「G」vsディアボロス




 東都大学の村田教授を訪ねると研究室へ通された。村田教授は、睦海達が参加している大規模情報通信災害対策に関する検討会議の座長で、白嶺と鈴代の恩師であるが、白嶺の話によると内閣府のイノベーション計画汎用人工知能開発計画にも有識者として参与しており、東都大学でも人工知能の開発や研究をしているとのことだ。

「ムムム! 来客と聞いたが君達だったか!」

 睦海達が入室すると、彼は丸い目を更に大きく丸く開いて歓迎した。睦海はそのテンションに少し気圧されつつ、白嶺に続いて研究室へ入室した。

「村田先生、実は……」
「待ちたまえ、尾形クン! 何も言うんじゃないぞ!」

 白嶺の言葉を遮ると村田教授は、黒い実験台の上に置かれていた笠の様な大きさの配線が剥き出しのヘッドギアを掴み取ると、頭に装着する。そして、白嶺の頭に手をかざして、目を閉じて眉間に皺を寄せる。

「先生、それは?」
「黙っていたまえ! これは思考入力装置の応用で、思考透視装置の試作品だ! 既存の思考入力装置は使用者の思考を読み取るものだが、これは他者の思考を使用者が読み取るものだ!」
「それは犯罪では?」

 睦海が冷静にツッコミを入れる。
 一方、村田教授は目をカッと開く。

「君達は前から非常に息があっていたと思うぞ! そうかそうか! 尾形クンにも春が来たか!」
「なるほど、先生。その装置が全く機能していないということがわかりました」

 そう言い白嶺は村田教授の頭から装置を取る。
 そして、実験台の上に装置を戻しながら、白嶺はここへ来た経緯を説明する。

「……ということで、村田教授のご意見を伺いに来ました」

 自身の机の椅子へ座り、話を聞き終えた村田教授は一言、「ふむ」とだけ発し、思案している。

「何か心当たりはありますか?」

 睦海が問いかけると、村田教授は難しい顔をしつつも、口を開いた。

「うむ。桐城さんは汎用人工知能やチューリングテスト、2045年問題といった言葉を知っているかね?」
「テレビなどで一時期騒がれた時に聞いた程度では」
「ふむ。既に今年は2046年であるが、2045年問題は人工知能の進化が人類を超えると予想された年として生まれた言葉だ。我々はシンギュラリティとも呼ぶ」
「シンギュラリティ? 特異点ですか?」
「そうだ。……尾形クンは説明できるな?」

 唐突に講義のような話の振り方に白嶺は眉を上げるが、睦海に対してのような反論はせずに素直に応える。

「はい。シンギュラリティは人工知能が人類の知能を超える転換期です。一つの基準として、人工知能自身が作り出す人工知能が人類の作るそれを超えること。それによって社会における人の役割が人工知能に置き換わることやその派生として汎用人工知能がチューリングテストをクリアできる存在となり、人工知能にも人として認知される社会構造へと転換するという考えもあります。前者の影響は純粋に雇用の減少の懸念。後者は人権についての不安。そして、シンギュラリティを2045年問題と呼ぶのは社会、経済、文化、軍事において人と人工知能の差がなくなることを優劣が逆転するという解釈をした場合に生まれるSF的な思想が背景にあると思います」
「うむ。所見も含めて私が講義で話した内容そのままではあったが、正解だ」

 そして、補足として汎用人工知能(AGI)はこれまでの人工知能にはできないとされてきた不確実な判断や知性を伴って自然学習をし、推察や構想、感覚的な表現を行えることなどが可能となる人工知能開発の到達点である。そして、獲得した知性的な自然言語を介する人工知能と対した人間がそれを人間として判別するかの試験がチューリングテストだと説明した。

