「G」vsディアボロス




 白嶺はその場で膝をついたまま、肩で荒く呼吸をする。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「尾形さん、今のは?」

 シエルが問いかけると、白嶺はコックピットの天井を仰ぐ。

「あー、インスタンスを……ってもわかんないか。あのスペースの地面だとか天井だのを元の情報、データに戻す強制終了を実行させたんだ。この規模になると一定の範囲で分割されているから、その一つの単位でその処理をさせた」
「じゃあ、あの穴の先は」
「仮想空間の骨組み、もっといえば設計図だけで実体のない虚無空間だな。ルートウェアって言葉は……知らないか」
「えぇ。扱うことなら兎も角、作る方の話は」
「コイツを扱えているだけで十分凄い話だ。WFOでM-LINKシステムのパークは操縦系で最高取得難度の一つだからな」

 白嶺が笑いながら、シエルに返した。
 シエルは鼻にかけることなく、素直に微笑を浮かべつつ頷く。

「私達、結構良いコンビだったわね」
「お、おう! その、助かったよ。桐城がいなければ勝てなかったと思う」
「そう? ……うん、そうね。私も尾形さんがいなかったら、流石に敵わなかっ………え?」
「ん? ………え?」

 二人の表情が同時に変わった。最初は驚きであったが、次第にその表情は双方で全く逆のものになる。
 白嶺は驚愕、動揺、焦燥。そして、シエルは驚愕、動揺、混乱。
 二人の視界には、互いの情報が次々と流れて見えていた。本名、性別、生年月日、住所、経歴、そしてアバター名の記録。

「嘘……嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だっ! 貴方がハクベラ。師匠? なんで? どうして! 気づかなかったなんてあり得ない。私がシエルだと気づいた時に何で言わなかったの? ううん。少なくともハクベラはシエルをよく知っている。私のこと、気づいてて黙ってたんでしょ? 前からずっと! 私はずっと前から、貴方に最初に堕とされたあの瞬間から師匠が帰ってきたことに気づいてた! こんなのって!」
「すまない。……言い出せなかった」

 そんなことは睦海にもわかっていた。わかって待ち続け、ハクベラが根負けするまで待ち、勝ち誇るつもりでいた。それがこんな形で決着が着いてしまったことが、そしてその正体が白嶺だったことが、睦海には悔しかった。多少なりともドラマを期待してしまっていたのだ。勝負と思い決着のつく時、そしてそこからのこと。そこには何かしらのドラマがあると。
 薄々勘づいていた。特にこの数日間にあったこれまでと異なる形の交流、これまでに知らなかった白嶺という人間像を知る中で、ハクベラや師匠と白嶺が重なり、或いは、もしかしたらと思うことがあった。そうであったら、どのように叱りつけてやろうか、どんな言葉をぶつけてやろうかと。
 しかし、現実は恐ろしく無慈悲で、無機質な形だった。
 気づいた時には既に彼女の理性で止められない状態になっており、みっともなく感情的に叫び、考えてもいなかった言葉を次々と口から吐き出していた。

「……違うの。そういう事じゃなくて」
「何でだ?」
「うぅ。ホント、何でよ!」
「そうじゃない。何で俺達の個人情報が? まさか、JOプラザ内のデータを?」
「はっ! まさか!」

 白嶺の言っている意味がシエルも理解し、一気に思考がクリアになる。
 シエルはすぐにJOプラザ内の掲示板やSNSを確認する。血の気が失せ、思わず視界がクラクラとしてしまう。

「尾形さん、私達の個人情報が拡散されてる」
「そりゃわかってる! ……桐城、お前は一人暮らしか?」
「え、えぇ」
「今すぐにログアウトしろ! そして家を出ろ。実家は近いのか?」
「う、うん。都内だけど」
「なら実家に行け。この際、基地でもいい。とにかく、どんな奴がそれを見て、どんな事をしようと思うかわからない」
「でも、それは尾形さんも同じでしょ?」
「俺は切り札を使った。それに桐城も来たから知ってるだろ? あのボロアパート、結構行くの面倒なんだよ。大家の婆さんもほぼ一日中家の軒先にいるしな」
「でも……」
「どの道誰かは残る必要があるんだ。このタイミングでここの最高機密であるアバターの個人情報を文字通り流出させるような真似をしてきたんだ。あの悪魔め。まさか社会的な攻撃を仕掛けてくるとはな。……桐城、あとは俺に任せて先に行け」
「わかった。気をつけてね」
「おう」

