「G」vsディアボロス
『72時間、それが最大で見積もった場合の“匣”の耐久時間です』
大翔のアバターがそう言ったのは2時間後の事だった。その言葉を聴くのは、G対策センターの中枢となる将治達幹部と大翔と共にいたアンナ、そして白嶺と鈴代、ラパサナであった。
場所はG対策センターの用意した会議室だが、正体不明のラパサナを同席させる都合で市街地内にある研修センターの会議室に集められていた。そして、会議室に円形に配置された机にそれぞれが座っていた。
そして、今回の話で中心にいるはずの睦海が不参加なのは彼女が現在屋外で即応特派とGフォース、陸自の現場レベルの調整、指揮に時間がかかっているからだ。ラパサナ曰く、彼のアバターを介して見聞きした情報はリアルタイムで睦海に中継されているということで、彼女不在のままGルームならぬDルームは仮設された。
最大の焦点は“匣”と大翔が呼称したディアボロスを捕獲している漆黒の立方体がいつまで維持され、その後の対策をどうするかという2点である。
「3日か……」
『麻生司令、今のは現時点での想定で見積もった場合です。これまでの状況、情報からもディアボロスは自己進化する独立自律型の人工知能だと言えます。学習なんて生易しい成長ではなく、理論構築そのものすらも変える変貌を遂げることすら厭わない。ある種の感情、自我のような判断や処理を行うバイアスを意図的に加えている可能性もあります』
大翔の言葉に将治は渋い顔をする。3日というのでも短いのにも関わらず、それすらも最大値。つまり、1日以上時間があるかも怪しいかもしれないと言われたのだ。これでは本当に時間稼ぎでしかなく、対策も立てようがない。
『彼の言うことは事実ですよ。あの悪魔は非常に極端な感情といえるバイアス因子を持っている。無ければ発展は生まれないが強すぎるのもまた良くない。そういう類の因子が』
ラパサナの言葉に将治は物言いたげな他の幹部に対して手を上げて制し、一同の視線を集めると眼前で両手を組んで彼らの言葉を代弁する。
「何故? ……何故君はそれを断言することができる?」
『知っているから。それ以上に簡潔かつ明瞭な説明はできません。ただし、その理由を問われて答えることは難しい。水を見てそれが何故水と分かるかと説明ができますか? 木を見てそれが何故木と分かるか説明できますか? ……奴を皆さんがモノとして理解し得る範疇に存在するという考えをまず捨てる必要があります。人が理解し、考える存在とは全く異なる存在が人の思考を模倣した相手を表面的に理解し、屈服させようとしても無駄です』
「通用しない。それもまた事実故に説明のしようがない。……そういうことか?」
『そうです。司令は地球侵略の為に地球人の真似をしている宇宙人に交渉が通用すると考えますか?』
「……試みる価値はある。それ以上の期待もないが、それを切り捨てることもしない」
『模範的ですね』
微笑んだラパサナは自身の横にある座席で興味なさげに話を聞いていた白嶺を見る。
その視線に気づき、周囲を見回すと何か言わないといけない雰囲気となっていることを理解し、嘆息と共に頭を掻き、彼は口を開いた。
「既に対話は決裂しています。奴が他に求めるのは理解でも協力でもない。貪欲かつ強欲に求める欲望。それを満たす糧としか認識していない。捕食者が餌の言葉に耳を傾けることはない」
『やはり、明確な敵意を向けられていると言葉の重みが違いますね』
「餌の認識している被捕食者像というのもよくわかるってものだけどな」
挑戦的な口調で言う白嶺にラパサナが苦言を返そうとするが、彼よりも先に会議室のドアが開かれて睦海の声が室内に響いた。
「窮鼠猫を噛むということもありますけどね!」
「だが、噛みついたところで、噛み殺せなければ猫は更に強くなり、今度こそ全滅だ。それこそ元の木阿弥。……今更人類に高度な発展を遂げたネットワークというもう一つの世界を手放す勇気はないだろう。すべてを捨てて旧時代の生活を生きるか、敗北を認めて悪魔に家畜として隷属されるかを人類は選ぶことになるだろう。……人類は後者を選ぶだろうな」
睦海が白嶺達とG対策センターの面々の間にできていた円卓の空席に向かう中、白嶺は椅子から腰を浮かし、饒舌に意見を語る。先程までの興味なさげな表情から一変し、瞳が輝き、表情も活力が出ている。そして、席まで移動しながら白嶺の言葉に耳を傾ける睦海もまた頬と広角が自然に上がっていた。
二人はこんな状況下でありながら、楽しんでいた。故に、睦海も全力で応じる。
