「G」vsディアボロス
2040年に設置されて以降6年間、即応特派は毎年一度以上の災害派遣を実施してきた。初年度に発生した内陸部での地震災害から始まり、今回同様の土砂災害、水害、豪雪、雪崩れ、大規模火災を経験し、即応特派は実績を重ねてきた。
そして、昨年遂に即応特派最大の使命であり、その真価を発揮した。
即ち、怪獣災害への対応である。
「崩落現場へ到達。これより作業に……っ!」
それは春先の出来事であった。正午直前に群馬県西部の山中で局所的な地震が発生し、トンネルの崩落が起こった。
トンネルの前に降下した睦海が乗り込むスタンディングモードの三八式が作業に取り掛かろうとした瞬間、再び地震が発生した。しかし、その揺れ方がただの地震ではないことに気づいたのは睦海だけでなかった。
「小隊長! 震応が浅すぎます」
しらさぎの管制が報告する。わかっていた。この体の芯を直接揺さぶる振動。一度経験すれば心深くに刻まれるこの感覚。本能が訴える警告。歴史が変わる前、幼少期からアンドロイドのシエルという仮初の姿となった約10年間だけでも散々経験した睦海にとっては忘れるはずのないものだった。
「……不謹慎ね」
操縦グリップを握る手が震えていた。
しかし、睦海はわかっていた。これは恐怖でなく、武者震いだと。そして、顔に手を添えて呟いた。
睦海は笑っていた。
「……しらさぎへ! 戦闘準備へ移行! 彼を認識した時点より法十条の災派中の手続き省略による怪獣駆除を目的とした武器使用を職権で指示します!」
それは彼らが自衛隊であって自衛隊でない。防衛省に直接属する理由。彼ら専用の法によって彼らだけに許された最大の武器。手続きの省略。即ち、装備の中でも明確に武力の行使と判断される三八式の武器使用を、現場の一尉が職権で指示できるのだ。
日本の歴史で幾度となく現れた怪獣に対して、自衛隊はGフォースと共に武力を行使してきたが、それはどれほどに簡略化されても政府を通さずに実行はされなかった。当然の話ではあるが、最速でも怪獣発見から出動となる。偶然部隊がいたとしても、怪獣発見と同時に攻撃はできない。基本的には何らかの被害が認められた個体に対し、特殊災害の扱いとなって先代ゴジラへの対処で整備されたものを準用している。当たり前の話ではあるが、怪獣が目の前に現れたからと言って、本来ならば即断即決でただの自衛官が武力の行使を決定できるはずがない。
つまり、後手に回るのが常なのだ。
しかし、即応特派だけはこの法治国家の常識を法によって覆す例外として先手必勝の武力行使が可能なのだ。
ただし、如何に免罪符があろうと、未だ前例のない事だ。一瞬、睦海の言葉に対し、隊の皆が絶句したのがわかった。故に睦海は今一度息を吸い、闘気を込めて発した。
「戦闘準備へ移行! しらさぎ!」
『『『『了解!』』』』
今度はすぐに彼らは反応し、シュミレーションの通り準備がなされる。
管制が報告する。
『解析完了! 先の揺れはトンネルとほぼ同位置に巨大な質量体が移動したことによるものである可能性が高いです!』
「位置は?」
『最も可能性が高いのは、前方15メートル付近です!』
「それって、目の前って言うのよっ!」
睦海の言葉と同時に、再び地面が揺れ、崩落したトンネル入口の土砂と瓦礫が吹き飛び、巨大生物が入口前にいた三八式に向かって牙の生え揃った口を剥いて襲いかかってきた。
睦海は素早く三八式を後退し、巨大生物は空を噛み、バチンッ! とワニなどの顎では到底聞こえることのない噛みつき音を上げた。
武装のロックを解除すると共に睦海はしらさぎに向けて叫ぶ。
「容姿、サイズから既知の動物とは認められず! 彼の個体を怪獣と認知! 及び本機への攻撃の意思を確認! 第十条により怪獣との戦闘に入る! しらさぎは航空支援に入れ!」
クウゥゥゥゥゥウクゥン!