 そして、シエルはデルスティアのコックピットからログアウトした。








 ログアウトした睦海は貴重品と端末、その他しばらく帰宅しなくても不自由しない物だけを詰め込んだ荷物を背負い、バイクに乗ると着信が入った。

「え? なんでこの人から?」

 予想外の人物からの着信で驚きつつ応答する。

「もしもし、麻生さん?」
『睦海、無事か?』
「えぇ。……でもなんで?」
『以前にも説明した筈だ。シエルについては我々が情報管理している。シエルをアバターとして使用するに当たって伝えている』

 確かに、一応確認した方がいいと思って連絡をした時に、『君からシエルの名を奪うことを我々ができるはずがないだろう? ただ、睦海自身の安全を担保する為にものんで貰いたい条件がある』と言っていた。

『状況は把握していると考えていいかい?』
「はい。シエル……というか私の個人情報についてですね?」
『あぁ。既にG対のサイバー室がキミともう一名のアバターの情報の削除や工作を行っているが、睦海の身の安全はG対にとって最重要事項と認識しており、日本政府へも護衛出動の連絡と実働部隊がそちらへ出動している』

 それを聞いて睦海は唖然とする。事ある毎にこれまでもG対は睦海に対して恩があることやGフォースへの出向を防衛省に求めていたことは知っていた。しかし、国連の多国籍軍を有する常設組織が一個人にここまで肩入れしていたとは思わなかった。

「とりあえず、私は今から実家へ移動するつもりです」
『わかった。それならば、首都高中央環状線のルートで向かってほしい』
「高速道なら追跡が確実ですからね」

 高速道路が自動運転レベル4以上EV車の専用と認識されるようになったのはいつからだったか。やはり十数年前からだろう。EV車最大の弱点である充電を道路そのものがワイヤレス充電器となることで解消するeロードの導入とその充電料金による安定財源化によって自動運転がレベル4以上の評価を受けたEV車の高速道路料金が無償となった。
 しかしながら、睦海の使うバイクは所謂スポーツバイクの為、自動運転レベルは1と低くく、高速道路料金と充電料金が発生する。
 そして、高速道路は高度な管制システムが構築されて、常時モニタリングがされている。
 将治がわざわざ指示を出したのはこの二つが理由だ。
 睦海はヘルメットにナビシステムと音声を切り替え、バイクを起動させる。ヘルメットのシールドにAR表示されたナビの矢印と交通情報が表示された。既に目的地は実家に設定されている。

『理解が早くて助かる。既にJOプラザ内で拡散しれた情報は削除したが、それを見た民間人がSNSや掲示板サイトへの流出を確認している』
「ちっ!」
『シエルは有名人なのだよ。もう一人のハクベラも流出した情報の内容の一部にG対の情報管理対象の要件を満たすものが確認された』
「え?」
『尾形白嶺の祖父は尾形秀人。昭和29年に現れたゴジラへのオキシジェン・デストロイヤーを使用した作戦の生存者だ』
「!」
『安全運転サポートシステムが作動しました』

