「G」vsディアボロス


〈終章〉

 

 事件からしばらく経ち、いつの間にか晩夏となり、まもなく秋の気配も見えてくるある日。東京拘置所の面会室に白嶺はいた。

「入れ」

 対面の透明なパネル越しの部屋の扉が開き、刑務官の指示で鈴代が入室した。
 髪や髭は整えられており、清潔感は保たれているが、少し痩せていた。

「久しぶりになったな」
「別にいいさ。官庁勤めで忘れていた日本の夏の暑さを思い出させられたよ」

 笑って言うが、鈴代の目は笑っていない。

「先生の遺体、見つかったよ」

 白嶺は背もたれに寄りかかると淡々とした口調で告げた。それに対して鈴代は眉ひとつ動かさずに答える。

「もう聞いたさ。尾形も確認や証拠集めに協力しているんだろ? 全て自供しているのにご苦労様」
「今の司法はそういうもんなんだろ。それこそ俺よりお前のが詳しいだろ」
「残念ながら法務省にも検察庁にもいた事はない。それよりも奴隷身分が少しは改善されたらしいな」
「G対とJOプラザの主要企業皆様のお声かけのお陰でね。……まぁ、南海汽船に関しては会長様の鶴の一声で今も反対だけどな」
「それは親の前に顔を出せって意味じゃないか?」
「………」
「ククク、尾形も大概根深いものを持っているな」
「むしろそれが周囲の見方だよ。人当たりも良く、世渡り上手であり、責任ある官僚職も卒なくこなさている。その一方で冷静さを常に持ち、聡明。そんな鈴代を信用している者は存外多かったらしい」
「まさかそんな表向きの仮面を本気で考えるお人好しが多かったとはなぁ。尾形までそうだ、なんて落胆させることは言ってくれるなよ?」
「流石に俺は違う。だが、所謂プレイボーイ程度、むしろ他の人間との関係に固執、依存、不安、言葉はなんでもいいけどそういった何かを抱えている奴。そんな認識だった」
「大したプロファイルじゃないか。他のわかった顔をして物言う奴らよりもずっとわかってると思うよ」
「確かに。だけど、まさかその内に秘めた本性がそれ以上の怪物だったとは思わなかったよ」
「よく本人の前でそれを言えるな」
「相手が鈴代だから言えるんだよ」
「ククク……やはりキミという人間は破壊したくなる程に魅力的だな」
「悪いが俺はお前を擁護する気もカウンセリングする気もない。それに理解もできない」
「構わないさ。むしろそんな尾形だから、信頼に値する」
「………」
「喜べとは言わないが、多少は栄誉と思えよ。物心ついた時から誰一人として“信用”して来なかった。それが、お前と桐城睦海、二人も“信用”できる相手を見つけたんだ。君達を壊したくなった。壊して君達を思い通りになる存在に屈服させたかった。それは例え世界を天秤にかけてもね」
「他人からは“信用”される振る舞いをし、自分は他人を思い通りに動かす道具程度にしか思っていない。そんな奴の“信用”なんて欲しくはなかったな」
「言ってくれるね。まぁ、君達以外の人間にも利用価値はあったよ。道具だってしっかり最後まで使い切ることは大切なことさ」
「お前の大学に入る前のこと、調べたよ。両親は自殺と行方不明。姉のように慕い、最初の恋人となったという女性はお前と別れた後に精神状態が不安定になり、後に自殺未遂をして現在も昏睡状態で入院していた。その他にも、お前と親しい男の友達という人物もいた様だが、傷害罪で少年刑務所へ。その出所後、消息が絶えている。……まだいるが、どうせ余罪で聞かれることだろうからもう良いだろう?」
「よく調べたな。公務員試験を受ける際にデータベース上からも抹消した情報もあるのに」
「俺を誰だと思ってるんだよ。お前が消せる程度のものなら復元もできるし、お前は“信用”をしな過ぎていた。一か月かけて地道に聴き込みを続ければそれぞれの関係者や写真、手記の類は見つかる。仮想世界も現実世界もやることは同じだよ」
「大したもんだよ。まさか尾形がそこまでやるとは思わなかった。つくづく道具にならない奴だよ」
「………どこまでもクズな奴で安心したよ」

 白嶺は憂鬱な気分を吐き捨てるように言うと、そろそろ面会時間も終わる。潮時だと腰を浮かせた。

「尾形」
「なんだ?」
「あのディアボロスが最後の一匹だとは思えない」
「……ん?」
「お前も知っている筈だ。ゴジラと芹澤博士の最期を見届けた山根博士の残した言葉だ。『あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない』……この言葉を尾形はどう解釈する?」

