「G」vsディアボロス
「しばらく会わなかったのに、こう短い間にまた顔を合わせるとは。妙なものだな」
G対策センターの中でも最高レベルのセキュリティが確保されたセーフルーム。それはどこかと言えば、Gフォースの環太平洋地域司令部の要人用宿泊スペースになる。要人用とはいえ、海外の要人が実際に使用するとすればそれは有事に限られる為、“軍用設備にしては”上品なホテルの一室という範囲に留まる。それに90年代の設備の為、所々に老朽化も見受けられる。
そのセーフルームの応接用ソファーに腰を下ろした将治は向かいに座るみどりと睦海に言った。高齢である藤戸夫妻は別室で休んで貰っている。
「まだ先週末のことだったからね。……でもいいの? 前に泊まった時よりも良い部屋でしょ?」
目尻に皺を作って笑みを浮かべてみどりは室内を見渡して言う。彼女が言っているのは16年前のZ出現時の話だろう。
「あの時はG対の宿泊設備だったかな? ここは要人用の設備だ。奥の扉の先には壇のみの極小規模だが会見スペースもある」
将治が言うと、二人は扉に視線を向ける。
話を進めようと軽く咳払いをし、二人の視線を戻すと将治は再び口を開いた。
「まずは睦海。改めてお疲れ様。被害そのものは決して少なくないものだったが、高速道での戦闘で死者を出さなかったのは君のお陰といえる」
「いえ。私を追って起きた事ですし」
「そこはどうか気に病まないで欲しい。これは先程日本政府側とも確認し、正式に伝えられたことでもある。防衛大臣も優秀な桐城特尉の行動は正当性と妥当性のあるものだと記録に残したよ。今回の件で睦海の立場が危うくなることはない」
「そういうつもりはなかったんだけど……。安心はしました」
「それと尾形白嶺さんの安否確認ができた」
将治が言うと睦海の表情が変わった。将治でも気づいたことなので、隣にいるみどりは「あらぁ?」とあからさまな声を出す。とはいえ、睦海はそんな義母の反応を無視して将治に「彼は?」と詰め寄る。
「結論からいえば彼は無事だ。我々や公的機関が動く前に彼の身は民間で保護されていた。故に詳細は不明だが、基本的に健康な状態らしい」
「民間?」
「あぁ。南海汽船という名を聞いたことは……ないな。まぁ国内でも指折りの大企業の一つで主に物流やそれに付随したインフラや海洋関連の企業を傘下にもつグループの親会社だ。G対も様々な分野でパートナーシップをとっている。……あぁ、睦海もよく知るJOプラザを運営する企業連合体の主要構成企業の一つでもあるよ」
「なるほど。その南海汽船に尾形さんが?」
「そうだ。南海汽船の現社長は尾形直人。彼の兄だ」
「お兄さん……」
「加えると会長は彼らの父であり、その先代というのが芹澤博士と共にゴジラを屠った尾形秀人らしい」
「えっ!」
睦海も意味がわかったらしい。隣のみどりも口に手を当てて驚いている。
無理もない。それはつまり世襲による一族経営であり、尾形白嶺はその次男。世間的には御曹司ということになる。
「それから彼の居住地一帯を燃やした火災は鎮火と消防庁から。まだ安否確認のできてきない住民はいるが、概ね無事であっても軽症らしい。願わくば犠牲者がいないことだが、こればかりはまだわからない」
「そう。……それで、これからは?」
「とりあえず、今回の危機に対しての対策は既に完了しており、ディアボロスによる遠隔操作で直接的に襲われるという心配はない。ただ、それは今回のような攻撃手段に対してという限定的な表現にはなる。事実として睦海と尾形白嶺さんの住基データは損傷、改ざんが疑われている為、総務省側で一時的に凍結させている。勿論、バックアップもあるし、あくまでも一時的なものなので、日常生活に戻った際の不自由はさせない」
「わかったわ。……つまり、今後も何かしらの方法で私たちを狙う可能性は捨てきれないということね」