「それは概ね同意見です。ただ、私には既に人類が家畜程の価値すら残されていないと思えてなりません。これまで明確な人類への攻撃でなく、サイバー攻撃に留まっていたのはあくまでもディアボロスが成長過程であったことと、何よりも戦闘のフィールドが彼にとって活動領域である仮想世界であったからだと思います」
「理由については異論なしだけど、何故桐城特尉は人類をそう滅ぼしたがる?」
「尾形博士、それは曲解が過ぎますよ。私が言いたいことは既にディアボロスが人類を必要とせずとも自ら糧もその生存域たる仮想世界も、そして現実世界への進出手段も創り出す力を有していると想定すべきだということです」
「……確かに。それはつまり、ディアボロスが自律型の汎用人工知能であり、自らが子孫を生み出し、そして現実世界を含めた管理、開発をも行う進出が可能な段階への進化に達した存在、シンギュラリティであると言いたいのか」
「そうです。そもそも高度な知性を持つ存在であるとディアボロスを定義するならば、人類と対話ができないのが疑問です」
「……2017年に行われた人工知能実験で人工知能が未知の言語で会話を始めたことがあった。ディアボロスは人類抜きで独自の進化をする段階にあり、その効率化も果たしている」
「加えると、ディアボロスは明らかな敵意と攻撃性を持っています」
「それは俺も疑問に思っていた。本来マルウェアというのは情報の破壊や流出を目的としている。トロイの木馬やスパイウェア然り、ユーザーの気づかないところで破壊活動やプログラムの作成、実行、バックドアの設置やそれらの拡散を行う。むしろ気づかれたら意味がないとすら言える。だが、ディアボロスは違う。いや、第三形態、ガンマといったか? それになったあの個体が顕著とはいえる」
「そうですね。第二形態はアバター達が多いエリアに現れたから人々の目に触れましたが、元々はJOプラザユーザーの目に触れにくいゲーム内に潜んでいました」
「つまりぃ……」
白嶺は人差し指を立てて言葉を溜める。皆の視線を十分に引きつけた上で結論を発した。
「既にディアボロスは目的を達している。或いは、その実行段階にある」
「……そうですね。ディアボロスが“匣”を破って活動を再開した時、人類は少なくとも今現在と異なる状況に直面し、それが少なからず悪い結果となるということは間違いないと思います」
白嶺と睦海が示し合わせたかのように交わされた議論の結論は、それを聴く者達に大きな衝撃を与えていた。
唯一、将治だけは既に想定されるディアボロスの次なる脅威の具体例を幾つか考えており、自然と口からそれを発していた。
「既に得ているヒントだけでも、ディアボロスはバーニングゴジラという我々の発想で真っ先に浮かぶ最強のアバターを模倣した形態変化をしていた。“匣”で封じ込めるまでの僅かな時間の情報ではあるが、それだけでもディアボロスはこれまでと同じようにディアボロスと呼ぶことが妥当なのかすら悩む程に大きな形態の変化を起こしている。ある意味でゴジラ化というべき第四の形態です。我々のコードで合わせさせて頂いてデルタと呼称しますが、このデルタは既に感覚的にも実際の状況からも仮想世界では既に対処が困難だ。だが、一方で次のデルタは先程で実証した実体化による現実世界による顕現も果たした。今はこのつくばの中だけの事象ですが……、睦海は既に予測しているね?」
将治は睦海を見た。睦海は頷く。人工知能が明確に人類と事を構えるならば担保する必要のあるのは自身が現実世界では何かしらの端末内で物理的に存在する必要が常にあり、それ自体への攻撃に対する物理的な防衛手段を必要とすること。その為に体を作った前例が既に存在する。
「2009年に現れた人工知能I-Eはアンドロイドの体を自らの依代にしました。今回のデルタは恐らくより狡猾な方法を選択すると思います。既存のネットワークを維持、より進歩させる技術的な担保、現実世界のサーバーなどのハード面の開発、修理などが可能であれば、現実世界がそもそも不要。または仮想世界側の拡大した先にある世界として現実世界が存在するという認識の逆転すら想定されます。世界中の核兵器や原発を破壊すれば、現実世界や人類は1日で全滅することができると思いますし、それを躊躇する理由が存在しないですね」
「しかし、桐城特尉。それだと奴自身が活動する為の電力やハードも失われるという懸念を当然すると思いますよ?」
すかさず、白嶺は異を唱えたが、その挑戦的な笑みを隠さない表情はそれを見た誰もが睦海にそれを答えさせる為に言った“フリだ”とわかった。
睦海もそれを理解した上で、その役を演じてみせた。