 驚きの余り手元が狂ってしまい、バイクが警告音を上げ、バランスが修正される。
 特殊災害を扱う可能性のある自衛官なら知らない訳がない。昭和29年の東京に現れた最初のゴジラは、芹澤博士の開発したオキシジェン・デストロイヤーにより殺処分された。その作戦に参加した博士は自らもその兵器の犠牲になることでオキシジェン・デストロイヤーの情報を闇に葬った。そして、その最期を見届けた人物がもう一人の作戦参加者。潜水夫として参加したと記録されている民間人だ。
 睦海は2009年、そしてその後も一度だけ再会をしたことがある人物の一人に山根健吉がいる。彼とその後輩にあたる三神小五郎は後に東都大学の教授職に就き、退任までキャンパス内に研究室を構えていた。その山根健吉の祖父山根恭平こそ、世界最初のゴジラを学術的な視点で観察した人物とされている。その山根健吉からその尾形秀人の話を聞いたことがあった。
 厳密には彼の父親と伯母の話の中で、登場した人物でその人物の氏名までは知らなかった。当事者から聞いた話を更に伝え聞いている都合、物語的な視点であったこともあり、その人物がある種の主人公や狂言回しのような印象を睦海は抱いたことを覚えている。彼の伯母の恋人だった尾形秀人、そして悲劇の天才科学者芹澤博士はその伯母の元許嫁だったという。戦時戦後でその婚約は解消されたと推測されること、伯母と芹澤博士は婚約者よりも兄妹のイメージに近いと感じたところなど、時代の違いを感じさせられるところはありつつも、当時高校生であった睦海の興味を惹きつけるには十分な三角関係の純愛物語にみえた。その為、彼らの話は特に記憶に残っていた。
 その尾形秀人の孫が白嶺だった。

『理解したようだね。彼もまたG対の情報管理対象である事項、即ちタイムマシンと歴史改変に関する情報、オリハルコンに関する情報、G細胞に関する情報、そしてオキシジェン・デストロイヤーに関する情報に関連する可能性がある訳だ。否、正確に言えば彼こそ我々が探していた人物かもしれない』

 G対は三神小五郎博士の研究したデストロイア、DO-Mの先にあるオキシジェン・デストロイヤーの情報を長らく管理しつつ集めている。危険な兵器であると同時に原子力を超える発明である可能性、そしてゴジラを殺めた実績を持つ唯一の兵器という点で当然といえる。しかし、オリジナルの情報はなく、DO-Mが生み出したオキシジェン・デストロイヤーの力を今代のゴジラは克服している。果たしてオリジナルは異なるものなのか。
 G対は白嶺が祖父からその目で見たオキシジェン・デストロイヤーの話を聞いていないか期待しているのだ。

「それはわかりませんが。それ以上に彼は今危機的な状況です」
『JOプラザに出現した怪獣型のプログラムの存在だね。それはわかっている。今日本政府経緯でJOプラザ側へ一時的なサーバーの閉鎖要請をしている』

 それを聞いて睦海は無理だと感じた。大昔の家電とは違ってコンセントを抜いたところで強制的にシャットダウンされる訳もない。家庭用機器ですらそうなのだ。日本経済の中枢の一つとなっているJOプラザのサーバーは更に堅牢なはずだ。恐らく物理的な破壊をしないと完全な機能停止を即時実行するということは不可能だ。
 高速道路を走行している睦海のバイクは江北ジャンクションに差し掛かる。これまで偶々周囲に車両がなく独走状態であったが、首都高速川口線から物流用の無人大型EVトラックが合流してきて、前後を囲まれるような状態となった。
 その直後、通信を繋いでいた将治が声を発した。

『睦海! 今すぐ自動運転を切れ! システムを乗っ取られた!』








 睦海が自動運転のサポートを解除したのと同時に前方のトラックが蛇行運転を始め、路肩へ接触。火花を上げながら睦海のバイクへと迫ってくる。
 サポートが切れていることの警告音が聞こえるが、それを一切無視して車線を変えてトラックの接近を回避しようとするが、遂に車線に対して斜めになってバイクの逃げ道を塞ごうとする。既にトラックは路肩への接触でボコボコに凹んでいる。

「っ!」

 しかし、睦海は体を思いっきり傾け、スロットル操作で急減速しながらドリフトし、目の前に迫るトラックを引き離した瞬間、トラックと路肩の隙間に向かって急加速させてすり抜けてトラックを追い越した。

