「G」vsディアボロス




 エンドコンテンツ。それは高難易度クエストやり込み系要素などのコンテンツを指すゲーム用語で、MMOゲームでは上級者プレイヤーを飽きさせない為に、一回プレイしたら終わりでなく何度も繰り返しプレイすることを前提に作られているものがエンドコンテンツとされる場合が多い。RPGではラスボス攻略後に解放される隠しダンジョンや隠しボスの攻略、レアドロップアイテムなどの収集などが該当する。
 そして、エンドコンテンツの中でも更に難易度や達成条件などの指定が厳しくなっていることで、他のエンドコンテンツとは一線を画し、他のエンドコンテンツ自体がそのコンテンツに挑戦する為の準備的な扱いになっている最上級者の為のコンテンツを、「ハイエンドコンテンツ」と呼ばれる。
 WFOにもハイエンドコンテンツとされるものが複数存在し、シエル達がトップランカーとして挑戦している大会もその一つだ。
 また、ラスボスとしてデータのみが存在するバーニングゴジラが実装されていないWFOにおいて、ラスボス、ラストダンジョンと呼ばれているクエストも実質的にはエンドコンテンツに分類される。その一つに【フランケンシュタインの怪獣】というクエストがある。クエストそのものはフランケンシュタインという巨人の細胞を研究し、サンダという怪獣が誕生したが、その細胞からもう一体のガイラという怪獣も誕生しており、2体の巨人型エネミーの戦いを繰り広げる都市型のステージを進み、最終的にはサンダとガイラそれぞれを倒すというシナリオで、攻略ルートが分岐するマルチエンドの要素があるクエストでもある。研究所で育ったサンダが人類であるプレイヤーの味方となり、共にガイラを倒すという展開も存在している。そして、ソロ攻略の場合はその攻略難易度の高さから事実上、その分岐エンド一択となり、最上級者でもレアな消費アイテムや課金アイテムを積んでやっと2体を倒すことができるというエンドコンテンツである。
 しかし、2人によるタッグプレイ限定で指定時間以内にサンダとガイラ2体を倒すことで発生するイベントがあり、その報酬と称号は上位ランカーと同等にWFOでは一目を置かれる最高栄誉であり、超希少アイテムである。どちらもそのアバターで入手可能なのはたったの一度きりである。だが、それだけではハイエンドコンテンツと呼ばれない。事実、クエスト解放初期の設定は1時間以内の攻略と緩い条件であった。その入手アイテムの希少性と攻略条件が判明した僅か1時間後、このタッグクエストは単なるイベントコンテンツでなく、最難関のハイエンドコンテンツと化けた。
 攻略条件の一定時間とは、“前回の攻略達成時間”のことであり、一般的にはクリアレコードタイムとされるものだった。
 つまり、このクエストの正体は高難易度タッグプレイのリアルタイムアタックを競うハイエンドコンテンツであったのだ。
 そして、現在【フランケンシュタインの怪獣】のタッグイベント攻略の達成時間は、15分48秒。ソロプレイ平均は1時間弱。当然、この記録を刻み込んだタッグは、すべてのマップ情報を頭に叩き込み、移動速度上昇アイテムや装備を積み、ボス戦での急所への一撃にのみ特化した武装での挑戦であった。20分切りまでの挑戦者は、攻略用の準備こそしていても他のリアルタイムアタックや難関クエストでも流用可能な装備であった。人々の予想では専用のビルドで積み込んでの攻略でなら10分切りまでなら刻むことができると思うが、他のビルドをしたアバターではもう記録の塗り替えをすることは不可能と言われている。
 言われているからこそ、玄人達はこれまで様々な死線を掻い潜ってきた至高のビルドをしたアバターで挑戦をするのである。

「待たせたな。久しぶりだから調整に時間がかかった」

 【フランケンシュタインの怪獣】のクエスト受注をする研究所の前でシエルが待機していると白嶺のアバターが現れた。
 そのアバターを見て、睦海は「やっぱりね」と呟く。
 アバターの表示名は『HAKURO』。野生味のある肩までかかったウルフカットの白髪に犬の耳、狼男の顔とフサフサの尻尾。それはかつて睦海がムツネコとしてプレイしていた当時に師匠と呼んでいた頃の白嶺のアバターであった。

