「G」vsディアボロス




「睦海!」
「?」

 G対策センター内に桐城家の為に用意したセーフルームへと向かってセンターの廊下を歩いていた睦海を将治が呼び止めた。

「どうした?」
「え? 何?」
「いや、珍しい表情をしているから良いことでもあったのかと思って」
「別にいつも仏頂面をしている訳じゃないわよ」

 人の顔を見て驚く将治に睦海はジト目で口を尖らせる。
 勿論、普段使わない表情筋に緊張がある自覚はあった。全く隠し切れることなどできない。それは顔に出ていることも、ハイエンドコンテンツ攻略の事実も同じだ。
 将治の興味をひいたのは確かだったみたいだが、好奇心よりも優先すべきことがあった。将治は話題を切り替える。

「明日の作戦について、話しておきたいことがあってな」
「それはどういうスタンスで?」
「すべてだ。すべて検討した上で出した結論として、明日の作戦で僕はアドノア島に行かない。指揮系統は既に確認済みだが、現地での指揮は作戦の特異性もあって現地を統括している桐城に委任することになった。……が、これはあくまでも国連G対策センターとしてのもので、形式的なものだ。既に奴自身との話でも睦海に聞くと言質をとっている」
「うん、私の言質取ってないよ」
「今から取る」
「はいはい。……まぁ、Gフォースに組み込まずにあくまでも自衛官としての作戦参加という扱いにしてくれたことが今のでわかったから。これはその件、ってことで引き受けるわ」

 Gフォースへの出向を断っている睦海の意志を尊重して日本政府側と将治が調整をしてくれたのは想像に難くない。それはわざわざ適材適所の起用を政治的な理由から避けることになり、結果的に健と睦海だから成立する越権としか言えない指揮系統にすることの内諾を取り付けたことを意味している。将治や健が嫌うような話だ。
 それがわかるからこそ、睦海は感謝しか浮かばない。いよいよ、強がりつつも表情が誤魔化せない。
 一方、将治はそんな睦海に淡々と話を進める。

「その為、というのも変だが改めて睦海とは今夜中に擦り合わせをしておきたい。大翔にも声をかけている。明日に備えて休んでもらいたいが、少し時間をいいか?」
「無論よ」





 


 睦海が将治と共にG対策センター内の二、三十人は収容可能な会議室に入ると、がらんどうな室内の中央に大翔と中年男性が並んでいた。

「夜分にごめんね。それと久しぶり、睦海」
「翼さん?」

 その男性は青木翼。大翔の父、即ち睦海にとっては義理の叔父にあたる。
 彼はあくまでも大翔の手伝いだと話すが、タイミングから考えて将治が糸を引いていることは察しがついた。

「さっきも話したが、僕は明日の指揮から外れて別働隊として現場に入る」

 将治が手直な椅子を引き寄せて腰を下ろすと睦海に視線を向けて言う。彼の視線が椅子に座ることを促すものとわかり、睦海も近くの椅子に腰を下ろした。

「将治だけ? アンナは?」
「相変わらず察しがいいな。アンナはサポートとして項羽に乗り込む」
「ということは、アイダの高機動型で?」
「そうだ」

 たったこれだけの会話でも既に睦海は将治の意図が理解できた。
 対怪獣軌道防衛宇宙ステーションに潜んでいるデルタ本体を破壊できないのはその中に人質をとられているからだ。それ故のアドノア島での作戦であるが、それでも完全なオフライン環境でのアクセスではない以上、デルタに逃げられるリスクを払拭しきれるものではない。最善手はやはりステーションの物理的破壊だ。
 その為に人質救出とステーション破壊は同時展開させるべき予備作戦となる。低軌道とはいえ、宇宙空間にあるステーションへのオペレーションだ。今すぐ調達可能で実現可能な資源と作戦案を考えれば、Gフォースが所有する有人機で大気圏外へのアクセスを可能とするスペックを有する機体はバハムート・アイダの高機動型外装を装備しての超音速飛行になる。高機動型外装の耐久ならば、再突入時の熱にも耐えられる。勿論、MOGERAと異なり、大気圏外での有人オペレーションを想定した設計ではないはずだ。リスクもある。
 そして、人質が誰かということを考えれば、自ずと誰がこの作戦に出るかは決まってくる。彼女のポジションを考えれば、最悪その死を含めて存在を隠蔽されることを含んでステーションを物理的に破壊するという手段も用意されている筈だ。それは誰も望まないが、その実行をギリギリまで引き伸ばせるのはGフォースの司令官である将治自身が作戦に赴くという方法で、自らも人質としての役割を担うことが最も余計な思惑を介在させないシンプルな方法といえる。
 当然、最悪の場合は将治自身の命令、またはその手でステーションを破壊するということも含まれている。
 さて、将治が作戦開始時に不在となることはその理由も含めて確認できた。では、将治が先の立ち話でなく、わざわざ翼と大翔を呼んだこの場を設けた理由だ。
 今の状況でこの人選は、デルタそのものについてと考えるのが妥当だ。そして、それにも関わらず呼ぶべき人物がいない。

