「G」vsディアボロス




 翌日、睦海は市ヶ谷の防衛省内にある即応特派本部にいた。先月の土砂災害への普通科の派遣は現在も継続しているが、規模は大幅に縮小しており、その報告と残りの派遣想定期間とその運用についての計画を確認していた。普通科の陸佐や幕僚なら当たり前の目通し業務といえるが、睦海は即応特派であり、同じ災害に当たっているがこれを睦海が確認する必要はないと常々思っている。幾度となく上層部にその件を伝えているが、最終的には「即応特派に必要なくても桐城特尉には必要だ」と言われて終わる。
 防衛省が本気で自分を省幹部にしようと画策していることをひしひしと感じつつ、「あ、ここはこの配置の方がリスクを下げられるよ」と呟きつつ赤字を入れているあたり、性分を上に見抜かれているのだろう。
 そして、その他書類を含めて本部に溜めていたものは定時までに片付けられる目処が立ったなと残り僅かとなった机の書類を見て思った午後3時過ぎ、睦海の卓上の電話が鳴った。表示は総務省と書かれている。

「はい。防衛省即応特派本部、桐城です」
『繋がってよかった。いつも大規模情報通信災害対策に関する検討会議ではお世話になっております。総務省の鈴代です』

 すぐに誰かピンと来た。白嶺と検討会議でよく一緒にいる人物で確か彼にクモの依頼をした村田研究室の同期だ。

「あぁ、いつもお世話なってます」
「桐城さんとはゆっくりとお話がしたいんだけど、今はそうもいかない状況なんだ。例のクモがJOプラザの行政エリアへの侵入を試みている。あそこの管理は総務省が行っていて、突破されれば我が国にどのような被害を生むか予想できない。今すぐにも君に力を貸してほしい」
「えっ!」
「既に尾形が先日同様のプログラムとセキュリティシステムで防衛をしているが、クモの力に押されている。それと仮想世界内の攻撃は現状従来のサイバー攻撃でしか想定していない。つまり、今回の様なパターンは検討会議に一度だけこちらが提出したG対との机上訓練で想定した『電送怪獣対処シュミレーション』が唯一であり、当然フローは存在せず、我々も貴女へは個人的な依頼でしか求められない」

 鈴代から言われて睦海は記憶を辿る。その様な議題があったかと考えた末に、昨年度の第二回検討会議で議題でなく、参考資料として提出されたものだったと気づいた。
 議題として扱うことはなかったが、質疑に際して睦海は対象が怪獣ではあるが、場所が現実世界の日本国内でない為、どこの対応となるのか前例も想定もないと指摘した。そして、白嶺がそれに賛同しつつも、対応が怪獣対応と同一の内容になるなら解釈上は仮に総務省管轄となっても経験値のある防衛省やG対が参与すべきと発言していた。この時は別の議題についての質疑の方に睦海も白嶺もヒートアップしてしまった為、印象は薄かった。
 しかし、白嶺の指摘は今、現実となって、目に見えないところで起きている我が国の大きな危機に対して、二の足を踏む状況を生んでいる。

「わかりました。今から行きます!」
「ログイン環境は?」
「自宅です。15……いえ、10分以内にログインします」

 それだけ告げると、睦海は電話をガチャンと切り、本部事務職員に早退するとだけ告げ、駆け出した。エレベーターでなく、非常階段を選択。元インターハイ出場の陸上部の実力を惜しみなく発揮し、駐車場へ達すると、そのまま二輪駐車場へ駆け込む。
 そして小柄な睦海に対して不釣り合いな全長2メートル越えのシルバーメタリックカラーハーフカウルの電動大型二輪車に駆け寄り、取り付けられているフルフェイスヘルメットを手早く被りながら、その車体に跨る。そのカタログスペックは最大出力83kW/7750rpm、最大トルク112N・m/6250rpm、最大航続距離359kmの大容量という怪物マシンと云うべきビッグスポーツネイキッドで、警視庁の白バイにも採用されている、国内バイクメーカーが誇るシリーズのフラッグシップモデルである。

「起動!」

 睦海の声に反応して液晶デジタルスピードメーターが起動し、睦海はアクセルを握る。
 マシンは赤いテールランプを一筋の線で残し、防衛省から飯田橋方面へ走り去った。




 


 初速からモーターの最高回転に達するEV車の性能を活かして首都高速道路を疾走し、北池袋ICを降りて程近いワンルームマンション前にバイクを止めた睦海は、防衛省からきっちり15分後に自室で端末にログインした。

