「G」vsディアボロス


〈第三章〉


「そうです。週末つくばへ。……えぇ。麻生さんに会うと言っても約束をしているのは娘の方ですけど。……そうですね。泊まり先は父が昔勤めていたホテルが安く取れたのですが、みどりおばさんの家にも伺おうと考えています。……睦姉も? それ、わかったら教えて下さい! 僕も睦姉に会いたいので! ……はい。ではまたかけます」

 耳に付けたインカムに指を触れ、叔母の桐城みどりとの電話を終えた青年、青木大翔は背中に装着した翼竜型ガジェットのBABYの翼を広げる。
 周囲は鬱蒼と木々が茂る森の中であったが、大翔が地面を蹴り、飛び上がると緩やかに飛翔し、木々の上に浮かび上がった。

「飛翔時の安定性が向上している。これは評価しないと」

 現在希少性も相まって高額なBABYだが、大翔はCIEL社からモニターとして最新型をリースしている。これも実業家の一面を持つ彼の行っている仕事の一つだ。
 しかし、彼は投資やモニターで稼いでいる訳ではない。むしろ、本来の事業を軌道に乗せる為に必要となる資金源としてBABYによる恩恵を利用しているに過ぎない。
 彼が行う主な事業は二つ。その一つは眼下に広がる全てだ。
 弥彦村の自然環境と文化を守る保全事業こそ、彼が安定的に高額の収入を得ている彼ら家族がわざわざ都心から郷里へ戻っている理由だ。しかも特定非営利活動法人の自然保全活動とは全く性質が異なる。間伐や大翔が今行なっているパトロールといった自然環境保全の基本となる活動こそ、NPO法人のそれと変わらないが、最新のナノマシン技術やVR技術を応用し、仮想現実と拡張現実を実際の自然に重ねる新しい技術導入の研究開発をしている。
 彼の目指す弥彦村は、100年後も同じ自然豊かで長閑な弥彦村のままでありながら、都市部に引けを取らないサイバー都心として機能させることだ。
 既に睦海が日々活動しているような災害を発生させる程の豪雨は日常の一部であり、人々のイメージする自然は最早自然自身の脅威によって脅かされる悪循環になっている。父の青木翼、そして大翔が目指すのは人類によって狂ってしまった自然を人類の手で守ろうというものだ。
 その為の技術こそ青木家三世代に及ぶ得意分野であるメカニックだ。そして、そのハード、ソフト、規模にとらわれない幅広い技術はGフォースやCIEL社を筆頭に世界が認めている。『まちの電気屋さん』ならぬ、『世界の電気屋さん』こそ彼の手がけるもう一つの事業だ。
 BABYの恩恵で一躍資産家となった青木家だが、根っからの自然好きの恐竜好き、根っからの技術屋だったことにより、大金を得て好きな事をして稼ぐ喜びを覚えた結果、三代目の大翔に至っては祖父以上の自由な発想を持つ技術者となっていた。

「ん? サイバーフィールドの乱れ?」

 空中移動中の大翔は、弥彦山の自然を包み込むように展開されている不可視のサイバーフィールドと大翔が命名した空間を構築している。かつての無線通信のホットスポットの拡大発展版であるが、そこに導入している技術こそ、大翔が開発研究をしていることそのものだ。不可視ではあるが、AR技術の応用でモニター越しにはサイバーフィールドは可視化される。

「あちゃー山頂近くが原因だな」

 ARレンズとなっている眼鏡をかけた大翔は、空中で静止して弥彦山を見て呟いた。
 彼の目には弥彦山をドーム状に包み込む放射線状の青い線が見えている。それは弥彦山の尾根に点在する電波塔から噴水の様に放出されている。
 その中で山頂近くに切れ目が入っている。その切れ目の始点は山頂付近の電波塔だ。

「高いと耳痛くなるんだよなぁ……」

 大翔はボヤきつつ弥彦山の標高に沿うように地表から一定の高さを保ちつつ上昇し、山頂を目指して空中を移動する。




 



「あ、アレかな?」

 まもなく目的の電波塔に到着した大翔は、どの箇所に原因があるかレンズ越しに確認する。レンズ越しではそれが一目瞭然だった。
 アンテナの一つがその機能を停止していた。見ると配線の一つにゴミが引っかかって断線していた。

