「G」vsディアボロス




「大翔、大変!」

 セントラルタワーの中枢制御室にアンナが駆け込んできたのはディアボロス出現からまもない頃であった。
 制御室では大翔のアバターが待機していた。肘や肩、胸などにプロテクターの付いた体にフィットしたボディスーツを身につけた格好は、SF系のゲームならば兎も角、現実ではライダーかコスプレ以外では見ることはない。それにも関わらず違和感を然程アンナも大翔自身も感じないのはこのつくばの特殊性故だろう。
 彼はウィンドウを自身の前に表示させて腕を組んでいたが、室内に駆け込んできたアンナへすぐ視線を移し、微笑む。

「良かった、来れたね。……睦姉は?」
「さっきまでは一緒だったんだけど、怪獣出現前に別れちゃったのよ」

 額に滲んだ汗を掌でさっと拭うと、アンナは明け離れたドアの先にある誰もいない廊下を見返して答える。

「まぁ睦姉だから心配はないか。……それよりもあの怪獣だね。あれが睦姉と戦った怪獣?」
「えぇ。ディアボロス・ガンマだわ」
「ガンマ?」
「第三形態ってこと。それよりも何とかできないの? 部隊も出動したらしいけど、要はアバターってことでしょ?」

 ウィンドウの裏から顔を突き出して大翔に詰め寄るアンナに、しかめっ面をしてボリュームのある髪に手を沈めて頭部をウィンドウへと押し戻しながら彼は「そうだよ!」と言う。
 あちらのデータでしかないはずのディアボロスが実在の建物を破壊するということは、大翔が共同開発を進めていた擬似実体化をして出現したことを意味している。アンナの指摘は核心を突いていた。爆撃やメーサーによる光線攻撃でナノマシンを破壊すれば擬似実体化は解消できるだろう。
 しかし、ディアボロス本体は一切ダメージを負わない。擬似感覚を有効にしていたら、攻撃を受けた感覚は味わうだろうが、所詮それだけだ。叩くならばあちら側からとなる。否、現在アバターでログインしている大翔にとってはこちら側と言えた。
 
「方法は幾つかある。まずは世界中のどこかには本体データが存在する場所があるから、それを物理的に破壊するという方法。だけど、これは少なくとも今できる手段ではない。……次に、奴はサイバーエネルギー防衛フィールドを利用してアクセスしている。つまり、ここの全システムをシャットダウンさせれば、所謂サーバーダウンで強制ログアウトをさせられる。だけど、多分奴はJOプラザを経由している。ここでの被害から締め出せるだけで、解決には至らない。むしろここのシャットダウンとJOプラザで生じる被害が甚大なものになる。この最も簡単な手段を考える場合、奴に社会そのものを人質にとられたような構図になる。……第三は、奴の土俵で相撲を取ること。つまり、アバターを使用して奴と戦うこと。……だけど、昨日の睦姉の状況からも単純に兵器や戦闘系のアバターを投入すれば良いという次元の相手ではない。運営権限があるアバターや所謂チートとされる無敵状態に改造されたようなアバターで初めてまともに戦えるかという話だと思う。いや、それでも吸収、解析されて奪われたら一巻の終わり。奴の生贄となるだけという危険がある」
「じゃあ、どうするのよ」

 アンナが長い銀髪を逆立てて言う。残念ながら、彼女の髪の場合、逆立ってもフワッと浮き上がっているだけにしか見えない。
 そんな感想を抱きつつ、大翔はよくぞ聞いてくれたとニヤリと笑ってウィンドウを彼は自身を取り巻くように次々と表示させると、プログラムを実行させた。
 すぐにエラーコードが表示され、エラー箇所を示すデバッグのウィンドウが重なる。それを修正し、実行。
 エラー。
 デバッグ修正。
 実行。
 エラー……。

「いきなり何をしてるの?」
「見ての通り、トライ&エラー。地道なデバッグ処理のプログラミングだよ」
「そうじゃなくて、それが第四の方法ってこと?」
「正解! アクセス元が不明、閉め出すことも戦うことも難しいのだったら、被害をこれ以上出さない方法が最善になる。理想は奴をアクセス元の根っこから引きづり出して隔離、破壊という方法だけど、それを今やるのは難しい。ならば、捕まえておいて時間を稼ぐ」

