「G」vsディアボロス




 G対策センター敷地内に警報が響く。その地下に広がる巨大な格納庫の隔壁が吹き飛び、液体状のナノマシンが竜巻やドリルのように渦を巻いて地上を目指し、対G兵器発射用の円形ハッチに向かって垂直に伸びるトンネルを蛇が壁伝いに滑るように渦巻ながら登る。
 そして、円形ハッチはその重厚な隔壁の隙間から滲出するようにナノマシンが地上に現れ、そのままこじ開け、遂に地上発射口そのものを巻き込む爆発を起こした。
 黒煙がつくばの空に向かって立ち上がる中、ナノマシンは液状から上半身は人型、下半身はサソリのポリゴン形状のディアボロス第三形態となって、現実世界に顕現し、咆哮を上げた。

ピギャァルルルルゥイィィィッ!





 


 まもなく被害を受けていない格納庫出口から自軍の庭に現れたデジタル怪獣に応戦するべく、Gフォースの部隊が出撃する。
 しかし、半世紀前と異なりGフォース環太平洋地域司令部となった現在のつくばに駐屯する戦力は極めて限定的なものであった。出撃許可の降りないデルスティア、昨日の睦海の大立ち回りによりメンテナンス中のバハムートは出撃できず、残された戦力は換装装備の開発研究を主目的に配備されていたGフォース部隊所属ガンヘッドこと、三八式可変装甲戦闘車の一個小隊、そして既に運用想定年数に達した予備役兵器の混成中隊による編成が現有戦力であった。

「新型サイバーエネルギー防衛フィールドは外部からの侵入に対しての防衛に特化している。迎撃システムで対応も可能だが、そもそも中距離迎撃の射程だ。発着地点がほぼ同じこの近距離迎撃戦には不向きだし、攻撃による自軍被害も考えないといけない」
「それよりは無人遠隔操縦で射撃性能の高い予備役の骨董品を引っ張り出した方が早いってことか」

 Gフォース環太平洋司令部区画の薄暗い一室でまるでゲームセンターの如くシュミレーター風の操縦機器が並ぶ中、その座席に着きガンヘッドの遠隔操縦を担当するGフォースの男性隊員は隣の操縦席で24連装ロケット砲車を担当する同世代の男性隊員の言葉に苦笑混じりに応じた。
 彼の操る24連装ロケット砲車は車体ベースこそ第一世代の61式戦車から第三世代の90式戦車の再利用に改修されているが、砲台そのものは90年代のGフォース発足当時の流用となっている。
 24連装ロケット砲車だけでない。Gフォースの主力であるメーサー兵器も改修により車体ベースの性能や遠隔操縦の精度、AIによるサポートの向上、そして任期も延長しているもののその基本は92式メーサー戦車といった半世紀以上も前の古参兵器であった。

「当時は世界最強とまで言われてた圧倒的な火力も一世紀前の巨砲艦隊主義同様、歴史の遺物となりつつあるものも多い。結局、運用シーンの限られた汎用性の低い技術というものは歴史の変遷共に停滞し、やがては忘れられ、最後はその技術の再現すらも困難になる。……お前の24連装ロケット砲なんてまさにその典型」
「違いねぇ」
「そこ! 私語を慎め!」

 上官の喝が聞こえ、二人は閉口した。



 




 ディアボロスがG対策センターからセントラルタワーを目指して進行を開始する一方で、Gフォース部隊もその進行ルート上の大通りに配置される。
 まもなく会敵、Gフォース部隊の攻撃が開始された。

ピギャァルルルルゥイィィィッ!

 メーサー兵器の光線と共に、ポンッ! ポンッ! と24連装ロケット砲車の砲撃も絶え間なく放たれる。
 ディアボロスは咆哮を上げ、巨大なハサミを振るい、建物を破壊し、その瓦礫を投石のように部隊へ飛ばす。
 瓦礫に押し潰されたメーサー戦車が爆発を起こした。








「次の角を左! 突き当たりがフェンスで塞がっているけど、手前の室外機を踏み台に越えることができる。その先は真っ直ぐ大通りへ!」
「了解!」

 ディアボロス出現からまもなく、睦海は後ろからついてくるラパサナのナビゲーションを背中に受けながら走っていた。
 ディアボロスの迫る音は次第に地響きを伴って近づいており、初めの頃は景気良く聞こえていたGフォース部隊の攻撃もいつの間にかほとんど聞こえない。
 睦海は室外機を踏み台にフェンスを掴んで飛び越える。
 ガシャン! と音をフェンスは立て、睦海はその前に着地すると、路地の先に見える大通りへ走る。

