「G」vsディアボロス




 睦海の見た光景は二つの場所で繰り広げられていた救出劇のクライマックスであった。

『こちらアイダ、ステーションより人質を救出した。繰り返す、人質を救出した。……しかし、次のフェーズへの移行で問題が生じた。ステーション周囲に展開されていたエネルギーフィールドが外部通信と同時に消失していたことが判明した。機体に残されたエネルギー残量から離脱を決断する。ステーションの破壊は予備プランに移行せよ』

 アイダに戻った将治が通信を入れる。淡々とした話しているが、語調の節々に焦りか早口になるところがある。彼にしては珍しい。
 彼の宇宙服の他にもう一人、狭い搭乗スペースに宇宙服を着た人物が乗り込んでいる。彼女が人質だった将治の妻だ。
 彼女は将治の肩を叩き、通信を代わる。語気のある若干掠れているが良く通る女性の声が響いた。

『ステーションクルーだ! 本機は今の通り、帰投を余儀なくされ、予備プランへの移行が提言された! 多くの者が懸念しているところは地上へのサイバー攻撃のリスクだと思う。それ故にタイムリミットをステーションの外部通信復旧と考えていることであろう。しかし、忘れてないで頂こう。あれはただの国際宇宙ステーションではない。巨大隕石や宇宙怪獣などの脅威への対応が想定された対怪獣軌道防衛宇宙ステーションである! 即ち、本機を含め、ミサイル、キラー衛星による自爆攻撃などに対してカウンターをする防衛能力をステーションは単独で有している。現在は機能が制限されている為、私もこうして脱出できたが、本来は許可ない接触を図った本機もまた、攻撃対象となるものであった。つまりは……、さっさとやっちまいなっ!』

 通信を聞いた白嶺の顔が悔しげに歪む。無理もない。結果論ではあるが、彼の工作によってステーションの外部通信を遮断することはできたが、同時にステーション破壊の最大の機会を見送らざる得ない状況を作ってしまったのだ。
 そして、アイダへはここ以外のG対本部、項羽、国連安保理の仮想会議室とも繋がっているらしく、常任理事国の一つが自国保有のミサイルを有する人工衛星が付近の軌道上に存在することを明かし、早速攻撃準備に入ったと伝えた。
 一方で、仮想世界では見たことのない超ゴジラという健とゴジラの合体した巨大なアバターがデルタからラパサナを救出し、最後の一撃をデルタに向けて放っていた。

『チャージ完了ぉぉぉぉぉぉおっ! いっくぜぇぇぇぇぇぇっ! 超ぉぉぉゴジラァァァー……ビィィィィームッ!』

ゴガァァァァァァァァァオォンッ!

 超ゴジラの結晶体からその全身に蓄えられた全エネルギーが巨大な一筋の光線となって放たれ、デルタはなす術もなくその光の中へと消えた。
 超ゴジラビームの威力は凄まじく、バトルフィールドとして作られた空間は勿論、その裏側に存在するルートウェアの空間すらも破壊していた。
 デルタを完全に滅したものの、スーパーコンピュータそのものも相当のダメージを受け、仮想世界そのものが維持できなくなり、空間そのものが崩れる壁の様に砕けて散っていく。
 超ゴジラもグラフィックが維持できずに、まもなく強制ログアウトとなり、仮想空間から弾き出された。

「何だったんだ? あんな出鱈目なことが……」

 気絶した鈴代をテントに戻ってきたG対の隊員に預けた白嶺は見せられた超ゴジラという現実を受け止め切れずに混乱している様子だった。

「………」

 一方、睦海は腕を組んで思案する。
 白嶺が混乱するのも無理はない。如何に仮想世界とはいえ、無秩序ではない。秩序があるからこそ人は仮想の世界、もう一つの現実として受け入れることができているのだ。ディアボロスはその秩序の壁を破壊する仮想世界での常識すら凌駕する存在だからこそ、悪魔、怪獣といえた。
 しかし、超ゴジラはそれすらも超越していた。デルタの万物破壊光線で壊せないものを作れなかったからこそ“匣”の無限増殖だった。言うなれば、物体として存在する為に必要となる重要な要素を破壊するのが万物破壊光線であった。それを無力化するというのは、秩序の逸脱以外の何者でもない。
 ただ、それは超ゴジラに限ったことでもない。むしろ、健こそその要因と言えた。アバターだからと言って、仮想世界だからと言って、健のやっていたことはシエルを含めて誰もできないことだった。
 全く心当たりがない何かが関与した。これが睦海の出した結論であった。

