「G」vsディアボロス




 アンギラス戦後の愛機修理と自身の療養の為に暫く現場に入れなかった睦海に話が来たのが、大規模情報通信災害対策に関する検討会議の委員選任であった。陸佐以上の方がいいのではといった抵抗も一応試したが、即応特派の特尉ならば全く問題ないという一言で返された。
 出席までは座っているだけでいいと考えていたものの、災害現場を知っている者としてやはり意見を述べる必要があるなと思う事柄があったので、一言だけと思って発言した。が、その直後に一人の男性が睦海の発言に対立するような意見を出したのだった。人災としての側面を指摘する。それは間違いでなく、それも一つの答えだとは思った。
 だが、これで終わるのは想定外を想定すべきである災害を、リスクマネジメントの延長線で原因とリスク対策に注力することが最善という早計な結論を出す可能性を孕んでいた。
 人によってはそれでも他人事としてそのまま閉口することもあるだろう。むしろ、結果論でいえば、一つの正解であったのは間違いない。
 しかし、睦海にはもう少し述べる必要のある意見持ち、その議論の必要性を感じ、なによりもそれを選ぶ胆力があった。その結果、一年半を経た今では睦海と白嶺の議論は検討会議の名物と認識されている。

「……先にシャワーにするか」

 一人暮らしのワンルームマンションに帰宅した睦海は、明日の検討会議の資料データをタブレットに表示させてから呟くと、それをテーブルの上に置く。そして、上着を脱ぎ、浴室へ向かった。
 一方、テーブルにはタブレットの他に葉書サイズの封筒が置かれていた。中身は結婚式の招待状だ。既に返事は出席で出しており、二ヶ月以上前からこの日は連絡が取れない可能性が高いことを本多ら部下と防衛省の上層部に伝えて、万全の体制を整えていた。
 なぜなら、睦海にとってかけがえのない友人の一人である梨沙の結婚式なのだ。

「……あ」

 シャワーで汗を流しながら、睦海ははたと気づいた。
 手早くシャワーを終え、バスタオルで水気を取ると、室内干しで吊るしていた下着とシャツを身につけ、実家の義母みどりへ電話をかける。

『睦海?』
「あ、お母さん。ごめん。確認してほしいんだけど、そっちにドレスって置いたままだっけ? あの紺色の」
『前に使ってクリーニングしたまま貴女の部屋に置いてあるわよ』
「あーやっぱり?」
『梨沙ちゃんの結婚式、今週末じゃないの? てっきり他に用意してたか、こっちで着てから行くつもりなんだと思っていたわよ』
「ですよねー。前日、夜中になるかもしれないけど、そっちに帰るね」
『そうしなさい。……結婚式は何時から?』
「午後挙式だから、お昼早めに摂って出発する感じになると思う。一応会場近くで茉莉子とも待ち合わせ予定だから」
『え? 寺沢さんの茉莉子ちゃん?』
「そう。オンライン参加かな、って話してたんだけど、日本に里帰りを兼ねて来ることにしたんだって。……あと、大分前から加納茉莉子よ」

 睦海は通話をしながら、冷蔵庫から取り出した缶ビールを取り出してグビッ! と喉を潤しつつ言った。内心で「ん〜! やっぱりコレね!」と呟く。
 茉莉子は高校時代にひょんなことから知り合った寺沢氏の孫娘であり、エミー・カノーの直系の先祖となるであろう人物だ。高校も異なるものの知り合ってから高校卒業までの約1年半、互いに面識のある梨沙を含めた3人で頻繁に遊んでいた。卒業後睦海が防衛大学校へ進んだ事で遊ぶ頻度は一気に減少したが、それでも睦海を中心に3人での交流は続き、茉莉子の結婚と渡米、出産以降は直接会う機会すらなくなったものの、JOプラザやオンライン通信で定期的に連絡を取り合っていた。

『午前中は家に居られるのね?』
「うん。何かある?」
『お爺ちゃんが会いたいらしいわ。やっと日本で老後を過ごせるようになったのに睦海に会えずにデイサービスばっかり通っているって愚痴るのよ』
『私も会いたいわよー!』

 みどりの背後から祖母の声が聞こえる。祖母の方はまだ介護認定が下りておらず、健康教室を利用しているらしいが、そもそも祖父が家にいる様になったら益々活動的になり、旅行や趣味と称してみどりの仕事の手伝いをしているらしい。

