「G」vsディアボロス
脅威を一体倒したデルタは、悠然と眼下を見下ろし、獲物に狙いを定める。
「狙っているね」
「わかってる! 確認だけど、私達は餌なのよね?」
「ああ。だから、あの光線で破壊しようとは思わない」
獲物であるシエルは三八式を操りながら、ラパサナの返答を聞き、ニヤリと笑う。
「それは重畳。ならば、窮鼠猫を噛むってね」
操作盤とレバーを調整し、チェーンガンと後部砲台に装備した大型ビームキャノンの照準を同じポイントに合わせる。
「よし……来い!」
グオォォォォォォォォオォンッ!
デルタは三八式に狙いを定め、口を開いて急降下する。
ラパサナが固唾を飲んで機体にしがみつく。
一方で、シエルはデルタの接近をはかる。
「2、1、今!」
シエルは素早い手捌きで三八式を急速後退させ、同時に照準に機体を動かすことでデルタに合わせ、チェーンガンとビームキャノンを放つ。
デルタは床に激突しかけるギリギリのところで、ガチン! と宙を噛み、体を反らして浮上する。
ゴガァァァァァッ!
グオォッ!
浮上した直後のデルタにゴジラの紅蓮の熱線が襲う。
デルタが背鰭を発光させ、ゴジラへと放とうとするが、ゴジラの周囲を三八式が走行し、更にチェーンガンの追撃をデルタに加える。デルタは万物破壊光線を放つものの、三八式を巻き込めない為にゴジラへも牽制で留まる。
しかし、既に蒼炎の白狼が敗れ、シエル達三八式の肉の盾によって辛うじて万物破壊光線による即時全滅を避けられているものの、戦況は芳しくない。消耗戦になれば制限時間のあるシエル達の方が不利だ。
『何とか時間を稼いでくれ! あとちょっとでトラップを強化できる!』
白嶺の通信が彼らに入る。見渡すといつの間にかハクロウの姿がなく、ログアウトしたらしい。
「強化って?」
『あの光線はプログラムの基礎となるコードを破壊する。だったらそれを破壊されないように守ればいい。今、鈴代と一緒に世界中の奴らと強化パッチを組んでいる! だから、少しの時間を稼いでくれ!』
「……わかった!」
シエルはゴジラを援護しながら、デルタを牽制する。
「俺も忘れるんじゃねぇ! ゴジラ、俺を飛ばせ!」
ゴガァァァァァッ!
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
健はゴジラの尾にしがみつくと、ゴジラは尾をふるい、そのまま健を飛ばす。健は弾丸の如く勢いで、上空のデルタへと飛んでいき、そのままデルタの腹部に拳を打ち込む。
グォッ!
「まだだっ!」
健は落下しながら再度デルタの後頭部を狙って拳を打ち落とす。
健は墜落するデルタに巻き込まれて床に迫る。しかし、デルタは床スレスレのところで体勢を整え、健もその瞬間にデルタから離脱する。
そこへゴジラの熱線と三八式からの攻撃が交互に繰り出される。次第にゴジラとシエルの息も合ってきたことで、デルタへの波状攻撃が成立しつつあり、確実に時間稼ぎとしての効果を上げていた。
「この変換ならどうだ?」
アドノア島では日没と共に強い潮風が吹き始めており、白嶺が鈴代とセバスチャンJr.と共にいるコンテナに併設させた仮設テントは風でバサバサと常に音を立て、テントの幕は激しく波打っていた。
そんな中、テーブルに置かれたモニターは繰り返しシュミレーションを実行する。変換を終えたプログラムの文字列に万物破壊光線によって破壊されるコードを検出させる。
すぐに赤いウィンドウで検出の表示が出る。
「これもダメか」
「尾形の検出プログラムが渋過ぎるんじゃないか?」
「馬鹿言え、これくらいで検出されるレベルじゃ確実にそこのコードは破壊される。書き換えでもデリートでもないんだ。そのネットワーク上の該当情報のコードそのものの破壊と認識して構わない」
『僕も尾形さんのその認識に賛成です。あれはVRの視覚情報としては光線として描画されていますが、光線状に放出されている特定コードの破壊実行プログラムといって問題ありません。破壊耐性を持つ変換をかけるかそのプロテクトを施した一種の装甲を追加するしかありません』
島の観察基地からケーブルで伸ばした通信端末で大翔が答える。万が一に備えて現在島の中の無線通信は完全に遮断している為、光学通信接続をしているスーパーコンピュータ以外のコンピュータや通信機器は全て海底通信ケーブルを繋いでいる観察基地との有線接続に頼っている。
既に経過時間と残り時間を考えると一刻の猶予もない。未完成だが、現在調整中の変換パッチを持ち込むしかない。
「せめて破壊を食い止める方法があれば離脱と本体の破壊までの時間がつくれるだよなぁ。畜生!」
鈴代が悔しげに言う。