「……んじゃ、よろしく!」

 コンテナから健の声が聞こえた。睦海はこの推理の真偽を確認する為に彼の元へと行こうとするが、モニターから宇宙の状況が伝えられて視線をそちらへ向ける。

『馬鹿な! 我が国のミサイルが迎撃されただと!』
『デルタが戦いに敗れてステーションに本体も戻ったみたいよ!』
『……かくなる上は残るエネルギーを全て使ってステーションへ攻撃をするしかないか』
『ショウジ、それには本機が既に離れ過ぎている。私達は推力が不十分な本機で再突入をしないといけないんだ! 悔しいが我々にできることはない!』

 通信が錯綜しているが、ミサイルによるステーションの破壊は失敗したらしい。そして、バハムート・アイダはエネルギー残量が心許無い状態の中、再突入を行うらしい。

「……不味い! 光学通信接続に強制アクセスがかけられているぞ!」
「えっ?」
「ディアボロスだ! デルタの体を失ったが、まだ完全に消滅した訳ではない。ステーションの中に残ってる本体が再びアクセスを試みているんだ! ここを踏み台にするつもりだ! ……くっ! ステーションの外部通信も復旧を試み始めてる!」

 白嶺が状況を調べてモニターを思わず叩く。バシンと音を立ててモニターが傾いたが、誰もそれを咎めない。

ズシン………

 足音と同時に大地が揺れ、傾いたモニターがガコッ! と音を立てて落ち、ケーブルにぶら下がって辛うじて落下を免れた。

ズシン………

「「!」」

 再び足音と共にグラッ! と地面が揺れる。一同は近くの机や柱に捕まってバランスを取っていた。
 そして、睦海と白嶺は顔を見合わせ、視線が合うとアイコンタクトで確認し、テントから出た。








ズシン……

 テントから出た二人の前には、月明かりの下、星空を覆う程の巨体がそこにはあった。
 ゴジラは彼らの前方に立ち、首を下から上へとのばす。ケーブルが弾け飛ぶ音が潮風の音の中で響き、ゴジラの頭部に付けていたGGGが落下した。GGGがゴジラの足元に落下し、爆発。ゴジラの体を下から赤く照らす。
 そして、光線でステーションと繋がる照射装置がついた立方体のコンピュータに視線を落とし、咆哮と共に踏みつけた。

ゴガァァァァァァァァァオオォンッ!

 足の下で潰されたコンピューターが爆発し、煙を上げる。

「ゴジラ………」

 ゴジラを見つめて白嶺が呟く。
 一方、睦海はゴジラと自分達の間に人影があることに気がついた。腕を組んだ仁王立ちでゴジラを見上げているそれは、桐城健であった。
 健はゴジラに頷くと、視線を夜空に移すと拳を打ち鳴らした。

「今度こそ決着を付けてやる……」

 健の言葉と魂が乗り移ったのかゴジラもまた尻尾を地面に叩きつけて気合いを入れると、健と同じ様に夜空へと視線を移した。
 睦海も白嶺も二人が何を見据えているのか理解した。
 そして、何をしようとしているのかも、ゴジラが背鰭を発光させたことで十分に想像できた。

「まさか……いや、無理だろ?」
「そう思う? だって、ゴジラだよ? やってみなきゃわからない」

 睦海に言われ、白嶺も苦笑しつつも「そうだな」と頷いて、背鰭を発光させ、エネルギーをチャージするゴジラを見つめた。

「しゃあっ! ゴジラ、これで最後だ!」

 それはまだ超ゴジラの合体の余韻が残っているかのようだった。健の言葉と拳を引く彼の動きは、ゴジラとシンクロしていた。
 ゴジラは溜めに溜めたエネルギーを一度呑み込むように身を屈めると、次の瞬間、それを一気に解放するように健の空に拳をかざす動きと同時に、ゴジラの口から夜空へむけて渾身の紅蓮に光り輝く超放射熱線が放たれた。
 刹那、熱線は漂う雲を消し飛ばし、夜空を赤く染め、再突入を開始したアイダとすれ違い宇宙に届き、遂に衛星軌道上のステーションに達し、その光の中に呑み込んだ。ステーションは跡形もなく消滅し、遂にディアボロスとの戦いは終わった。

ゴガァァァァァァァァァオオォンッ!

 口を閉じたゴジラは、改めて息を吸い込み、大きく全身をふるって勝利の雄叫びとばかりに天高く咆哮した。

「うぉぉぉぉぉおおおおっ!」

 ゴジラの近くで健も両手を高らかに突き上げて腹の底から雄叫びを上げた。








 ゴジラと健の姿を見つめていた睦海達の後ろにG対の面々も続々とテントから出てきた。
 しかし、ゴジラ達を見に出てきた様子ではない。皆、再び静寂を取り戻した筈の夜空を見上げている。
 睦海が近くの隊員に話しかけようとした時、彼女の腕時計型端末に通信が入る。ディアボロスを倒したことで、島の無線通信の制限が解除されたらしい。
 確認すると、すっかり見慣れたラパサナの顔が表示された。