「あぁ。あと、最も社会生活上の影響を与えかねないシエル、睦海の個人情報流出だが、これは既に拡散されたものを削除済みだ。もっとも個人の保管する情報やサーバーそのものが正規の管理運営をされていないような所謂裏サーバーまでは対処しきれないが、複数の偽情報を同規模に拡散させ、再度削除した為、情報そのものの信頼度は再拡散されない程度に下がっている筈だ」
「ありがとうございます」
睦海が頭を下げて礼を言うと、将治は頭を振った。
「先にも言ったが、睦海は我々の保護対象だ。不自由さに苦言を呈されることがあっても礼を言われることはしていない。あくまでもG対が任務として行なっていることにしか過ぎない」
「わかった。……じゃあ、仕事にも戻れるってこと?」
「基本的には、その解釈で問題ない。物理的な監視、護衛はある程度の範囲内でしばらく継続されると思う。それと指揮官として睦海の長期不在は問題を生じる可能性は同業者として僕も十分に理解しているが、現に災害発生の報がない限りは即応特派への復帰を一時的に保留にしてよく、その判断は僕に一任すると防衛大臣と統幕からの言質を得ている」
「……麻生司令。私は移籍するつもりありませんからね?」
将治をジト目で見つめながら睦海が言った。
睦海をGフォースが喉から手が出る程欲しがっている話は自身の耳にも入っているし、高校生の時も防大の時も多少なりともGフォースの目に留まりそうな行動をしていたと自覚もある。しかし、結果論的には矛盾しつつも、怪獣と戦う為の部隊に入るつもりはないという気持ちは今も変わらない。
愛機三八式から降りたくないのもあるが、それを理由にするとGフォースがガンヘッド部隊を組織しそうなのであえて睦海は理由を語らない。
「それは承知している。ただ、今はお互いに利用し合うということで受け入れてほしい」
「というと?」
「こちらのメリットはあえて言わなくてわかっているだろう。睦海にとっては先の通り護衛がつくが、あくまでもそれだけだ。どこに行くも、明確に僕は止める命令を出すつもりはない。まぁ、個人としてしばらく一人暮らしの自宅は勿論、基地や実家にも出入りしないことを勧める」
「結局、ディアボロスより人間の方が怖いってことでしょ? わかっているわ」
「ありがとう」
その後、幾つかの確認事項とルール決めをし、一時的に桐城家はつくばのGフォースを拠点に過ごすことになり、日付が変わる前に火災現場から白嶺のアパートの大家の遺体が見つかったことが知らされた。
翌日、白嶺が火災現場へ向かったと聞いた睦海は彼の自宅跡地へ行き、彼と合流した。
頃合いを見計らって傘をさしていても片腕やズボンが既にずぶ濡れになっていた彼をGフォースが用意した海外メーカー製の四輪駆動車に促した。
「はい。風邪、ひいてる暇なんて無いでしょ?」
運転手のGフォース隊員に会釈をして後部座席に乗り込むと睦海は座席に用意しておいたタオルを白嶺に渡す。彼は無言で頷くとタオルで濡れた服と肌を拭き取る。
それを確認すると、睦海は身を乗り出して運転手に声をかけた。
「東都大学へ向かって頂けますか?」
「はい」
「え?」
今時珍しいハイブリッド車特有のエンジン駆動音を上げ、車が動き出す一方で、白嶺が怪訝な顔をした。
一瞬、睦海は視線を伏せるものの、この後彼には自身の考えを知られることになるのだと改め、視線を彼に向けた。
「やっぱり村田教授は何か知っていると思う」
「……わかった。ただ、もしも疑いを前提で話すようなら協力しない」
「いいわ」
睦海は頷くと視線を車窓から見える雨にくすんだ都内の景色に向けた。
そのまま窓を横に流れる雨粒を見つめながら白嶺に話しかける。
「ところで、あの後はどうなったの?」
「………」
「尾形さん?」
「……やられた」
「?」
睦海が視線を車窓から白嶺に向けると彼も車窓に流れる雨粒を見つめていた。
「確かに俺達は奴に勝てた。……だけどそれは所詮見た目だけのことだった。ディアボロスは俺がやったことと同じことをしてきた」
「同じこと?」
「あぁ、そうだ」
白嶺は風にフルフルと表面を揺らしながら窓ガラスを流れていく雨粒を見つめたまま、淡々と語り始めた。