「まだ来るわね」

 挟み撃ちは防げたものの、後ろからトラックが各車線に並んだ状態で加速する。睦海は制限速度オーバーの警告を無視してフルスロットルにする。
 夏場の午後、非常に蒸し暑い高速道路上に発生した陽炎を突き破る勢いで睦海のバイク、そしてその後ろに壁の様に並んだトラックが疾走していく。
 遥か前方を走っていたはずの乗用車が迫ってくる。否、バリケードのように車線に対して横向きに停車を始めている。その周りには車両から降りて高速道路から逃げる人々の姿も見えた。

「くっ!」

 睦海はミラーに映る後半のトラックを一気に引き離すとバイクを横転ギリギリまで倒しながらブレーキをかける。
 路面に前後輪のタイヤ痕を2本残しながら急減速し、更に睦海は片足を路面に押しつける。靴底からも煙を上げる。

「てやぁぁぁっ!」

 そして、バリケードにされた車両のギリギリ手前でバイクは止まり、その反動で300キロ近くある重量の機体は前輪を支点に後輪を上げながら回し、転身した。
 ドンっと後輪は着地し、すぐ様睦海はアクセルを回す。
 そして、迫り来るトラックとトラックの僅かな隙間に飛び込む。
 間一髪でトラックをすり抜けるとバイクを停車させて後方を確認した。トラックと車はぶつかり、大きな衝突音を上げる。
 睦海はバイクから降りて、巻き込まれた人がいないか確認する為に現場に近づこうとするが、将治の声がそれを止める。

『行くな!』
「! 見えてるの?」
『高速道路上の映像は確認している。それよりも、また動き出す』

 将治の言葉通り、トラックと一般車両はボロボロに損壊しているにも関わらず、再び動き出している。

『他の車両もコントロールを奪われてそっちに接近している。しかもまだ人が乗っているバスも混ざっている』
「くっ!」

 突撃してくる車両に乗っている人々を守るには甘んじて犠牲になるか逃げ続けるしかない。しかし、その退路が残されていない。
 その時、電話先の将治が部下から声をかけられ、『わかった』と応じる。

『睦海、もうすぐそっちへ届く』
「え? 何が?」
『距離が近い、10メートル後ろへ下がれ!』
「っ!」

 言われるがまま後退すると、空から何かが落下した。

「きゃっ!」

 衝撃で睦海は路面に倒れ、飛来物を確認する。
 それは地面に突き刺さっていた。不発ミサイルにしては巨大過ぎる筒状の黒い物体だ。
 一瞬、戸惑いはあったが、その存在を睦海は知っていた。厳密には見たのは初めてだ。噂で聞いた存在だからだ。

「まさか、コレは……」

 睦海が近づくと、黒い筒は白い蒸気を吐き出しながら展開し、中身が露になる。
 そして、睦海の言葉と同時に将治もその機体を呼んだ。

『「バハムート」』

 それはGフォースが保有する対怪獣空母艦項羽が有する兵器開発史における二つの到達点。即ち、全方位索敵システム四面楚歌と同システムの副産物的に有効範囲内の無制限補給を得た艦載機、バハムート。そのバハムート唯一の有人操縦席を持つ第1号機、バハムート・アイダの実用試作実験機特有の目立つ原色系配色の塗装をされた人型兵器が睦海の前に姿を現した。
 睦海は将治の言葉を待たずにバハムート・アイダの操縦席に駆け込む。

『太平洋上演習中に射出した。メンテナンスは済んでいるが一切セットアップはしていない』
「構わないわ。協力してもらうだけよ」

 有人操縦でこの機体をまともに操れたのは睦海の知る限りで2名のみ。一人は初代バハムート管制官、劉宇翔。もう一人は睦海の義父、桐城健。前者はことバハムートに関しては稀代の天才と呼べる才能の持ち主であった。一方で後者は当然ながら訓練など受けていなかったが、そもそも機体を制御するAIそのものが彼に合わせてセットアップしていたから彼はそれこそ手足のように機体を操った。
 そして、そのAIとは15歳の睦海から移しとったシエル・シスの人工頭脳レプリカントの抽出物だ。