「チューリングテストをクリアすることは既に理論上可能とされている。桐城さん、貴女ならその意味が理解できるね?」
「え?」
「はい」

 村田教授の言葉に白嶺は驚くが睦海は頷く。そして、睦海は同時に理解した。村田教授は知っている人間なのだと。

「レプリカントですね」
「そうだ。レプリカントへ移した被験者の知能は本人、他者ともに人間として認識していた」
「はい。少なくとも試験が終わり、元の体に意識を再インストールするまでの間、私は自身の頭脳がレプリカントへ移っていたという認知はなく、接した人も同様でした」
「……まさか。桐城が17年前のM-6レプリカント実験の被験者?」
「そう。私がM-6、シエル・シスのレプリカント被験者よ」

 驚く白嶺に睦海は頷くと、自らの素性を明かした。元々情報社会の中でシエルに関連することは睦海個人の安全の為だけでなく、歴史改変やタイムマシンなどの事情も含む為、睦海自身も加納レイモンドと茉莉子夫妻などの一部を除いて口外しないようにしている。それでもシエルを封印せずにアバターとして使用しているあたり、我ながら矛盾しているとは思う。

「……なるほど。合点がいった」

 白嶺は頷くが一方で、睦海は村田教授へ鋭い視線を向ける。どうにもシエルの話をさせて論点をクモから逸らされた印象があった。

「村田教授、改めて聞きます。あのクモが人工知能として考え、心当たりはありますか?」
「……可能性は高いが、聞いている限りではその知能がどの程度か分からない。汎用人工知能に対する特化人工知能であれば、能力的に偏りがあるが例えば通信の解析や破壊に特化していれば、データ容量の小さい人工知能であっても行動を再現できる可能性もある。一方で、短時間で成長している節もある。鈴代クンの話した前の事件は見立て通り、人工知能の種子や卵のような状態から内部で成長した可能性が考えられる」
「それはつまり、汎用人工知能ですか?」
「いや、我々の想定している汎用人工知能は新たな知性の誕生そのものだ。仮に高度な知能を有していても野性的では知性とはいえない」
「では、教授の開発中の人工知能は知性的なのでしょうか?」
「おい、桐城!」

 睦海の質問に白嶺が咎めるが、村田教授は「まぁまぁ尾形クン」と片手を上げて宥め、睦海に応えた。

「まだその段階にすら至ってはおらんよ」




 


 村田教授の研究室を退室し、大学内を歩く。丁度昼時であり、広い大学敷地内を歩く学生達の姿が多い。
 そんな学生達の一部に睦海は視線が向いていた。気になる会話が聞こえたのだ。

「桐城、ここの学食は美味いと有名なんだ。折角だから食っていくか?」
「………」
「おい!」
「ん? ごめんなさい。ちょっとあの子達の話が気になって」
「え?」

 それは生物学棟と書かれた建物の前で集まっていた学生と白衣を着た研究員達であった。

「ダメだ。やはり見つからない」
「三神教授の研究データが特に顕著だ。幸い昨年の退官後に作成したバックアップがライブラリーに残されていたから復元は可能だと」
「しかし、何故学内の研究データが消滅したかが全くわからないのは不味いよな」
「あぁ。教授陣も情報工学部に調査要請したらしい」
「村田教授がデータが消えた日から対応してくれているけど、学部で要請したのか」

 そんな会話が聞こえたのだ。
 三神教授というのは、2009年にシエルも出会った生物学者でゴジラやデストロイア、そしてオキシジェン・デストロイヤーを生み出す細菌の研究者であった人物だ。彼の研究データが消滅し、村田教授が要請を受ける前から関わっている。睦海はどうしても気になってしまった。
 白嶺に睦海は今聞こえた会話の内容を伝える。

「尾形さん、村田教授が何か隠している気がします」
「桐城は村田先生を疑っているのか?」
「別に教授を犯人扱いしている訳じゃないです。ただ、何か知っているのに私達には隠しているように感じます」
「考え過ぎだ」
「恩師を疑いたくないのはわかりますが、さっきの態度に尾形さんは違和感がなかったんですか?」
「それは……。だけど、俺は先生を疑うことができない。先生は、……俺を2度も救ってくれた恩人なんだ」

