「G」vsディアボロス
〈第二章〉
『本日未明から急速に発達した低気圧は山梨県東部に停滞し、該当地域は猛烈な雨が降り続けており、土砂崩れの発生の報告を受け、先程知事は事態を迅速な応急処置を必要とすると発し、自衛隊の災害派遣が要請されました。要請を受け、陸上自衛隊及び防衛省災害時即応特別派遣機甲部隊が既に出動をしていると、防衛省関係者への取材で明らかになっております。また、交通への影響で東名高速道路で通行止め、中央本線の一部区間で運休が決定しており、通勤への影響や無理な移動を予防する為に在宅勤務への切り替えを関東各県及び、交通各社が呼びかけを行なっております』
暗くグラっと揺れる車内で桐城睦海は腕を組んで座りながら、ラジオのニュースを聴いていた。時折、ギギギとワイヤーの動く音と無重力感のあるフワッとした揺れが混ざる。雨の音は聞こえないが、彼女の目の前にあるモニターには絶え間なくカメラに向かって打ちつける雨粒が見える。
時刻は午前9時半。モニター越しに見える周囲は厚い雲によって薄暗く、何よりも雨によって視界は悪い。
『一尉、まもなく降下地点です』
通信を受け、睦海は腕時計型の端末に触れ、ラジオの音声を消すと通信に応答した。
「わかったわ。曹長、視界が悪く、足元も不安定なことが想定されます。降下地点a、bの周辺地図に降下時の地形スキャンデータをマスキングさせ、危険箇所のマーキングをして下さい。また、2号機にもこれを指示して下さい」
『マム、了解であります』
「それはやめてって言ったでしょ」
睦海が苦笑して言うと、本多滋陸曹長は笑い声を残して通信を切った。
本多とは防衛省災害時即応特別派遣機甲部隊、通称即応特派が組織される前からの付き合いであり、親子程の歳の差はあるが、互いに上官と下士官として信頼関係を築いている。
『伝令しました』
「よし。……管制官、降下地点の最終確認を」
『了解』
睦海は操作板に右手で入力を行い、左手は操縦グリップを握る。ウィィィィンと音を立て、周囲のモニターが起動。
〈GUNHED起動〉
2046年現在、ロボット兵器と聞いた者が思い浮かべるのは主に3種類だ。Gフォースのデルスティアとバハムート。そして、自衛隊のガンヘッドこと、三八式可変装甲戦闘車だ。
三八式と関係者からは呼称されるこれは1世紀に渡る怪獣との戦い、そして地震や風水害等の災害に立ち向かい続けた他国の軍にはない自衛隊独自の兵器と言えた。特に、三八式を4機と予備1機を有し、その他装備は三八式の専用輸送機として配備されたAC-3しらさぎを5機有し、三八式と同様に2機ずつのローテーションと予備1機の待機を有している。
しらさぎは、スーパーX3同様の有翼の垂直/短距離離着陸機であり、全長はチヌークとほぼ同じ30メートル。ホバリング専用のリフトエンジンを有することからスーパーXシリーズの後継機とも評されているが、しらさぎは輸送、管制を主軸としており、副次的に航空支援と補給の役割も有する一方で、運用時の主体は三八式であり、しらさぎ自身の単体火力は翼の付け根に搭載されているバルカン砲一対のみである。
しかし、その代わりに三八式専用輸送機として特化した性能である為、垂直着陸と専用ジョイントワイヤーにより短時間での出動、単機で50トン近い三八式の空輸を可能としている。
そして、睦海がいるのは三八式の操縦席。20分前に出動要請が出ると同時に睦海は、日勤ローテーションの待機隊員と共に出動した。元々気象庁のアプリでも今朝の雨は速報が出ていた為、睦海も練馬の陸上自衛隊駐屯地で即応待機状態で詰めていた。
即応特派は総勢33名の小隊であり、小隊長の睦海と副小隊長の本多、そして縦割りの職務別にしらさぎ操縦士長、副操縦士長、管制長、整備長から正規隊員、予備待機の隊員補佐の序列となっており、隊本部である睦海以下各職長らの6名と補佐の7名を除いた20名はそれぞれの担当、即ち三八式操縦士、しらさぎの操縦士と副操縦士、管制士、整備士の5人の分隊単位で構成されている。
4分隊と小隊本部と補佐隊員を組み合わせたローテーションにより、常時2分隊単位が待機しており、一分隊は即応待機状態として要請から最大15分以内に出動完了を目指しており、常時待機状態の一分隊も1時間以内の出動を基準としている。
