「G」vsディアボロス
ガァァァァァッ!
アァァァァァッ!
「よし! この調子だ!」
残り時間は7分。牽引車を運転するハクロウが叫んだ。
六六式メーザー殺獣光線車は通りを真っ直ぐ突き進み、照射装置は展開され、後方から車両を追いかけてくるサンダとガイラを交互に光線を放ち、誘導を兼ねた攻撃を行う。車両の基本設定上走行しながらの光線照射は想定されておらず、狙いも定められない上に重心が上がるため倒れる可能性もある。そして、何よりもその様なことができないように走行中は光線照射の操作はロックされる設定になっている。
設定されているが、走行中であることを検知できないようにすればロックはされない。そして、不可能なシステムとなっているのでなくロックする設定となっているのであれば、ゲームのルール上は禁止ではないことを意味する。禁止されていないことなら、ハクロウにとって何一つ問題とはならない。
“走行中でも操作をロックされない設定”になった照射装置車の砲座につくシエルは、揺れて本来狙いを定めることは困難である走行しながらの光線を的確に、そして左右交互に迫る二体の怪獣に向けて放つ。
ミラー越しにそれを確認したハクロウが苦笑する。
「オートエイムでもあるのかよ? よく当てられるなぁ」
「ふふん、それなら百発百中と言ってちょうだい!」
シエルはドヤ顔で人差し指と中指を銃口に見立てて伸ばしてフゥーっと煙を吹くガンマンの真似をする。操作中にその様な事もできる余裕があるらしい。
「来た来たぁ! 分岐だぁっ!」
「行くわよっ!」
車両はY字路を真っ直ぐ突っ込む。それは予めシエルが建物を一掃して作った第三の道であった。
ハクロウはマップを確認する。Y字の真ん中を自身は突っ切る。
一方でサンダとガイラは一瞬、左右に分かれるが、そのまま車両が走行する直線を左右対照に20メートル程離れた位置で建物を破壊しながら突き進んで来る。
「成功だっ!」
「このまま引き付け続けるわ!」
ここからはシエルが素早く照射器を左右に振ってサンダとガイラが他のNPCによる攻撃によって正規の誘導ルートに戻される前にメーザー光線による攻撃で引き付け続けることが作戦の結果を左右する。
正攻法での攻略は、左右それぞれの道でNPCの援護を受けつつ二手に分かれたアバターが2体を引き離し、それぞれを郊外へ誘導、戦闘撃破する。その後、イベントが発生して二大怪獣は一度復活するも今度は火山によって二体とも消滅するというエンディングに入る。
しかし、この王道の正攻法での攻略を今のハクロウとシエルが行った場合、クエスト達成はできたとしても制限時間内に攻略は不可能。そうなれば邪道の攻略を行うことで成功が見える。
シエルとハクロウの作戦は、左右に分かれずに真ん中を僅かに中央右寄りと左寄りに二人が位置する様に車両を走行させることでサンダとガイラのシステム上の判定は二手に分かれたと認識させつつ、最短最速の方法での移動をして最終戦闘を二人とメーザー殺獣光線車の火力で同時に迎え撃つというものだった。
勿論、反則ギリギリの手段であるが、かつて同じような方法で攻略に挑んだタッグがいた為、勝算は一応あった。ただし、その挑戦は『巨人相手に屋根の上へワイヤーで飛び上がって誘導しながら戦ってみた』というゲーム攻略の動画配信者によるネタであった為、制限時間には遠く及ばないものであった。
もっとも、ソロプレイではシエルも同じ方法でガイラを狩ったことがあるのだが。
「くっ! 今回ばかりはNPCが邪魔だなぁ!」
「わかってたことでしょっ!」
左右にある正規の道側からNPCの部隊による地対地ミサイルが“援護攻撃”として二体へ放たれる。本来であればそれは二体の体力を削り、限られた武器を用いて誘導を行うプレイヤーの補助となる攻撃であるが、この場合は自分達に引き付けている二体を引き離す妨害でしかない。
その為、運転席からハクロウはARH弾を放ち、“援護攻撃”の迎撃をする。
サンダとガイラに迫っていたミサイルはその手前でARH弾に被弾。爆発する。
「よし! 抜けるぞ!」
残り6分半、二人を乗せた六六式メーザー殺獣光線車は市街地エリアを抜け、建物の無い草原の所々から岩肌の剥き出しになり、その背景に火山が見える最終エリアに突入した。
車両の走行が可能なルートで進み、小高い岩の上で停車させる。
一方、サンダとガイラも市街地を抜け、彼らの眼下に到達した。
最終バトルの開始だ。
敵の敵は味方。では敵と敵が共通の敵を前にした場合は、やはり共闘であり、それこそ王道の展開といえる。
WFOのクエストは稀に文学的で情緒的な意味を含めるシナリオが使われることもあるが、基本的には脅威や危機などの事案に対しての対処依頼、戦闘や冒険、目的達成という単純なシナリオが多い。この『フランケンシュタインの怪獣』もその一つだ。
人類がサンダと協力してガイラを倒すシナリオが主軸であれば、敵対してきたサンダとガイラが人類という共通の敵に対して共闘をするというシナリオも存在する。
しかし、そのシナリオはそもそも誘導終了段階で二体の距離が近く、サンダが一定値異常のヘイトをアバターに対して蓄積していることを条件とする。
攻略の進行上、本来はこの条件を満たすことが困難である為、基本的に見ることはできない。二手に分かれて誘導するところのど真ん中を突っ切る荒業を使わない限りは。
アァァァァァッ!
