸上にいる筈の我々が少なくとも改変の観測、調査が一切されていない以上、少なくとも当局はこの改変によって誕生した組織と考えるべきです。そして、恐らくタイムマシンも開発段階か、開発直後で今のような時間軸の監視技術はないと推測されます」
「何が言いたい?」
「例えば、一世紀後、当局が存続していたとしても20世紀への干渉に対して動けない状況にある、または動かないということです」
「……当局が介入した場合、今時点で当局の機能にその時の対処が組み込まれているはずです。しかし、その事実はありません」
「黙認、またはクーデターに巻き込まれて動けない状態となっているか。いずれにしても時間軸上の既定に当局が介入できない事実が存在してしまっているということか。これを違えることは新たな歴史改変を生む。……そういうことだな?」
「はい。これと同じことが今回の事案では二つの点に対して言えます。一つは先の人工知能の歴史。もう一つは私の介入によって改善したこの時間軸における重要な特異点の存在です」
「……気づいたということか」
「はい。幼少の頃、局長が私に聞かせてくれた師匠の話。タイムマシン技術の存在する現在では最も高いセキュリティレベルでその正体を伏せられている存在。起点時間軸では、Gフォースが開発したデルスティアを単身で操ることのできた唯一のパイロットとして、サポートAIによる仲介システムの基礎となるレプリカントデータの提供した人物。私の記憶にプロテクトをかけたのか、それとも局長が一切名を明かさなかったからなのか、真相はわからないけれど、私はその人の正体に気づけなかった。その正体は尾形睦海。彼女がいなければシンギュラリティは生じない。彼女の存在は私達の時間軸を守る為に必要不可欠な存在だった。そして、局長、貴方にとっては母にも等しい存在。……だから、私を任務に選んだ。私なら睦海を生存させて貴方の師匠となる歴史に導くと考えたから。局長は、睦海が……任務開始前の時点で高性能アンドロイドが睦海だと気づいていて任務を指示しましたね?」
「………」
「そして、もう一つ。局長は前者の歴史改変を仕掛けた相手を知っていますね。知りつつも、局長は睦海の生存……いえ、局長の睦海との思い出を守ることを優先させて、事態の収束を図った」
「何故そう言える?」
「それが睦海を守る方法だからです。睦海は確かに時間軸にとって重大な存在です。ですが、その存在が今回の事案を発生させた者達に知られると、睦海もまたターゲットとなる可能性を孕んでいるからです。そして、その新たな歴史改変の事案は、睦海という日本人のレプリカントがシンギュラリティの誕生の礎になった事実の改変。最終的に睦海のレプリカントがシエルという国籍不明のアンドロイドとして残れば良い。その事態の阻止、それが貴方の目的です」
「……亜弥香、奴らは危険だ。そこまで気づいているならば、これ以上何もするな!」

 局長は語気を荒げた。
 しかし、亜弥香はそれを口にした。

「それでも、私達は戦うべきです。この時間軸誕生に密接に関わることで運命という歴史的不可侵領域の保護を得て暗躍を既に始めている過激思想者集団。後の地球均等環境会議と称する日本脅威思想者組織に22世紀の今から力を付けさせる必要はありません!」
「ブラボー!」
「「!」」

 突然響いた男性の声に亜弥香と局長は格納庫の入口を見た。





 


 格納庫に拍手が反響する。
 そして、拍手をしながら一人の男が天井の照明の元に姿を現した。

「ミスター……ジロー…」

 亜弥香の隣で局長が警戒心を露わに呟いた。Mr.ジローと呼ばれた男は、ワイシャツやネクタイを含めて漆黒のスーツに身を包み、髪をオールバックに整髪剤で固めた中年であった。四角い輪郭に笑顔で細めた目は一見すると仏のように見えるが、寄せた眉と笑顔の下から覗かせるギラギラした瞳、そして口の中で前歯の裏を舐める様に動かしているのがわかる口元は不気味かつ醜悪さを覗かせている。
 Mr.ジローは拍手を止め、両手を合わせたまま、二人を交互に見る。