「ありますよ。あの仮想世界のあるネットワーク上で、地球が滅亡しようと安穏と過ごせるデルタの避難場所が唯一」
それは先の白嶺を踏襲した人差し指を立てた姿だったが、その睦海の立てた指の意味は違った。それは答えを指し示していた。
「宇宙を浮かぶ、人工衛星にデルタの本体データはいます」
「人工衛星の数は膨大になるが、JOプラザへのアクセスが可能なネットワーク接続が存在するハード端末を有し、しかもその一時凌ぎでなく、その後新たなハードを作り出すこと等も可能な工場としての機能も有する必要がある。その規模ならそんなにないと思う」
白嶺が補足とばかりに言うと、「Ой!(オイッ!)」とアンナが叫んだ。視線が彼女に集まる一方で、将治が渋い顔をして口を開いた。
「心当たりがある。対怪獣軌道防衛宇宙ステーション、現在G対の中で進行中の計画だ。今の条件に合致する恐らく唯一の場所だろう」
『……見つけた。なるほど。内部で設備製造も可能で、実験はこれまでの国際宇宙ステーションでも行われてきたけど、本格的な無重力空間での開発製造を行う場所が設けられている訳か。そして、現在も建築途上で大部分はパーツを地上から送るものの、一部はステーション内部で製造を行う工程となっていて既に物資は運び込み済み。そのプロジェクトリーダーはロシア航空宇宙軍……日本人姓の女性幹部は珍しい』
ラパサナはウィンドウを目の前に表示させてわざとらしく言い、将治をチラリと見た。
「……妻だ」
そして、アンナが思い詰めた表情で口を開いた。
「……今、お母さんはそのステーションにいる」
「この件については僕から連絡を取る」
『残念ながら、連絡手段は既に絶たれているみたいだ。本来地球へ帰還する為に使用するはずのポッドは今朝原因不明のトラブルで誤作動し、無人で射出。救出プランをロシアサイドで調整しているらしい』
「なにっ!」
「……見せろ」
『どうぞ』
驚く将治を他所にラパサナは白嶺にウィンドウを見せ、白嶺は情報を調べる。
「……どうしてG対経由でも秘匿されているロシア軍の経過記録を閲覧できているのかということを後でゆっくり聞かせてほしいが、内容は事実だ。これはディアボロスが予め本体データの所在に気づかれたら場合にステーションを破壊させない為の人質と捉えるのが妥当だな。敵の所在がほぼ確定したが、救出プランと爆弾などの破壊工作を実施することが必要となるのか。……奴が“匣”から出てくる前に」
『残念ながら、それだけでは悪魔を絶つことは出来ないよ。確かに本体データを破壊すれば、人類がまさに滅亡するといった危機へ瞬時に直結するリスクは軽減する。しかし、それはあくまでもそれだけ。何故ならデルタの体は今もあの“匣”の中にある。万が一にもそれが残れば、いずれは今の力を取り戻すことになる』
「………」
ラパサナが何故そのようなことを知っているのかという疑問は残るが、それが事実を語っていると睦海は疑わなかった。そして、まるでZのような厄介さを持つと感じながら方法を考える。
とはいえ、Zは項羽をはじめとした部隊とモスラとの戦いによって一つにまとまり、ゴジラとバハムート・アイダによる電撃的な決着という偶然によって終息したと言える。ディアボロスはそれを遥かに凌ぐ狡猾な手段を講じている。
しかし、一方で何か引っかかるものが睦海の中であった。単純勝負やゲームに持ち込んだら、ディアボロスに人が勝つことはできない。だが、同時に機械的で無機質な印象をディアボロスからは感じない。貪欲で獰猛、そして執着のようなものを睦海達に対して向けていた気がするのだ。
「……ラパサナ、私や貴方は狙われているの?」
『そうだよ。僕達は奴にとって必要な情報さ』
「もし、私達が本体のいるステーションにログインしたら、デルタはどうする?」
『恐らく、僕らを狙って追ってくるね』
ラパサナの言葉を聞いて、睦海の中で結論は出た。後は詰めだ。
「なら、私達を追ってきたデルタを倒し、ステーションも物理的に破壊したら?」
『その発想は実に魅力的だけど、結論を言えば失敗するリスクが高いよ、シエル。一つはそもそもデルタを倒すのが、バーニングゴジラも事実上の敗北をした時点で困難。もう一つは、僕達が侵入するルートがそのまま相手の逃げ道になるということ。残念ながら、それができる手段はステーションへ直接ログインするか、JOプラザとつくばのサイバーエネルギー防衛フィールドを停止、または破壊するしかありません』
「くっ!」
イケると思った案はラパサナに一蹴され、睦海は下唇を噛む。
しかし、そこに「だったら!」と白嶺が声を上げた。睦海は彼を見た。彼は確信を得た自信のある表情で顎を触りながら言った。