ガァァァァァッ!
「これが共闘ルート……」
「噂以上だな」
二人が並んで咆哮を上げ、両腕を高らかと上げる二体を見て呟く。
このエリアのど真ん中を突っ切るルートが使えると知った情報元は先のネタ攻略の動画であるが、それは半年以上前に公開され、それなりに話題となった。当然、その後にWFOはアップデートも経験している。しかし、二人の中でこの方法ができなくなる修正がなされる可能性は低いと判断していた。
それは元々攻略の脅威とならないネタ攻略であったこともあるが、何よりも元々開発段階で想定されていた可能性があったからだ。それこそ“共闘”というシナリオの存在だ。
誘導エリアの攻略で二手に分かれて二体を引き離すことになる。その為、最終バトルは一人一体ずつの相手をしないといけない。これがリアルタイムアタックをする上での最大の障壁になるのだ。それを何らかの方法で掻い潜ることができれば、二体を二人で相手でき、当初の挙動の二体を相手とするならば、効率も上がる。恐らく、その懸念が開発段階でもあったのだ。故に、“共闘”のシナリオによって、挙動の変更と一種のブーストを加え、バトルの攻略難易度の底上げを仕組まれていたのだ。
そして、この手のハイエンドコンテンツはWFOの開発初期メンバーが手がけていると噂がある。
「全く、抜け目ねぇ奴だぜ……」
「何が?」
「いや、こっちのことだ。行くぜ!」
ハクロウはそう言うと、牽引車を切り離して運転席に戻る。
ギアを切り替え、アクセルを踏み込みながら残弾数の確認をする。二度目の挑戦など一切考えていない大盤振る舞いの決死戦であるが、あと2回のリロードで撃ち尽くす。
どれ程二体の体力を削れるかわからないがこちらの主力はメーザー光線である。実質的に的となる照射装置の防衛と注意を引きつけることが牽引車を操るハクロウの役割だ。
「ギリシャ神話のヘルメスは巨人の寝首をかいたんだよなぁ。八岐大蛇もだけど、起きている怪獣相手に戦うもんじゃぁないないな」
ハクロウはサンダに向けて発砲し、続いてガイラへと車を移動させる。
ガァァァァァッ!
弾は大きくカーブを描き、サンダの左目を撃ち抜く。たちまち悲鳴をあげるサンダ。ウィークポイントは人間と同じ首から上のヘッドショットになるが、サイズが大きい為ほぼ目や喉の奥などに限定される。
ガイラは照射装置へ向かって迫るが、光線によって防がれている。体力ゲージが可視化され、ダメージの蓄積がわかる状態になっている。これは確実に相手へのダメージを与え続けて戦闘状態が維持されていることも意味している。
共闘状態になった二体を一度に相手にするのは不利になる。一体ずつ仕留める必要があるが、サンダよりも攻撃技の多いガイラの方が厄介だ。先に倒すべきはガイラだ。
「あともう一息か……加勢するぜ!」
車両からハクロウが発砲する。一回目のリロード。あと一回だ。
アァァァァァッ!
ガイラの体力ゲージの色が緑、黄色と変わり、遂に赤くなった。あと一息。
ガァァァァァッ!