「お二人さん、よくぞ調べたと、まずは褒めてあげましょう! あげましょう? ……いや、差し上げましょう? よくぞ調べたと褒めて差し上げてまひょ……ってぇっ! まひょーってぇ! 言っちゃってぇっ! てぇてぇてぇてぇ…………あ、これはエコーね」
「「………」」
「コホン! しかし、お前達が調べたことは我々にとって不都合な真実と言える。既に分かっていることであろうが、我々は起点時間軸において、タイムマシン技術はG対センターから再発見されたエマーソン氏の基礎理論を元に開発した訳だが、それを成したのは日本だった。タイムマシンと時間軸は、発足まもない連邦機関が管理、制御される体制としてお前達の部局が組織整備された。しかしながら、直轄する連邦機関の上層部は兎も角、現場レベルの要職はお前達、日本人が配置された。更に、タイムマシンの制御システムは日本の汎用人工知能が担う独占市場化が進んでいる。これを容認するべきではない。故に我々は本事案の工作を行ったのだ! ……ふぅ、噛まずに言えたぁ!」
「貴方も日本人じゃないの?」
「あーあーあー、それを言いましたね? 言ってしまいましたー……ねっ!」

 Mr.ジローは大きな声を張り上げ、格納庫に響かせた。
 思わず亜弥香は顔を伏せる。その威圧にその肩も小刻みに震えてしまう。
 局長が亜弥香の前に立つ。

「貴様の外見も名も全て人為的に作られた紛い物だ。アンドロイド素体を用いた代わりの体。汎用人工知能が自らの体を得て個人としての権利を獲得した当時から考えられていた話だった。人工臓器や義肢、培養皮の移植は珍しくなくなったが、その割合が元の肉体よりも大きい場合、それは何と呼ぶべきか。脳すらもレプリカントに置き換えてアンドロイド素体に切り替えた100%人工物となった者……人に近づく為に成長する肉体と寿命に相当する概念すら獲得した人工知能の方がよっぽど人間的だと思う話だ」
「ふふふっ、よくぞそこまで気づきましたね! 流石は21世紀から生きる初期型。成長する第8世代型アンドロイド、でしたか? 見事な人格形成ですね」

 Mr.ジローが再び拍手をする。対する局長は撫然としていた。
 M-8型アンドロイド、それは21世紀で最後のアンドロイド世代であり、まさに成長するアンドロイドだ。第6世代、第7世代までのアンドロイドは、最終的に人の代わり、または肉体の代わりになる存在が目的であったが、第8世代はラパサナの子孫に当たる汎用人工知能達の人権獲得を目的に開発された存在であった。人間と機械の違いを互いに認知し合わない。等しく人としての権利を有する存在として認識し合い、互いのルーツで差別をしない。
 その為に生まれた第8世代は児童から成長し、成熟する機能を有していた。力も従来型よりも非力で、損傷にも弱い。唯一、人間の肉体と異なる点は、外見的老化現象がないこと。しかしながら、経年劣化、限界年数の存在から寿命に準ずる概念を有し、それらをもって、人間は人工知能に人権を認めるに至った。
 その第8世代の初期シリーズの生き残りこそ、局長であった。

「怒っている顔も、ナイスですねー! ほらほら、ナイスですねー!」
「知らん。私はそんな事を言わん」
「確かぁ君達人工知能にも固有名を持っていたとぉ思いますぅー」
「あん?」
「えーと、えーと……」

 Mr.ジローはわざとらしく口に指を当てて考えるポーズをし、手を打った。

「そうだった。……ヨシ君?」
「その名で呼ぶなぁぁぁぁっ!」

 サングラスが割れるような語気で局長は叫んだ。

「……まぁいいでしょう。その通りですとも。この体は我々の組織によって与えられたものです。日本人の中に入り込む為に」
「何故そこまで日本人を恐れる」
「日本人に育てられた貴方に言っても無駄でしょう。幾度と繰り返された怪獣による被害を繰り返しながらも何度も復興を繰り返し、その度に軍事を含めた凡ゆる科学技術を向上させ続けた。汎用人工知能、タイムマシン技術、技術的な限界を突破するシンギュラリティを生み出すのはいつも日本だった。恐れずにいられるものか! だから、エマーソンにそれらを開発させようと仕込んだんだ! 入念に彼の生活をリサーチし、最善のタイミングでタイムマシン制御も可能にできる汎用人工知能の基礎プログラムを開発中であった第4世代の人工知能に仕込んだ。……まぁ多少の誤算は生じたが」
「誤算だと? 人類が一世紀近く歩みを止め、総人口の何割が命を奪われたと思っているんだ」
「それでも日本もかつてキングギドラの時と同様に破壊され尽くした。そして、最終的に我々の存続は約束されている! シャバデュビデュバァー……」