三八式より二回り以上はあるその怪獣は俊敏な亀やヤマアラシのようであった。背中には剣山の様にズラッと生え揃った棘、尾は長くやはり先端にかけて棘が生えている様はモーニングスターを彷彿させる。口はワニやサメの様に歯と顎が発達しており、爪も鋭利に尖っている。そして、その俊敏性と矛盾する特徴的な四つ這い姿勢での四足歩行。甲高い咆哮を上げたその怪獣に対峙した睦海は、その容姿に鎧竜のアンキロサウルスを重ねた。
後にそれはアンギラスと呼称され、ゴジラやラドンと同様に源流を中生代のアンキロサウルスの一種に持つ怪獣の幼体であると判明した。そして、草食かつ温厚と推測されるアンキロサウルスとは全く異なり、アンギラスは雑食かつ極めて獰猛。それは歴代確認された凡ゆる怪獣の中でも群を抜いて好戦的であった。
故に睦海はこの時咄嗟に個体を「暴竜」と呼称した。
「てぇぇぇぇーっ!」
睦海は三八式の主砲であるチェーンガンを使用する。弾がアンギラスに迫る。
「ちっ!」
刹那、アンギラスはバク宙をして弾を回避する。
その行動に思わず睦海も舌打ちした。あり得ないことを平気でやってのける存在。それが怪獣ではあるが、最早その動きは予知能力か瞬間移動かという程に素早い回避行動であった。
クウゥゥゥゥゥ……ッ!
宙を舞ったアンギラスはその身を回転させ、大きく円を描き長い尾が上から下へと回る。その先端にある棘が投石の如く勢いのついた尾から放たれた。
刹那、三八式の複合装甲が火花を挙げ、爆煙が上がった。
「くぅっ! 爆発した?」
操縦席のモニターは機体正面に受けた損傷を警告していた。棘は複合装甲を貫いただけでなく、爆発していた。
三八式の前方の車道を砕いて着地したアンギラスは三八式に対して背中の棘を逆立てて威嚇する。それはヤマアラシを彷彿させた。
クウゥゥゥゥゥウクゥン!
アンギラスは咆哮を上げると、更に無数の棘の生えた背中が甲虫の翅を広げるように二つに肩から割れた。背中から離れた甲羅状の硬い棘の生えた皮膚は反り返った。
そして、三八式のいる前方に向けて甲羅に生える棘は逆立ったまま小刻みに震わせ始めた。すると、重低音の効いたバサバサという大きな音が発生する。
「くぅっ……」
突然、睦海は目を細め、歯を食い縛った。違和感。嫌な感覚。そのような表現以外に思いつかない感覚を対峙するアンギラスから感じた。
『小隊長! 超低周波音です。あのアンギラスの発する音は音域、音圧共に動物へ悪影響を及ぼす音響攻撃です。今すぐそこから離れて下さい!』
しらさぎの管制が警告する。可聴域を超えて低い周波数帯の音は壁などを無視して人体へも影響を与える。軽度であれば不快感程度だが、音圧、即ち音の大きさによっては頭痛、吐き気、最悪の場合は脳などの神経系に深刻なダメージを与えることもある。
しかし、退避可能な状況ではない。睦海は叫ぶ。
「管制! 一時的でいい! ノイズキャンセル機能でどうにかできる?」
『しらさぎからの発信で妨害程度は。しかし、可聴域のそれとは訳が違います。長時間に及べば人体に影響が……』
「あの威嚇が攻撃に変わるまでの時間でいいわ! 初手で彼が好戦的な暴龍だということはわかっているから」
しらさぎの支援で一時的にも睦海の苦痛が緩和され、三八式は再びチェーンガンを発砲した。アンギラスは瞬間的に体を屈める。チェーンガンの弾丸は硬い甲羅の棘に接触。金属音を上げ、棘が数本はじけ飛ぶが弾丸もはじけてその弾道が変わり、車道脇のガードレールに着弾。吹き飛ばす。
一方、アンギラスは気でも触れたかの様に棘を震わせたまま、三八式へ攻撃をする。
クウゥゥゥゥゥウクゥン!