シエルのログアウトを確認したハクベラは今のうちに打てる手を打っておこうと考えていた。彼女に言ったことは嘘ではない。
極力切りたくなかったカードだったが、背に腹はかえられぬという思いで兄へメッセージを送っておいた。白嶺が移動せずとも兄の手引きで身体は保護されることだろう。
退路を心配する必要がないのだ。やれるだけのことをやろうと思う。
「まずは穴から逃がさないように……」
データの状態に墜としたとはいえ自律型のプログラム相手となれば、まだ安心はできない。事実、JOプラザ内のデータベースや掲示板などにアクセスが可能だった。ディアボロス本体はまだ脱出できないものの中から他の方法でもこちらへ攻撃することは可能。ただのデータに回帰させてもディアボロスは死んでいない。
対応策は外部との遮断だ。状況的に物理的な方法は取れない為、仮想的にディアボロスの堕ちたブロックをネットワークから遮断させる方法になる。
「接続を認識できなくすれば……くっ! やはり手は打ってるかぁ」
最も単純な方法でネットワークとの繋がりそのものを書き換えようとするが、これはディアボロス側が暗号化したプロテクトで守られていた。
最も有効な方法は時間的にもハクベラの権限的にも今は使えない。
「これなら付け焼き刃でもいけるはず」
ハクベラはディアボロスのいる空間を囲む壁を出現させた。建物のオブジェクトを積み木のように組み合わせて作ったバリケードだ。しかも内部には円周率をひたすら演算させる計算プログラムを貼り付けている。
まもなく構築したバリケードから周囲が陽炎のように湾曲し、その揺らいだ描画でフリーズした。処理落ちを意図的に発生させたのだ。
「ディアボロス、それはお前を閉じ込めるバリケードであり、お前を押し潰す時限装置だ。これならば、俺が何もしなくてもJOプラザのセキュリティシステムが自動的にその場所に対して排除を実行する。こいつは誤魔化しも通用しないぜ」
白嶺もディアボロスも使用したプログラムは全てセキュリティシステムがJOプラザの異物と認識されないように擬態させていた。だが、これは意図的にハクベラが仕組んだもので、セキュリティシステムはクラッキングかバグとして認識する。
「よし、あばよ。……っ! 何?」
ハクベラはディアボロスを取り逃していないかの確認をし、ログアウトをしようとするが、それは実行しなかった。
バリケードから生えるように緑色の植物の蔦が次々に現れ、デルスティアに絡みついた。蔦の中には牙の生えた動物のような口が先端にあるものも含まれていた。
キシャァァァァアアアア!
蔦の中でも一際何本かの太い茎が撚り合いながら垂直に伸び、樹状になるやその頂部に巨大な赤い薔薇の花を咲かせた。それはWFOデータベース内に存在が永らく噂されていた、歴史が改変されて以降、幻となっていた薔薇と人とゴジラが融合したバイオ怪獣、ビオランテ花獣形態であった。
クルルルゥゥゥン……
まるでバリケードを鉢植えのように蔦を這わせ、そこから伸びる触手のような蔦はデルスティアを締め付け、腕や胴体の装甲が悲鳴を上げ、損傷箇所から淡く光る粒子状の崩壊エフェクトが生じている。
「っ! 一人で操縦はできないか? ……動けなくても抵抗はできる! フォォォー……クゥゥウッミサイルッ!」
デルスティアから一斉に小型ミサイルが放たれ、蔦へ攻撃する。
蔦が破壊され、デルスティアの体が地面に崩れるが、膝と尾で機体を支え、両手を地面に突き立てて四つん這いの格好でバランスを取った。
「これならまだいける。……覚悟しろよ! デストロォォォー…ォォォイッ・キャノンッ!」
デルスティアは四つん這いになって突き出した両肩の高圧レーザー砲をチャージし、ビオランテ花獣形態本体に向けて同時に放った。
それは一瞬で二筋の太い光線を作り、ビオランテの中心部から薔薇の花にかけて上へと斬り上げるように伸び、次の瞬間、ビオランテは三つに裂かれた状態で風化するように光の粒子へと変わり、消滅した。