「よかった。無事だったのね」

 睦海は安堵の一声を上げた。ログアウトの表示が一瞬でも出ていた為、何らかの方法でコンピュータの中からは脱出できていたと予想していたものの、実際に安否が確認できるのとできていないのではやはり心情が違う。
 しかし、ラパサナは『健の端末に避難していた』とだけ答え、それよりもこちらの方が重大だと再突入中のバハムート・アイダを表示した。

『現在の高度は高度100キロを少し切ったところだ。再突入した際の角度はギリギリクリアしたが、コースとスピードの制御が既に残されたエネルギーが辛うじて超電導電磁フィールドを展開できる程度でもう修正が行えない。つまり、アイダは制御不能な状態で再突入中であり、たった今出た墜落が予想されるコースが地軸から約20度の傾斜で、まもなくそこの頭上も通過する。それが恐らく墜落前の最後の一周になる』

 ラパサナの言葉に合わせるように、隊員達が空を指差した。見上げると、小さい光を放つ物体がアラスカ方面からロシア方面へと頭上を通過していった。
 次にここを通過した時はもういつ地上へ墜落してもおかしくない高さになっているということだ。

「今のが?」
『そうです。そして、現在のまま高度を下げていった場合の墜落予想地点の候補が非常に悪い。インド洋と北太平洋上に墜落する確率は約60%と最も高いが、4割の確率で陸地へ墜落。更に、その中で人口密集地域になる可能性は、東京を含めた日本、上海と香港を含めた中国、次いでバンコクを含めたタイとラオス、ベトナムの周辺国となっており、どれも数%以上と無視のできない数値になっている。現在、香港に存在する四面楚歌でエネルギー供給をする方法を準備しているが、現在は有効範囲外の高度の為、再突入後の供給になってタイミングが遅い可能性が高い』

 そんな中、項羽にいるアンナの声が端末から響いた。

『全方位索敵システム四面楚歌最大出力で展開! 絶対にアイダを捕まえるわよ!』

 アンナが手摺に捕まったまま項羽のブリッジで叫んでいた。彼女だけでない。艦内の人々は転倒しないようにしがみついていた。彼女の髪が後ろに傾いている。
 睦海は項羽に何が起きているのか察した。
 項羽にはスーパーXシリーズや先代艦の大戸号と同じように飛行推進が可能な構造となっている。しかし、全長400メートルという歴代でも最大サイズの艦艇を従来艦と同様に飛行推進中心での運用は現実的でなく、先のアイダ射出時の船首を上げる事すら全くイレギュラーな運用であった。
 そして、睦海が知る限り項羽に飛行推進時の最高高度、速度の実数は存在しない。つまり、理論値であって実験すら行ったことのない全く未知数の限界への挑戦である。項羽の四面楚歌の有効範囲は半径50キロ。ブリッジでは高度と速度が伝えられる。

『まもなく高度10キロ、成層圏到達! マッハ2!』
『まだよ! コンタクトポイントを逃したらもう終わりよ!』
『算出追いつきません!』
『それでもやるわよ!』

 声だけでも彼女達の緊迫した様子がわかる。
 アイダの高度、角度、方角、速度、すべてが合わさってこの広大な地球の空でたったの半径50キロの球の中に入れないといけないのだ。キャッチーフライのように手を翳せば落ちてくるような簡単なことではない。
 睦海が息を呑んで見守っていると、肩に白嶺が手を置いた。視線を合わせると、彼は頷く。
 信じるのだ。項羽を。そして将治達3人の家族の力を。

『……アイダ捕捉! エネルギー充填!』
『アイダ、制御を回復!』
『逆噴射開始! 高度修正! 速力低下を確認!』
『アイダへ項羽格納庫へのエントリーを発信! 受信確認! 着艦コースへの侵入開始します!』
『……着艦確認! 成功です!』

 端末から彼らの歓喜が聞こえる。恐らく司令室などでは喝采が起きていることだろう。
 睦海も白嶺と頷き、深く安堵した。
 それは将治達の生還と同時に、ディアボロスを倒す一連の作戦が無事完了したことでもあった。それを副司令官が将治へと伝える。

『麻生司令。たった今をもって全ての作戦項目の完了を確認しました。……司令、ここは貴方の口で終了の宣言をお願いします』

 副司令の言葉を受けて、項羽格納庫で救護班がアイダのコックピットとは名ばかりの狭い空間に入り、宇宙服のヘルメットを外されたばかりの将治の顔が端末に表示された。
 肋骨の骨折や全身のダメージで汗をかきながらも青ざめた顔であったが、将治は頷いた。

『皆、ご苦労様。そして、ありがとう!』

 そう言った直後、一瞬骨折の痛みか、顔を歪めるが、救護隊員に大丈夫だと応えて将治は、力強く宣言した。

『作戦、終了だ!』




〈第四章・終〉
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