 白嶺は椅子から立ち上がったまま椅子に座ったまま半笑いの表情で自身を見上げる鈴代に答えた。

「そりゃ人類に対する警笛だろ。事実としてゴジラはその後同類が現れている」
「ククク。尾形、本気でそう考えるのか? お前の祖父や山根恵美子氏が言うならば、その解釈が正解だろう。だが、それを発したのは山根博士だぞ?」
「………!」

 白嶺は鈴代の言葉に耳を貸すつもりはなかった。しかし、白嶺も気づいてしまったのだ。鈴代の言っていることの意味を。
 山根博士はゴジラを生物として研究すべき存在であり、殺すべきでないと語っていた。そんな山根博士が人類にその再来を警笛することへの違和感があった。なぜ、これまで気づかなかったのかと思い返すと、祖父の解釈を耳にしていたからだった。
 祖父は山根博士の言葉に対して、本来ならば反水爆の意も含まれる舞台があの船の上でなく、国連の大舞台などであれば大いなる提言であったであろう。と感想を白嶺に言っていた。
 だから、白嶺も同様に人類への警告、提言という意味合いで言葉を受け止めていた。
 その様子を見て、鈴代はケタケタと笑う。

「気づいたな、尾形。……もう一度聞く、この言葉をどう解釈する?」
「……ゴジラはたった一匹とは考えられない。ゴジラを研究する機会はまだ残されている。水爆実験で目覚めた生物であれば、いやゴジラの出現と水爆実験を始めとした人類の核利用と因果関係があるのであれば、世界のどこかで再びゴジラは現れる。何故ならば、人類は核の蜜を覚えてしまった。もう人類は核を手放せない。今後も人類は水爆実験を続けるはずであり、それによって再びゴジラは現れる。だから、まだ諦める必要はない、まだ機会がある。それを自身に言い聞かせている言葉だ」
「正解だ。だからこそ、この言葉を尾形に送るよ」

 嘲笑の混ざった笑みを浮かべ、鈴代は告げた。

「あのディアボロスが最後の一匹だとは思えない。もし、欲深い人類の進展をこのまま続けるとしたら、あのディアボロスの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない」
「………」
「ククク……ククク……」

 白嶺は鈴代の笑い声を背に面会室を出た。
 陰鬱な気分になった。鈴代の言葉の意味が嫌になる程にわかってしまった。わざわざ山根博士の言葉の解釈を入れた上で、同じ言葉を重ねた。
 鈴代は待っている、機会はまだあると言っている。今回、ディアボロスというシンギュラリティが人類を滅ぼすことはなかった。しかし、次はわからない。人類の滅亡を天秤にかけても白嶺と睦海を壊して自身の欲望を満たしたいと語った鈴代が、人類ならば必ず次のシンギュラリティによって危機を迎える。その時、再び彼らを苦しめる機会がやってくる。鈴代が自ら手を下さずとも、新たなディアボロスを人類は産むと。
 それを待っていると、鈴代は言ったのだ。
 白嶺は拘置所の出口へと向かう中、それを否定できないと考え、深く嘆息して鈴代のいる巨大な拘置所の建物を見上げて呟いた。

「全く、嫌な別れ方になっちまったな」








 一方、睦海は東京拘置所から程近くにある下水道局の水再生センター上にある公園にいた。荒川河川敷に面した立地にある公園の入口には階段に挟まれた水路を踊り場にある噴水から通って流れ落ちていた。その踊り場にあるベンチで睦海は河川敷の土手を歩く下校中の学生達の姿を眺める。

「……コスプレ?」

 白い劇団員のような服装の男女と派手な髪と服装の男や少女に学生服の男女のグループが指を差し合って何か言い合いながら土手を歩いているのが見えた。
 思わず睦海が呟くも、そのグループはそのまま木々の先へと歩き去った。気になりつつも、目で追うのはそこまでになった。
 睦海の隣に待ち人が腰を下ろしたからだ。

「待たせたね。桐城睦海さん、だよね?」

 そこにいたのは推定年齢が60代である筈の男性で、年相応の白髪と皺を重ねた老紳士の外見であるが、その瞳に宿る活力は若い頃のそれを失っておらず、それはともすれば童心を忘れていないのかもしれない。そんな彼を一目見て、睦海は義父を彷彿させた。その一方で、祖父や旧友茉莉子の祖父の寺沢氏を想起させる雰囲気も纏っていた。これは彼の職業故だろう。
 睦海は老紳士に頷いた。

