Z -「G」own path-




 管制室に映る海上では、煙の中から現れたオメガが槍を力一杯ふり、陸地の家屋と木々が衝撃で吹き飛び、槍の先端に貫かれていたバハムートが吹き飛び、5キロ以上先の山の中へと落下し、森の木々を薙ぎ倒しながら転がっていく。
 シエルはそれを見て、「くっ!」と渋い顔をした。その場所の2キロ圏内にはポツンと立つ民家がある。先の要援護者世帯の家屋だ。
 ここへ着く前にみどりに確認をしてもらっていた。自衛隊は保護をしたものの、要援護者の精神状態を鑑みて、海から距離も離れていたことからその民家の側に自衛隊が待機し、在宅避難となったと聞かされた。勿論、オメガが上陸し、近づいてきた場合は強制的に避難をさせるだろうが、バハムートの自爆は想定外だ。対応が間に合うかわからない。
 一刻も早く自爆を解除しないとならない。
 そのために、シエルは目の前にいる劉を無力化する必要がある。

「シエル……?」
「ふっ!」
「! やはり、お前はアンドロイド?」

 シエルの回し蹴りを、掴まれていた右腕を振りきって回避する劉はシエルの正体に気がついた。

「またあの暴挙をっ!」
「違うわっ! 私の方が、貴方より先輩よっ!」

 シエルの突きを劉は受け流す。
 そして、カウンターの掌底突きを胸部に受けたシエルは受け身を取りながら距離を取る。

「やっぱりラグがある!」
「身体の反応が僅かに遅い……なるほど、それは人形か」
「凄いわね。よくお気づきで」
「当然だ。俺は本物を知っている!」

 劉は床を踏み込み、蹴り上げてくる。
 シエルも条件反射をトリガーに回し蹴りと掌底突きを繰り出す。
 回し蹴りは外すが、掌底突きは劉の上げた脚の急所を突き、バランスを崩した劉は倒れる。倒れ込んだ劉にシエルは正拳突きを垂直に落とすが、回避されて拳は床を凹ませる。

「っ! やるな! クラヴマガか」
「そっちの体術もなかなかやるわね」

 互いに気づいていた。シエルはラグによって僅かに反応が鈍い。そして、劉もかつての睦海のように脳を移植したのではなく、損傷した肉体にM-7を移植している為、生身の部分が機械についていっていない。生身相手の対人戦では全く気にならないハンディキャップだが、同じアンドロイド相手ではその差がはっきりと見える。技を受ける度に生身はその衝撃を受けている。そして、使う度にも、シエルの反応速度のラグを超える動きでは負荷がかかっていた。
 更に、対人戦経験の少ないシエルよりも訓練を積んでいる劉の方が当然技術面では上であった。しかし、シエルの強みは基本こそ習得したクラヴマガだが、その本質は圧倒的な実戦経験にある。劉も怪獣以外の実戦経験はほぼなく、実戦キャリアだけで見るとシエルの方がその積み上げられた経験は上であった。
 型にハマった動きはせず、攻撃を受けた際のカウンターにのみ訓練してきたクラヴマガの技を使い、攻めは徹底的に牽制に終始するシエル。
 対して、先手必勝の各種格闘技の技を組み合わせた劉の猛攻。
 持久戦であれば、守りの堅いシエルに優位があるが、彼女には時間がない。劉は持久戦とは自らの敗北に直結することだが、彼の勝利は自爆発動。即ち、時間を稼ぐこと。
 瞬が拳銃を構える。

「撃たないで! どうせ防がれる! それに、この人には私の拳じゃないと分からない!」
「いい気合いだっ! どこの所属だ?」

 劉のラッシュを両腕で防ぎ、カウンターで頭突きを劉に与える。

「がはっ!」

 鼻を折り、血を流す劉は一歩下がる。
 その隙を逃さずにシエルは劉の胸部に正拳突きをする。肋骨が折れる音が聞こえた。

「ごはっ!」
「急所が生身なのは失敗したわね! 私の所属は! 私立茂名久女子高等学校陸上部2年所属よ!」

 シエルは身をかがめ、足払いをして劉を転倒させる。

「ちっ!」

 劉は舌打ちをして、自分の腕を床に叩き、反動で体を起こす。口から血を吐いている。無理もない。肋骨を折っているにも関わらず、無茶苦茶なことをしているのだ。
 シエルは拳を構える。