 話している最中も大翔は次々に出現するエラーと戦っている。
 そんな彼にアンナも先程のようにウィンドウに頭を突っ込む真似はせず、今いる立ち位置のまま問いかける。

「捕まえるって、ロープでグルグル巻きにする訳じゃないでしょ?」
「勿論。……だけど、発想そのものはロープや取り餅で捕獲するのと同じだよ」

 大翔は不敵な笑みを浮かべアンナに視線を合わせず、ウィンドウに並ぶ文字列を見つめたまま言った。彼の視線の先は単なる文字の並びでなく、世界最強の軍隊を翻弄する悪魔を相手に繰り広げられる大捕物の光景であった。





 


 雪の降る霊園を白嶺は歩いていた。マフラーとダッフルコートを身に纏っているがその下は高校の学生服を着ていた。
 水っぽく湿気の多い雪は地面に積もるもすぐに溶け、みぞれ状になっていた。びちゃりびちゃりと石畳に積もった雪を黒い革靴で踏み潰し、墓石を順に見ていく。

「はぁ……ここだ」

 やがて、一つの墓石の前で立ち止まった。『山根家乃墓』。それが彼の目的地であった。
 白嶺は白い息を吐き、墓前に歩み寄るとぎこちない手付きでニットの手袋を外し、コートのポケットにつっこむと腰を屈めた。手を合わせようとするが、震える。寒さの為なのか、彼自身もよくわからない。耳の奥で鼓動がドクドクと音を立てているのを感じながらも、白嶺は両手に息を当てて震える手を解すように揉む。まだ指先が小刻みに震えるものの、その墓前に手を合わせ、目を瞑った。
 正直形だけだった。衝動的なことではあったが、ここまでの道のりの中で伝えようと考えていた言葉、事柄は何度も反芻していた。
 しかし、いざ墓前で手を合わせると浮かぶことは、なぜこんなことをしているんだろうか、何の意味がある? そんなすぐに霧散してしまうような後悔の自問自答ばかりだった。

「……っ!」

 背後にびちゃりびちゃりと人が歩いてくる音が近づいてきたことに気づき、白嶺は慌てて右肩から落ちかけた学生鞄の肩紐を左手で掴んで肩に引き寄せて立ち上がる。
 そして、近づく相手の顔を見ないように顔を伏せ、墓前から立ち去る。

「待って!」

 すれ違いそのまま立ち去れる二、三メートルまで歩いたところで呼び止められた。無視すればいいと直後に気づいたが、その時既に白嶺は足を止めてしまっていた。
 声は、加齢によって低くなっているが、覇気のあるよく通る女性のものであった。

「………」
「学生さんよね? 祖父の……いえ、もし今日を選んで来たのなら……」
「違います」

 白嶺は振り返らずにそう言って再び歩き出した。
 顔は確認せずとも声で察しがついた。そもそも白嶺が彼女の命日と墓地を調べることができたのは、今朝もニュースで聴いたこの声の主である有名人が姪にいたからだ。
 そして、白嶺が去り際、足早に過ぎた雪の降る霊園を一瞥すると、その喪服を着た女性は彼の方へ深々と頭を下げていた。

「っ!」

 霊園の門を潜る白嶺は下唇を噛み、顎が震えていた。





 


 何故、そんな昔の夢を見たのか。
 これもゴジラとの因縁なのか。
 白嶺は朧げながら、自身がバーニングゴジラをアバターとして操作し、ディアボロスに返り討ちにあっていたことを思い出す。
 しかし、体が石のように固く、重たい。そもそも動こうという気力も湧かない。仰向けになった地面に体が沈む。地面は液体化して白嶺の体を沈めていく。暗い中に白嶺の息が気泡となって浮かんでいく。その一方で、白嶺の体はどんどん沈む。深く、深く。
 次第に思考も低下する。何をするのか、何をしていたか、わからない。
 ただただ、暗い闇に、沈む。

ゴポゴポゴポゴポッ!

「っ!」

 突然、何かが後ろから白嶺の体を押し上げ、無数の気泡が周囲を包み、そのまま気泡と共に白嶺は急浮上した。
 そして、闇が消えた。








「はっ!」

 目を開いた白嶺は反射的に体を跳ねるように起こしていた。
 そこは白嶺が直人に案内されたオンライン会議室で元々は本来通りの会議室だったのだろう十畳程の四角い部屋は一辺が一面のガラス張りとなり、周辺のビル屋上の室外機が見える。社長室や応接室のある高層階なのだから当然といえた。
 元々はこの部屋にテーブルを配置し、会議を行っていたのだろうが、現在は中央に白嶺がいるフルフラットのリクライニングシートとタワー型のデスクトップ端末と配線がその横に設置されており、その一つは白嶺の頭についているリング状のシンキングデバイスと繋がっていた。
 次第に思考がクリアになる。白嶺はゴジラのアバターでログインし、ディアボロスと戦っていた。しかし、反撃に遭い、行動不能の状態に陥っていたのだ。