「ふむ。まぁこのくらいなら今の手持ちでできるか」




 



 大翔はまもなくアンテナの修理を終え、再びレンズ越しに周囲を見回す。

「よし。サイバーフィールド展開確認。……まだ穴があったとはなぁ」

 大翔は一仕事を終えた達成感を持ちつつも浮かない顔をする。サイバーフィールドはアンテナ一つが不調でも穴ができないように互いに補い合うように展開させているはずだった。地勢的な理由か、なんらかの想定ミスか計算ミスがあったのは間違いない。新たな課題を見つけた大翔は複雑な心境を抱えつつ地面に着地すると、近くの2メートルほどの大きさの低木針葉樹に歩いていき、葉の表面付近でスライドタッチパネルの操作をするようにタップし、上から下に指をスライドする。
 その指先から半透明のウィンドウ画面が表示された。

【種名:チャボガヤ
カテゴリー:常緑低木
高さ:2.2m 体力:98% 状態:水分減少傾向あり】

 多くの人が共通の認識が持てるよう大翔がステータスウィンドウと読んでいるそれが本来の通りの性能を発揮しているのを確認し、本当の意味で一段落終えた。
 これがサイバーフィールドの機能の一つで、彼の目指すものの一つの姿だ。

「さて、戻るか。……翔べ、BABY!」

 大翔はその字の通り、大空高く飛翔した。








 週末、大翔は予定通りつくば駅に到着した。つくばの学園都市は更に開発され、未来都市の印象がより一層強調されていた。近年では都内でも導入されたという清掃ロボットは勿論、様々なサービスが無人化され、ロボットが代わりを担っている。
 そして、まだ一部であるが大翔の目指す技術の試験導入もされている地域でもある。

「おはよう。なんで俺のが先に着いているんだよ」
「悪いね。こっちは海上で大しけの中なんだよ」
「日付変更線と赤道の交差点の海底資源探索なんて浪漫があって良いじゃないか」
「他人事だも思ってぇ……うっぷ!」
「リンク中に吐いて窒息するなよ?」
「わかってる。ほら、研究室に行くぞ」

 若手研究者と思われる青年二人が駅前で待ち合わせをしていただけの光景に見えるが、二人の内一人はJOプラザに接続しているアバターだ。
 これこそサイバーフィールド技術の真骨頂だ。JOプラザの仮想現実空間の延長線上に現実の学園都市をリンクさせたのだ。現時点はまだ立体映像を組み合わせたAR技術の応用の域を出ていないが、思考入力装置技術の応用で感覚の共有、実在しない仮想現実の書類を実物に触れているという認識をアバターの接続者と対面する実体を持つ対象者の両者が持てるようになる日も遠くはない。
 それが実現すると、最早物理的な接触を必要とせずに有機的な交流が可能となる。思考入力装置の最大の強みは、言語やユーザーの能力が障壁とならないことにある。寝たきりの高齢者が遠く離れた全く異なる文化、言語の子どもと一緒に現実世界の中でレジャーをしたり、交流を行うことすら可能となる。更に、CIEL社とG対を始めとしたつくばの学園都市ではアンドロイドやロボットをアバターとして接続して物理的にも実体化させる研究を始めている。
 そして、大翔はその要になっているJOプラザを用いたサイバーフィールドの接続技術の第一人者であり、実質的な技術提供者だ。

「Дратути(ドラトゥーティ)!」

 背後からロシア語のネットスラングで「おっはー!」や「乙ー!」と同義の挨拶をかけられた大翔が振り返ると、プラチナブロンドのボリュームのあるロングヘアーに三つ編みのワンポイントを加えたハーフの美少女が仁王立ちで立っていた。
 彼女の名は麻生アンナ。Gフォース環太平洋地域司令の麻生将治の娘であり、かつての父同様に齢15歳にしてGフォース仮隊員であり、デルスティアの予備パイロットでもある。