即応待機中は一切の事務、訓練を免除される代わりに勤務中は常に神経を張り詰めさせ、食事、トイレ含めて離席は一回につき5分以内という厳しい決まりを設けており、必然的に補佐隊員を含め即応特派全員が強靭な精神力を身につけたレンジャー、空挺、スキーのいずれか一つ以上を所持している猛者揃いの実力派集団でもある。
『一尉、状況分析の結果から初期作戦予定通り、地点aに1号機は降下します』
「了解」
『降下カウント開始。5、4、3、2、1、降下』
フワッと睦海は無重力感を味わう。そして、エレベーターの様に減速し、着地する。
〈ワイヤーパージ〉
「承認!」
モニターに三八式に接続されていたワイヤーが外れることを示すマークが表示される。
そして、睦海は瞼を一度閉じ、息を吸い、吐くと共に目を開いた。
「1号機、行動開始!」
三八式は四点支持直立のスタンディングモードで輸送、そのまま着地した。ジョイントをパージしたワイヤーが上空でホバリングする緑色の迷彩塗装を施された有翼の航空輸送機、しらさぎへと回収される。
一方、三八式は甲州街道上に着地していた。山側には中央本線の線路、谷側は桂川が流れる。川は航空写真の景色とはまるで異なる濁流となっており、氾濫警戒水位近くにまで上昇していた。
周囲の視界を真っ白にするような豪雨の中、三八式の機体にも絶え間なく雨が降り、滝のように雨水が流れている。
三八式はぐるりと機体を回転させ、周囲の状態を確認する。
操縦席で睦海が観るモニターにはしらさぎの管制から送られてきた。データで地滑りを起こしつつある場所が映像に重ねられる。
「あそこね」
睦海は一際山の傾斜が急な箇所が崩落し、以前と現在で形状が変わっているのを確認し、その場所へ向かう。
甲州街道に走行する車はなく、幅5メートル以上ある三八式は車線を跨って、車道一杯を使用して移動する。蛇行した急カーブのアスファルト上を滑るように三八式は走行し、ガードレールや民家の木の枝を接触ギリギリの位置で通過した。機体に内蔵されたAIのサポートがあるものの、滑り易い豪雨の路面でこれほどの正確な三八式の操縦を行えるのは、自衛隊全体でも睦海一人だけである。
カーブを過ぎると山がそのまま車道と民家の上に移動している。地滑りの特徴であった。河川を見ると、土砂崩れ防止用の擁壁が根こそぎ崩落していた。通常の地滑りでは考えられない状況であるが、何らかの想定外な事態が複合的に重なって発生した事象だと睦海は考えつつ、現場の前で停止する。
雨合羽を被った人達が手を振り、三八式に近づく。何か叫んでいるが、雨音で聞き取れない。
睦海は集音設定を操作し、彼らの声を聞き取り、睦海も声を収束、拡声する。
「自衛隊か! 消防団だ!」
「はい! 自衛隊です!」
「2回崩れたんだ! 1回目で壁が崩れて、車が下敷きに。そしたら今度は地滑りで全部土砂の中だ!」
「被害者は?」
「下敷きになった車に男が一人! 2回目の時は何とか逃げられられて軽い怪我だけだが、重機が巻き込まれて作業ができなくなった!」
「わかりました。危険ですので、土砂現場から離れて下さい」
「わかった! おーい、ガンヘッドがやってくれるってよ! 離れるぞ!」
睦海自身、救出活動を引き継ぐつもりだったが、話が早い。また三八式を見てガンヘッドというところからも即応特派やWFOなど防衛省の広報活動は上手くいっているらしい。睦海は思わず口元が緩む。
雨合羽の人々が土砂災害現場から離れるのを見届け、睦海はしらさぎの管制へ連絡する。
「管制?」
『一尉、既に土砂災害現場の状況分析は終えてます。推定される要救助者の場所は元々の車道のあった箇所から河川側に数メートルと離れていない範囲と推定されます。注意は全体的に地盤が緩くなってます。特に擁壁の崩落は深層崩壊が起こっていることを意味している可能性が高いです』
「流石ね。わかったわ。つまり、3回目は深層崩壊……山ごと崩れる可能性がある訳ね」
『はい。ただもう一点注意が必要なのは、河川です。地滑りによって崩れた擁壁が河川に土砂と共に押し出されているので、川幅を狭めています。上空から見てもどんどん川に流されて削れています』
「氾濫するか、根元の土砂が川に流されて崩れた土砂が再び崩れる可能性があるのね。……わかったわ。これから救助作業に入るから、山と川の警戒を続けて」