「はい。この度はご協力して頂き、ありがとうございます。志真さん」
「いやいや、睦海ちゃんのお祖父様にはお世話になっていたし、昔お父さんの健君にも実は会ったことがあるんだよ」

 礼を言うと、途端に照れて砕けたのを見て志真という人物が何となくわかった。
 祖父から得た事前情報でも定年の年齢にも関わらず今尚取材へ自ら赴き、一人一人との関わりを重んじた聴き取りをして記事を書くジャーナリストの鑑と太鼓判を押した人物であった。彼の今言った健との出会いも恐らく健はほとんど覚えていないだろう2009年の弥彦村での怪獣出現時のことだ。寺沢氏同様、同業である桐城家と縁の深い人物ではあるらしいが、あくまでも祖父の桐城研護との関わりである。例え、今日に備えて思い出していたことだとしても、志真が人との縁、一期一会の記憶を大切にしていることが伺える。

「それでも半世紀近く前のことですから……」
「いいんだよ。偶々そんな昔のSF紛いなことを調べていた暇人を捕まえてくれたお陰で、記事になるかもわからないようなことがこうやって役にたって感謝しているよ。勿論、職業人としての感謝も含めてだけどさ!」

 既に調査費用という扱いである程度まとまった額を彼には支払っている。加えて、本日受け取る資料の内容を確認して、成功報酬も約束している。
 それがありつつも、笑って言えてしまうのも彼の人柄といったところか。決してこちらの足元を見たり、試す真似もしない。

「とりあえず、これがデータだけど、正直データ化できないものもあるから紙媒体で見てもらった方が良いかな。バックアップ程度に思ってほしい」

 そう言ってメモリーチップと分厚い角封筒に入った資料のファイルを志真は、鍵付きの書類鞄から取り出して睦海に手渡した。
 両手で受け取った際に感じた実際の重量もありつつも、祖父の引退に際して引き継がれ、今日まで調べ続けた志真と祖父の二代、半世紀に渡るライフワークの集大成が詰まった資料と思うとそれ以上の重みを感じた。

「ファイルナンバー、4?」
「それがこの案件に対して君の祖父さんが与えた名前で、俺もこれが最も適した名称だと思っている」

 睦海はパラパラとファイルを開き、目を通す。
 大したものだ。それが素直な感想であった。
 海外への渡航も一度や二度ではない。何度となく通い、ありとあらゆる情報を集めて導き出した結論、そして証拠は志真の集大成であり、同時に睦海達にとっての切り札に他ならないものだった。

「確認しました。……ありがとうございます」
「礼はいりません。仕事ですから」

 格好良く言ったものの、照れが出たのかキメ顔にならず笑ってしまう志真に睦海も笑顔で返し、資料を持参した手提げの鞄にしまった。
 そして、視線を上げて土手を見ると、面会を終えた白嶺が歩いている姿が見えた。

「あ、そろそろ行きますね」
「おう!」

 手を振る志真に頭を下げ、睦海は階段を降りて土手で待つ白嶺の元へと向かった。





 


「待たせたか?」
「ううん。こっちも丁度いいタイミングだったわ」

 睦海が階段を上がり、土手の上に来た白嶺と合流した。
 白嶺は先程の鈴代との事で陰鬱な気分を抱えつつも、努めて明るい声で聴いた。睦海は答える。
 荒川の対岸を指差して「あっちに実家があるの」と伝え、睦海に促されるように河川敷沿いに下流へ向かって歩く。

「髪、切ったの?」
「あーまぁ、心境の変化かな」

 白嶺の短髪を見て睦海が微笑んで聞くと、苦笑しつつ答える。
 二人の影が長く伸びる。そろそろ小腹も空きだした。白嶺は睦海とこの後、彼女の地元にある寿司を奢る約束をしていた。この分なら丁度良い塩梅だ。

「そういえば、例のプログラムの件だけど……」
「あぁ、基礎設計は完了したよ。あとはラパサナとお前の従兄弟が頑張って完成させてくれるだろうよ。……だけど、未だに信じられない話だけどな」
「まぁ、それが普通の反応よ」