「古いアカウント情報を有効にしたが、【フランケンシュタインの怪獣】の攻略には差し障りなさそうだ。装備も復元とこっちに移行できたもので応急処置的な取り繕いだけど、整えてきたぜ」

 ハクロウは水色の着物風のロングコートになった長羽織をヒラヒラとさせて言った。耐火ダメージ、耐衝撃ダメージを持つ希少装備だ。その内側に着込んでいる黒のレザー生地の上下を合わせたバイクスーツ風の服もまた、ダメージ耐性と移動速度を向上させる機能とスタミナ値の持続向上効果を持つリアルタイムアタック向きの装備であった。
 武器も動きを阻害するライフルなどは持っていない。シエルもそれは同じだ。移動速度、回避速度などアバターに速度補正のかかるライトアーマー装備で統一し、武装も近接特化にしている。

「目標は?」
「そりゃ、15分切りだろ?」
「了解!」

 シエルはニヤリと笑い、拳をハクロウに向けて上げた。
 ハクロウもニヤリと笑い返すと、シエルの拳に自身の拳も当てた。

【クエスト:フランケンシュタインの怪獣】

『クエスト受注しますか?』

 研究所の前に立った2人の眼前にウィンドウが表示された。
 このクエストのストーリーイベントは2回目以降省略可能となっている。これに対して、省略をして受注をすると、開始タイミングをカウントダウンするようにクエストスタートを伝えるエフェクトとスタートライン表示がされる。運営側がリアルタイムアタックを意識してこのクエストを開発したことが伺える。
 そして、シエルとハクロウは研究所の先に見える街を一瞥すると互いの顔を見合わす。
 2人は互いの意思を確認するように頷き合うと、同時に声を上げた。

「「YES!」」








 スタート位置を囲む地面のエフェクト色が変化する。カウントダウンだ。
 ハクロウは徒競走等で見られるスタンディングスタートの姿勢を取るが、両手の指先は伸ばし、後ろに回した右腕は大袈裟に後ろに伸ばし、体も前に屈めて、【縮地】という力を発動させるチャージモーションを取る。文字通り、武術や忍術といった扱いで漫画やゲームで取り上げられる瞬時で距離を縮める技だ。チャージモーションから発動までの時間は既に完璧に覚えている為、スタートと同時に発動し、コンボを行うことで【縮地】後に立ち止まることなく移動し続けられる。
 一方、シエルは地面にしゃがみ、両手を地面に添えるとクッと腰を上げた。堂に入ったクラウチングスタート姿勢だった。
 ハクロウはシエルに言葉をかけようかと一瞬考えが頭をよぎったが、そんな時間はない。地面の色が変わった。

『START』
「「!」」

 シエルの蹴った地面は土煙を巻き上げた。特化型のビルドでもないアバターのスタートダッシュなのに、とハクロウは改めてシエルの異常さを痛感する。
 しかし、ハクロウもまた【縮地】発動によって瞬時に数メートルの距離を縮め、その終了前に地面へ【縮地】と同じパークの【気功】を発動させる。地面に向かって正拳突きをすると、僅かな衝撃ダメージを対価にハクロウの体は宙に浮き上がる。
 そして、コンボとして繋がったその瞬間から再び【縮地】のチャージ、着地を待たずに発動。あとはこれをひたすら繰り返していく。僅か数秒の内に数百メートルを進む。世界記録など目ではなく、これこそゲームの世界であった。
 一方、その後方を走るシエルはハクロウと全く対象的なシンプルな手段だった。走る。ただひたすらに走る。しかし、元々俊敏性の高いアバターに装備などのアイテム補正、そして睦海自身のプレイヤースキルが組み合わさることで、バイクに乗っているかと見紛う程にまで走行速度を上げていた。シエルのそれは本来、このクエスト攻略専用にビルドしたアバターが実践可能となる正攻法でもあった。

(パークによるシステム補正が十分でないはずなのに五感と反応速度がついて行っている……。やっぱりとんでもない奴だよ、桐城)

