「G」vsディアボロス




 東都大学に到着した二人は村田研究室へと向かった。
 ドアの隙間から室内の電気が漏れていた為、ノックをして白嶺はドアを開けた。

「失礼します。尾形です。先生、実は……っ!」

 研究室にいたのは村田教授ではなく、鈴代であった。
 驚く白嶺達に対して、鈴代は二人の来訪に対して「あぁ、尾形か。突然どうした?」と口にはしているが、その様子は全く驚いていない。むしろ、やっと来たと言わんばかりの、まるで競争をして先についたと誇ってるようにすら見える。

「それは俺の台詞だよ。何でお前が?」
「ククク、そりゃ仕事だよ。昨日のことについてさ。二人もそうなんだろ?」
「嗚呼。そうだよ。……で、先生は? 授業?」

 白嶺が聞くと、鈴代は首を振った。

「いいや。先生はいない。一昨日から所在不明になっていた」
「え? 一昨日って……」

 睦海が白嶺の後ろから顔を出して声を上げた。それに鈴代は頷く。

「どうやら君達と会った後の足跡が不明らしい。情工は院生や学部生は別室に詰めているから、彼らも一体いつから先生が消えたのかわからないってさ」
「病気とかか?」
「残念ながら、自宅には帰宅していない。元々研究にのめり込むと二、三日ここに籠りっきりなる方だったから家の人も気にしていなかったらしい」
「それって、行方不明ってことじゃねぇか!」

 白嶺が鈴代に詰め寄ると彼は肩をすくめる。

「その可能性もある。まだその段階だ。国のプロジェクトで端末の持ち込み不可のスパコン室に籠ることもある為、今夜まで待って一切の安否確認ができなかったら、警察に届ける予定らしい。もっとも学内も含め、先生の出入りしそうな施設は確認済みのようだが」
「おいっ! よくそれでそんなに落ち着いてられるな!」
「尾形さん!」

 それを淡々と語る鈴代の態度に白嶺は苛立ち、思わず胸ぐらを掴む。
 睦海が慌てて白嶺の腕を持って引き留めるが、鈴代は薄ら笑いを浮かべ、飄々としている。

「そりゃ僕だって心配してるさ。ただ、先生が何かしらのトラブルに巻き込まれているという可能性が多少なりあるから、という理由からね」
「何が言いたい?」

 睦海が持つ白嶺の手が声と共に震えている。睦海も鈴代の言いたいことは察していた。恐らく、白嶺も同じだ。しかし、彼は聞かずにはいられなかった。

「先生は自らの意思で消息を絶っている可能性が高い。それが上の考えだ」
「上ってどこだよ!」
「決まってるだろ? 僕の組織の上、日本政府さ。尾形、君も考えていた筈だ。攻撃性やその形態こそ想定されていたそれとかけ離れたものかもしれないが、あれは先生が長年研究を続けていた汎用人工知能だ」
「………」
「少なくとも桐城さんはあれを先生が生み出した可能性を疑っていた。だからここに来た。違うかい?」

 胸ぐらを掴まれた状態にも関わらず、鈴代はまるで開き直ったかのようにあっけらかんとした態度、口調で言った。

「………」

 白嶺はぶっきらぼうに鈴代から手を離し、やり場のない感情をぶつけるようにソファーの背もたれに拳を叩き落とした。ドスっと軽く音を上げた後、そのまま彼は両手で背もたれを掴み、無言で項垂れた。








 村田研究室を出た3人の雰囲気は尚も重かった。

「あぁ、尾形。この後だけど、僕に付き合ってほしい」
「……お前、よく言えるな?」
「そう言うなって。僕にも今朝正規のルートで南海汽船から連絡が入った。JOプラザ側の合意は事務レベルで進んでいるらしいから、もう時間の問題だ。……どうだい? これでも先生の件とこの件を混同させて僕を無視するかい?」
「……ちっ! わかったよ。本社か?」
「あぁ。サーバールームでの直接のアクセスが必要らしい」
「わかった。……桐城、悪いが俺はこいつと行かないといけない場所ができた」

 白嶺はまだ不機嫌さを顔に出したまま睦海に告げた。睦海は特に引き留める理由もなく、それに応じる。

「わかったわ。私もこの後G対で頼まれていたことがあるからつくばに戻ろうと思う」
「そうか。くれぐれも気をつけてな」
「うん」

 二人は頷き合うと、キャンパス内でそれぞれ分かれた。








『System scan……OK』
『All green』
『睦海、終わりだ。ありがとう』
『すっばらシイタケ! タマゲタケェー!』
「ははは……どういたしまして」