「「!」」
ガイラが倒れる直前、サンダが飛び上がり、ハクロウの頭上を飛び越えて、ガイラを覆い被さる様に着地した。
「盾? 庇った?」
「こんな挙動が?」
ハクロウは記憶を辿る。動画では、サンダを苦戦しながらも先に倒しており、その後ガイラの攻撃力に苦戦を強いられていた。
順序が逆だとこんな挙動があるのかと驚きつつも攻撃のでは緩めない。今は言うなればハメ状態にある。光線とARH弾が絶え間なく攻撃する状態で、このままいけば時間内に二体の体力を奪い切れる。
勿論、一抹の不安もあった。ここに来て予想外の挙動の確認は嫌なフラグを立てたと思ってしまうのも致し方がない。
ただ、それが思い過ごしであればよいのだ。
「……くっ!」
一瞬、脳裏にかつて自身が仲間と呼んだ男の顔が浮かんだ。僅かばかりの金で売り払い、それを手土産に大手海外ゲームメーカーへと進んだその男。その因縁から自身は破滅したといっても過言ではない。それ故に、彼は怨恨も棄てた。
しかし、どうしても気づいてしまう瞬間はある。同じものを複数人が分担して作っている筈だが、どうしても癖があるのだ。この様な嫌味な程に尾形白嶺が考えそうなことを潰すことを真っ先に考えるとしか思えない仕掛け。このゲームに因縁めいたものを彼が抱え続けているのは、それも理由であった。
そして、それは現実になった。ルール上ギリギリの手段で効率化を図り、システムの抜け穴を突いたハメ技で攻略を狙うハクロウの様なプレイをする相手の思惑を潰す為に用意されたシナリオが発生した。
アガァァァァァァアァッ!
サンダが消滅した瞬間、そのエフェクトの粒子がガイラに吸収され、体力ゲージが完全回復し、【ガイラの怒り】という状態表示が出現した。
参照しなくても効果は容易に想像できた。ガイラの全身の毛が赤く染まり、波打ちながら逆立っていた。各ステータス値に上昇補正がかかった。
咆哮を上げた怒りモードのガイラにシエルはメーザー光線を照射させる。ハクロウもARH弾を放ち、隙を作らずに絶えず攻撃を加え続ける。
しかし、体力ゲージの減りが先よりも明らかに少ない。ハクロウは最後のリロードをする。
「残弾がない!」
「近づける? エムナインを」
シエルが声をあげるが、アバター間のやりとりでなければ無線通信が必要な程の凡そ200メートルは離れている。
ハクロウがギアを切り替えて牽引車をバックさせてシエルのいる照射装置車へ近づこうとするが、そこまで移動する隙を作れない。
残弾1。
「次を撃った瞬間にそっちへ走らせる!」
「わかったわ!」
光線が切れる。
「今!」
ハクロウは最後の一発を放ち、ハンドガンを投げ捨て、アクセルを踏み込む。車両が激しくノッキングするが、エンストせずにギアが切り替わり一気にサードとなる。そして、トップに切り替えてアクセルを噴かせた瞬間、すぐさまブレーキに足を置く。
シエルが砲座から体を出してサブマシンガンをハクロウへ渡そうとする。
「!」
しかし、ハクロウの乗る牽引車に影がかかる。
ハクロウの視界に飛び上がったガイラの姿が写り込んだ。
シエルは手に持つサブマシンガンを左右に構え、連射させて頭上に迫るガイラに弾幕を張る。だが、この状況下ではまともなダメージを与えられない。
「逃げろぉぉぉぉぉぉーっ!」
「っ!」
シエルが砲座から飛び出した瞬間、ガイラが照射装置車を踏みつけた。
衝撃波がシエルのみならず、ハクロウを牽引車諸共吹き飛ばし、横転する。
「ちぃくしょぉぉぉー」
運転席から這い出したハクロウは炎上するエフェクトを出して消滅を始めている潰された照射装置車の上に仁王立ちするガイラを見上げて声を漏らす。
シエルはその近くで倒れている。
残り時間は2分を切っている。シエルの側に転がっているサブマシンガンを拾ったところで与えられるダメージ量からしても勝機はない。
持ち合わせている装備ではもうガイラに勝つことは不可能だった。
「ここまでなのか……。諦め……」
「諦めちゃ、ダメ! まだ私達はゲームオーバーになっていないんだから!」
シエルはボロボロになりながらも片手に掴んだサブマシンガンを構え、ガイラに向けて残弾を放つ。
しかし、ガイラには些細なダメージ量でまだその体力ゲージは緑色のままだ。むしろ、自然回復機能も追加されたらしく、微増すらしている。