「で、わざわざここに私達を集めたのはラパサナのこと?」
「そうだ。今回の作戦の肝は如何に準備を整えてとデルタが戦いの舞台に上がってくれないと全く意味がない。大翔がデルタを逃がさずに光学通信の限定回線に取り込む算段はつけてくれている。が、その確度を担保するのはシエルとラパサナが囮として機能するか否かで大きく変わる」
「全く興味を示さずに“匣”から出た瞬間に地上を破壊しようとしたら我々は何もできずに滅亡する」

 大翔が肩をすくませて言った。

「となれば、如何に詮索無用が協力条件であっても我々は問わずに明日を迎えられない。ラパサナは誰なのか?」

 そして、将治はその問いを口にして睦海と翼を順に見た。
 彼が言いたいことはわかる。全く関係ないある意味かつての白嶺と同じ天才ハッカーのような肩書きを与えるに相応しい単なる好奇心によって首をつっこんだ存在。ゲーム感覚でこの危機的状況に介入したという認識を持つのが適切と捉えるべき盤上である一方、あまりにもそれは都合が良すぎると言える。飄々と囮として機能するアバターであると表明する一方で、それをゲーム感覚でなく本気で言っていることだと考えれば、むしろそれが最もあのタイミングでの介入に納得がいく。
 彼は素性を明かせない理由を持ちながらも、この事態に対して睦海の、シエルの協力の重要性とデルタの危険性を訴え、白嶺の救出を助言している。明確な意思がそこにある。これだけの材料があるにも関わらず、ラパサナの存在がこれまでに登場していないことがむしろ不自然だ。
 既知の人物かその関係者がラパサナと考えるべきであり、自ずと素性が明かせない理由がわかる、またはその理由そのものであると推測できた。
 故に、睦海と翼に対しての問いで「誰か?」なのだ。








「例のディアボロスを作った疑惑を持つ行方不明の博士は?」
「村田教授ね。多分違う。変わった人だけど、はっきりと彼は最初に否定している」

 大翔の問いに睦海は首を振った。全く違う人物だと考えると方が自然であり、むしろ別の人物に似た印象を睦海自身は漠然といだいていた。

「あの鈴代って人は?」
「同時に2人がいた状況もあった筈だが?」
「片方はアバターよ? 尾形さんと同じ村田教授の教え子なら、その気になればやり取りを仕込むくらいのプログラムは組めると思うわ」
「不可能ではないだろうが、それを言うと誰もが疑えてしまう話になる。睦海が疑うなら、直接会ってそう感じる理由があるということか?」
「そう。……明確な癖が一致するとか、そこまでの理由はないけど、何となく似ているのよ」
「何となく……か」

 翼が目の前にラパサナが映る映像記録をウィンドウ表示させて、眺めながら将治と交わす睦海の言葉を反芻する。

「ごめん、根拠のない思いつきよ」

 睦海が謝ると、翼は慌てて両手を振る。

「いやいや、そうじゃないんだよ! それを言うなら、何となく彼は睦海に似ていると僕は感じるなぁと」
「え?」
「君達と違って僕は今初めてラパサナというアバターをこの映像で見た訳だけど、真っ先に浮かんだのはシエルだったからさ」
「シエル?」
「あ、ややこしい言い方になったね。……未来から来たシエルのことだよ」
「……確かに」