 将治に続いて異様にテンションの高い男性の声が聞こえた。睦海はやや引き攣り気味の笑みで返事をする。
 睦海のいるシュミレーターの前にあるモニタールームではその男が小躍りしているのが見える。白人男性で歳は将治よりも歳上。メカニック界の権威で、項羽やバハムート、デルスティアの開発にも関わっているという。本名は不明だが、セバスチャンJr.や二代目と呼ばれているらしい。尚、戦艦『大戸』開発メンバーのセバスチャン・ジョックスとの関係性は不明。
 睦海はこのセバスチャンJr.が中心となって開発をすすめている擬似実体化の実験に呼ばれていた。これはつくばで試験導入されている新型サイバーエネルギー防衛フィールドを更に発展させる実体化への挑戦だ。
 大翔は既に仮想世界を現実に重ねさせ、実際に存在する人間とアバターでログインしている仮想世界の住人を視覚情報上、同じ現実世界にマッピングさせることをクリアさせていたが、別に実在している訳ではないので触ることはできない。既にアンドロイド素体を使っての擬似実体化は成功していたらしいが、それはプロジェクションマッピングとアンドロイド素体の遠隔操作に過ぎなかった。
 セバスチャンJr.の擬似実体化は根本的に違う。その正体は一種のナノマシンであり、アバターを含めた仮想世界側の存在をナノマシンが結集して実体化する。ナノマシン側は指定された位置に移動し、互いに繋がればよいので、永らく技術的な課題であった自律システムを入れる必要がなく、バッテリーの問題も新型サイバーエネルギー防衛フィールドによる供給によってクリアされている。
 睦海はシュミレーターでシエルのアバターにログインし、その横にあるプールに液体の様な状態で入っていたナノマシンを使って、三次元の立体投影だけでなく、ナノマシンによる擬似実体化をさせたのだ。
 擬似実体化したシエルはアバターと全く変わらない動きで動き、用意していた実在の棒を掴み、操ってみせた。

「睦海、感想はどうだ?」
「全く新しい体験だったわ。WFOの操作感、感触……擬似感覚なのに、実際に存在するものに触れて操ることができる。……力や質量はどんな感じなの?」
「質量は擬似実体の構造によって変わる。表面だけにするか、内部も埋めるのかによって変わる。また、力もその構造次第だ。結合の仕方、密度で強度、力は変化する。最高密度ならば、それはまさに鋼鉄のブロックと同じだ」
「……つまり、防衛システムとしての機能も期待できると?」
「そういうことだ。……まぁ気づいて当然か」

 睦海の問いかけに将治は肩をすくませる。
 つくばでの最新技術の実験にG対策センターが関与するのは至極自然なことだが、Gフォースの司令官の将治が関与するとなれば、何らかの兵器利用が前提になる。
 新型サイバーエネルギー防衛フィールドとその名前にも防衛の文字が入っている。四面楚歌の全方位索敵システムを更に発展させた何かを狙っていることは想像に難くない。
 この技術が完成すれば、防衛戦において実質的に攻守ともに圧倒的な即応性を発揮できるものとなる。四面楚歌最大の弱点は索敵に入っても防衛が間に合わないミサイル攻撃と索敵の苦手な地中や地上の森などの遮蔽物の中を掻い潜る潜入工作、ほぼジョーク扱いを受けているものの高高度からの空挺攻撃だ。いずれも四面楚歌が索敵できたところで出撃、攻撃が間に合わないことが理由だ。しかし、この擬似実体化技術ならば、防壁を即座に展開することや対空兵器を出現させることによって対ミサイル防衛が可能で、奇襲に対しても出撃する時間そのものを短縮し、敵兵の前に実体化させればいいのだ。
 これは怪獣にもいえる。開発、移動コストの高い対怪獣兵器を配備することなく、仮想世界の兵器を実体化させることで少なくとも肉弾戦は可能なのだ。即応特派よりも早く部隊が送り込める。

「それで、実際のところ実用の目処は?」
「ある。既に相当量のナノマシンが用意できているから、つくばに限ってだが、世界で最も堅牢かつ即応力の高い兵器を保有していると言える」
「世界最強の軍隊Gフォースの復活?」
「……守りだけだよ」