デルスティアは両手のバランスを崩して上半身から地面に突っ伏し、消滅エフェクトを発生させて崩壊が始まる。
「危なかった……」
ハクベラは嘆息しつつ、操縦席から巨大バリケードを確認する。周辺空間がパネルやタイルが剥がれるように崩れ始めた。
「始まったか」
JOプラザ内部側からセキュリティシステムによる強制排除は初めて見るが、描画が単調にタイル状のポリゴンが剥がれるだけであり、JOプラザでなく、ルートウェアかシステム側に元々存在する実行動作グラフィックらしい。
ハクベラは巻き込まれる前にログアウトをしようとする。
「ッ!」
しかし、ハクベラのメニュー選択の処理が突如遅くなり、ハクベラ自身の体の自由も奪われる。
見上げると、デルスティアの頭上にバリケードの建物が機体を覆い被さるように浮かんでいた。否、処理落ちで止まっているだけで、デルスティアの上に落下する状態で静止していた。
一方で、前方にある巨大バリケードはその地中から地響きとともに無数の牙がズラリと両面に並んだ巨大なワニのような口が出現し、超巨大な四角いオブジェクトの塊となっていたバリケードそのものを一飲みにした。
それは体表こそ緑色の植物状の構造でありながら、その口そのものは非常に動物的な獰猛な姿をしていた。恐ろしく巨大だが、それはビオランテ植獣形態だった。
続いて地面からデルスティアに再び現れた無数の蔦は先端を鋭利に尖らせ、倒れるデルスティアを串刺しにして突き上げる。更に、牙の生えた口状の蔦が地面から現れ、デルスティアの操縦席に食らいつく。
装甲が軋み、一面窓状になっているモニターも破壊される。
一方でその空間はデルスティアも含めてタイルの剥がれるエフェクトに囲まれている。
「マジか……。道連れかよ」
ハクベラが落胆した顔で呟いた瞬間、デルスティアの装甲は蔦の口に噛み砕かれ、ハクベラもその口に一飲みにされた。
そして次の瞬間、超巨大ビオランテとデルスティアの残骸を巻き込んで、その空間はJOプラザから排除された。
「……という訳さ」
「え? 待って。その後はどうなったの?」
信号待ちをする車中で睦海の動揺した声が上がる。
沈黙の中、ワイパーの往復する音が車中に響く。
信号が変わり、車が動き出すと共に白嶺は睦海を一瞥して答えた。
「俺は気づいたら保護された後だった。ディアボロスは排除されたが不明だ。消滅したとは考えにくいから身動きを封じられたままか、既に逃げてどこかで潜伏しているか」
「ハクベラは?」
「あぁ。言ったろ? 喰われたの」
白嶺は再び睦海をちらりと見て、抑揚のない口調で淡々と言った。苦笑をしている表情を作っているが、目は笑っていない。
「じゃあ、もうハクベラは?」
「アバターそのものを持っていかれたからな。ストレージにはオフラインで保存したデータもあったが、もう灰の中だ。プライベート用のハクベラはショックだけど、仕事用のシローは損失が大きすぎる」
「そんな……」
「おいおい、そんな泣きそうな顔をするなよ。大金注ぎ込んでチューニングしたペンテスト特化のアバターを失ったダメージは結構大きくて泣きそうなんだぞ。……それに、ハクベラはWFOやJOプラザの顧客データのバックアップがある。完全なる復元はできなくても、同じアカウントのアバターとして再構築することくらいはできるさ」
「でも、積み上げてきたゲームの育成データとか、ハクベラとして生きていた歴史は、もう戻らないよ」
「……まぁな。だけどさ、桐城が教えてくれたじゃないか。俺ってわかるんだろ? アバターそのものに刻まれた経験値ってのはなくなったかも知らないけどさ、俺の中には消えない経験ってのが確かに残ってるんだよ。だからさ、俺はアバターだろうと何だろうと、尾形白嶺であり、ハクベラであり、シローであり、ハクロウだ」
白嶺はどこか達観したような遠い目をしていた。
彼の言葉は誰よりも睦海が知っていることであり、睦海だけがそれを間違いなく真実だと証明している。
故に、浮かぶ言葉はまだあるが、それを飲み込み、睦海は頷いた。
「……うん。そうね」