『了解!』
睦海が操縦を始める。
三八式の右後部発射台に設置されていた四角い箱が展開し、重機の掘削用動力シャベルが現れた。左後部発射台に設置された砲塔からは瞬間接着弾を射出する。
水を多量に含んだ土砂は非常に重たく、かつ泥となっている為、シャベルなどで掬い上げるしかないが、石や木々も巻き込んでいる為、作業は決して効率的ではない。瞬間接着弾は接触した瞬間に接触箇所に浸透、凝固する。凝固した土砂は一つの塊となり、三八式のマニピュレーターで掴むと厚さ50センチ程度の大きな円盤状の板となり、一度に広範囲の土砂を効率良くどかすことができる。
睦海は管制の指示を受けながら三八式を操り、どんどん土砂はどかされていく。
「……っ!」
それは唐突に姿を現した。土砂をどかすと車のボンネットが見えた。
三八式はシャベルとマニピュレーターを巧みに使い、車周辺の土砂を撤去する。
「管制?」
『周囲の状況はモニタリングしています。お願いします』
「了解!」
睦海は管制へリスクの確認をすると、三八式の足場を整え、マニピュレーターでドアを車から引き剥がす。
そして、睦海は手早く三八式のコックピットから出る。素早い身のこなしで、3メートルはある三八式の胴体、脚部を降りていき、掘り起こされた車へと向かう。
「大丈夫ですか? 自衛隊です! 救助に来ました!」
「うぅ……はい」
「まだ動かないでください」
萎んだエアバックに囲まれて中年男性が一名運転席にいた。目立った外傷はないが、衝撃やエアバックの圧迫などもあったはずだ。反応はあるが、気を失っていた様子がある。
睦海は車から上空でホバリングするしらさぎに視線を移し、通信を入れる。
「曹長、生存者発見。一緒にお願いします」
『了解した3名降下する』
しらさぎから本多と、整備士、副操縦士がワイヤーで降下してきた。
それを確認した睦海は、救助そのものの成功率が高いことを確信し、笑顔で男性を励ました。
「今救助します。後一息ですよ」
「桐城小隊長! 以降は我々が引き継ぎさせていただきます」
10時間後。睦海の元に陸上自衛隊の部隊を率いる陸佐が来た。ここまでが即応特派の仕事だ。
事務的な申し送りと本多が中心となって行われた詳細な引き継ぎを終え、睦海達即応特派は撤収準備に入る。
「一尉、今朝の男性ですが、先程病院から避難所へ移動したそうです」
「良かった」
本多の報告を聞いて睦海が安堵を浮かべる。
もう一分隊も40分後には現場に入っており、道路啓開や別地域で発生した土砂災害の対応を行っていた。今回は大規模土石流の発生こそなかったものの、広域に渡って各地に被害が発生した。
人命救助や二次災害など被害拡大の阻止、道路啓開、そして何より全体の被災状況の把握といった初動対応が主となる即応特派は、数日以上の滞在を行わずに引き継ぎを行う場合がほとんどである。その規模、三八式の必要性によっても変わるが、それでも人命救助のデッドラインである72時間以上になることはない。
即応特派は現状睦海率いる一個小隊のみであり、本来ならば列島各地に分散する同じ災害時の即応部隊のFAST-Forceと同じ組織となればいいのだが、そもそも火器兵器使用の法的課題を解消する為に設置されたものだ。自衛隊の一組織ではあるものの自衛隊法とは別の法律、予算で動いている為、有事での即応性に対して平時の制約は多い。従って、即応特派は派遣任務中も含めて即応待機を想定している。
幸いにも整備、待機時間なしに全く異なる災派でハシゴをする事態は発生していないが、それも想定した速やかな引き継ぎが望ましいとされている。そして、同時多発的な場合は火器兵器使用の可能性のより高い方を優先することとなっている。
「今回の様な広域で群発する災害時はどうしてもマンパワーでウチは弱いわね」
この10時間で使用した資材を回収し、ケースに片付けながら睦海は隣で備品の確認をしている本多に呟いた。
本多は皺の寄った瞼から瞳を光らせる。
「一尉の想定は、やはり怪獣災害ですかな?」
「そう。他の部隊にはできない即時火器使用。ウチに属する三八式としらさぎのみに認められた唯一の先手を怪獣に打てる力。それが常に機能する体制を維持していること。地震だから、風水害だからといって、怪獣は待ってくれはしない。確実に救える目の前の一つの命とこれから失われる可能性のある百の命。……最悪の判断を迫られることを想定している必要は常にあるわ」