 将治は苦笑し、その場を後にした。
 一方、フォークリフトを操作するGフォース隊員がシュミレーターのある実験室へ入室し、先程の実験に使用したナノマシンのプールを持ち上げると部屋から出て行った。倉庫へと運ぶのだろうかと、フォークリフトが出ると閉じられたシャッターを見つめて睦海はふと考えた。




 



 フォークリフトがナノマシンの入ったプールを倉庫へと戻す。倉庫には同様のナノマシン入りのプールが並んでいた。
 そして、プールからフォークリフトを離し、倉庫から出るGフォース隊員は気づかない。そのプール内のナノマシンがハッキングされ、水面に落ちる水滴を逆再生するかのようにスゥーっと擬似実体化し始めていることに。








「Ax!(アァッ!) 見つけたわよ!」

 G対策センターの廊下を歩いていた睦海にソプラノの声がかけられた。振り向くと大きくカーブしている窓辺の廊下を走ってくる胸と銀色の髪を揺らす少女の姿が見えた。それだけで睦海は相手がアンナだとわかった。
 トタタタタと廊下に足音を響かせ、アンナは睦海に駆け寄ってきた。

「アーニャ、元気そうね」
「当然よっ! 今日もシュミレーターで好成績だったんだから!」

 アンナは胸を張ってドヤ顔をする。少々高飛車な印象だが、将治同様に真面目で、睦海はどことなく健と言い争いながらも連携をしていた中学生の将治に重なるものがあるように思っている。もっとも、以前将治にその話をしたら多少は内心で喜んでいたかもしれないが、表情は苦笑であった。

「ま、デルスティアの予備パイだからね! ……でも、シュミレーターの模擬機体の動きがバージョンアップしたみたいで久しぶりに完敗したわ。前に現れたZって巨大ゾンビに見立てた仮想敵って設定のバーチャル機体だったんだけど、棒みたいな武器を使ってくるし、反応速度は尋常じゃないし、設定されている機体スペック上限を軽く無視したような体術まで使ってきたんだよー! アレはいくらバーチャルでも現実的じゃないわ。あとでお父様とセバスに文句言っとかなきゃ。もしそういうイレギュラーな訓練をするなら、せめてAIやプログラムじゃなくて生身の操作するアバターとかにしてもらわないと」
「そ、そうね……」

 何かその仮想敵の動きに身に覚えがあると感じつつ睦海は答える。そう言えばシュミレーターで相手があった方がやりやすいだろうと将治が菱形のポリゴンを頭、胴体、手足、尾と組み合わせた簡単な作りの敵キャラを出していたな……と思い出す。

「そうそう。これからセントラルタワーに行くんだけど、一緒に行かない? 大翔もオンラインなんだけど一緒にシステムの確認することになっているの!」
「そうなんだ。それって擬似仮想化の?」
「あーなんかそういう話もあるみたいね。確かに大翔はそれに対応するようにしたシステムのメンテナンスとプログラムのアップデートした確認をするのが今日の目的みたいだけど。……で、その前にセントラルタワー近くに美味しいミックスジュースのお店があるのよ!」

 目を輝かせて言うアンナを見て、そっちが目的かと納得しつつ、睦海は頷く。

「いいわよ。私も大翔に会ったら話したいこともあったし」
「そうなの?」
「うん。ディアボロスと戦うヒントをもしかしたら教えてくれるかもしれないから」
「なるほどね。……うん。そうかも」




 



 朝の豪雨から一転、快晴となっており、既に地面の水溜りは殆どが乾いていた。
 ミックスジュースの店というのはテイクアウト型のジュースバーで、様々なフルーツのミキサーが並んでいる。その店舗前に女子大学生達がジュースを飲みながら談笑していた。

「ここのバナナミルクミックスが人気なのよ!」
「じゃあ、それにしようかな」

 二人の目の前に出現したウィンドウのメニューからバナナミルクミックスを選択すると、JOプラザの電子決済と同期しており、支払い同意が表示され、同意すると「支払い完了」と表示された。
 現実世界の決済処理がオンラインでの電子決済と同じ操作負担で行うことができる新型サイバーエネルギー防衛フィールドに少なからず睦海は驚く。今はこの学園都市の中だけだが、近い将来は世界中で見られる光景となり、現実世界も仮想世界に近づくのだろう。

「バナナミルクミックスでーす」

 店員からカップを受け取り、ストローで濃厚なバナナとミルクを吸い上げる。よく冷えており、氷のシャリシャリした舌触りも相まって、雨上がりと夏の陽射しによる蒸し上がった猛暑の中、滲んでいた汗が引いていく。

