「G」vsディアボロス




「接続開始!」

 翌日、睦海はJOプラザへログインをしていた。梨沙からゆっくり話す時間もなかったからとJOプラザでショッピングをしようと誘われたのだ。茉莉子もログインするつもりだったが、息子の対応でログインできるかわからないと連絡が入った。

「ムツミーン! どこやーい?」
「……わざとやってるでしょ?」

 JOプラザのアーケードとなっているエリアで、路肩にある街並みを表現する目的で設置されているダストボックス風のオブジェクトと路地へ向かって声をかける青色のロングヘアの女性アバターに言う。髪の色と長さ以外の容姿は梨沙そのままだが、メイクアップさせているらしく、パッと見た印象はかなり現実とは異なる。女性ユーザーがよく行う身バレ防止方法だ。
 一方で睦海のようにJOプラザのアバターを実際の容姿と異なるシエル一つに絞るスタイルは少数派といえる。
 睦海こと、シエルに振り向いた梨沙は満足そうだ。

「流石、ムツミン。……おっと、シエルさんでした。失礼失礼」
「まぁ、このくらいの特徴のアバターはそれ程珍しくないし、アバター名は非表示にしているからそっちのあだ名でもいいけどね。アバターなんて、服装変わって名前非表示になったら区別つかないわよ」
「うーん。だけど、ムツミンはもう少しトップランカーの自覚を持ちなよ。元々私が勧めたゲームだけどさ」

 梨沙が言う通り、WFOは彼女から勧められて始めたゲームだ。世界の軍隊の兵器や武器をかなりリアルに操作できるからと誘われ、本物と同じ訳がないと言いつつ試しにやってみると、確かに実物に限りなく近い操作感を再現しており、本当に射撃訓練を経験した人間でないとまともに操作ができないような再現度であった。しかしながら、フルダイブの体感覚や演算処理は当然ながら現実との差異が生じる為、本物の扱いが熟練している程にそれが違和感となるだろうとは思った。

「勧めた割に梨沙はさっさと引退したわよね」
「ムツミンが長過ぎなんだよ。私が勧めたのってJOプラザになる前の初期だよ。たまには他のゲームもやれば? ドラハンとか最近アプデ入って、人気凄いよ?」
「たまにはやるわよ。魔法使ったり気分転換になるから」
「……ちなみに、先月くらいにあったレイドイベントをソロ攻略した?」

 何か心当たりある様子で梨沙が顔をグッとシエルに近づけて聞いた。
 確かに先月の土砂災害後の非番に疲労から流石に仕事と似たWFOをやる気が起きず、ドラハンにログインをし、適当に開催中のイベントにソロで挑んで攻略をした。

「うん。やった気がする」
「やっぱりかぁぁぁい! 普通の定期開催イベントだから、コアユーザー以外はあまり騒がなかったけど、私のギルドでもちょっと噂になったから確認しようと思ってたのよ! ムツミン、何かさり気なく最高難度のレイドをソロ攻略しちゃってるの!」
「あ、やっぱり? 報酬が沢山だったから、インフレ起きてるのかなと思った」
「トップランカーなら日課でソロやってる人もいるけど、見慣れない名前がサラッとソロ攻略してて、別ゲーのトッププレイヤーと同じ名前のアバターってなれば騒つくでしょ? 掲示板とかが漫才みたいな状況だったんだから」
「まぁ、確かに。……ん? 漫才?」
「ムツミン、魔法使いでプレイしたっしょ?」
「うん。別スタイルでやりたいじゃない」
「でーすーよーねー。『あのシエルじゃないか?』『いや、武器を使わないで魔法使いだった』『ほな別人やな。シエルゆーたらバリバリの脳筋ビルドやから』『銀髪で攻撃を普通のプレイヤーには真似できないような動きで回避してたらしい』『やっぱシエルやないか』……みたいなやりとりが連日繰り広げられてました」
「別にコンバートで育成時間短縮しても同じビルドになる訳じゃないのは有名な話じゃない」

 JOプラザ内で提供されているゲームはコンバートが可能だ。基本パラメータは初期リセットなしの引き継ぎ、ゲーマー間では「使い回し」などと呼ばれるプラットフォームの互換機能を利用している為、どれも同じ。
 所謂、レベリングシステムを採用しているゲームの場合は、ステータス配分を比率化した基本スペックと呼ばれる数値を初期パラメータの数値に乗じた形となる為、他所でレベル上げしたキャラをそのまま使えるというよりはキャラメイク、初期設定の時間を節約できるというメリットが主だが、特定のステータス値が上がりにくいまたは低く設定されているゲームで突出したキャラとすることができるという仕様にもなるが、本来推奨されていないスペックのキャラビルドとなり得るのでデメリットとも成り得る。なお、基本スペックは任意セーブ、ロードとなるので、ほとんどの人はバランスの良いビルドまたは、使い慣れたステータス配分にビルドしたデータをセーブし、最初数時間の初期メイク時間を節約する本来の使い方をしている。その後の育成はゲーム毎に変えていくが、例外的にかなり尖ったスペックを使い、トリッキーなキャラにする人もいる。一時期流行った極振系キャラビルドというのがそれに属する。