災害派遣中に怪獣災害があった場合、即応特派は速やかに怪獣への災派が要請される。勿論、現実的に考えて人命救助中に中断して出動することはないが、それを想定した体制は必要だ。
そして、その覚悟を睦海達は既にしている。それができる者達を睦海自身が集めた。
それは2039年の春のことだ。
「桐城二尉……いや、特尉とお呼びした方がよろしいですかな?」
小麦色に日焼けした肌とは対照的な白い歯を光らせた本多に睦海は首を振り、握手を交わした。
「いいえ、二尉とお呼び下さい。特尉というのは少し……いえ、かなり身に余る呼称ですので」
「ハハハ。ご謙遜を。二尉の実力でしたら、多少天狗となってもよろしいのですよ」
本多のこの言葉が彼なりの冗談だということは睦海も知っている。二人きりで彼とこのように改めて言葉を交わしたのは恐らく初めてではあるが、本多とは浅からぬ縁がある。この春までの彼の所属は睦海と同じく御殿場市駒門の機甲教導連隊であり、睦海が正式配属された2年前、最初に属した中隊で最古参の下士官で彼女をはじめとした新人士官達を育てた睦海にとって師に当たる存在であった。
そんな彼と二人きりで、しかも駐屯地でなく市ヶ谷の防衛省の一室で対話をするとは、睦海が予想できるはずもなかった。
オフィス用品として必要となりそうなデスクなどの備品は一通り揃えられている二十畳程度のこの部屋は、災害時特別派遣部隊準備室として本日から睦海に与えられたものだった。
そして、防衛省側が用意した睦海の補佐を行う下士官として対面を果たしたのが、本多であった。
「早速ですが、曹長。私が上から受けている指示は、来年度から正式に防衛省直下の部隊として運用できる状態に準備をしろというものです。防衛省直下なので、この部屋の様に市ヶ谷に本部は設置される予定ですが、三八式と現在開発中のしらさぎを駐屯させる拠点は練馬で現在調整中とのことです。既に曹長もご存知の通り、しらさぎは三八式をワイヤーによって空輸する目的の装備となります。広報が尽力していますが、地域の反対が強ければ立川や木更津を拠点となる可能性もあります」
「マム、了解であります。では我々は主に人選、具体的な運用計画の策定が目下の仕事ということですな」
「……曹長、その返事はご遠慮下さい。目に余るようでしたら、曹長でも罰を科します」
一瞬呆気に取られたが、それが彼の冗談なのだろう。連隊ではまずあり得ない発言である為、彼の方が今回の件に浮き足立っているのかもしれない。
睦海が苦笑も飲み込んで律する。すると、彼は満足そうに頷く。それを見て、自分が試されたと気づき、睦海は嘆息した。
「失礼致しました。……改めて、二尉。人員の大まかな配置などのイメージはありますかな?」
「三八式、しらさぎの一組を班、または分隊とし、それを4つ。私も三八式で出ますので、隊本部も実質的に一組として数えます。24時間毎日常時待機状態という事のローテ、整備や修理で一組は予備としつつ回すことを想定しています」
「なるほど。それですと、三交代制の二組が重なる形がいいと思います。欠員が一切許されない部隊であることを考慮すると、常に一組分は実機を持たない補佐、予備隊員というような位置付けが必要と思います」
「そうね。……経験や技能の育成という意味だけでなく、クールダウンとして定期的に正規のメンバーもその予備隊員として過ごすシステムにしましょう。そうなると、大凡の人数が決まりますね」
「はい。最低人員でも30人程度の小隊単位ですな。いや、実機の数を踏まえると最大でももう一つ予備の人員を配置するか否かといったところですね」
「私も同意見です。では、それで進めましょう。枠を決めるのは簡単ですが、そこに収まる人を決めるのは簡単なことではありません。特に、基本的には陸自からの選抜でよいとのことですが、陸自隷下の部隊ではないので、海空からを一切考慮していないというのもよろしくはないでしょうね」