「気づいたか?」
「!」

 足元からの声に驚いて覗き込むと、直人が座り込んでいた。何故かスーツは乱れ、両手の掌は血を滲ませて黒く煤けている。

「えっ?」

 白嶺は鼻をひくひくとさせて臭いを嗅ぐと、微かに焦げ臭い。体をゆっくりとリクライニングシートから下ろして直人の隣に降り立って腰を屈めると、端末がショートしており、電源ケーブルが端子から抜き取られていた。
 つまり、直人が端末からケーブルを引き抜いたのだ。自身が感電死する危険すらあるにも関わらず、白嶺を助ける為に。

「……なんで?」
「まぁ、兄だから……かな?」

 苦笑する直人に対して目頭が熱くなるのを感じつつ彼の肩に手を添えて、「馬鹿野郎」と言いつつ、心中で兄に感謝した。

「全く、こういうのは弟だけだと思っていたんだけどなぁ。……いや、最早血筋なのか?」
「鈴代?」

 鈴代が服を整えながら部屋のドアの前で立ち上がる。頬が赤くなっている。驚いて兄を見ると彼は目を伏せる。

「スキャンダラスなことではあるが、文句と感謝はそこの奴にお互い言うべきだね」
「ん?」

 頬を摩りながら言う鈴代の視線に合わせて部屋の壁に貼り付けられている100インチはあるモニターに向ける。
 モニターには大小複数の画面に分割されて表示されていた。一つは信号なしと表示され、白嶺が頭につけていたデバイスの名が書かれている。その下につくばのオンライン接続した際のマップが上空地図の形式で表示されており、中心のセントラルタワーから見て北西の位置に真っ黒い正方形の空間が表示されている。そして、その隣の大画面表示の映像は、リアルタイムのつくばの定点映像だった。その映像には損傷の著しい街の景色から受ける衝撃もさることながら、最も目を引き、異質さを与えるものはディアボロスやゴジラでなく、それらの代わりにつくばの街に存在する巨大な影。漆黒の立方体。大きさは一辺凡そ200メートル。それが何の脈絡もなく、戦いの傷跡を残すつくばの町並みの中で唐突に存在していた。

「何だ? アレは?」
『アレによって僕も君も、そしてシエルとあの街も助かったんだよ』
「?」

 視線を映像の横に移すとソーシャル通信の映像通話が縦長に表示されており、ラパサナの姿が映っていた。仮想世界の背景に立つ見知らぬアバターの青年に白嶺は訝しむ。

「お前は?」
『僕はラパサナ』
「それはアバター名だろ? 何者だぁ?」
『それを答えることはできない。ただ、僕は君やシエルの味方であり、素性でなく僕の行動を見て信頼をしてくれればそれで構わないよ』
「行動?」

 白嶺が尚も訝しみながら問いかけると、ラパサナの代わりにリクライニングシートの肘掛けに寄りかかって負傷した掌を庇いながらゆっくり立ち上がった直人が答えた。

「彼が白嶺の危機を知らせたんだ。バーニングゴジラが串刺しにされた時、お前はそこで痙攣していた。白目を剥いてな。……どうにか助けたかったが既に本体はオーバーヒートを起こし始めていた。個人の判断でデバイスを外したり、電源を落とせる状況ではなかった。そんな状況の中、突然彼がその画面に現れて言ったんだ。『電源ケーブルを引き抜け!』と」
「多少機械に詳しければ最もリスクの高い方法だ。そっちの兄貴は躊躇なくケーブルに向かおうとしたが、俺はそれを止めた。……これはその結果だよ」

 鈴代が肩をすくめて頬を摩った。

「状況はわかった。……それで、アレは一体なんなんだ?」
『あそこの管理者、セントラルタワーから実行されたプログラムですよ。まさにギリギリのタイミングだったけれど、間に合った。今あの悪魔は形態変化をしているまさにその状態のまま、アレの中に隔離、凍結されている』
「それはつまり、勝ったのか?」
『いいや。アレはあくまでも一時凌ぎのものに過ぎない。捕らえたところでそれを凌駕し、突破するまで学習、進化を続けるだけ。悪魔を消滅以外の手段はないんですよ』
「つまり、時間の問題で奴はあそこから出てくるのか?」
『そういうことです』
「一体、どれくらい?」
『それはプログラムを作った本人に聞いた方が早いですよ』
「本人?」

 白嶺が聞くと、ラパサナではなく鈴代が口を開いた。

「複雑なあの街のシステムを理解していないと作り様もないプログラムをセントラルタワーから実行したんだ。そんなことができる人間は限られているよ。……全く俺達が因縁深いのか、それともあの一族の性なのか不思議なもんだ」
「?」
「その青木大翔ってのは、従兄弟なんだよ。あんたがご執心の桐城睦海の」
「な……」








ピギャァルルルルゥイィィィッ!