「アンナちゃん、久しぶりだね。迎えに来てくれたの?」

 大翔が言うと、アンナはドヤ顔で鼻を鳴らす。

「そうよ! この私がわざわざ貴方に早く会いたくて迎えに来たのだから、感謝しなさい!」
「それは嬉しいな。ありがとう」
「Хорошо(ハラショー)! 合格よ!」

 アンナは満足そうに大翔の腕を引っ張り、駅前ロータリーにある無人自動運転車乗り場へ行く。
 観覧車のゴンドラにタイヤがついた様なデザインの車両は、学園都市内を完全自動運転で走行する無料のタクシーとなっており、対面ボックス席を採用している。
 アンナと対面して乗り込み、彼女の「セントラルタワーへ」という言葉を受けて車両は静かに動き出した。

「弥彦村からだと4時間くらいかしら?」
「いや、7時に出たから現時点で3時間半かな? 今の新幹線は早いからほぼターミナル駅までの移動時間だった」
「そう。ま、私は6時から本部で操縦シュミレーションをしていたけどね!」
「そうか。頑張っているんだね」
「当然よ!」

 アンナは半年前に大翔が会った時よりも一段と成長した胸を張って自信満々で強気な態度で答えるが、褒められて嬉しいオーラともっと褒めてオーラを滲ませる。
 大翔は彼女が幼い頃から知っており、歳の離れた妹のような存在であった。防衛大、自衛隊へと進んだ睦海がたまの休みに実家や弥彦村へ行くという話が出るともっぱら親戚だけでなく将治も健に呼び出されるというパターンができていた時期があった。
 その際、幼いアンナも一緒に来るのだが、大人達と睦海の事情を知らされていない大翔と共に蚊帳の外になりがちであった為、面倒を見ていたらいつの間にか懐かれるようになった。

「そうそう。お父様も時間があったら顔を出すって言ってたわ」
「麻生司令が?」
「一応仕事中だから新型サイバーエネルギー防衛フィールドの視察ってことにするみたいだけど、大翔に会いたいってだけよ」
「そう言ってたの?」
「言う訳がないわよ。問い詰めたところで、『ムッ! アーニャ、僕が公私混同すると考えているのか?』って言ってくるに決まっているわ」
「麻生司令なら言いそう……」

 今頃司令室で将治が盛大なくしゃみをしていることだろう。
 新型サイバーエネルギー防衛フィールド。それが大翔がアバターでなく自らの足でつくばへ来た理由だ。今二人の乗っている完全自動運転車もその恩恵の一つだ。不可視のエネルギー防衛フィールドが学園都市全体を覆っており、その中を走行するこれらの車両は常時無制限のエネルギー供給を受けており、その範囲は空高く成層圏に及び、上空に浮かぶドローンもその供給を受けている。また、あらゆる攻撃に対して反応できる管制精度を誇り、更に先のアバターのように現実世界を仮想現実世界と融合させる大翔のサイバーフィールド技術も実装されている。
 そして、その中心部にあるフィールドを発生させるセントラルタワー。今彼らが向かっている巨大な塔型の熔鉱炉にも見えるそれは一回り前の者達ならばそれを見て塔とは呼ばず、四面楚歌と呼ぶであろう。
 エネルギー防衛フィールドそのものは紛れもなく項羽にも搭載されている全方位索敵システム四面楚歌の応用だ。四面楚歌の軍事特化した索敵性能を都市の管制システムとして使用し、空間的に供給されるエネルギー供給システムはそのまま電力供給方法として応用したのだ。そして、せっかく三次元空間的にフィールドが展開される媒体が存在するのだから、出力、媒体的理由で弥彦村の基礎研究止まりを余儀なくされていた大翔のサイバーフィールドの応用研究の場として提供、二つを融合させたサイバー都市化が試験的ながら実現したのだ。
 通信機器やコンピュータと同じだ。元は軍事目的で誕生した技術が民間へと提供され、技術者達の手によって洗練、進化し、相手方の人間を苦しる為の技術からすべての人々の暮らしを豊かにする技術に変わる。主要開発国では国内の監視機能がより強化されたという声もあるが、それでもこの便利さの前にモラルを求める訴えはあっても、四面楚歌の民間転用を禁止しようと訴える市民はいない。

「……そういえばシドニーは行ったの?」
「ああ、事後に私も復旧の手伝いには行ったわ。毒素を持つ怪獣ってのは後始末が厄介なのよ。……まぁ、訓練を積んだ私の手にかかればお茶の子さいさいよ! お父様が許可していただければデルスティアで私も出撃したのだけど、残念だったわ」
「そうか」

