「G」vsディアボロス
一夜明け、太平洋上空に広がる雲海を裂いて、超大型の全翼機が姿を現した。
『アルゴ、降下地点へ接近。減速を開始します。アドノア島上陸班は艦載機への搭乗を開始して下さい』
格納庫で待機していた睦海達はアメリカ海軍所属の隊員に誘導されながら、艦載機のV-280型垂直離着陸機に乗り込む。
ティルトローター2機を搭載して更に超大型シンキングデバイスGGG、光学通信回線の送受信装置と大型スーパーコンピュータを内蔵したコンテナを収容可能な格納庫を有する超大型全翼機、アルゴはアメリカ合衆国海軍に属する艦艇で、いわばアメリカ合衆国版のスーパーXといえる。
尤も、その収容能力を有しながら同じ全翼機のB-2と同じマッハ0.8の巡航速度を持つアルゴと元々は要人を守る移動要塞として開発されたスーパーXと単純比較はできない。
「休めたか? 昨夜は結局仮眠程度だったんだろぅ?」
睦海の隣に並んで機内の座席に腰を下ろした白嶺が問いかける。
「4時間のフライト中でちゃんと眠れたから平気」
「ならいいけどさ、十分な脳の休息も仮想世界での活動には不可欠だからよ」
「ありがと」
睦海が返事をすると白嶺が目をパチクリとする。
「どうしたの?」
「いや、素直だなと」
「別に私はツンデレじゃないわよ」
「……」
何か物申した気な顔をしつつも白嶺は何も言わずに正面を向く。
まもなく機内にアナウンスが響き、アルゴ下部にある格納扉が開かれ、一行を乗せたティルトローターが空中発進した。
GGGとコンテナもそれぞれ投下され、アドノア島を目指して降下した。
V-280がアドノア島の中央部に広がる平地に着陸する。砂丘とゴツゴツとした岩石が露出した小山、海岸線は大部分が崖となっている荒涼とした島の中で数少ない平地部である。
Gフォースと海軍の制服が入り混じった隊員達が機体から降りるとパラシュートで上空を降下しているGGGとコンテナを砂丘地帯へ誘導する。
まもなく機内の待機であった睦海達も降りてよいと声をかけられた。
「アドノア島は?」
「2回。もう10年以上来てない」
白嶺に睦海は答える。
そこへアドノア島観察基地からバギーに乗って健と昨夜の内に日本を出発していた先遣隊が彼らの元へと近づいてきた。先遣隊にはJOプラザとG対を担当する日本政府側の人間として派遣された鈴代の姿もあった。
「睦海ぃぃぃーっ! おーいっ!」
バギーから身を乗り出した健が大声で睦海を呼びながら手を振る。
それを見て思わず白嶺が睦海に「あれが親父さん?」と確認する。睦海も額に手を当てて、「うん」とだけ答えた。
一方、まるで健に張り合うように彼らの背後で降下された設備の設営準備を行う部隊の中からもセバスチャンJr.の大声が上がる。
「それは精密な部品がアルマジローッ! 優しく優しくシクラメーンッ!」
「……G対の連中って皆こんななのか?」
「G対じゃないもん、知らないわよ」
そんなやり取りをしていると、バギーは彼らの前に停車し、健と鈴代が二人の元にやってきた。
「睦海っ! 待ってたぞ! しっかり食べてるか? 怪我とかしてないか?」
「お義父さん、その言葉そのまま私がお義母さんから託された言付けよ」
「尾形、待ちくたびれたぞ。しっかしくたびれた。俺を労え」
「鈴代、わざわざ言葉を被せなくていいし、全く内容は違うぞ。それに、その言葉そのまま俺が日本側のお前に言っていいことだろ?」
曰く、鈴代はG対側の特権的な国際ルールで大部分は簡易化、事後処理化されている事務でも仮想世界のJOプラザは取り決めがなかった為に白嶺達本隊が到着するまでに現地での技術者的な作業からオンラインでの政府側との調整をする文字通りの先遣隊としての仕事を行っていたらしい。
「まぁ、おかげで本隊が到着した今は単なる立会人だ。せいぜい高みの見物を決めさせてもらうよ」
「させるつもりはないけどな」
それぞれが話していると、睦海が白嶺に健を連れて近づいてきた。
「尾形さん、改めてご紹介します。父です。で、こっちが尾形さんよ」
「桐城健だ! よろしく!」
「尾形白嶺です。よろしくお願いします」
「「……!」」
二人が挨拶を交わす。そして、互いの視線が合った瞬間、何かを感じとって握手をする。
グッと固い握手を、互いの手の血管を浮き上がらせて心なしか顔も赤く歯を食いしばって笑顔を浮かべながら、交わす。
「どうしたの?」
「いや……」
「何でもない……」
「ククク……」
睦海が問いかけると、サッと手を離した健と白嶺は妙に余所余所しく、鈴代だけが笑いを堪えていた。
「よし、こっちに来てくれー!」
健が小高い岩山によじ登り、その頂に立つと、大きく手を振って叫ぶ。その視線の先は海へと続く崖があるだけだが、彼の呼びかけにゴジラの咆哮が返ってくる。
ゴガァァァァァァァァァオオオンッ!