 研究所の敷地を抜け、炎上する街のエリアに突入する。研究所内はアイテム回収やCPUから情報を得て攻略の方法を聞く場所となっており、リアルタイムアタックでは無視できるただの数百メートルの直線コースに過ぎない。
 この次の市街地は大きく3段階に区分できる。最初の1キロ程は瓦礫や火災のある市街地で、避難する人々、CPUの部隊などもいる。これらも会話をするとサブクエストに満たないまでもアイテムや回復など様々な恩恵があり、堅実に初見攻略をする際には必須となるイベントであるが、リアルタイムアタックにおいては瓦礫と同じただの障害物である。つまり、ここは障害物競争といえる。
 そしてその次はいよいよサンダとガイラの二大怪獣が激突する。ここでの戦闘は大した効果が期待できず、主に巻き込まれないように回避しながら移動をすることがポイントとなる。また、2体の戦い方も複数のバリエーションがあり、それによっていくつか最短のルートとなるパターンが別れ、この際の動きでイベントの分岐がほぼ確定する。具体的にはサンダが完全に味方となってしまうのだ。つまり、ここでの選択ミスはそもそもタイムアタックそのものが失敗することに直結する。
 最後が最難関であり、タイムロスを生じる原因でもある市街地からの離脱、誘導だ。先の分岐で最適解に達した場合、サンダとガイラのヘイト値が最大となっており、誘導が可能になる。このまま市街地戦で倒そうとしてもサンダは完全に倒せず、ガイラのみを倒すことになり、サンダは改心するというシナリオに入ってしまう。サンダを倒すには、最終エリアの山に誘導しないといけない。山での戦いで2体を倒す場合、初めてサンダとガイラは火山の噴火に巻き込まれて倒すことができるシナリオに突入する。そのシナリオに突入する2体を戦闘撃破した瞬間までのリアルタイムこそ、達成条件なのだ。

「シエル! 先に行くぞ!」
「了解!」

 ハクロウが市街地を逃げ惑う人々の波を【気功】と【縮地】のコンボで飛び越えて叫ぶ。
 シエルも返事をすると、人々の波に入る前に瓦礫の隙間を滑り込むように潜り、コースを外れて路地裏に入る。単純な俊敏性だけで乗り越えられる程、このハイエンドコンテンツは易しくない。特化ビルドでない以上、純粋なアバターの力には限界がある。その限界を超えなければハイエンドコンテンツは攻略できない。それは即ち、アバターの限界をプレイヤーの技術で突破することを指す。ハクロウのコンボもそれだ。2Dドットグラフィックの格闘ゲームならば、コンボは必須テクニックだが、擬似感覚ではあるが、ほぼ完全再現されたそのフルダイブ環境におけるコンボとはそれぞれの【技】の完全体得に至った者だけが使える極みのテクニックだ。一回のコンボができれば初心者卒業。しかし、2連続、3連続となった瞬間にその難易度は跳ね上がる。
 ハクロウはスタート以降、このコンボ絶やさず繰り返している。ハクベラとは全く異なるビルド、テクニックを使うアバターであるが、ここがゲームである以上、必ず存在するシステムやルールの穴や限界を最大限に利用する技術。それこそプレイヤー尾形白嶺の真骨頂であった。
 それに対してシエルのプレイヤー桐城睦海はどうするか。簡単だ。シエルの限界は睦海のこれまでに培い、鍛練した自身の経験値で超える。システム補正やパークのサポートを受けられないのであれば、マニュアルでカバーするだけだ。
 操作難易度は最大。専用ビルドによる極振りのパーク取得でやっと単身操縦が可能となるが、このステージ以外では稀に大会用のフィールドでランダム出現する程度であり、オープンフィールドでは自前の課金武装となる為、ほぼ趣味の域である兵器、六六式メーザー殺獣光線車が路地を抜けたシエルの前に停車していた。
 本来であれば部隊のCPUに話しかけてイベントを発生させることで、操縦や砲身の操作を補助してもらうことができ、初めて極振りビルド以外のアバターでも操作が可能になる。それこそサンダとの共闘の分岐ルートの真骨頂である。
 しかし、この最序盤でも操縦は可能なのだ。そして、このステージ唯一の搭乗可能な車両でもある。ただし、これを使用してのリアルタイムアタックに挑戦することは、ビルドが偏り過ぎて一人では操縦か砲身の操作の何かをマスターするのが限界であり、二人で操作した場合、サンダかガイラのどちらか一体ずつと相手をしないといけない為、現実問題として不可能であった。だが、シエルとハクロウがリアルタイムアタックを成功させる為には、この車両を使うことが必須事項であった。

「まだ1分……いける!」

 シエルは操縦席の窓を割って牽引車の中に入った。
 
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