 オーストラリアに現れた怪獣は地理的に近いインファント島のモスラが倒し、Gフォースも項羽が派遣されていた。
 そして、大翔は気づいた。あまり干渉せず、根っから子どもの扱いが苦手だと話し、ぎこちない父親と思われる将治だが、娘をデルスティアの予備パイロットにしている事実に彼の愛を感じた。本人は絶対に不服に思い、拒否をするのが容易に想像ができる為、アンナは知らないのだろう。デルスティアは常時出撃可能な状態で出撃命令の出ない機体だからだ。
 具体的な日時は誰も知らされていないが、近い将来にデルスティアは2009年の戦場に出撃する。この歴史を守る最後のピースともいえるデルスティアは、この時代で出撃はしない。正確にはメカゴジラのように破壊されるような事態にはできないのだ。
 そんな父の本心を知らないアンナに対して大翔はあたたかく見守ろうと思う。

「なによ。ニタニタとしまらないうすら笑いなんか浮かべて……」

 あたたかーい目の……つもりで大翔が微笑みを作ってアンナを見つめると、それに気づいた彼女に一蹴された。
 即座にあたたかい目がムッとした仏頂面に変わったのは言わずもがなである。


 

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「チャン副司令、後は頼みます」

 司令部の奥にある司令官室から荷物を纏めて出てきた麻生将治が部屋の前にある机に着く将治と同じの五十路の東洋系女性に声をかけた。彼女はそれを受けてニマニマとする。

「今朝は“視察”でしたね。早朝からいらしたようですが、本日は早退にしますか? それとも休み扱いで?」
「ムッ! 一応戻るつもりです」
「一応……ね。あまり後ろから声をかけると後で怒られますよ」
「副司令、別に参観日ではないのだが」
「えぇ。“視察”ですよね」
「……わかっていればいいです。何かあれば連絡して下さい」
「はい。ごゆっくりぃ〜」
「………」

 ニマニマとした副司令に見送られ、解せぬ顔で司令部を出た将治は白髪の混ざった髪を手櫛で整えながらGフォースの軍帽を被り直す。
 そして廊下を歩きながら将治は不意に7年程前の記憶が蘇った。先のチャン副司令の発言が故だろう。





 


『あの将治が参観日デビューな』
「どの僕かは知らないが、参観日に父兄観覧側に立つのは初めてなのは事実だ」
『良いぜ! 何でも聞きな! 俺は睦海の小学校6年間、参観日は皆勤賞だったからな!』
「それはよく知っているよ」

 モニターの前で将治は嘆息する。通話の相手、桐城健はアドノア島の常駐監察官ではあるが、睦海に関することになるとよく帰国する。元々堅苦しい組織の動きが苦手な性格もあり、本部からの招集はあれこれ理由をつけて応じないことも多い為、入手した睦海のイベントに合わせて健を招集するという慣例が生まれたという話はG対上層部の間では有名な話だ。尚、最大の協力者はイベント情報を提供した桐城夫人である。

『ところで参観は父親だけか?』
「まさか君まで来るつもりか?」
『違うわ! どこにダチの娘の参観日に行く奴がいるんだ』
「待て、桐城。君は睦海の小一の参観日に僕を呼ぼうとしていたぞ。僕だけでなく弥彦村の親族も声をかけてみどりさんが慌てて止めていた」
『お前、よくそんな昔のこと覚えているな』
「君の行動は印象に残りやすいんだ。もとい、今回は僕だけだよ。妻は祖国にいるからな」
『前から思っていたんだけどさ、その人は現実にいるんだよな?』
「おい、桐城。そこを何故疑問系で言う?」
『だって、俺は一度も会ったことがない。第一、結婚も知らない間で、いつの間に娘ができたと聞いて、会えたのはそこそこ育ってからだぞ! 麻生、俺はお前を信じているが……、その怖いだろ? もしもアンナがお前の娘じゃなくて、奥さんもいなくて誰もいない壁に向かって夜な夜なお前が話していたりしたら』
「中々怖いホラーだが、人聞き悪いぞ! どこからの発想だ?」
『この前みどりと睦海とでオンライン視聴会をやったホラー映画でそういうのがあったんだよ。ゴジラにも話したらしばらく物思いにふけることが増えたほどだぜ』
「すまない、桐城。僕にはツッコミ切れない。……少なくとも君が妻に会えてないのは事実だが、みどりさんは仕事上何度も会っているぞ。あと、アーニャは遺伝子上も戸籍上も間違いなく僕の娘だ」
『そんなに怒るなよ』
「君こそ、妻を紹介しなかったことを根に持っているだろ?」
『まぁ否定しない。……だってよう、寂しいだろ? 事情があって挙式とかできなかったのはわかるけどさ、せめて俺に一言教えてくれてもいいだろう?』
「そうだな。もし死ぬまでに亜弥香に会う機会があったら、15年前の僕に桐城は婚姻を伝えつつ監禁して情報漏洩防止策を講じるようにと伝えてもらうようにしよう。男の嫉妬は面倒くさい」
『ひでぇ!』