 睦海が横に立つ白嶺を見上げて言う。そう言っているが、睦海の目は確信を得た者の目だ。白嶺としても既に睦海の推理を聞いて納得もしている。何よりも当の睦海が絶対の自信を持っている以上、もう何も言うまい。

「あー丁度良い具合にお腹が空いてきそう」
「収入が人並みになったとは言え、今度のとこ、家賃もそれなりに高いんだ。程々にしてくれよ」
「ふふん。悪役怪獣と組んでヒールロールで私とモスラに挑んで負けたんだから、約束は約束よ」
「全く、【獣神化】と敵レイドボスのタッグ……予定だと今頃奢られる側だった筈なんだけどな」
「まぁ、研鑽を積んで下さないな、“師匠”」

 睦海はニシシとわざとらしく笑った。
 先月、WFOのレイドイベントで睦海と白嶺は寿司をかけて勝負をした。内容はシンプルだ。かねてより噂されていたレイドボスの悪役怪獣をレインボーモスラが戦うのを加勢するというシナリオのイベントだったが、例によって自由度の高いWFOは妨害行為としてレイドボス側を加勢してレインボーモスラと戦うロールプレイが可能なゲーム設計となっていた。その敵側にハクロウ、モスラ側にシエルがつき、両陣営のPVPバトルを行ったのだ。
 そして、その結果が今夜の食事だ。
 しかし、肝心なタイミングが合わず、結局位置関係として近かった本日の面会に合わせることになってしまった。激務の睦海は勿論だが、最近は金になる仕事の依頼も増えている関係で白嶺も久しぶりに終日の休みとなった。
 正直なところ、白嶺はその選択を後悔していた。

「もう十分に俺をお前は超えているよ」
「謙遜しちゃって。……あんまり気にしない方がいいですよ。今日はお酒も飲もっか」
「嗚呼……」

 睦海に言われて、白嶺は思わず髪を掻いた。すべてお見通しということか。
 隣を歩く睦海をチラリと見る。あまり意識しなかったが、こうして並ぶと睦海は小柄だ。白嶺が184センチと高身長なのもあるが、それを差し引いても自衛隊の中でも屈指の実力を持つようには見えない。半袖から覗く腕も薄らと筋肉が浮き上がっているが、一見すると細く、彼女の正体を知らなければ華奢に思うだろう。正直、外見もかなり可愛いと思う。

「なぁ……」
「ん?」

 唐突に足を止めた白嶺に睦海も足を止めて、不思議そうな顔をする。

「その、ありがとうな。色々と。……ちゃんと、礼を言ってなかったから。それからハクロウの件も、ずっと黙ってて、悪かった。ごめんなさい」
「別にもう気にしてないわよ」
「それでも、言っておきたいんだ。……そのさ。何というか、ガキっぽいけどさ。嫌われたくなかったんだよ。お前の師匠があんな底辺みたいな暮らしで奴隷みたいに企業のオーダーでセキュリティテストを繰り返す罪人みたいな奴だってさ。……つまりな! つまり、やっと人並みになったからさ。その……ちゃんと桐城に言えるかと」
「………」
「その、なんつーか。一緒にいて欲しいというか。特別な相手だと思う。……だけど、正直まだ自信がない。まずは、その……相棒というか、また組んで欲しい」

 ぎこちなくも好意を白嶺は伝える。彼の中ではまだどうしても鈴代に残された後味の悪さからくる陰鬱な暗い気分が尾を引いていた。それ故に、元より素直でない白嶺に拍車をかけてしまった。
 本来、こんな時に告白をすべきではない。そう思いつつも、直感的に思ってしまったのだ。今言うべきだと。
 実に滑稽であり、後ろ向きな告白だった。
 後悔先に立たず。今更言ったことを無くすことは叶わない。そんなことを頭に巡らせて立ち尽くす白嶺に対して、睦海は顔を白嶺に見せないように少し前に歩く。手提げ鞄を持つ手を後ろに組み、まるでどうしようかと思案するかのように。
 そして、睦海はクスッと笑うと、白嶺へと振り向いた。
 自らの感情と同じように、暗くなっていた足元へと落としていた視線が自然と彼女に向かって上がる。
 夕陽に染まる景色の中で、睦海は一際美しく見えた。それはまるで世界の美しさ、輝きを白嶺に思い出させる為に見せた女神のようであった。
 しかし、その一方で女神は、悪戯っぽく口角を上げた笑みを浮かべると、こう言った。




「では、結婚を前提とした相棒からで」


 

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〈終〉




























……この先の未来を見届けたい?

Yes/No


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