「起きて」

 睦海は操縦席に乗り込み、意識を機体の深層に向けて語りかける様に言った。
 システムが起動する。元はシエルのレプリカントといえ、これはその一部を抽出しただけのコピーに過ぎない。人格的な言語での会話を介する機能はない。
 しかし、睦海の中にAIシステムの『声』が流れ込んでくる。

―誰?―
「私は貴女」
―私?―
「そう」
―貴女は私。私達はシエル―
「そして、私達は睦海。貴女の力を貸してほしい」
―わかった―

 メインモニターに文字列が表示される。

“M-LINK SYSTEM”

 その文字が先頭の“M”まで消え、再び文字列が表示された。

“Mutsumi-LINK SYSTEM START”

 すぅーっと睦海の意識、感覚はバハムート・アイダと一体化していく。
 そして、睦海は前後に迫る車両を認識しつつ、叫んだ。

「起動ッ!」








 昼下がりの首都高速中央環状線上に七色の派手な塗装を施された鳥人型のロボット兵器が立ち上がった。

「……わかってる! 絶対に死者は出させない!」

 睦海は人が乗っている高速バスとセダン車がマーキングされたモニターを一瞥して叫ぶ。
 言葉やテレパシーなどの回りくどい情報共有ではない。アイダのAIから睦海の心へ、魂へ直接届く。本来ならば誰も経験したことのないはずの機械とのシンクロだが、睦海には懐かしさすらある感覚であった。高校生の時に高知で行ったシエルの操縦もあるが、それよりも遥かに長く睦海はこの感覚を持っていた。
 生身の頭脳と機械の心。睦海はずっとシエルと共に生き、対話を続けていた。
 AIがサポートをするのでもなく、睦海が操縦するのでもない。二つで一人。一つの“Mutsumi”となっていた。

「はぁぁぁっ!」

 アイダは眼前で構えた左掌を握り、籠手状の装甲がガシャンッ! とスライドし2門のメーサー砲が手の甲に沿って伸びる。
 そして、左手を右肩まで引き寄せながらメーサー砲をチャージする。

「はぁぁぁあっ!」

 アイダは一気に前に左腕を掌を広げると共に伸ばし、同時に蒼いメーサー光線を甲の砲門から放つ。
 刹那、アイダに接近していた無人EVトラックと一般車両は光線によって爆発四散する。

「次っ!」

 アイダは多くの鳥と同じ三前趾足の構造となっている右足を路面に踏み込み、前屈みになると両翼を広げる。
 既にその目には人が乗るバスとセダン車が捉えられていた。

「うぉぉぉおっ!」

 睦海の叫びと同時に両翼が蒼く光を纏って推進力をもって文字通りアイダの背中を押す。
 アイダは路面を三段跳びの如く砕きながら駆け上がり、超低空飛行で飛翔。そして、バスとセダン車を衝突直前に手で掬い上げ、両腕に抱え上げた。
 そのまま高速道路から荒川河川敷へ着陸し、アイダは二台を降ろす。死傷者はなし。

「ちっ! しつこいっ!」

 睦海は舌を打ち、アイダは車両を残し高速道路へ向かって河川敷を駆け上がり、飛び上がる。
 次の瞬間、高速道路の壁面を砕き、無人EVトラックがアイダへ突撃を仕掛けてくる。
 対するアイダは空中回し蹴りをし、トラックを高速道路へ蹴り戻す。

「これで終わりよ」

 アイダは高速道路上空で膝を曲げて構える。ターゲットは幸い並んでいる。

「とぅぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!」

 アイダは膝を伸ばすと同時に両翼の角度を変え、ターゲットの車両達に向かって加速しながら斜めに蹴り込む。年甲斐もなく『アイダーキック』と叫ぶ真似こそしなかったが、睦海のイメージはまさにそれであった。
 アイダの抜けた後は破壊された無人の車両だけが残され、その遥か前方でアイダは路面を滑る様に減速し、立ち止まった。