白嶺も頷く。その通りなのだ。ハッキング対策も同じだ。完璧を目指しても人が作ったものである以上いつかは破られる。絶対にハッキングできないデータの保存は実際のところ不可能ではない。しかし、それは永久にデータの閲覧すらできない完全なブラックボックス化を意味する。見れない、使えないデータは存在しないのと同じだ。
データとは見たり使えるものだから存在価値が生まれ、その中身に例えば機密情報や個人情報といった付加価値が存在する為に、ハッキングに意味が生まれる。使えなくすることで不自由を生じるからクラッキングなどのサイバー攻撃に意味が生まれる。“匣”も同じだ。閉じ込める以上、出入口がある。壁がある。
また、デルタを破壊することも現状困難だ。膨大過ぎるデルタを構成するデータを破壊することはステーションを人質ごと消滅させることよりも遥かに難しく、時間を要する。
「……せめて、破壊させても突破できない強度が必要だ」
「それができないほど、あの万物破壊光線が万能なんだろう?」
「まあな」
鈴代に言われて、白嶺は時計を見て唇を噛む。
時間がなさ過ぎる。
「無限とは言わない。せめて時間が……あ」
「ん?」
その瞬間、白嶺は口を開けたままフリーズした。
鈴代達が見ると、彼は体を微動だにせず、素早く目を動かしていた。彼の目にはまるでARによるウィンドウが表示され、プログラムが実行されているかのようだった。
そして、ボソッと独り言のように白嶺は問いかけた。
「なぁ、あのスパコンのスペックってどれくらいだ?」
「どうした?」
苦笑混じりで鈴代が問いかけると、白嶺はその両肩をガシッと掴みかかり、もう一度質問し直した。
「ワームが作動してても耐えられるか?」
『ワーム……そうか! その手があったか! そっちでシュミレーションすることは自殺行為ですから、こっちで試します! でも、多分いけますよ!』
大翔は勘所が良く、すぐに白嶺の意図を理解した。
そして、一寸置いて鈴代とセバスチャンも可能と答えた。
マルウェアの一つにワームというものがある。これはコンピュータウィルスと異なり、それそのものが単体で無限増殖し、ハードウェアの容量をパンクさせて不具合を発生させるものだ。
白嶺の案は“匣”の壁を破壊されても無限に壁の生成が実行されることでデルタを脱出させない無限の牢獄を構築するというものだ。
速やかに作成した“匣”の無限牢獄への改造プログラムのシュミレーション結果が大翔からもたらされた。
増殖速度以上の破壊をされればなす術もないが、これまでのシュミレーションの中ではもっとも成功する可能性の高い結果が得られた。
「よし、行ってくる」
「任せタンバリン!」
「わかってるだろうがな、これは危険な賭けだぞ。万が一にも失敗したらあの機器は使えない。ステーションを速やかに破壊するしか方法がなくなる」
『大丈夫です。G対も全力で国連側を説得しているらしいので』
セバスチャン、鈴代、大翔。技術屋達の激励を受け、白嶺は機器からメモリーチップを抜き出し、自身の端末にセットする。
「勿論だ」
そして、白嶺はコンテナの中へと戻った。
「待たせたな」
ハクロウがバトルフィールドに戻った。
水平の面であった床は万物破壊光線の影響で至る所に穴が空いていた。天井も所々ゴジラ達の攻撃で破壊されて、ルートウェアが露出している。
また、至る所に三八式可変装甲戦闘車が投棄されている。シエルが乗り替えて戦っていたらしい。
そして、眼前では全身から湯気を上げてメルトダウン寸前といった様相のバーニングゴジラと三八式が上空のデルタへの波状攻撃を展開して牽制していた。
「待ちくたびれたわよ」
「悪い。すぐに準備する」
シエルからの声に応えると、ハクロウは床を触る。すぐにウィンドウが表示された。彼が持ち込んだ改造パッチを実行する。即座に“匣”のプログラムが書き換えられ、無制限に壁を作り続ける無限牢獄に変わった。
「よし、準備完了だ! かなり強引な方法にしたから一度発動したら取り返しはつかない。一発勝負だ」
ハクロウが言うと、一同は頷いた。ゴジラも例外ではない。
ハクロウは“匣”の発動場所をマーキングし、全員と共有する。
「あそこに叩き落とせばいいんだな! 行くぜ! ゴジラ!」
真っ先に反応したのは健だった。対象と目的地の位置関係を確認し、ゴジラの尾へ飛び乗る。再びゴジラに飛ばさせようとしている。
しかし、既にバーニングゴジラはラスボス設定の仕様上のタイムリミットによるゲームオーバーに当たる臨界寸前であり、エフェクトだけでなく実際にエネルギーが溢れ出ている状態に陥っていた。
「うぐぐぐ……。熱いな、ゴジラ! 俺も燃えているぜ! これが、俺達の魂の滾りだ!」
バーニングゴジラの尾に舞い上がる赤いオーラが健を包み、健全身を炎が燃やす。その中で、健は拳を握り締め、ゴジラの尾を片手に掴むと叫んだ。
「いけぇぇぇぇ……ゴジラァァァァァァァァァッ!」
ゴガァァァァァァァァァオオオンッ!