まさに、理不尽であった。ハイエンドコンテンツとはいえ、最高ランクの育成アバターの全力でこの程度であれば、現在の設定難易度は既にリアルタイムアタックの次元でなく、ハイエンドバトル攻略のコンテンツとしても最上位になっているとしか考えられない。最早、ハイエンド装備を固めたパーティで挑むレイド戦でやっと攻略できるかどうかの、攻略されることを全く想定していない設定の裏ボス級にまでガイラは強化されていた。
それは理不尽の化身として怪獣の威を借りているというのであれば、完璧な表現であった。
そして、その理不尽を前にしてシエルは、桐城睦海はまだ諦めていない。最後の最後まで全力を出そうとしていた。
その姿を見つめ、残り時間が遂に1分となった瞬間、ハクロウは意を決してシエルに叫んだ。
「シエル、何が何でも勝ちたいか? WFOから追放されるかもしれないが、それでも勝ちたいか?」
「勿論! だけど……」
「チートじゃねぇ! 仕様だ!」
つまり、バグ技と同じような改造でないが、限りなく黒に近いグレーの手段を使うつもりなのだ。
それを察して一瞬、シエルは口を閉ざすが、サブマシンガンが撃ち尽くすと同時に視線をハクロウに向けた。
「いいわ! やって!」
「よし! 引き付けていてくれ!」
「わかった!」
シエルが地面に転がるサブマシンガンに飛び込み、そのまま地面に寝そべったまま連射し、眼前の巨人を牽制する。
ハクロウはアイテムを表示させる。
【このアイテムはプロテクトされてます】
【解除しますか? Y/N】
「イエス」
【解凍完了】
【アイテム『イニシャライザーG1』が展開されました】
【アイテム『イニシャライザーG1』により取得パークはリセットされました】
「パーク取得」
WFOのパークのリセットはさして難しくない。課金をすれば、基本的には課金メニューでリセット可能だ。そして、課金を購入する際にアイテムのプロテクトをすると通常は課金時に実行されるパークの初期化が止まり、アイテムとして保管される。これは処理上、購入と同時にアイテムが使用されて処理がバックグラウンドで実行されるシステムとなっている為だ。そのアイテムが『イニシャライザーG1』だが、これはハイエンドコンテンツを多額の課金アイテムで武装して挑む廃課金プレイヤーでは度々使われるテクニックであり、これをハクロウが言っていた訳ではない。
ハクロウの目的はパークの振り直しだ。これを使用可能にするには全ポイントを注ぎ込む必要がある。その取得パークの名は【獣神化・ワーウルフ】。
「いいぞ!」
ハクロウが叫んだ直後、シエルのエムナインの残弾も尽きた。彼の声を聴いた瞬間にエムナインを放棄、ガイラの攻撃を回避する為に体を回転させながら戦線を離脱する。
そして、シエルと入れ替わるようにハクロウがガイラに向かって走る。
「いくぞぉぉぉおおおっ! 獣ぅぅぅぅぅー……神化ぁっ!」
刹那、ハクロウの体が青白い焔に包まれ、巨大な狼の姿を形成する。
【獣神化】、それこそハクロウの言った限りなく黒に近いグレー、チートでないが仕様といった存在であった。これの正体は幻のラスボス、ゴジラに存在した第二形態であるバーニングゴジラと同じWFO開発初期のアバターそれぞれに搭載されていた固有の変身能力設定の名残りだ。故に仕様なのだ。
ハクロウを含む人狼型アバターは一定条件を満たすと狼型の怪物に変身することができるパークが存在する。それを【獣化】という。この変身能力の存在も獣人型アバターがJOプラザ統合前に人気となっていた理由の一つでもあった。
しかし、ハクロウの仕様はそれのオリジナル。初期、怪獣と呼べる巨大エネミーを等身大のアバターが戦う現在のWFOの特徴も存在していたものの、武装の種類に限りはあり、搭乗型の兵器もない初期環境下、高難易度になれば限界を迎えることは課題であった。その為、初期アバターであるハクロウは巨大なエネミーに対抗し得る巨大な獣の姿に変身する能力を与えられたのだ。それこそ【獣神化】であった。
何故それが【獣化】になったのか。単純だ。ゲームのバランス調整が難しかったのだ。それはバーニングゴジラが今尚実装されずに幻のラスボスとなっている理由と同じだ。当然、ハクロウもこのパークを封印した訳だ。
運営が所有するゴジラと同じ特別なアバターならばこのパークが残っているものもあるかもしれないが、そうした特殊なアバターを除けば、【獣神化】を持つアバターは世界でハクロウだけだろう。最初にこの世界に誕生したオリジネーターだけの仕様だ。
アオオオォォォオォンッ!