「っ!」
頭痛に顔をしかめつつ、アンギラスの挙動に合わせて睦海は三八式を動かし、攻撃を回避する。
三八式はモーターを唸らせ、時折火花を上げながら、機敏に急旋回や急加速、左右へのスライド、更には可変機構を利用した瞬時のタンクモード化により、機体の高さを下げる荒技を駆使しながら、前脚によるひっかき、噛みつき、尾の棘ミサイル、逆立つ棘の立てる超低周波音攻撃の中で絶え間なく繰り出されるアンギラスのそれら猛攻を回避する。
「うっぷ! ……失敗したら骨折どころじゃ済まないわね」
瞬時に可変をすることなど本来の三八式のスペックでは想定していない。操縦席は変形により、1メートル以上位置が変わる。通常は安全の為に油圧によって制御されるが、睦海はそれを強制的に解除して回避行動に利用していた。
当然、急激に高さが変われば、重力のみならず、実質的に1メートルの高さを椅子に座ったまま落下するのと同等の衝撃を体は受ける。気絶、骨折、死亡をしてもおかしくないが、睦海はその並外れた操縦技術で衝撃を耐えうるギリギリのところで油圧制御を戻し、衝撃を吸収させていた。しかし、長低周波音攻撃の影響で吐き気が強く出る。
『解析できました! 超低周波音攻撃は甲羅を逆立てて威嚇している前方に向けて特に効果を発揮しています。甲羅を下げさせるか、前方に位置しなければ現在のような攻撃に至る程の音圧には達しません』
モニターの一つにしらさぎから送られたモデル画像が表示される。アンギラスは背中の便宜上、甲羅としている表皮を反り返らせてそこに生える無数の棘を振動させている。甲羅は半楕円状のボウル型に反り返っており、パラボラアンテナと同様に前方向へ音を集約させ、高い音圧にした指向性のある超低周波音として放っていた。
つまりアンギラスの前方にいる相手に対する威嚇行動、または攻撃手段として用いており、その音波のビーム上に存在しないアンギラス自身や周囲には影響が小さいということだった。
種が分かれば、対策は簡単だった。睦海は口角を上げた。
「だったら、背中を取ればいい話ね!」
クウゥゥゥゥゥウクゥン!
アンギラスが咆哮を上げ、超低周波音攻撃を続けながら口を開いて真っ直ぐ三八式に飛びかかる。
しかし、三八式はタンクモードからスタンディングモードへの変形を先程同様に本来の設計以上の速度で強制的に行う。立ち上がりと同時に反動を全て脚部の設置面にかけ、地面を蹴り上げた。
『なっ!』
思わずしらさぎの管制が声を上げた。無理もなかった。
その瞬間、噛みつこうと迫り来るアンギラスの頭部を、三八式は50トン近くあるその機体を飛び上がらせて回避した。更にアンギラスの上を取ると、自由落下と共にマニピュレーターをアンギラスの露出していた背中に突き立てる。
「てぁぁぁぁああああっ!」
クウゥヴヴヴゥゥウンッ!
マニピュレーターは根本からボキッと折れ、同時に悲鳴を上げながら反射的に背中へと畳まれた甲羅に三八式の機体はぶつかる。更に機体はアンギラスの背後に倒れ、車道に転がると同時にモーニングスター状の尾に叩きつけられた。
三八式は叩きつけられた勢いで車道から外れて木々を巻き込んで山の斜面にまで吹き飛ばされた。
「まだぁぁあぁぁぁっ!」
モニターや機器が破損し、煙と火花をあげている操縦席内で破損した機械片に当たって肩から血を滲ませる中、睦海は叫び、今のダメージで破損した後部発射台の武装をパージする。更に、破損した前部の複合装甲を残ったマニピュレーターで引き剥がし、睦海は座席の肘置きに両手を付け、体を倒立させると、そのまま複合装甲の無くなった操縦席上部のモニターを蹴り飛ばした。バキンッ! と音を立て、モニターは外へと落下。非常に見づらいが、辛うじて前方だけは肉眼で目視することのできる小窓が作れた。
操縦、制御系をサポートする内蔵AIは既に機能を停止しており、睦海は完全にサポートを解除し、マニュアル操作に切り替える。
「よし、行ける!」
三八式が復帰するまでの間、負傷したアンギラスは背中にマニピュレーターを突き刺さったまま、三八式へと再び襲い掛かろうとするが、アンギラスの背後からしらさぎが上空でホバリングしたままバルカン砲による援護射撃をする。