「接続開始!」
『LINK START』

 JOプラザへログインしたシエルは、そのまま行政サービスエリアへのワープを試みる。

「やっぱり直接は行けないか」

 メンテナンス中の表示で直接はアクセス不可になっていた。
 すぐにJOプラザの全体マップを表示し、一番近いエリアを確認する。

「ここもダメか」

 二つ手前のエリアを選択する。ワープ。

「よし!」

 シエルの視界が切り替わる。周囲は大きな振り子時計を始めとする壁掛け時計が並ぶ。そして、道に沿って時計メーカーのロゴと腕時計がズラリと置かれている。
 チクタクチクタクチクタク。ピピピピピピピピ。カチカチカチ。コンコンコンコン。時計エリアは様々な音と共に時計達がシエルを囲んでいた。
 しかひ、シエルはそれらに見向きもせず、時計が並ぶ道をまっすぐ走った。







 時計エリアの先はアウトドアエリア。キャンプ用品の展示販売以外に、商品の模擬体験も可能となっている。
 そして、模擬体験スペースの広大な広場に巨大なクモがいた。前回逃亡したクモと同じであるとするならば、そのサイズは10倍ですまないかもしれない。ツリーハウスの設置された大樹が10メートル程度に対し、クモはその三倍以上の高さとなっていた。

「大きいわね」

 100メートル級のゴジラなどよりは小さいが、人が対峙するには十二分に強大な存在感であった。
 そのクモは前脚を鎌やナタのように振り下ろすが、前脚は宙で弾き返される。接触した瞬間に黄色い光の筋が網の目状に広がった。まさに見えない壁だ。
 しかし、クモは両前脚を見えない壁に突き刺す。壁は黄色い網の目を光らせ、接触点はバチバチと閃光を上げる。クモは前脚を左右に広げ、バリバリと音を周囲に立てながら、壁に突き立てて空けた穴を引き割いて、それを破った。

「あっ!」

キュルキュルキュルキュルルルゥゥゥッ!

 クモが咆哮を上げ、エリア内部へと侵入をしようとする。
 刹那、クモに向かって行政サービスエリア内部から青いメーサー光線が何筋も放たれ、クモへ直撃、後退させる。

「今のは?」

 シエルはクモを迂回しつつ、行政サービスエリアを目指して移動しながら、光線の発射地点を確認する。

「あれは、九二式、九三式!」

 行政サービスエリアは霞ヶ関と永田町をモチーフにしていると言われており、最奥に議会関連の手続きや案内を確認できる国会議事堂をモデルにした建物、そこへ至る大きなストリートの景観は永田町の議事堂前そのものであり、手前には各種手続きの窓口である行政機関が霞ヶ関の桜田通りをイメージしたレイアウトで並んでいる。
 その広い通りにズラリと九二式メーサー戦車、九三式自走高射メーサー砲、そして上空に九三式メーサー攻撃機がホバリングしていた。それぞれが隊を成し、その規模は大隊規模といえる圧巻の光景だった。

「ハイリスクな整列陣営。……まさか罠?」

 シエルは走りながら呟く。光景としての美しさは整列に勝るものはないだろう。
 しかし、パレードではないのだ。勿論、条件次第だが、この配列は1993年のバトラの名古屋市街戦を彷彿とさせた。当時はバトラの進行に対し、市街地内を戦車隊が移動可能な車道の確保が追いつかなかったことによって生じた布陣であり、意図して配置すべき布陣とはいえない。事実として、名古屋市街地戦においてはバトラの光学攻撃の的となり自衛隊は敗退した。
 その布陣をはるならば理由は限られる。名古屋同様に選択肢がなかった。完全なる素人による布陣故に様式美を優先させた。そして、部隊そのものが捨て駒の罠。
 シエルは行政サービスエリアの出入口前まで辿り着き、展開されている網の目状の壁に空いた隙間の中に体を通す。網の目が見た目だけでなく、実際にその目の隙間は通行可能だった。
 そして、チラリと大通りに整列するメーサー部隊を確認する。網の壁側でなく距離を取って布陣されているのを確認し、シエルの推測は確信に変わった。

「早く移動しないと」

 シエルは白嶺がいるであろう議事堂風の建物に向かった。







キュルキュルキュルキュルルルゥゥゥッ!