「止まって!」
「えっ? ……きゃっ!」

 ラパサナの声に足を止めると、グレーのGフォース塗装となったガンヘッドこと三八式が大通りを滑るように吹き飛んでいった。
 恐る恐る路地から顔を出すと、火花と煙を上げるGフォースのガンヘッドがそこにあった。

「通信機器に故障が生じたみたいだ。遠隔操縦は難しいけど、まだ動きそうだ。シエル、これに乗ろう」
「え……わかったわ!」

 一瞬、他所の機体に乗ることを躊躇するが、振り返るとディアボロスが迫っている姿が見え、選択の余地はなかった。



 




「よかった。基本的に同じね」
「でもAIのセキュリティシステムがまだ有効だ」
「それなら問題ないわ。裏技があるのよ」

 ガンヘッドの操縦席に乗り込んだ睦海はラパサナに答えながら、操縦席の右足元に潜り込んでパキンと音を立てるとパネルを外す。そして、手慣れた様子でケーブルを引き出すと、色を確認しながら引きちぎり、露出した配線の電極同士を接触させる。
 バチッ! バチッ! と火花を散らした後、機体が起動した。

「よし。これで動かせるわ」
「無茶をするなぁ。フルマニュアルで起動させたのか」
「そういうこと。……ちょっとだけ操縦が忙しいけどね!」

 睦海は手早く両手両足をレバーや油圧の調整ネジに伸ばし、操作する。
 ガンヘッドはヘッドライトを点灯させ、ガタガタと機体を揺らしながら、スタンディングモードで立ち上がる。

「メーサー装備と六連装ミサイル砲、どっちも損傷してる上にマニュアルでは操作が難しいわね」

 足元にあるレバーを引き出して捻ると、機体後部で音が鳴り、後部の武装がパージされる。

「来たよ!」

ピギャァルルルルゥイィィィッ!

「せめてタンクモードになりたかった……わねっ!」

 睦海達のいるガンヘッドに向かって大通りを突き進んで迫るディアボロスを睨みつけつつ、睦海は操縦グリップを押し込み、両足も複数のペダルをそれぞれ力加減を変えながら踏み込んだ。
 それに応じて、ガンヘッドは機体を動かし、瓦礫から這い出し、タイヤを回転させると、ディアボロスを正面にバックで走行する。

「……ちっ! やっぱりマニュアル走行中に照準までは合わせられないか!」

 チェーンガンの発射ボタンに指をかけていた睦海は舌打ちをし、腕を回してレバーとピンを操作する。
 ガンヘッドはぐるっと転身し、後退をやめてディアボロスに背を向けて走行をする。

「ラパサナ! ナビして!」
「左! 次直進、その次を右!」

ピギャァルルルルゥイィィィッ!

 ディアボロスはガンヘッドを追跡してつくばの通りを突き進む。
 そんな最中、睦海に通信が入る。

『桐城!』

 その声を聞いた瞬間、睦海はニヤリと笑った。

「遅いわよ!」
『悪ぁかったよ。とっておきを準備してたんだ』
「とっておき?」
『あぁ、とっておきのスーパーアカウントだよっ!』

 白嶺が言った直後、ガンヘッドとディアボロスの間に巨大なログインエフェクトが出現し、長い尾と背鰭を生やした巨大な黒い怪獣が姿を現した。

『ゴジラ、ログイン!』




――――――――――――――――――
――――――――――――――


 

 昨日、白嶺が目を覚ました時は既に日没を過ぎていた。白く無機質な部屋にポツンと置かれたベッドに寝かされていたが、病院でないことはすぐに気づいた。
 そして、人の気配が近づき、体に触れる。中年の女性看護師が白嶺の胸についていた電極を外す。時折される声かけに適当に返していると、部屋のドアが開き、スーツ姿の中年男性が入ってきた。髪をバックに固めてスーツも同様に糊で固めた皺一つない実に窮屈そうな格好も相変わらずであった。

「気づいたか」

 白嶺に話しかけてきた実兄、尾形直人を一瞥する。助けを求めた白嶺にどのような感情を抱いているのかわからない。無表情だ。

「悪かったな。厄介者が連絡をしてしまって」
「それは会長……あの人の意見だ。私は最終的に前科者となっていない白嶺と縁を切る理由をもってきない。理由なく実弟を見捨てはしない」

 直人の言葉に内心「そういう上から目線な言い方なところは同じだけどな」と呟きつつ、ベッドから体を起こし、礼を告げる。

「事態は我々も認識している。JOプラザを停止することは現代において日本人に社会生活を捨てさせることと同義だ」

 直人の弁はもっともだ。JOプラザを日常生活で使用しているユーザー人口そのものは国民全体から見れば一部に過ぎない。しかし、日々の生活で関わる様々なものがJOプラザを用い、連動している。その影響は計り知れない。