 生涯独身と自他共に考えていた将治が妻子持ちになり、しかも将治とは似つかない寧ろシエルに似たハーフの娘だ。10年も前に運命を知らされていた健も数奇なドラマをしていると思うが、将治も健にここで簡単に説明しきれない程のドラマを経て、MOGERAにルーツを置く宇宙防衛チームの中心人物である女性を妻に持つとは露程にも思わなかった。





 


「Ой(オイ)! ムツミンがいるの!」

 新型サイバーエネルギー防衛フィールドの心臓部であるセントラルタワーの更に中枢部である中央制御室の扉の前に将治が立つと扉の先から娘の甲高い驚きの声が聞こえた。
 将治は思わず一瞬扉に近づけた手を止め、出直そうかと思うが、この時間帯に中央制御室の中に詰めているG対職員はアンナだけのはずだと思い直し、入室した。

「う、うん。何か友達の結婚式とかで着替える為ってみどりおばさんが」

 案の定ではあるが、アンナに詰め寄られてその気迫に若干顔を引きつらせている大翔の姿があった。
 久しぶりに会うが、両親似の好青年だ。目元などは父方の祖父の面影もある。そしてそこはかとなく滲み出ている母方の伯父の雰囲気。甥にまで影響を与える自嘲しない遺伝子とも言えるが。

「お父様! 聞いてくださいまし! 大翔、この後桐城家に行くそうなのですけど、何とムツミンがいるって言うんですよ!」
「睦海が?」

 予想通りだだっ広い中央制御室は彼ら以外無人で、元々の四面楚歌と同じ立体ホログラムを映す中央立体モニターを中心に円形に設置されたモニター付きの端末はどれも無人だ。もっとも無人ではあるが、各端末は別の場所にいる職員が接続して使用しており、全くの無人の自動で動いている訳ではない。
 それもあって将治はアンナの言葉を受けて大翔に問いかける。

「え、えぇ。午後に結婚式があるそうで、その着替えの為に」

 彼は先程と同じ発言を繰り返す。
 話が繋がり、納得した様子で頷く将治に対し、アンナは組んだ腕に胸をのせる格好で考えに耽る。
 そして、彼女は一人「да(ダー)、да(ダー)」とロシア語で「うんうん」一人呟くと体を跳ねさせる勢いで顔を上げた。

「大翔、あと確認することは何ですか?」
「あ、うん。まぁ、基本的にはシステムのメンテナンス状況の確認とアップデートだから、ハード面の確認を済ませたし、アップデートも直接の操作が必要なところは終わった。明日以降のこともあるから引き継ぎは伝える必要はあるけれど」
「つまり?」
「一通りやることは終わった」
「Хорошо(ハラショー)。なら、さっさと片付けて行きましょう!」
「……どこへ?」

 将治の腕を掴み今にも動き出しそうなアンナに大翔は当然の疑問を口にするが、彼女はキョトンとした顔をする。
 想像はつくものの恐る恐る彼女がしがみついている父親へ視線を移すと、彼は瞼を閉じて大きく嘆息した。つまり、肯定した。

「マジっすか?」
「……とりあえず、日本政府側の担当者への報告など必要な引き継ぎは行ってくれ」
「……はい」

 内心で想像以上の親バカなのか、親子揃って睦海が好き過ぎるのかどっちだ? と考えつつ総務省の担当者という鈴代宛の引き継ぎをアンナ経由でG対策センターの職員へ託すと大翔は二人に促されるような形で桐城家へと向かうのであった。
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