 バーニングゴジラを串刺しにしたディアボロスは、バーニングゴジラからデータを吸収し、解析をしていた。
 同時に、ネットワークを経由して『ゴジラ』という存在についての情報を集める。ディアボロスは自身をより進化させる糧となる素材としてゴジラに目をつけた。
 ゴジラの存在だけでなく、ゴジラを殺した存在。オキシジェン・デストロイヤーの解析も行う。

ピギィギャゴォオオオオオオオォン……

 ディアボロスの全身が細かい立方体のポリゴンに変化し、それが次第に細分化されていく。サソリ型の下半身は長い尾と一対の足の形状に変わり、上半身も人型から変化し、枝葉の如く背鰭が伸びていく。それに合わせて機械的な不協和音であった咆哮もゴジラのそれに似ていく。
 それはまさにゴジラ化。ディアボロスが第四の形態へと変化しようとしていた。
 一方、バーニングゴジラは全身のグラフィックから細かいノイズを混ぜて立方体の粒子が放出される。粒子は行き場をなくして霧散する。それはまさに崩壊。形あるものが脆く朽ちて塵となる様であった。
 それを見たつくばの市街地から避難をした人間達はバーニングゴジラをディアボロスが吸収し、糧とするだけでなく姿形までもを奪おうとしていることを察していた。しかし、仮想世界側に存在するバーニングゴジラを逃がす術など彼らは持ち合わせておらず、それをただ息を呑んで見つめることしかできない。

ディガゴォォォオオオオオオオォン!

 全身をバーニングゴジラと同様の紅く燃え上がる炎の様に染め始めたディアボロスは既にゴジラの形態をモデル化し、それを3Dポリゴンで読み取ったような近寄ればまだ意匠を借りた程度のものであったが、道行く人を呼び止めてそれを見せれば皆がゴジラを模していると答える程の姿に変化していた。そして、ゴジラを模した咆哮を上げたディアボロスは最後の仕上げとばかりに全身をモザイクのように立方体のポリゴンと変え、更にその立方体は細分化を繰り返す。それは次第に解像度を上げていく画像と同様に、ディアボロスの新たな形態を人々の前に見せていく。
 それに合わせてバーニングゴジラは遂にそのグラフィックを維持することすら困難になり始めた。その全てが小刻みに左右に振動し、酷く見辛い。
 しかし、その瞬間に前振りもなく事は起きた。
 突如、バーニングゴジラのグラフィックは消滅し、ログアウトを示すアイコンだけが残った。
 誰もが今まで全く前兆すらもなかった突然のログアウトに驚いていた最中、第三形態やガンマと呼ばれていた頃の姿とは全く異なるバーニングゴジラを元にしつつも更に別の何かになろうとしていたディアボロスの周囲に漆黒の立方体のグラフィックが突然の出現した。

ディガゴォォォッ!

 ディアボロスは瞬時にそれの危険性を察した。そして、これまでの好戦的な行動とは全く異なる行動をその僅かな時間で行おうとした。
 それは即ち、逃走。
 ディアボロスはそれが自身の自由を奪う檻であることに瞬時で判断し、逃げようとしたのだ。
 しかし、プログラムを構築、実行した大翔も万が一にもディアボロスが捕獲されるまでの一瞬の時間に逃走を試みる可能性を考慮していた。そして、それはこの街の世界そのものを構築した人物らしい方法であった。

『ログアウト パスワードを入力して下さい』

 通行パスを空間から出るために要求したのだ。
 無視して通信を切る事は可能だが、それは本体であるユーザーが現実世界側にいるからできる行動であり、ディアボロスには存在しない概念でもあった。また、パスワード要求などディアボロスにとっては存在しないのと同義ともいえる程度の障壁であった。
 しかし、一瞬の勝負であるこの時、この瞬間に限ってはディアボロスであっても行く手を阻む強力な障壁として機能した。パスワード解析が完了するまでの刹那の時間で、ディアボロスは漆黒の立方体の牢獄に囚われたのだ。
 そして、ディアボロスの姿が封じられたことで形を維持する先を無くしたナノマシンはバケツををひっくり返したようにドバッと市街地の道路へと流れたのだった。
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