 それから白嶺は睦海に昼を食べながら話そうと伝え、学食では話しにくい内容だからと学外のレストランに変更し、睦海に話した。




 白嶺と村田教授の出会いは白嶺の学生時代、2030年のことであった。当時21歳の白嶺は大学内部の情報に飽き足りず、他大学の講義動画サイトへの不正アクセスによる視聴の他、興味を持った情報があればその所有、機密性に関わらず無差別に収集していた。全ては好奇心と知識欲の成せる技であったが、それはあまりにも貪欲であった。

「桐城ならその年、公にされたG対策センター最大の不祥事のことを知っているだろ?」
「えぇ。それを明らかにしたのが私達だったから」
「……そうか」

 2030年に現れたZ。それはGフォース大西洋地域支部壊滅事件の隠蔽から端を発した一種の人災であった。あの不祥事の公表により、少なからず各国の関係やGフォースへの信頼へ影響を与えたのは間違いない。
 その明らかになった情報の一つがM-7の存在だ。当時、既にレプリカント搭載型M-6の実験は知られていた為、シエルや睦海の存在を調べようとする動きは活発であった。その為、先行実験であり、その内容と結果の与える衝撃からM-7へと人々の感心が向かうように仕向ける意図も少なからずあった。
 白嶺はM-7、そしてレプリカント搭載型M-6の情報を知りたくなり、G対へのハッキングを試みた。しかし、相手は世界でも最も進んだ科学技術を有する世界一の軍隊とその統括組織だ。当然ながら、そのセキュリティも世界一であり、白嶺は新たな情報を入手する前にハッキングが見つかり警察に拘束。逮捕はされなかったが白嶺は退学の危機に陥った。
 そんな白嶺を助けたのが村田教授であった。彼は白嶺のハッキング技術を高く評価し、大学側を説得。白嶺は村田教授の監督下に置かれることを条件に退学を免れた。
 博士課程卒業後、大学院時代からオンライン上で交流をしていた仲間達とゲーム開発を始め、作成したゲームも順調であったが、仲間の一人の裏切りによってゲームは海外メーカーへと売られてしまった。結果的にそのゲームはメーカーによって仕上げられて世に送り出された為、白嶺はその出来事を肯定的に受け入れているものの、裏切った者個人への復讐は抑えられず、その者が得た資金で立ち上げた企業を徹底的に追い込む情報を盗んだことがきっかけとなり、再びハッカーの道に足を踏み入れた。
 既に世界最高レベルのハッキング技術を得ていた白嶺は、瞬く間に世界最高の天才ハッカーと呼ばれるようになったが、同時にそれは目立ち過ぎるという状況を生み出した。そして、白嶺はJOプラザを筆頭とした企業連合へ起訴された。ハッカーの正体が白嶺だと判明したのは、件の裏切り者によるものであった。

「人を呪わば穴二つ。元々はつまらない復讐の為に始めても最後は全部自分に返ってくる」

 白嶺は自嘲気味に言った。
 日本人天才ハッカーがJOプラザらに訴訟されたというニュースを睦海も当時見た気がする。
 訴訟により、父親から勘当された白嶺に手を差し伸べたのも村田教授であった。彼は提訴取り下げの交渉をしたのだ。

「でも、企業が連合を組んで訴訟したのならそれの取り下げっていくらかかったの?」
「金は大した額ではなかったよ。俺に首輪を付けたんだよ」
「首輪?」

 それは、彼の実力をペンテスターとして利用するというものだった。

「つまり、俺は破格の安さで大手企業達のセキュリティ評価、改善提案などを行っている」

 具体的にどのくらいかは語らなかったが、彼に並ぶ実力者がほぼ存在しないとすると契約金だけでも平均年収の倍以上になるはずだ。それがあのボロアパート住まいと考えると、ある程度は察しがつく。

「それでも訴訟した企業限定での契約で、最近は他との契約をつける余力も出てきた。……とはいえ、一昨日の一件でしばらくJOプラザに付きっきりなのは確定だけどな」

 やれやれといった様子で話し終え、最後にその様な恩人である村田教授を俺には疑うことができないと言った。食事を終えると、これからJOプラザのテンペストを行うとのことで、白嶺は睦海と別れ、睦海も眠る為に帰宅した。
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