バーニングゴジラはその身を翻し、一周回した勢いをもって、その尾にいる燃え上がる健をデルタに向けて飛ばした。
グォォォォォォォ……
「歯ぁ食いしばれェェェェッ!」
弾丸の如く勢いで飛び上がる健の真っ赤に燃え上がる全身の炎は構えるその拳に集まる。
そして、デルタの頬に健の炎の鉄拳が打ち込まれた。
グォ……ッ!
健の放った鉄拳はその衝撃をデルタの頭部にまで突き抜けさせた。デルタは白目を剥き、失神。墜落する。
「よしっ!」
健はデルタから飛び上がって離れると、ゴジラにキャッチされる。
一方、デルタは遂に床に墜落した。墜落位置は“匣”の発動予定位置からズレてしまったが、この程度ならば直ぐに修正可能だった。
速やかにハクロウは発動位置の修正作業を開始する。
「これでチェックメイ……!」
グオォォォォォォォォオォンッ!
ハクロウが“匣”をデルタの位置で実行しようとした直前、デルタは復活の雄叫びと同時に背鰭が発光しながら枝葉や結晶が成長するように広がる。これまでゴジラと同じ最大三列で連なっていた背鰭は最大五列になり、最も大きな肩付近の中央と左右の背鰭は更に巨大化し、その3枚の背鰭に光が収束する。
刹那、デルタは身体を前転させ、収束した背鰭から光の刃が放たれた。
ゴガァッ!
バーニングゴジラは回避を試みるが、尾の先端が切断され、切り落とされた部位は消滅。ゴジラもその場に倒れる。
「ゴジラ!」
健はゴジラに駆け寄る。
その一方で、デルタは悠然と再び浮上をするが低空飛行をし、シエルの乗る三八式を狙う。ゴジラを倒し、いよいよ獲物を狩る時間と認識したらしい。強敵を排除し、じっくり獲物を捕食するつもりなのだ。
「……いい根性しているわね!」
シエルはデルタを睨みつけ、アクセルを踏む。最早シエルはデルタとの戦闘を考えていなかった。狙うは“匣”を仕掛けたポイントへの誘導のみ。睦海にとって、シエルのアバターには思い入れこそあるが、人類の命運と比べれば安い犠牲だ。
シエル諸共“匣”にデルタを捕らえる。
「そうはさせないよ!」
「!」
三八式が“匣”の仕掛けられた場所に到達する直前、シエルを三八式の機体ごと上空に出現したデルスティアが押し潰した。
【Ciel死亡】
デルスティアの足の下で爆発した三八式に重なって、ウィンドウが表示された。
そして、デルスティアはデルタに両手を構えて迎え打つ。
『っ!』
デルスティアはデルタの両腕を掴み、両脚と尾を踏ん張り、その動きを抑え込む。
そして、一歩ずつ後退し、デルタを“匣”のポイントへと近づけていく。
グォォォォ……
デルタも何かを察して、デルスティアの腕を解こうともがくが、デルスティアはそのまま遂に“匣”のポイントに到達した。
『今だ! やるんだ!』
「!」
デルスティアから響くラバサナの声にハクロウは“匣”を実行させた。
刹那、デルスティアとデルタの周囲に黒い立方体が彼らを取り囲むように発生した。そして、次の瞬間からその挙動がエンドレスで繰り返され始める。
一枚一枚は薄いが僅かな時間でも確実にその壁は分厚く巨大化している。
このままこの空間全てを埋め尽くすのも時間の問題であった。
「終わった……のか?」
「………」
健が眼前の無限に増殖を始めた黒い壁を見つめて自問するように呟くが、ハクロウには何も言葉を発せられなかった。
結局、“ラパサナ”を犠牲にしてしまったのは事実だ。
「……鈴代、状況は?」
ハクロウは静かに通信で問いかける。すぐに鈴代からの応答が返ってきた。
『成功だ。人類にとって大きな犠牲になったが、我々の勝利だ』
どこかで聞いたようなその言葉を聞き、ハクロウは無言で眼前の拡大を続ける黒い壁を見つめ、ログアウトの準備をする。
それはまるで、白嶺が祖父から聞いたゴジラと芹澤が海に消えた直後の様であった。
「………」
彼らのその重い沈黙を破ったのは、健であった。
「勝ったのに何だよ。まるで“ラパサナって奴が本当に死んだみたい”じゃねぇか!」
その瞬間、ハクロウは拳を握り締めてログアウトした。
自ら語るに落ちたことに気づいた恩師の仇の顔を一発殴る為に。