 クモは八本の足を地面に突き刺すと咆哮を上げ、正八面体の頭部を光らせる。光は先端部に収束し、先端から四面がパカッと蕾が花咲かす様に開き、中心部から白から紫色へと拡散する細いレーザー光線が放たれた。

「きゃっ!」

 シエルの上げた声をかき消す様に放たれたレーザー光線はメーサー部隊を一気に斬った。豆腐を包丁で切るようにスルッと切断されたメーサー部隊は、次の瞬間には爆発。消滅エフェクトを残して次々と消えていった。

「……光学系攻撃手段は私も予想していた。でも、その基準はゴジラの熱線の温度。だから、その想定を大幅に上回る温度に兵器の装甲は耐えられない」

 議事堂に到達したシエルは、建物前で玉座のオブジェクトに座して司令官然とした態度で悠然と構える白嶺に近づきながら話しかけた。
 白嶺はチラリとシエルを確認し、すぐに視線を戻した。
 シエルはその反応に嘆息し、彼の横にまるで王の側近の様に立つ。

「せっかくの囮も近づかずに破壊されてしまえば役に立ちませんよ?」
「まだ駒はある。ガンヘッドもあるけど、サイズ的に分が悪い。サイズでいえばアイツの倍以上あるコイツらだが……並べたメーサーを一斉掃射みたいな簡単に組めるプログラムで制御できるしろものではない」

 白嶺は白いモジャモジャした髪を掻きつつ、ウィンドウをシエルに見せた。
 それを聞いて、整列した陣形に配置したのは一人で制御する都合もあったのかとシエルは納得しつつ、彼の見せるウィンドウを確認した。

「元がWFOから抜き取りと鈴代から借りたGフォースのデータさ。ずらっと並べて木偶にしてもいいが」

 白嶺の言葉を聞きつつ、彼が言う兵器達を確認する。ガルーダ、メカゴジラ、MOGERA、ガルーダII、バハムート、デルスティア。
 流石に大型艦艇の大戸号と項羽はない。目的と性能を考えるとメカゴジラ級でない3機は非該当。操縦機構から単独操縦が困難なメカゴジラはトーチカ代わりにしかならない。MOGERAは一人操縦も可能でトーチカとして使うにも優秀だ。
 しかし、シエルはウィンドウの先にある白嶺の顔を見て、口角を上げた。

「それならデルスティアにして! ただ、操縦は尾形さんに任せるわ。制御は私がやる!」

 そして、シエルはデルスティアを選択した。


 




 行政サービスエリアにクモは再び迫り、網の目状の壁に空いた穴は修復されたものの僅かばかりの時間稼ぎにしかならず、クモの攻撃の前に再び破られた。
 しかし、その直後に行政サービスエリア内に白嶺とシエルの声が響いた。

『『待てぃ!』』

 次の瞬間、議事堂前の大通りに白い召喚エフェクトが発生し、腕を組んで仁王立ちをするデルスティアが地上から迫り上がってくる。
 そして、一列に並んだカメラアイが紅く光り、同時にデルスティアの眼前の宙に出現した召喚エフェクトから高機動型バハムートが落下し、地面に突き刺さった。
 コックピット内では腕を組んで仁王立ちする白嶺とその背後で無数のケーブルの中から同じく腕を組んだシエルが並んでいた。シエルのアバターは服のグラフィックごとケーブルと一体化していた。

「尾形さんはそのアバターでデルスティアというアバターを操作するつもりで動かしてください。私がすべて変換するリアルタイムの操作は行います」

 そう。シエルが体感時間で17年前に行ったM-LINKシステムをもう一度やるだけの事なのだ。

「わかった。奴にはここで引導を渡してやる」

 白嶺はそれを聞いて頷くと眼下の地面に突き刺さる細長い矢尻型の高機動型バハムートを確認し、手を伸ばす。全高120メートルのデルスティアが全長40メートルの高機動型バハムートの胴を掴むと小太刀を構えたような佇まいとなった。
 そして、コックピットの白嶺の手にはバハムートを模した小太刀のグラフィックが表示されている。

キュルルルゥゥゥゥゥゥーッ!

 クモの頭部が再び発光して展開され、紫色のレーザー光線がデルスティアに向けて放たれる。

「ハッ!」

 白嶺の発声と同時にデルスティアはバハムートをレーザー光線に向けて突き立てる。
 刹那、マッハ10に耐えうる高機動装甲はレーザー光線を弾く。
 そして、デルスティアはそのまま大通りを踏み込み、一、二、三段跳びで行政サービスエリアを飛び出し、そのままクモへ高起動型バハムートの先端部で突く。
 クモは前脚でバハムート装甲を受け止めるが、火花を散らして弾いたもののその前脚は砕け散る。

「まだだっ!」

 白嶺はデルスティアの身を翻させ、尻尾を振るう。尻尾の先にある斧状のテールカッターでクモを右から左へ向かって叩き斬る。
 クモは頭部の正八面体を砕きながら吹き飛ばされ、ゴルフ場となっているエリアへと土煙を上げながら転がる。