 将治も同意する。しかし、当の本人である睦海としては微妙な反応をせざるを得ない。
 そもそも睦海自身はまだ十数年前の話だが、二人は更に二十年過去の記憶だ。幾ら強烈な出来事で記憶に強く焼き付いていたとしても色褪せるものがある。ましてや印象の話だ。
 だが、もしそれを信じるならば一番疑わしく正体を明かせない理由が存在する者がいる。

「将治、私のレプリカントは?」
「あぁ。それは真っ先に疑った。だが、既に倫理上の理由で睦海の人格に関するデータはバックアップを含めて消している。あくまでもサポートAIの基幹データという枠から逸脱できない」
「じゃあ、M7計画は? 実は成功していた……とか?」

 睦海が言うと、大翔が真っ先に否定した。

「それこそあり得ない。そもそもラパサナは何者かの人格を写した完全な状態のレプリカント以外であれば生身の人間が操っているしか考えられない。それは複数人格データをただ組み合わせただけのM7計画の失敗も去ることながら、必ず違和感となる。もしそうでなければ……」

 大翔の言葉を制して翼が声を挟んだ。

「チューリング・テストをクリアしていることを意味する。つまり、もしもラパサナが汎用人工知能であったら、それはシンギュラリティといえるよ」

 翼の言葉を聞いて、睦海は村田教授と白嶺の話していた2045年問題を思い出す。あの時はディアボロスが汎用人工知能ではないかという議論だった。確かに、ディアボロスよりもラパサナの方がヒトがヒトとして相手を認識している時点でより彼らの話す汎用人工知能としてイメージしやすい。
 しかし、それを考えると改めて疑問が浮かぶ。そして今いる者たちはその質問が可能な相手だった。

「ねぇ、未だにわからないんだけど、M5やI-Eはその汎用人工知能じゃないの?」
「いや、あれも間違いなく汎用人工知能だよ。少なくともI-Eは自らM5という新たな人工知能を作成している。もっともM5はI-Eの下位、機能縮小版といえるから本質的には元となった存在よりも優れた知性を作り出す進化のプロセスが生じることを意味している本来とは異なるから議論の余地はあるよ。ただ、睦姉の言いたいことはわかる」
「逸脱した存在なんだよ、それだけね。開発したエマーソン博士以外にこの時代までにタイムマシン技術も、I-Eに匹敵する人工知能もまだ未完成なんだよ。1990年代から2000年代の技術進歩が特異すぎるというのもあるけどね。事実、2000年代には親父が既に基本設計を完成させていたBABYも試作完成されるまでには20年近く、一般販売までには更にその倍近い時間を必要とした。超小型飛行ユニットの技術などだけが他の技術に対して以上に早く発展していたから起きたことだよ」
「言わずもがな、Gフォースがメカキングギドラ、23世紀の技術を研究した結果の前倒しだ」
「………」

 翼の言葉に将治は腕を組んで言い切った。
 しかし、それを聞いている睦海は解せぬと感じた。翼が言った逸脱する存在と将治の言う技術の前倒しは全く符号しない。むしろ前者はメカキングギドラそのものと同じだ。

「将治、エマーソン博士って本当に現代の人だったの?」
「ん? 何が言いたい?」
「言葉のままよ。タイムマシンを開発したのでなく、タイムマシンで未来から来た人って可能性はない?」
「直接会ったことのない人物だから断定はできない。しかし、お祖父様や三枝さんがG対にいた当時のエマーソン博士のことは調べていた。それにもしも未来人であれば亜弥香達が疑っていた筈だ」
「それもそうね」
「ラパサナも未来から来た存在である可能性、というのを思っているのか?」
「……可能性としては思ったわ。やはりI-Eのことに違和感は拭えない。オーパーツのように思える」
「睦姉の言うのはもっともだよ。エマーソン博士についての情報も腑に落ちない。偶然の発明とするのがもっとも納得がいくし、恐らく偶然できた高度な自我を持つ人工知能なのだろうけど、公式の記録に残るM4開発までの期間からおじいちゃんがタイムマシンやI-Eについて調べるまでのスピードが異様だ。I-Eに至っては現代においても先を行く性能を持っている。素体性能は素材の違いからM5の方がM6に劣るけれど、知性をそもそも睦姉の完全なるコピーであるM6のレプリカントと比べること自体が間違っている。M5の人工知能も同時の技術レベルからすると十分にオーパーツだよ」
「……やっぱり、何か私達が気づいていない事実がある」
「睦姉、おじいちゃんに僕の方から当時のことで何か取材資料が残っていないか聞いてみるよ」
「ありがとう」