『という事みたい。あと、週末に大翔君がつくばに行くって連絡があったから睦海もいるって言えば顔を見せにくるかもしれないわ』
「え? つくばって、G対?」
『多分ね。CIEL社関連だと思うけど』

 青木大翔は睦海の義父健の妹の子どもで、つまり義理の従兄弟に当たる。6つ歳下で住まいも新潟と東京と離れていたことと、何よりも家族の中で唯一2009年の戦いを経験していない為、睦海に対して永らく隔壁を作っている節があった。とはいえ、それも子どもの頃の話で、成人を期に大翔の父翼が睦海の正体や桐城家、青木家とゴジラとの関わりを説明し、その後彼自身も翼と共に仕事を始めたことで理解が追いついたらしい。いつの間にか思春期に他人行儀な「睦海さん」という呼称も幼少期の「睦姉」に戻り、慕うようになっていた。

「そっか。直接連絡は取ってないけど、SNSで見るとかなり頑張ってるみたいだからね」
『まぁ、26歳だけど社長さんだから』

 社長であるのは事実だが、より正確にいえば実業家だ。そもそも翼達は関東で働いていたが、睦海が桐城家へ引き取られてしばらくした頃に弥彦村へ戻った。
 家庭事情としては桐城の両親が暮らしており、青木の母親もゴジラ観察官の仕事を健に継いだことで居住地の自由が出て、改めて弥彦村へ帰ろうとしていたからというのがある。
 しかし、最大の理由はCIEL社だ。今ではロボット工学分野では世界の最前線を行く大企業となっているが、元々はG対策センターのロボット開発部門の下請けを目的とした企業だった。G対の組織改編の煽りを受けて大量に技術者が流入した事でアンドロイドMシリーズの開発を引き継ぎ、シエルを含めた精密なロボット、アンドロイドを開発。G対関連の機関でのロボット製品開発を中心に行う企業として着実に実績を広げていたが、BABYという翼竜型の多目的補助ロボットの一般販売がターニングポイントとなった。一機が100万近い高額で販売が開始されたが、余りに売れ過ぎて製造が追い付かず、販売開始6年を経た今も型落ちのバージョン1ですらプレミア価格で取引されている。そのヒット製品の基礎設計を提供した開発者が、大翔の祖父一馬であった。
 一馬を含め、青木家はCIEL社の人間でないが、BABYを譲渡するにあたっての契約がレベニューシェア方式であったことで、年間売り上げの僅か1%の報酬であっても年間数億円を売り上げている為、青木家は数百万円の収入が得られている。そして、その契約満了までの安定した資金源を得た大翔は、その資金を元手にビジネスを始め、そのビジネスも弥彦村やG対、CIEL社と関連して展開している模様で、順調らしい。

「わかったわ。私も大翔の仕事に興味あるし」
『じゃあ、大翔にも伝えておくわね』
「はーい」

 通話を終了した睦海は、ビールを飲みながら検討会議の資料に目を通し始めた。




 


「あ、睦海!」

 梨沙の挙式当日、式場の最寄り駅へ着くと、既に黒い礼服を着た茉莉子が待ち合わせ場所におり、睦海に手を振っていた。

「ごめん。待った?」
「あ、気にしないで。旦那が息子とドライブがてらに送ってくれて早く着いちゃっただけだから」
「流石、こっち用の車があるの?」
「でも仕事用よ」

 茉莉子の夫である加納レイモンドは、青木家同様にCIEL社の恩恵を受けているともいえるが、むしろ恩恵を与えている側とも言える。大翔と同じく実業家にカテゴライズされるが、彼の場合はレベルが違う。フルダイブVR技術や思考入力装置の開発、普及に大きく貢献し、日本人の生活の一部となりつつあるJOプラザにも出資や技術のマッチングを行っていた筈だ。
 セレブ妻となっている筈だが、久しぶりに再会した茉莉子は変わらず何処か素朴な印象がある。

「こっちこそごめんね。睦海、用事あったんじゃないの? 早めの待ち合わせにしちゃったけど」
「あぁ、それこそ気にしないで。実家から来たから……一族郎党が沸いてきただけだから」
「?」