「美味しいわね」
「でしょでしょ?」

 そう言いアンナもストローで啜ると「Хорошо(ハラショー)!」と感嘆の声をあげる。
 ジュースを片手にセントラルタワーへ向かってアンナと睦海は歩き始め、交差点に差し掛かったところだった。
 突然、耳元に若い男性の声が聞こえた。

「シエル、悪魔はぼくと君を狙っている」
「えっ?」

 睦海が振り返ると、膝上近くまである丈の深緑色のロングパーカーのフードを被った青年が立っていた。フードの影に顔が隠れて人相はわからないが、唯一見える口元は笑みを浮かべているのか、口角が上がっており、睦海に向かって言葉を続けた。

「シエル、ここは見つかりやすい。着いてきて!」
「あっ、ちょっと!」
「えっ? ムツミン?」

 意味深な言葉を残すと背を向けて走り出した青年を追って睦海は走り出す。驚くアンナに「ごめん、先に行ってて!」とだけ言い、睦海は青年の入った路地へと向かった。





 


 睦海が路地の奥へ進むと、青年の後ろ姿が角を右に曲がるのが見え、睦海はその角を曲がる。

「え?」

 角を曲がるとすぐに行き止まりとなっていた。突き当たりまで歩くと、足元に眼鏡が落ちている。不意に睦海はその眼鏡を拾い上げると、声が聞こえた。

「自己進化を促す強力な指向性を持つ欲望を与えられて誕生した悪魔、それがディアボロスだ」
「ま、まさか。この眼鏡から声が……?」
「いや……それはただの落とし物だよ。ぼくはこっち」
「あ……。あははは」

 眼鏡を持ちながら驚く睦海に申し訳なさそうに青年の声がツッコみ、角の手前から先程の青年が現れた。
 睦海は笑って誤魔化しながら、眼鏡を丁寧に畳んで近くの室外機の上にそっと置いた。
 それを見届けると青年はフードを取り、改めて睦海に言った。ロングパーカーは袖がなく、ボーダーの長袖Tシャツを着ており、外ハネの黒髪にはヘアピンがわりなのか文具のピンをつけているが、全体的に色の組み合わせも良くお洒落な印象を与える青年であった。

「改めて、ぼくの名はLapsana(ラパサナ)。シエル、君と同じく悪魔に狙われている者だ」

 まだ少年っぽい幼さが残る笑みを浮かべたラパサナを正面から見て初めて睦海は彼が実体を持たないアバターであったことに気づいた。

「アバター? 一体、あなたは何者なの?」
「シエル、リアルを詮索するのはルール違反だよ。ぼくはラパサナ。それ以外の何者でもないよ」

 ラパサナは真っ直ぐな力強い目で睦海を見て答えた。
 その目を見て、睦海は彼から既視感を覚えた。正体不明のアバターだが、彼と睦海は何かしらの接点があり、漠然とではあるが彼は信頼できると感じた。
 それと同時に睦海の中で一つの疑念も浮かぶ。彼は睦海をシエルと呼び、ディアボロスの情報を有している。しかも、その正体に関する情報である可能性もその言葉から示唆されていた。
 その内容から睦海の発する疑問は最早必然であった。

「あなたは村田教授に関わりがあるの?」

 その問いに彼はふふっと笑うが、外に跳ねた髪を触りながら答えた。

「ぼくは村田教授という人物は知らないよ」

 その発言に嘘偽りはない。そう睦海は感じた。
 真相は兎も角、睦海は事実としてディアボロスに狙われる経験を持ち、睦海の正体を知る。もっとも、シエルについては昨日のディアボロスがばら撒いた情報を入手した可能性は十分に考えられる。
 否応なしに該当する人物像は限られてくるが、それらの人物像とラパサナはあまりにも乖離しすぎている。むしろ本人は否定したが、村田教授に何かしら縁のある人物というのが最も睦海の中で合点がいくと結論づけられた。

「ディアボロスはなぜ、私やあなたを狙っているの?」
「その理由は話せない」
「話せない? 知らないではなく?」
「うん。シエルがぼくをまだ警戒しているのと同じように、まだぼくもシエルに全てのカードを明かせない。……それに、悪魔はぼくらを見つけたらしい」
「え?」

 ラパサナが路地から見える細い空を見上げて言った。睦海もそれにつられて視線を上げる。
 その瞬間、空を響かせる衝撃が、爆発音が響いた。
 そして、ディアボロスの咆哮がつくばに轟いた。

ピギャァルルルルゥイィィィッ!
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