甲羅を閉じたままにしており、その表面で小刻みな振動を続けている棘は、金属音を立てて弾丸をはじき、アンギラスの身を守る。
後の研究でアンギラスの棘は攻撃と防御の役割の他にセンサーとしての機能も有すると判明した。音を出すだけでなく、発達した感覚器官でもあり、それ故に死角や唐突な攻撃に対しても素早く感知し、反応できるのだ。また神経系も発達しており、ゴジラの第二の脳の比ではない神経系の中枢器官を複数有しているまさに暴龍の名に相応しい怪獣であった。
故にしらさぎの援護射撃は、最善手であった。確かに、ほぼ予知能力に近い優れた感知能力、反応速度を持つアンギラスを相手にバルカン砲程度では致命的な攻撃に至らない。それには至らないが、睦海を危険に晒していた超低周波音攻撃の脅威を軽減することと、好戦的なアンギラスの攻撃対象を三八式からしらさぎに切り替えさせることに成功していた。
アンギラスはしらさぎを睨んで狙いを定めると、前脚を踏み込み飛び上がる。そして、地上5メートルの地点でもう一度踏み込む。地上のアスファルトが砕け、5メートル上空のアンギラスは更に高く飛び上がった。全長20メートルを超える巨体がしらさぎを目指して飛び上がる。
しらさぎはすぐに回避を行い、アンギラスは飛距離が足らない。
クウゥゥゥゥゥウクゥン!
アンギラスは咆哮すると、背中の棘甲羅が再び左右二枚に割れて、後方の先端部から捲れ上がる。しかし、今度はパラボラ状に展開されるのではなく、まるでオーバースローの様に反り返った甲羅先端部に生える緑色の棘が剥がれ、しらさぎへ向けて放たれる。
しらさぎは水平移動で放たれた棘を回避する。
しかし、アンギラスはまだ諦めない。頂点に達したアンギラスは一瞬空中で静止。自由落下をする瞬間、スゥゥゥゥーっと息を吸い込み、左右に広げられた甲羅の棘と後頭部に並ぶ角が白く発光した。
クゥンッ!
刹那、アンギラスは自由落下をしながら、しらさぎに向け、息を吐く様に口から白い熱線を吐き出した。
『被弾!』
『これは……ゴジラやラドンにも匹敵する威力だ!』
アンギラスの白熱光線の直撃を受けたしらさぎは失速し、山間部へ退避する。対するアンギラスは白熱光線の影響か、口から白い煙をもらしながら落下する。
一方、地上の睦海はタンクモードにした三八式のアクセルを全開にし、急な斜面に沿って走行させる。操縦席の睦海は体を傾けながら、操縦レバーを思いっきり引き上げた。
「いけぇぇぇぇぇぇぇえっ!」
加速した三八式はその勢いのまま壁面走行状態で山肌から弾け飛び、アンギラスに向かって飛び上がる。
そして、上空で三八式はスタンディングモードへの変形をしながら、アンギラスのマニピュレーターが突き刺さった背中に向かう。
甲羅が広げられている今、既に睦海は肉眼でそれを捉えていた。
照準も必要ない。ただ、そこを目指して飛び込むだけだ。
クゥウゥゥゥ……
「っ!」
変形途中の三八式のチェーンガンがアンギラスの背中に接近した瞬間、至近距離で連射される。アンギラスも三八式の接近に反応し、甲羅を閉じるが、既に遅い。睦海の狙いは棘に覆われた甲羅の割れ目の中心に刺さるマニピュレーター、その唯一点に絞られていた。
弾が撃ち込まれる度に、コマ送りのようにアンギラスは表情を変え、遂に断末魔を上げながら、墜落する。
クウゥゥゥゥゥウクゥンッ!
「くっ!」
アンギラスの断末魔は衝撃波となって、三八式を吹き飛ばす。
睦海は落下の衝撃を四足歩行形態となった脚部を破壊させることで分散させた。アンギラスの断末魔は三八式の残る前部複合装甲を尽く破壊していた。
一方、アンギラスは最早足掻くことなく、そのまま落下した後、崖から転落し、谷の底で絶命した。
「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅぅー……」
機体だけでなく、睦海もボロボロであった。
なお、帰投後の検査で睦海は超低周波音攻撃の後遺症こそ無かったものの、全治1ヶ月の全身打撲で即時強制入院となった。