そして、海が割れ、大きな水飛沫が霧状に飛散すると、地響きを伴って足音が聞こえたかと思うと、崖の下からゴジラの頭部がヌゥーっと姿を現した。
ゴジラを見慣れている健を含めたごく一部以外の全員がその巨大な頭部を見て一斉にどよめいた。中には腰を抜かしている人もいる。
平地で待機している白嶺も思わず身構えていた。そんな様子を隣に立つ睦海がクスリと笑う。
「あれが、ゴジラ……」
「そう。あれがゴジラ」
ゴジラは健の近くへと、彼の立つ岩山近くの崖に体を傾け、身を屈めた。崖はゴジラの体に合わせた形で窪んでおり、長年の繰り返しによってその形へと変わったことが伺える。そこがこの島でのゴジラの休憩場所なのだ。
「あれがゴジラに取り付ける装置か」
健が岩山を駆け降り、一行の元に戻ってくるとGGGを指差して確認する。
Gフォース側の隊長が「そうです」と答える。それを確認した健は後頭部を掻き、「作戦までどれくらいだ?」と更に確認を取ると、嘆息して隊長に指示を伝える。
健の指示を受けた隊長は驚くものの、すぐに隊員を集めて放射線防護服と武器の装着を始めた。
「何をはじめるの? ゴジラに装置を付けるんでしょ? 武装は不要じゃないの?」
バギーに戻ってきた健に睦海が問いかけると、「時期が悪いんだ。被害を出す訳にもいかないからな」と答え、バギー後部に付属されている荷台に積まれた大きなドラムバックを開く。中からは宇宙服と見間違える程に仰々しい放射線防護服が取り出され、ツナギを着るように慣れた手つきでそれを着込む。Gフォース隊員達は若干形状が異なるが、一人ではうまく着れずにバディを組んで二人で着ている為、健がその作業に慣れていることが伺える。
「お前らはここで待機していろ」
睦海達、Gフォース隊員でない面々に防護服を着終えた健は言うと、防護服の入っていた荷台からメーサーライフルを取り出す。使い慣らし改造も施されている。銃身から配線を分岐させてメーサーブレードを照射口の下部に固定した銃剣になっている。出力が大きいものである為、防護服に弾丸ベルトの如く予備バッテリーを繋ぎ合わせたベルトを肩から斜めにかけ、「よし!」と指差し確認をする。
まもなく準備を終えたGフォース部隊の隊長が報告に来た。
「整いました。GGGはV-280が2機で吊り上げてアプローチします。我々も同機に搭乗し、ワイヤー降下を試みます」
「それが良さそうだな。……ならば現地で合流としよう」
「桐城さんは?」
「俺は下から行く。ちょっとしたクライミングだよ」
そう答えた健は隊員達に今の隊長との打ち合わせと同じ内容を告げ、一足先にゴジラの元へと向かう。
ゴジラの間近にまでバギーで接近した健は、ゴジラに二、三言葉をかけると、左腕にアンカーが取り付いた装置を取り付ける。
「ワイヤーアンカー?」
双眼鏡でその様子を眺めている睦海は呟く。G対が開発した装備で本来は腕につけるものでなく、地面などに打ち込んだ台座に設置して、ワイヤー付きのアンカーを射出して簡易昇降機として用いるものだ。災害現場でも使用シーンは考えられる為、即応特派の備品の一つでもある。
背中ではV-280の離陸が始まり、轟音と風が舞っている。それをウィンドブレーカーのフードを被って防ぎつつ、健の様子を観察する。
案の定、健は左腕をゴジラの頭部に向けて突き出し、アンカーを射出した。アンカーはゴジラの耳の後ろに引っかかり、ワイヤーを巻き上げ、健の体は上昇する。
映画やコミックスではよく使われるアクションだが、やっていることは機械の力を使った強制片手懸垂だ。腕が引きちぎれるとまではいかないものの、勢いよく巻き上げられるワイヤーに全ての重さが引き上げられ、その力が左腕に集中する。脱臼や打ち身などは十分に起こりうる。それを健は防護服とメーサーライフルの銃剣の重さも加わった状態でやっているのだ。
そして、ゴジラの頭部へ達した健はそのままゴジラの皮膚の凹凸部に体を当て、ロッククライミングの要領でどんどんゴジラの表皮の上を移動する。
一方、ゴジラの頭上にGGGを吊り下げた2機のV-280も到達してホバリングをすると、一人また一人とGフォース隊員が降下する。
お互いの位置が確認できる程度の距離のゴジラ頭頂部へ降下した隊員と健は各々、武器を構えて警戒を始める。
するとゴジラの凹凸した皮膚の出っ張りが動いた。
キシャャャャァァァァアッ!