「それにしても使い回ししてまるで別スタイルの職業にしてソロできるところは流石ムツミンですわ。てか、扱い難いんじゃないの? 魔法使いってドラハン最大の課金職だよ。スキルやアイテム盛らないと魔法発動だって連続で使え……。もしかして、全部コマンドで魔法使った?」
「ん? 上上下下ABABみたいなのを頭の中で唱える奴? だって、アレが詠唱って奴でしょ?」
「だあぁぁぁあっ! この人そもそも間違ってる! てか、何年やってなかった?」
「JOプラザに移行された当時に少しだから、ざっと5、6年」
「あぁ、はい。梨沙さん理解しました。そうでしたね。かつては詠唱コマンドと称してた時期がありましたね。懐かしいなぁ! コンチキショー!」

 梨沙は一人で騒ぐ。梨沙に説明を求めても脱線をしていつまでも事情がわからないので、シエルは視界にウィンドウを表示させて、ドラハンの魔法システムを確認する。
 どうやらかなり以前のアップデートで、コマンド方式よりも操作負担の軽い実際に魔法名を発言することでコマンド入力をショートカットできる詠唱という概念が追加されたらしい。確かに、戦闘中は体を動かす意識操作をしながら、似たようなコマンド入力の意識操作を同時にやるのは中々に難しかった。とはいえ、コマンド自体は同じものを繰り返すだけでその魔法攻撃を連射できる為、コンボの延長線だと思えば不可能ではなかった。

「……はぁ。とりあえず、WFOのトップランカーってのは他のゲームよりも高い水準ってのが本当なのはよくわかったわ。ムツミンの凄さはそりゃもう私はよく存じてますよ。でも、そのムツミンが無双できないのが、WFOなんでしょ?」
「あぁー彼のこと?」

 シエルがランク2位のハクベラには一騎討ちで負けたことがあるという話をしているらしい。
 確かにハクベラはシエルにとって確実には勝てない唯一の相手といえた。戦闘スタイルの相性もあるが、そもそも彼が思った通りの人物ならば、その存在自体で敵わない。

「実際どうなの?」
「まぁかなり特殊な戦い方をするし、正攻法は通用しない相手だと思うわ」
「いや、そんなヒーローインタビューみたいな回答を求めてはいなかった」
「じゃあ何?」

 シエルが聞くと、梨沙があからさまにニヤニヤとし出した。

「いや、茉莉子氏から聞いたのですよ。ムツミンの好みとやらについて」
「あー、昨日の?」
「えぇ〜、はいぃぃ! そぅなのです! 私ぃ、一人だけそのプロファイリングに該当する人物にぃ心当たりがぁありましてぇ〜」

 池の鯉の真似でもしているのか、やたら口をパクパクさせながら右手の指先を額にパチパチ当てて梨沙は変な口調で話す。昔のミステリードラマの警部補の真似なのだろうが、誇張されすぎて原型が保てていない。
 腰でも痛めたのかというくらいに前傾姿勢になって、口をパクパクさせて額をパチパチ叩きながら梨沙は続ける。

「シエルに唯一黒星をつける男ぉ。多分年上。そして、アバター越しだから当然、ムツミンの素顔を知らない! そのことが意味するところはぁぁぁ? 以上、新婚の梨沙でした」
「新婚いらないよね?」
「で、どうなの? 最近じゃアバターの仮想交際から実際に結婚するってのも少なくないよ? かく言う私めも広義ではアバター婚ですし。……私の真似しろとまでは言わないけど、アバターで互いを知ってからオフ会して最終的に付き合うか決めればいい訳だし、悪くないと思うけど」
「第一、既婚者かもしれないでしょ?」
「おっと? そっちを先に気にするってことは、全く対象外って訳じゃないのね?」
「うっ!」
「と言っても、昨夜調べた限りだと、どっかの誰かさん並にあのアバターのリアル情報はヒントすら入って来ないのよね。ゲーム内では常に顔を隠し、JOプラザへ出てしまったらその瞬間から一切の追跡ができない。ログイン自体が別のサーバーを経由して行って、出口に張ってても違うサーバーへ出てしまうみたいね。違法じゃないけど、ほとんどハッカーのテクニックよ。まぁプログラムを作るってほとんどチートじゃね? みたいなことをしてるところを見ると、本職かもとは心配になるわね」
「新婚初夜に何やってるのよ……」
「私は大親友が変な男に引っかかって無駄に散らしてほしくないのよ!」
「物凄く失礼かつ余計なお節介ね!」

 相手が性格を含めて熟知している梨沙でなければ、流石に激昂しているだろうなと思いつつ、シエルは考える。
 確かにハクベラがシエルの考えている人物と同一人物であれば、年上、パソコン関連の仕事をしているというのも当たっている。ただ、現在が独身かはわからない。
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