「わかってる。だから、内部から対処している。……俺のアバターは?」
「失われた。白嶺の家も襲撃され、現在一帯を巻き込む火災となっている」
「なっ! ……とうとうリアルでも攻撃してきたか」
「そうだ。とはいえ、どういう訳か国連G対策センターが火消しに回ってくれているらしく、我々の火消しを引き継いでくれた。お前のことは今夜中に隠されるだろう」
「それはありがたい。で、奴は?」
「行方不明だ」

 白嶺はそれを聞き、考える。一旦は身の安全の確保ができたものの、確実にディアボロスの脅威は現実世界に迫っている。次はより強力な力をもってディアボロスを仮想世界に押し留める必要がある。
 白嶺は恥を捨てて直人に頼み事をした。





 


 そして、少し前の事である。白嶺と鈴代は南海汽船本社を訪ねていた。
 受付から秘書室を通して社長室とは異なる別の応接室に通された。

「船舶、物流は勿論、海底ケーブルやネットワークサービス、その他子会社多数でJOプラザの大口スポンサーでもある大手グループの親会社。はみ出しものには居心地の悪い場所だな」

 壁に貼られたグループ組織図を眺めて鈴代が言うが、白嶺は何も答えずに全面ガラス張りの窓に近づく。地上25階の高層階から見えるのは新宿副都心の景色だ。
 そこに直人が入室した。昨日と同じ糊で固めたスーツを着込んでいる。

「白嶺、待たせたな」
「いや。無茶を頼んだのは俺の方だ。……聞いてくれて感謝してる」
「……少し変わったな。親父は相変わらずだが、お袋は気にしていたよ。去年の爺さんの法事、お前花を置いていったろ?」
「その話は今いい」
「そうだな。……コレが私の力で用意できる最も強い武器だ」

 直人は応接用のテーブルに名刺大のICカードを置いた。

「その中にWFOでGM側のスーパーアカウントとして作成されたゴジラのアバターで、必要な情報はすべてその中にある。昨日測定した白嶺の脳波がパスとなっているそうだ。それとコレは最古のデータを元にしているから、と」
「正真正銘の運営が出し惜しみしていた虎の子……いや、よく残していたと言うべきか」

 カードを手に取った白嶺。その横で鈴代が携帯端末を取り出してその内容を確認するなり、額に手を当てて声を上げた。

「あぁーマジかっ!」
「どうした?」
「尾形、早速それの出番ってことだ。とうとうやりやがったよ! 悪魔は遂につくばで実体化したってよ!」

 脱帽だと額に手を当てて大笑いする鈴代の言葉を聞き、白嶺は直人に詰め寄った。

「兄貴、ここでログインできるのはどこだ?」




――――――――――――――――――
――――――――――――――




 白嶺がアバターとしてログインしたゴジラと実体化したディアボロスがつくばの市街地で対峙した。

「尾形さん!」

 睦海がガンヘッドの操縦席から呼びかけると、白嶺は通信で答える。

『桐城、待たせたな。運営のとっておきのアバターをセットアップするのに時間がかかった。こいつはWFOがWFOになる前からラスボスとして構想されつつもゲームバランスを崩し兼ねないって理由でずっと日の目を見ずに封印されていたにも関わらず、G対からのデータでアップデートして更に本物に近づいている最強のアバターだ』

ゴガァァァァァァァァァオオオン!

 白嶺はゴジラを咆哮させ、背鰭を青く発光させる。

『行くぞ、放射熱線だ!』

 ゴジラはディアボロスに熱線を吐きつける。ディアボロスに当たった熱線は火花を散らし、ディアボロスは後ろに倒れ、建物を崩す。
 しかし、その直後にディアボロスの腕が伸長し、ゴジラを串刺しにする。

ピギャァルルルルゥイィィィッ!