「だったら、そのステーションとだけ通信を繋げたサーバーにデルタを誘き出し、デルタが入ったらそのサーバーを破壊、またはデルタを倒せばいい。ようは衛星軌道と地上で直接の通信回線にして、外部との接続を遮断すればいい。ステーションの人間を救出に行くなら、その時にその工作をすればいい。物理的に通信手段を遮断すれば、相手は何もできない」
「確かに。ステーションには現在の四面楚歌、サイバーエネルギー防衛フィールドを超える更なるエネルギー通信照射装置も設置している。通常の通信回線を遮断し、直線的な照射通信のみに限定すれば状況的には有線回線で地上と繋がっているのと同じことになる」
『それなら僕の方でも準備ができそうです。ちょっとやそっとでは突破できない防壁で回線を固定させますよ』
将治と大翔も白嶺の案を支持する。
「残る問題は私達がデルタを引き寄せたところで、そこまですんなり倒せるか、ですね?」
『正直に言って、失敗する可能性が高いよ。僕らは単なる生贄になり、サーバーが破壊されるよりも先に防壁を突破するなどの方法で奴は逃げる。限りなく隔離した通信環境ではあるけど、完全に外部通信が遮断された環境ではない』
「なら、デルタと戦う術を考える必要がある訳ね」
『残念ながら、バーニングゴジラを超えるカードは人類にないよ』
ラパサナは首を振って答える。睦海も言ってはみたものの同意見だ。スペック的には何とか対抗できる筈だが、恐らく睦海が使用しても兵器とは違って性能を最大限に発揮するのは難しいアバターだろう。M-LINKシステムの応用で対応できるかと思案するが、直接のログインよりはマシであるという範囲になるだろう。
「せめてゴジラをフルスペックで直接の感覚的な操作ができる方法があれば……」
『そんな事もアルマジーロ! 用意していタンバリン!』
唐突に円卓会議の中心にウィンドウが現れ、セバスチャンJr.のバストアップ映像がドンっ!と表示された。
思わず、睦海も目を丸くする。当の本人はこちらの様子が見えているのかすら怪しい、マイペースに話を進める。
『ゴジラのアバターをフルスペックで操作させられる人類がいる訳ナイルガワ! ならば、簡単ネ! ジャジャジャジャーン!』
そう言って、セバスチャンにアップされていた映像が引き、格納庫にいる彼の後ろにある大きな機械を映し出した。
『超ラ級思考入力装置、GGG! ジー、ジー、ジーでもスリージーでもジージーギアでもいいよん!』
兎に角大きい思考入力装置であることはわかったが、最後のGがギアを差すこと以外、何一つわからない。
「セバスチャン! つまり、何が言いたいのよ!」
アンナが叫んだ。それを聞いて、セバスチャンはとても嬉しそうに腕を振る。どうやら求めていた言葉だったらしい。
『よく聞いた! 人類がゴジラの操作ができないなら、ゴジラにゴジラを操作させればイイんだよ! グリーンだよ!』
「「「「「「「「「「『『!?』』」」」」」」」」」」
「…………わかった。待ってるぜ」
荒れ狂うベーリング海の孤島、アドノア島。今宵は月と星々が満天に見える快晴であった。
観測所の外で潮風に髪とウィンドブレーカーを靡かせながら、白髪の混ざった中年の男が耳に付けたインカムに応えていた。
男は齢52であるが、過酷なアドノア島での生活で鍛えた彼の体は全盛期のそれを今尚維持していた。無駄のない引き締まった肉体を持つその男の名は、桐城健。このアドノア島で唯一のゴジラ観察官として常駐するG対策センターの職員であり、桐城睦海の義父でもある。
真夜中の連絡であったが、何故か今夜は年甲斐もなく内から湧き上がる気に寝つけず、まだ作業着を着たままでいた。この連絡を受けるという虫の知らせであったのかもしれないと、思いつつ彼は旧友、麻生将治からの連絡を受けながら、この知らせを一刻も早く相棒に伝えようと気づけば外へと出ていた。
終話した健の気配に気づいたのか、崖の下で休んでいた怪獣王、ゴジラはゆっくりと顔を上げ、健の前に現れた。
夜空を覆う巨大な影に一切動じることなく、健は仁王立ちでウィンドブレーカーを風にたなびかせながら、言った。
「ゴジラァ! 新しい怪獣だってよ! しかも、今度の戦いの舞台はデジタルワールドだってよ! ……あ? コンピューターワールドだったか? まぁいっか!」
一度、言葉を切って首を傾げたが、名称一つに深く拘る性格ではない。健はゴジラに対峙し、風が吹き抜けると同時に拳を掌に打ち鳴らした。
「俺達の戦いはこれからだっ!」
ゴガァァァァァァァァァオオオンッ!
〈第三章・終〉