 両手を顔の横に広げてヒラヒラとさせる特に意味のないポーズをしてMr.ジローは、ジロリと局長を睨む。
 そのタイミングで、局長の後ろから隠れていた亜弥香が拳銃を構えて現れた。既にMr.ジローに照準は合わせている。

「茶番は終わりよ! 貴方の話はここに記録したわ!」

 拳銃を構えた亜弥香は、腕時計型の端末を付けた左腕を見せた。
 しかし、Mr.ジローは全く動じずに右手を上へ上げ、指を鳴らした。








 刹那、格納庫の天井や物影から一斉に黒服に身を包んだサングラスをかけた男達が現れ、亜弥香と局長を取り囲んだ。
 そして、亜弥香はこの男達と同じ存在を知っていた。

「M……5」

 その言葉にMr.ジローは「ムフフ!」と鼻を鳴らして笑った。

「いやいや、見事でしたよ。茶番は終わりよん! キャピキャピッ! ハートマークッ! ……残念でした。先程から言っていた筈だ、“我々”と。そもそもお前達の前に何の手立てもなく姿を見せると思っていたのか? おめでたい奴だ」
「……何故、M-5が?」
「お土産に貰ってきたのさ。いやはや、黎明期の技術というのは時に後世で再現の難しいものも生み出してしまう。これらを作る技術はさして難しい訳でないが、低コスト量産が可能かつ、戦闘能力も人間に近づけることを主にした現代のアンドロイドの比ではない性能になっている。駒として使うにはもってこいの人形達だ。さぁ、これでも我々に抵抗するかね?」
「………」
「何も言えない……か。だが、黙られてしまっても困るんだよ。お前達のお陰で長年謎だった人工知能のルーツの正体を遂に突き止められるのだから! さぁ! 答えるがよい!」
「誰が言うのよ! 言う訳がないわ!」
「ならば、仕方がない。遠野亜弥香、お前の足跡を辿り、疑わしい日本人を全て抹殺するしかない。手間はかかるが、人物さえ特定できれば後はどうとでもなる。最終的に目的のレプリカントは存在しているのだからな! そのファイルも処分させてもらう!」
「くっ!」

 亜弥香は目を瞑り、顔を伏せて唇を噛んだ。
 形成は明らかに不利。絶体絶命だ。
 しかし、その瞬間亜弥香は、不敵な笑みを浮かべた。

「ん?」

 怪訝な顔をするMr.ジローに亜弥香は、拳銃を持つ手を離して両手を上げる。だが、その顔は降参しているようには全く見えない。

「改変の影響は歴史全体から見れば些細なもの。例えば、一人の人間の死が半世紀程ズレるみたいな……ね?」
「!」

 亜弥香が告げた瞬間、局長はこめかみに指を当てた。局長の記憶に知らない描写が書き込まれる。
 それは、老衰した筈の女性が、一つだけやり残したことがあるとコールドスリープするシーン。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ…………

「何だっ!」

 刹那、轟音と共に格納庫の壁が粉砕した。
 驚くMr.ジローが砕けた壁を見る。
 その時、既に亜弥香と局長はそこに何があるか、理解していた。故に、それは答え合わせをするかのように、白い煙に包まれたそこにある巨大な鉄の城、決戦兵器デルスティアが背後から注ぐ光に照らされて姿を現すのを見上げていた。
 その機体の装甲の上には、一人の老婆が力強い笑顔を浮かべて仁王立ちしていた。
 そして、彼女は声高らかに名乗りを上げた。




「今日こそ決着をつけにきたわよ……。さぁ、聞きなさい! 私の名前は尾形睦海! 旧姓は桐城ぉ……そう! 無敵の喧嘩番長の娘とは私のことよっ!」





〈完〉
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