 ディアボロスは咆哮しながら、ゴジラに刺さった針のような腕を鞭の如く弛緩させ、大きく体を転身させる。ゴジラは遠心力で吹き飛ばされる。
 実体化していないゴジラの巨体は建物を擦り抜け、そのまま倒れ、地面を滑る。

「大丈夫?」
『参ったな。重たいし動きが鈍い。熱線も癖がある。思っていた以上に操作し難い』
「待ってて! 援護する!」
『やめろ! 生身のお前にコンテニューはないんだ! それに、こっちにゃ裏技が残ってる』
「裏技?」
『ゴジラ……いや、このゴジラに相当する存在はWFOの開発初期からラスボスとして設定されていた。それはあまりにも強い設定のせいで正規版になった今でも封印されていた。そして、このゴジラはそれをベースに作ったものであり、和ゲーのラスボスのお約束をしっかり踏襲している』
「お約束?」
『コマンド……。ゴジラが しょうたいを あらわした!!』
「!」
『アァァァァァ……ッ!』

 刹那、白嶺の絶叫と共にゴジラのグラフィックが変化し、地中内部から滲み出る溶岩のようにゴジラの身体が紅蓮に染まり、背鰭も赤く先端部は少し溶け、その上昇した体温によって体から白い蒸気が立ち上がる。
 それこそ、WFOで真のラスボスとなる予定であった存在、バーニングゴジラであった。

ゴガァァァァァァァァァオオオン・・・・

 立ち上がったバーニングゴジラは咆哮を上げ、全身を赤く光らせると、口から紅蓮の熱線をディアボロスに放つ。

ピギャーァッ!

 熱線に当たったディアボロスは爆発し、悲鳴のような咆哮を上げる。

ゴガァァァァァァァァァオオオン・・・・

 バーニングゴジラは尚も紅蓮の熱線を連射し、ディアボロスに猛攻を与える。

「尾形さん……尾形さん?」
『アガァァァァァッ!』

 睦海が呼びかけると白嶺からの返事は理性を失った言葉にならない獣の声であった。
 バーニングゴジラは背鰭と口角を燃やしながらディアボロスに近づく。

アギャンッ!

 甲高い声を上げたバーニングゴジラは熱線の猛攻を受けて沈黙するディアボロスを踏みつける。そして、上半身を大きく奮うと背鰭を紅く発光させ、再び熱線を吐こうと口を開く。

ゴガァァッ!

『アガッ!』
「尾形さんっ!」

 バーニングゴジラの口は熱線を吐けず、その口を含めた全身をウニや栗の如くトゲトゲに瞬時に変化したディアボロスによって串刺しになっていた。
 崩壊やダメージを受けるエフェクトは発生していないが、バーニングゴジラは無数の青白いトゲのポリゴンによって全身を貫かれて動きを止められていた。

「尾形さん! 返事をして!」
『ガガガガガガ……』

 睦海が呼びかけるが、聴こえてくるのは通信障害でフリーズしたかの様な『ガ』という声のみ。バーニングゴジラのグラフィックも同様に小刻みに震え、フリーズや通信障害を受けた状態に見える。

「非常に不味い状態だ! シエル、何とかして彼をログアウトさせるんだ!」

 ガンヘッドの外で様子を見ていたラパサナが操縦席に装甲をすり抜けて顔を入れてきた。

「そうしたいけど、通じないのよ! 通信障害みたいで」
「通信障害じゃない! 悪魔がゴジラのアカウントごと彼に侵食しようとしているんだ!」
「侵食?」
「そうだよ! 今の彼は、その肉体も所詮奴からしたらただの端末に過ぎない。つまり、彼自身をハッキングしようとしているんだ!」
「そんなっ! ……っ! それなら」

 ラパサナの言葉に驚くも、すぐに睦海は機転を利かせ、履歴を調べて鈴代の連絡先を探す。

「嘘っ! ……そうか、鈴代さんの連絡先を知らない!」

 自身の前に表示させたウィンドウをスクロールさせて睦海は愕然とする。鈴代との連絡手段がない。
 その様子を見て、ラパサナが声をかける。

「彼のリアルの居場所を知っているんだね?」
「ううん。わからない。……ただ、彼の近くに多分鈴代って人がいると思うの」
「鈴代……。他に居場所のヒントとかは?」
「他に……っ! そうだ。……うん。それならバーニングゴジラを彼が使える理由も説明がつく」
「シエル、何かわかった?」
「わかったというより、もっとも説明のつく状況を推理しただけ。……だけど、自信はある」

 睦海が自信満々の顔でラパサナを見て頷く。

「教えて!」
「彼は南海汽船本社、またはその社長であるお兄さんの近くにいる。多分、その鈴代さんも一緒よ」

 睦海は白嶺がJOプラザの有力スポンサー企業の一つである南海汽船の社長である兄を頼り、バーニングゴジラを兄から受け取り、総務省でG対とネットワーク通信関連の担当をしている鈴代がその立会いをしたと推理した。
 それを聞いたラパサナはニヤリと笑い、「それだけの情報があれば特定可能だ!」と言い放ちながら、彼の手元にウィンドウを表示させる。

「さあ、検索を始めよう!」
 
25/43ページ
スキ