「発見!」
「そこかっ!」
隊員が叫ぶ。それは健に向かって飛びかかる。
皮膚から剥がれて健に飛びかかってきたのは、ゴジラの皮膚に寄生するフナムシの仲間、ショッキラスだった。フナムシの仲間とされるが、片や海の掃除屋という自然界では重要な役割を持つが、このショッキラスはゴジラ表皮に寄生し、ゴジラの体を掃除することもない。人にとってのダニと同じ厄介な寄生虫で、健曰く特に夏場の前後に大量発生する。
健が1匹をメーサーブレードで焼き切ると、次々に表皮の窪みに隠れていたショッキラスが湧いてきた。
他の隊員達もメーサーライフルを放ち、応戦する。
「キタキタキタァァァァァっ!」
健も叫びながら、ショッキラスを次々に駆除していく。
隊員達の連携攻撃により、混乱なくメーサーライフルのチャージ時間の攻撃が止むことなく絶え間ない応戦を続ける。
そして、地面にはショッキラスの死骸がどんどん落下していく。
「よし! まだ潜んでる奴も残ってだろうが、警戒していれば装置設置はできるぞ!」
まもなく健の号令でゴジラ頭部へのGGG装置設置作業が行われた。
「ゴジラ、頼んだぜ!」
ゴガァァン!
健がゴジラに頭部の表皮に触れて声をかけると、ゴジラが返事をした。
「俺もゴジラと一緒に行く!」
健が言い出したのはゴジラに設置されたGGGとコンテナから展開した一辺2メートルの立方体の形になったスーパーサーバーコンピュータが有線ケーブルで繋がれ、コンテナに仮説された光学通信送受信器とモニター室も準備が整った頃であった。
元々ゴジラとデルタを閉鎖通信環境で制御するにはこの規模の機器が必要となる為、今更健一人が加わったところで大した負荷にはならないが、問題はそこではない。
「お義父さん、指揮官でしょ? それにアバター持ってないでしょ?」
「この島での作戦指揮官ではあるけども、中に入ったら俺は指を咥えて待つしかできない。だったら、俺も直接行くのが手っ取り早いだろ!」
「まぁわかっちゃいたけど、お義父さんは司令に向いてないね。現場向きというか……。まぁ今回は確かに作戦が始まったら、ログインしている人に一任するしかない内容だし、その意見は一理あると思う」
「だろ? そういう座って構えるのは将治の仕事だよ」
そして、Gフォースの隊長にも睦海と健で話をして確認を取る。
当初は苦言を発していたが、元々将治からもその可能性は聞いていたらしく、司令本部への確認を取らずに了解が得られた。
「アバターなしって、即席で作るつもりか?」
了解が得られ、コンテナの中でタブレット端末で操作方法のレクチャーを受けている健を遠目で見ながら白嶺が睦海に聞く。
「まぁ、据え置き型ハードのキャリアはゼット世代相応に長いから」
「まぁコンシューマーをわかってるのと、擬似体感覚のフルダイブしか知らないのだったら、コンボの理屈が認識しやすい点で優位だけどさ。それはフルダイブも使えての前提だからね?」
「確か得意なのはフォレストファンタジーの初期シリーズ」
「思いっきりターンバトル方式のRPGじゃねぇか! アクティブタイムコマンドバトルシステムがある分まだマシか」
「一応、昨夜の内にこうなる事を予想した将……麻生司令がJOプラザ側にGMアカウントのアバターを手配しているわ」
「まぁ、裏ボスに初期装備レベル1で挑むようなことをするんだから、それくらいのことしないとね」
「でも、相手が進化したディアボロスである以上、レベル99でもテク無しだとレベル1と同じよ」
「違いねぇ」
そうこう話している間に睦海達もログイン準備の声がかけられた。
コンテナに向かうと、衝立て越しに健が初期設定を終えたらしく声が聞こえた。
「なぁ、ちょっとコレって……あれ?」
睦海が持参したシエルのデータを保存したヘッドギア型の端末を手に取って配線を繋いでいると、衝立てをガタッと動かす勢いで握って健が顔を出してきた。
VR用に設けられたスペースは接続中、プレイヤーが無防備な状態となる為、社会常識として完全なるプライベート空間とされている。三十路の娘だから良いものの、覗き込むだけでも犯罪としてみなされることすらある。
それを含め、睦海が嘆息して「どうしたの?」と、不思議そうにキョロキョロとしながら「おかしい。それにどっかで見た気がする」など呟いており、怪しさを更に増させていた健は、「これを渡されたんだけど」と睦海に端末を見せる。
端末は睦海と同じヘッドギア型で、CIEL社製の最新モデルだ。装着時の圧迫感を軽減したソフトな作りとなっており、軽量化と洗練されたスタイリッシュなデザインの両立をした注目の製品と言われている。
「電源どこ?」
「あー、これは非装着時のオートスリープ機能が付いてるのよ。だから、被れば自動的に起動するよ」
「あ、そういうことか。ありがとー!」
そう言い残すと健は戻る。
睦海もスペースに用意されたリクライニングシートに腰を下ろし、端末を被った。
電源が起動し、認証画面が視界に現れる。睦海の口角が自然と上がった。
「接続開始!」