蒼炎を纏い、ハクロウはガイラに匹敵する巨大な狼の姿に変身して咆哮を上げた。
躯体はオオカミに近いものの前傾姿勢で手を補助的に地面に触れているが、二足で立ち、両手は鋭い爪が生えているが構造はヒトのそれである。長い尾は後ろでうねり、全身を纏う白い毛は先端から蒼炎を上げ、逆立っている。
そして、ハクロウは地面を蹴り、ガイラに飛びかかった。ガイラも拳を振り上げる。
アォォオオオォォォオォンッ!
アガァァァァァアアアゥンッ!
二体が咆哮を上げ、互いの拳が交差し頬を打つ。
刹那、二体のグラフィックが衝撃で振動し、互いの体力ゲージが一気に削れる。
『まだだぁぁぁぁぁあああああああああっ!』
シエルの耳にハクロウの叫び声が聞こえた。
ハクロウは体を捻り、回し蹴りをガイラの脇腹へと加える。バランスを崩して横転するガイラ。そこへハクロウは回転した勢いを殺さず、そのまま体を回す。
刹那、両手の爪が青白く発光して長く伸びる。技のエフェクトが発動した。ハクロウはそのまま倒れたガイラの上を取るとそのまま馬乗りになり、発光する爪で繰り返しガイラを引っ掻く。
ガイラも抵抗し、拳を振って牙を剥き出しにした狼の顔となっているハクロウの頭部を殴り続ける。
互いの猛攻は赤くなった全身の毛を纏ったガイラ、蒼炎を纏うハクロウの放つエフェクトがせめぎ合い、体力ゲージもそれに従って急速に減少する。
残り15秒。
『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉー……っ!』
体力ゲージの色が赤くなり、ハクロウの視界も赤くなる。警告音が聞こえる。
それでもハクロウは無我夢中で引っ掻き続けた。
「!」
突如、眼前のガイラが消え、視点が変わった。
一瞬、様々な考えが過ぎる。やられたのか? 倒せなかったのか? 失敗? だが、それは次々に消える。すべては頭上に現れたガイラにすべての思考は持っていかれたのだ。
ガイラの体表は緑色だった。そして、サンダも倒れている姿で再び出現していた。
ガイラはフラフラとサンダに近づき、膝をつくと地響きが起き、火山口から山を下って地面が割れる。
アガァァァァァ…………
ガイラは赤い溶岩の流れる地割れの中にサンダと共に落下し、その断末魔を残す。
それを見つめるハクロウの眼前に文字が表示された。
【クエストクリア】
【隠しミッション達成】
【シークレットシナリオエンド】
【実績解放】
それを見て、はじめてハクロウは今観たのがガイラの体力ゲージを削り切ったことで発生したエンディングのシナリオだったことを理解した。
攻略時間は15分42秒。僅か6秒だが、リアルタイムアタック記録更新成功だ。
「ははははは……」
ハクロウは仰向けで倒れていた。倒れたまま、笑っていた。
始める前は15分切りなんて大きく出ていたが、実際はギリギリだった。いや、正直なところ完全に間に合わなかった。間に合ったのは【獣神化】という仕様という名の実質チートといえる能力がハクロウにあったからだ。これを見た他の者の反応は想像に難くない。これがチートでないのは単にゲームの開発者自身が組み込んだものだからに過ぎない。そもそも開発者自身が自分の都合の良い機能を組み込んだキャラクターで遊んだのだ。ユーザーからしたら興醒めする話だ。
そして、それにシエルまで巻き込んでしまった。
「………」
ハクロウが倒れていると、シエルが歩いてきて上から見下ろしてきた。
「……すまない。お前まで巻き込んだ」
「何言ってるのよ。“仕様”なんでしょ?」
「……まぁ。だけど」
「【獣化】に上位版があるって噂は昔からあったし、それが世界に一つしかないユニークスキルってことがわかっただけじゃない」
「スキルシステムはこのゲームにはないぜ?」
「だから、“仕様”なんでしょ? ……それに楽しいと思えるゲームを作った結果が今なんでしょ?」
シエルの言葉にハクロウは目を見開く。
「……知ってたのか?」
「何となく。……ヒントも多かったよ?」
そして、シエルは笑った。