 午前中に大翔も桐城家へとやって来たが、彼だけでなく麻生将治とその娘のアンナまでがくっついてきた。どうやら何かG対関連の仕事で、かつての将治同様中学生ながらGフォース仮隊員であるアンナが大翔と会って、話の流れで睦海の事が出たらしく、そのままGフォース環太平洋地域司令の将治も合流して睦海に会いに来たらしい。親同士が知り合いというだけでなく、昔からの交流で実の兄妹のような幼馴染である二人なら十分に起こりえる話であった。
 その結果、祖父母+3人の相手をしていたら出発時間ギリギリになって睦海は慌てて家を出てくることになったのだが。

「今何歳だっけ?」

 挙式の受付を頼まれていた二人は、式場近くの喫茶店で梨沙から指示された時間まで待つ。
 コーヒーを飲みながら睦海が問いかけると、茉莉子が「子ども?」と確認しつつ答える。

「もう6歳よ。一丁前のことを言うようになったんだから困っちゃうわ」
「へぇ。でも、やっぱり子どもっていいなぁ」

 睦海が言うと、茉莉子がキョトンとした顔をする。

「睦海がそう言うのってなんか意外ね」
「そう? 自衛官だって子育て願望くらいあるわよ」
「ん〜。やっぱりそういうベクトルなのね。まぁ、睦海らしいけど。……自衛隊なんて逆ハーレム状態じゃないの? 子どもだけ欲しいってわけにもいかないでしょ?」
「……そうよね」

 睦海が苦笑しつつ手元のコーヒーに視線を落とす。

「睦海? どうかした?」
「……うん。まぁね、自衛隊って確かに男性社会で独身の人も多いんだけど。ちょっと恋愛とかには成りにくくてね。……ほら、私って女子校出てから防大、自衛隊じゃない」
「もしかして、恋愛経験ないの?」
「……うん」

 元々対して恋愛に興味もなく、結婚願望もなかったが、気づけばまともに恋らしいものをしたのも、シエルにとっての初恋である歴史改変前の未来の健だけだ。この世界に生きる睦海に至っては、恐らく初恋らしいものもない。
 しかし、流石に30歳を過ぎると恋愛経験がないということを内心気にし始めていた。婚期というものも意識してしまうのも致し方のないことだった。

「うぅ〜ん。こんなに可愛いのに。……いや、可愛すぎるからなのか? ミス防大だっけ?」
「あぁ、アレね。……あ、茉莉子が考えているようなのじゃないわよ! ミスコンっていうより、防大に元々あったミスターコンの女子版って感じだから」
「でも少なくとも美し過ぎる自衛官でしょ?」
「うっ……」

 広報が睦海を放っておく訳がなく、自衛官募集ポスターなどの事ある毎に睦海を起用したがり、渋々受けていたらいつの間にかその様な二つ名がついた。

「昔はよくナンパされてたけど」
「繁華街とかを歩けばナンパはあるけど、職場は全くないわ。……チョロそうに見えるのかな?」
「というより、無謀なだけだと思う。今管理職なんでしょ? あまり詳しくないけど、部下ってどれくらいいるの?」
「うん。今は30人くらいの指揮を取ってる」
「多分、高嶺の花みたいな存在なんだと思う。それに、睦海って真面目だから、職場で隙をあまり見せないでしょ?」
「まぁ、隙を見せちゃいけない職業だからね」
「そりゃそうだけど。……そうなると、結構本気で考えた方がいいよ! 段々と経験がないことも負い目になっていくと思うし、やっぱり梨沙みたいに今くらいの年齢で結婚する人は多い訳だし! それから結婚や恋愛は何歳になってもできるけど、出産はそういう訳にいかないんだから。そういう願望があるなら、出産適齢期の間に結婚できるようにアクションを起こす! 億劫に思わずに婚活始めなさい!」
「は、はい」

 段々と自分事のようにヒートアップした茉莉子の勢いに押されつつ頷く。
 とてもではないが、「好みの相手もないし」や「まだそんなつもりないし」とか「私みたいに養子って選択肢もある」などとはいえる雰囲気ではなかった。
 結局、それから式場へ行くまで茉莉子に根掘り葉掘り聞かれて睦海の好みのプロファイリングされた。

「良い? 受付しながら、さっきの情報にマッチする人がいたら、名簿にチェックを入れとくのよ!」

 まさか受付直前まで続くとは思わなかったが、結局茉莉子プロファイリングで出た「年上で睦海よりも何かしら勝るものがあり、頼り甲斐がある睦海を容姿でなく内面を見て接する男性」という別世界線の健以外に中々いないような人物は見つからなかった。
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