「いける! エネルギィィィー……チャァァァージッ!」

 デルスティアは一度交差させた両腕を広げ、同時に両肩の砲身にエネルギーがチャージされる。

「デストロイィィィキャノンッ!」

 刹那、デルスティアの両肩から同時に高圧レーザー砲が放たれた。メーサー戦車、メカゴジラのプラズマグレネイド、MOGERAのプラズマメーサーキャノンの系譜を継承したそれは、砲身を有することによる本体強度の改善、排熱冷却機構の改良、高威力化によってプラズマメーサーキャノンと相対的な連射性能は低下しつつも、大幅な出力の向上を実現したメーサー兵器の集大成である。

キュルルルルルルルルルルルルルゥゥゥッ!

 デストロイキャノンの直撃を受けたクモは、全身を激しく点滅させながら断末魔を上げ、眩い閃光を上げて爆発した。

「っ! やったか?」
「……っ! まだよ!」
「何ぃ?」

 シエルの言葉に白嶺は驚く。そして、眼前の空間を拡大した。
 デルスティアの放ったデストロイキャノンは確かにクモに命中していたが、クモは真っ黒い石像の様に炭化していた。
 しかし、次の瞬間、その表面に無数の亀裂が入る。

「「!」」

 それは成長の変化でなく、メタモルフォーゼと呼ぶべきものであった。
 真っ黒く硬化したクモは瞬時に細かく砕け散り、その中からクモよりも巨大な何かが出現した。大きさは元のクモの3倍近い100メートルに及び、形態もクモのそれとは全く異なる。
 クモ同様に無機質なポリゴングラフィックで形成され、脚は4対であるが、更に脚の前にある触腕が大きなハサミとなっており、尾が伸びており、尾の先端は針となっていた。それはクモの近縁種であるサソリと共通する特徴であった。だが、それを二人はサソリとは形容できなかった。
 なぜなら、そのサソリは下半身であり、頭部に当たる場所には頭部の代わりにコウモリの様な翼を一対背に生やし、鋭く先端の尖った一対の腕のような構造を肩から生やした人型の胴体が乗っていた。
 そのサソリのような下半身と悪魔を模した上半身を持つアラクネ風の怪獣がデルスティアに対峙し、咆哮を上げる。

ピギャルルルルルルルゥイィィィィィィィッ!

 不協和音にも似た奇声ともいえる咆哮に思わず二人は耳を手で覆った。

「何て鳴き声をしているんだっ!」
「姿も含めてまるで悪魔ね」

 シエルがそのワードを口にした瞬間、自身の胸中にズシンと圧迫感を覚えた。
 それを自覚し、思わず自嘲する。三十路というのにまだ少女時分のトラウマを払拭しきれていない。ガダンゾーアとは全く違う姿だが、彼の怪獣からは同じような悪魔を想像する何かを感じた。
 ガダンゾーアは本能が警笛を鳴らす絶対的な悪魔だったが、彼の怪獣からはもっと不気味な邪悪さ、嫌悪感に近い何かを感じる。

「悪魔……ディアボロス」
「ディアボロス」

 白嶺が呟いた言葉をシエルは復唱した。

ピギャァルルルルゥイィィィッ!

 ディアボロスは咆哮すると同時に両腕のハサミを発光させ、ハサミを開いた瞬間に紫色のレーザー光線を放った。

「っ!」

 デルスティアは咄嗟に高機動型バハムートの装甲で光線を受けるが、2本になった光線に受けきれず、バランスを崩す。
 ディアボロスはそのチャンスを逃さず、翼を羽ばたかせて一気にデルスティアまでの距離を縮め、身を翻すと、尾の先端にある毒針部分をその肩に右から左へ叩きつける。デルスティアは右肩の砲身を凹ませて倒れ込むが、ディアボロスはデルスティアが倒れる前に上半身から生える先端が尖った腕を伸ばし、その胴を串刺しにしながら、後ろへと突き飛ばす。

「「うわぁぁぁあっ!」」

 デルスティアは議事堂に叩きつけられ、仰向けに倒れる。
 そして、ディアボロスはいよいよ行政サービスエリアへと侵入し、大通りへと踏み込んだ。
 その瞬間、ボロボロになった白嶺が膝に手をつきつつも叫ぶ。

「今だぁぁぁあっ! インスタンスッ! ターミネートッ!」

 白嶺の手元で何かのプログラムが実行されて、光る。
 刹那、ディアボロスのいる空間の地面や上空が消滅し、その生じた奈落へとディアボロスは落下した。
 
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