『睦海、高速道路の制御を取り戻した。もう大丈夫だ』
「ディアボロスは?」

 将治の通信が入り、睦海の意識はアイダから操縦席の自身の体に戻っていた。

『確認できていない。逃げられたものと考えられる』
「そう。……ハクベラ、いえ尾形さんは?」
『アバターは残念だが破壊されたようで、データの残骸だけJOプラザで確認されている。尾形白嶺本人だが、安否不明だ』
「え?」
『Gフォースで本人の保護をする為に人を送ったが、自宅及びその周辺地域で大規模な火災が発生した』
「どういうこと?」
『原因はまだはっきりとしないが、清掃局が都内に配置していた清掃ロボが制御不能のまま彼の自宅へ向けて移動し、ロストしたらしい』
「………」

 それだけの情報で睦海は何が起きたのか十分に想像ができた。高速道路上の車両と同じだ。白嶺を狙って清掃ロボが彼の自宅を襲撃し、そのまま自身を発火装置か爆弾のように使ったのだ。

『とりあえず、現在日本がこの事態を十分に対応するのは困難だ。みどりさん達、君のご家族の安全はこちらで確保し、今G対へ向かっている。睦海が立場的に微妙なのは承知しているが、現時点は我々の指示に従ってつくばへアイダと共に来て欲しい』
「それはわかったけど、まずは補給をお願い。アイダはもう燃料切れよ」

 真っ黒になったモニターを睦海はトンと指で突いて言った。




――――――――――――――――――
――――――――――――――
 

 

 翌日は朝から豪雨であった。
 ザーザー降りの雨の中、真っ黒い消し炭となった白嶺のアパートのある区画を囲む黄色と黒のトラロープが張られていた。その前に黒い傘をさした白嶺が立ち尽くしており、その眼下には空き瓶で急拵えされた花瓶に献花がされていた。
 古い家屋の密集していた区画が全焼した火災であった。ほとんどの人は負傷することもなく避難していたが、ただ一人、一人暮らしの老婆が昨夜遺体で発見された。

「……いつも軒先にいて、俺に挨拶してくれてたんだ。今時、家賃も現金直接払いでさ。支払う時も飯食ってるのか? とか気にかけてきてさ。口煩い婆さんだった」
「………」

 そう語る白嶺の後ろに立つ睦海は無言でそれを聞いていた。
 傘や地面を打ちつける激しい雨音だけが二人の静寂を破っていた。
 白嶺の左肩は傘で防ぎきれなかった雨で濡れ、左腕を雨水が流れて、握りしめる拳に溜まり、ポタポタと落ちる。その拳は怒りに震えていた。

「……俺はあの悪魔を許さない。絶対に倒してやる」
「うん」

 果たして彼がいつからこの場で立っていたのか、睦海は知らない。睦海がここを訪れた時、既に彼はこの状態であった。
 そして、睦海は彼から放たれる雰囲気から話しかけることをはばかれ、無言で背後に立った。
 しかし、彼が言葉を発したのはその直後であった。
 睦海が頷くと、白嶺は静かに振り返った。

「桐城、俺にそんな資格がないのはわかっている。だが、改めてお願いする。……力を、貸してほしい」

 白嶺の瞳には単なる復讐だけでない、明確な打倒の決意をもったディアボロスに対する怒りが宿っていた。
 その目を見て睦海の中で白嶺との間に生じた正体を隠していたことに対するわだかまりなど、もうどうでも良くなった。この目をした人物を放っておける筈がない。できるわけがない。
 睦海はもう存在しない世界の英雄と同じ目をすることのできる白嶺に白旗を上げる気持ちを込めて、嘆息した。
 そして、睦海も闘志を瞳に込め、口角を上げる。強気で、自信と、己の信念、勇気に満ちた不敵な笑みを浮かべ、傘を持たず空いている片手を腰に添えて仁王立ちをし、彼に返した。

「何言ってるのよ。


 私も戦うに決まっているでしょ!


 師匠!」




〈第二章・終〉
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