「そうですな。……ただ、それは現時点で懸念する必要はないと思います。恐らく空海はしらさぎの搭乗員になります。我々が何もしなくても人事がすでに動いているものと思います。むしろ我々に選抜を一任しているのは、一尉が実際に直接指揮を取る都合と、要となる三八式の操縦の練度がまだ運用2年目では一尉以外に評価することができなかったのでしょう」
「つまり、私がその評価者となって選抜しろ。ということですね」
「はい。それと、僭越ながら一尉は2年前にレンジャーを修了しておりますね」
「あの時はご迷惑をおかけしました」
間髪入れずに睦海は本多に謝った。
初年の新人が、しかも機甲科の士官が、年度最初のレンジャーを希望し、決定した。当時は中隊内だけでなく、連隊全体で話題となった。
もっとも幹部は初めから睦海のことを知っていた為、やはりかという程度の反応であった。
「いえ、そういう意味での発言ではございません。一尉、昨今の世間を考えると申し上げにくいのですが、あえて申し上げますので、お許し下さい。一尉は若く美しい。今も自衛隊は男性の多い職場です。特に機甲科はその傾向が強いものの一つと思っています」
「気にしなくて構いません。曹長の言う通りです。多くの自衛官は私を広報のお飾りと考えているでしょうね」
「一尉の実力は皆が知っているので、多くではないと思いますが……。残念ながら潜在的に男尊女卑の思想を持つ者はいると思います。しかし、そういう者も従わせることが一尉には求められる。我が隊は恐らくそれ程に能力の高さを優先して選抜しないといけない敷居の高い部隊となることが予想されます」
「それは私も考えていたわ。三八式やしらさぎの操縦や災害現場での迅速な管制や判断が求められる上に、常時待機。いえ、常時即応待機状態を求められることが想定されます。レンジャーか空挺は最低でも一つは必要と基準を設けようと思っています。……そうですね。如何にレンジャーといっても、それが条件としたらば、他にも複数のき章を有する猛者が集まることは容易に想像できます。私が逆の立場であれば、そのような小娘の指揮に従いたくはありませんね」
睦海の言葉に本多は苦笑しながらも頷く。
「では、夏季に格闘、冬季にスキーと可能であれば冬季遊撃というのは如何でしょうか? 特に格闘は既に十分な実力を有しておりますので、早々の取得をお勧めします」
「……覚えてましたか」
「忘れる訳がありません」
機甲科とはいえ、四六時中戦車に乗っている訳ではない。むしろ基礎訓練などに加えて特車の操縦訓練などがあるという方が近い。
当然、格闘の訓練もある。いくつかの格闘術を行うが、ある時を境にクラヴマガの訓練は訓練と呼ばず、実戦想定と呼ばれるようになった。言わずもがな、一名の新人隊員が格闘き章を有する指導隊員を病院送りにしてしまったからだ。幸い指導者側が相手の実力を測らずに、恐らく多少の下心を持って行った過失が原因だと皆がすぐに察することのできる状況であったので、一切その新人は咎められなかった。ただ、それ以後、その隊員は陰で「ムツミン・セガール」と呼ばれるようになった。
「もとい、曹長のご意見は参考にします。冬季遊撃は流石に難しいと思いますが、いい考えだと思います。それに、各地の三八式を有する隊での訓練参加の相談をしたいと考えています」
「なるほど。それで直接操縦士達の実力を見るわけですね」
「それが今年の主目的となりますが、来年度以降も継続したいと思います」
「なるほど。お上が構想しているガンヘッド汎用運用化計画。確かGOGいうものですね」
「えぇ。三八式の換装パーツを変えて既存の一〇式や九〇式、九二式、九三式などの後継機として運用し、最終的には国外向けの輸出産業化しようというものです。全方位索敵システム四面楚歌の登場でステルス戦が消滅して以降、軍事や戦争は変わりましたから、その影響があってのことだとは思います。……そして、そのGOGの一環として短期教導訓練を行う。というのを狙っています」
「確かに。私も確認しましたが、予算と法の縛りで我が隊最大の課題となるのは平時の訓練ですね。それをGOGでクリアさせるということですね」
睦海は頷いた。
それから二人は今語った青写真を一つずつ具体化していき、プランとしてまとめ上げ、日本各地の駐屯地での訓練の参加、候補者の選抜を重ねた。
そして、一年後、睦海の元に本多を含めた32人が集まり、市ヶ谷に本部、練馬を拠点とした災害時即応特別派遣機甲部隊が正式に発足した。