「G」vsディアボロス


〈改善後新時間軸〉

 

「そろそろ行きましょう」

 2009年、遠野亜弥香は戦いを終えたデルスティアで別れを惜しむシエル達に告げた。

 そして――…………




「……デルスティア、お疲れ様」

 23世紀人のエミー達と別れ、新しい改善後新時間軸の世界にシエルを送った亜弥香に残された仕事はデルスティアを返却することだけだった。
 しかし、元々このデルスティア自体が亜弥香の提供した設計データによって、正規の開発時期よりも大幅に前倒しされたものであった為、この改善後新時間軸においてもその歴史の修正が大きく影響していた。
 2030年ではなくその更に一回り以上も先の未来のGフォース格納庫にデルスティアを次元転移させ、亜弥香はそのシステムをシャットダウンさせた。劇戦を繰り広げた英雄は再び眠りにつく。
 球体状に真後ろ以外を見渡せた視界映像が消えたコックピットを最終確認する。万が一にもこの時代よりも進んだ未来の物を忘れて帰れば、それで新しい事案が発生してしまう。

「あれ?」

 それは小さなメモリーチップであった。規格はこの時代のものであり、これまで亜弥香は勿論、他に搭乗したシエルや健も気づかなかったことを考えると今、この時間軸に転移したことで出現した存在かもしれない。

「何かしら?」

 そのままにしておくべきか悩むところであったが、一旦手に持って亜弥香はコックピットから出た。一定期間この機体は消滅し、戦闘でそれなりにダメージを負った姿で現れている。どの道、この時間軸では亜弥香がデルスティアを2009年に持っていくことが分かっており、それを前提に開発された機体でもある。念の為、解析後に戻しても問題ないだろう。

「よし」

 一応、機体の周辺に人がいないかを確認しながら、格納庫へと出る。
 今更この時間軸で見咎められてもさした問題ではないが、姿を見られないに越したことはない。
 もっとも突然機体が消滅した筈の格納庫内で誰もいないことの方が異常な状況であり、むしろ人払いをされていると思える状況だが、その時亜弥香は何故かその考えに及ぶことはなかった。

「お疲れ様、亜弥香」
「!」

 格納庫内に女性の声が響き、亜弥香は驚いて周囲を見回す。
 コツコツと足音が響き、物陰から思わず亜弥香が見惚れる美人が出てきた。しかし、その纏う雰囲気とこの場で亜弥香と呼び、彼女を待っている人物となれば心当たりは睦海だけだった。

「もしかして、睦海?」
「えぇ。こっちの私とは初対面よね?」
 
 先程まで10代のアンドロイド少女だった人物が自分よりも一回り近く年上の生身の女性となって現れたのだ。次元転移をしている為、当たり前のことではあるが、それを亜弥香ではなく睦海の方が遥かに状況を理解していることで亜弥香の思考はどうしても彼女に追いつけていない。

「う、うん。あ、はい」
「亜弥香、別に今更かしこまらなくて大丈夫よ」

 しどろもどろになる亜弥香に苦笑をする睦海。再会をする為に待っていたという様子ではなく、亜弥香に何かしらの用事があるというのはその年相応というだけではない落ち着きのある態度から察せられた。

「じゃあ、元の通りでいくわね。……どうしてここに?」
「それは亜弥香の前に私がいることの理由を聞いているという意味ね? 良かった。ちゃんと意味が通じて」
「ひどくない? 多少勢いで動いていたところはあるけど、これでもこういうことを任される立場なのよ」

 亜弥香が心外とジトっとした目を向けると睦海は鞄を持った両手を後ろで組んで、「別に馬鹿にしたつもりないんだけどなぁ」と呟く。

「でも、そこについては今の私が今の亜弥香に言うことでない気がするので、独り言として聞き流して下さい」
「何だかひっかかる言い方ね」
「それというのが、私がここにいる理由よ。一つは多分大丈夫だと思うけど、上手く渡ったか心配もあったから老婆心で。もう一つは……まぁ待ち合わせの為の伝言ね」
「全っ然、わっかんないんだど!」

 常に知った風な口調の睦海に亜弥香は文句を言う。睦海はクスクスと笑う。

「未来を知っている亜弥香を相手にマウントを取る機会なんてないと思ってたからちょっと意地悪したの。ごめんね」

 30代の筈だが、手を後ろに回して軽く小首を傾げて会釈で謝る睦海を見て、その可愛さに許せてしまうなと思う亜弥香がいた。中々良い性格に育ったらしい。

「で、その用件は? どうせ今の私はまだ理解できない話なんでしょうけど!」
「まぁ、それは否定しないわ。一つはメモリーチップを隠しておいたんだけど、わかった?」
「これね、ちゃんと見つけているわ」

 亜弥香がポケットから指に摘んで出した。
 それを見て、睦海は頷く。

「それは後で中身を確認して。亜弥香の手に渡っていれば問題のない事だから」
「はいはい。わかりましたよ。……で、もう一つは?」
「亜弥香、ここで待っているわ」
「? どういうこと? ……え? また私は睦海に会う為にここに来るってこと? ……ん? 待って、それはおかしくない? だって、そのメッセージの意味って、時間的には今より後に睦海は未来の私と会うつもりでいるって事よね? それを次元転移の技術の消失した筈のこの時間軸の睦海が言うのって、どういうこと?」
「今は混乱して構わないわ。それでも確実に未来の亜弥香は私に会いたいと思う。これは未来を予知した訳でもタイムマシンを使った訳でもない。でも、この推測に私は確信を持っているわ。その為の待ち合わせとして私は今、貴女に伝えておいた。でも、あんまり後にズラされると帰っちゃうから、10分以内には姿を現すようにしてね」
「わかったような、わからないような……」
「私はこれまでの出来事と亜弥香の行動、それと過去と未来に確定した事柄から推測した話よ。だから、亜弥香も気づく筈。ううん、気づかないと矛盾が生まれるのよね」
「なんか悔しいわね。……っていうか、貴女がその姿でいるのなら、2029年に戻らないといけないということだし」
「そういうこと! 諸々亜弥香は亜弥香でまだ残務がある筈だから、それを通して気づいてくれればいいわ」

 「何か解せない」と悔しい思いを口にしつつ、亜弥香はこの日時を記憶する。睦海がここまで言うなら、間違いなく亜弥香は将来、睦海に接触する必要が出るのだろう。それにシエルが睦海となったということはアンドロイドの事実が時間軸から逸れた証左だ。そうなると、シエルを届けて終わりではない。報告をする上でもポイントとなる時間の出来事を見届ける必要がある。

「じゃぁ、これから私はもう一仕事してくるわね」

 亜弥香は小型の通信端末の様なデジタル数字が並ぶカプセル状の次元転移装置を手に取って時間設定を行う。
 睦海とは体感覚の時間こそ数日間だが、すっかり深い縁となってしまったと思いながら、睦海に別れを告げつつ時間設定をする。
 そして、次元転移の設定をしている最中、ふと亜弥香の脳裏に漠然とした疑問が浮かんだ。それはフッと湧き上がった泡の様に意識の表層へと浮上して、パンと弾けた。
 即ち、それは当初高性能アンドロイドという存在であった筈のシエルこと、睦海がアンドロイドでなくなったということは、彼女の存在の意味そのものが根底から変わっているということであった。
 きっかけさえ思い浮かんでしまえば、それは瞬く間に連鎖反応を起こし、亜弥香は睦海の正体とこの状況の必然性に気づいた。

「っ!」

 亜弥香が睦海に声をかけようとした瞬間、既に次元転移装置は起動して、彼女の視界から睦海の姿は消えていた。
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