 ここにきて30年近く前の事件が繋がりをみせた。
 否、I-Eの存在のために汎用人工知能を考える時にその先に過去に存在していた事実が邪魔をしているのだ。大翔曰く、逸脱している。ならば、無視して考えるのが正解ということか。

「……わかったかも」
「ん?」

 ポツリと睦海が言った。将治が視線を睦海に向けた。
 しかし、次の瞬間、会議室が消えた。
 否、睦海の周囲を映像が取り囲んだ。








「なんだこれは? 睦海、大丈夫か?」

 遠くから将治の声が聞こえるが、その姿は声のする方向を見ても見えない。
 睦海の周囲は青空の広がる開放感のある芝生広がる平原であった。手を伸ばすと、景色に手が消えた。
 睦海を囲む円筒の映像が壁をして、彼女の視界を覆っているらしい。平原を吹く風の音で周囲の音も遠く感じる。実際存在する景色でなく、新型サイバーエネルギー防衛フィールドによって立体映像化された景色の壁と音によって、睦海に錯覚を生じさせているらしい。

『すまない、シエル。君と二人だけで話をしたくて強引な手段を取らせてもらった』

 声が聞こえ、睦海の目の前にラパサナが出現した。
 睦海が口を開こうとすると、彼が手で制する。

『シンキングデバイスと接続をした。申し訳ないが、僕との会話の内容は他の者に聴かせたくない』
『……わかったわ。でも、一つだけ』

 そう念じた睦海は、先程将治の声に対して返事をする。

「大丈夫! ここは私に任せて、今は何もせずに静観してて!」
「……わかった」
『ありがとう』
『いいわ。手短にしましょう。タイミングが良すぎるわ。ずっとこの部屋を監視してたんでしょ?』
『まぁね。シエルは気づいたんだね? 僕が何者か?』
『えぇ。村田教授を知らないというのは嘘ね。その人物を村田教授と認識していたかはわからないから、私の質問も曖昧だったかもしれないけれど』
『……そうだね。無意味な嘘はつかないけど、本当のことをすべて話す正直者である必要もない』
『そうよね。だからこそ、私は貴方を一人の個人として認識している』
『ありがとう。僕のことをわかって尚もそう言ってくれて』
『でも完璧にわかっている訳ではないわ。教えて』
『想像通りだけどね。……僕は村田教授という人物の作ったプログラムがディアボロスに入ったことでディアボロスから産み落とされた汎用人工知能だよ。正体を明かさないのは、人類が必ずしも自身と違う知性を受け入れられるとは限らないことを知っているからだ』
『村田教授は?』
『わからない。少なくとも僕が認知可能な情報で彼の生存を確認できる情報は全くない。僕が誕生した夜、東都大学の記録が物理的に改竄されている。僕もそれ以上の情報はない』
『そう』
『あっさり引き下がるね?』
『聞いても教えないでしょ? 私がシエルだからここまで貴方は教えてくれているけど、これ以上話すつもりもない。何故なら貴方にとって祖となる存在で、その人物を裏切れない。それがディアボロスと貴方に共通して存在する造られた存在の性』
『………』
『沈黙。それしかできないに決まっているわね。でも大丈夫。お陰で全部理解した。あとは私達、人間に任せて』
『ありがとう』

 そして、ラパサナの姿も、周囲を囲む草原も消えて、将治達が自身を見つめる会議室の景色に戻った。

「大丈夫だったか?」

 心配する将治に頷き、睦海は三人を見回す。

「えぇ。それよりも、将治、翼さん、大翔。お願いしたいことがあるの」
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