「ふざけたことを」
「ふざけてないわ! 私は私の信じる道の為にここにいる。貴方は? 復讐だけの為に戦ったの?」
「揺さぶりは通用しない。俺は仲間の死を無駄にしない為にここにいるだけだ!」
「ふっ! やっぱり貴方は私に似ているわ。だから、その下らない復讐は私が、私達が終わらせる!」
「うぉーっ!」
「はぁーっ!」

 二人の拳が交差し、互いの頬にぶつかった。
 シエルの顔の表面がひび割れ、火花が起きる。
 しかし、生身の劉の頬は直撃したシエルの拳に奥歯を飛ばし、床に仰向けで倒れた。
 慌てて駆け寄る瞬が劉を確認する。

「気絶している」
「よかった……っ! すぐに自爆を止めないと!」

 シエルが管制装置に向かい、操作する。
 メインモニターにはオメガに唯一モスラが果敢に挑み、必死の抵抗をしている姿が見えた。
 このまま自爆したら、モスラも巻き添えにしてしまう。
 幸い自爆システムは劉の独断で組み込んだが、実装させたのはメカニック達なのでちゃんと自爆システムの解除もすぐに操作可能であった。
 自爆システムの確認ボタンが表示され、中止を選択する。

「自爆システム、停止しました」

 隊員が声を上げた。
 管制室に安堵の空気が流れる。

「待ってください! 4号機の自爆装着停止しません!」
「えっ!」
「落下の衝撃で機器が壊れた可能性が……」

 4号機は自爆システム起動後に陸に投げ飛ばされた機体だった。その可能性は高い。

「残り時間は?」
「恐らく、15分とないかと。すぐ、近くの自衛隊に連絡をして直接解除を!」
「えっ! 自衛隊との通信が上手く繋がらない」

 シエルはモニターを見る。モスラが鱗粉攻撃をしている。追い詰められている証拠だが、その鱗粉の影響で無線に乱れが生じているらしい。鱗粉は風に流されて市街地のある北へと流れている。

「うっ!」

 シエルの視界も一瞬乱れた。時間がない! 睦海は決断する。

「私が止めに行く! あとは任せました!」
「えっ! ちょっと!」

 シエルはそれだけ言い残すと、糸が切れたマリオネットのようにバタンとその場に倒れた。

『V-280が着艦!』
『四面楚歌、巨大な接近体を認識。ゴジラです!』
『オメガ、モスラと交戦中!』

 管制室の事態を知らないブリッジは戦況を伝える。
 正直、瞬には今更のゴジラ到着としか思えなかった。







「お母さん! 車出して!」

 ヘルメットを外すなり、睦海は叫んだ。
 その様子にレイモンドと茉莉子は驚くが、みどりはすぐに睦海に頷くと、コンテナ内の装置をそのままに扉だけレイモンドに閉めさせ、自身は運転席に乗り込む。
 睦海も助手席に乗り込む。

「二人はごめんなさい。そこの片付けをお願い!」
「は、はい」
「お母さん、出して!」
「わかったわよ!」

 トラックはすぐに発進し、駐車場から出る。
 残されたレイモンドと茉莉子は茫然としつつも、散らかった荷物を片付け始めた。

「次を左に! そのまま行けるところまで!」

 トラックはスカイラインへ繋がる道に入り、曲がりくねった坂道を昇り始める。

「助けないといけないの! このままじゃみんな死んじゃう!」
「……わかった。だけど、睦海。これ以上聞かないお母さんを絶対に後悔させないでね!」

 みどりが睦海の無茶を察して、聞けば止めざる得ないことを承知の上であえて何も聞かずにいることを睦海もわかった。
 だからこそ、絶対に自分は死ねない。そして、もう誰も死なせない。
 自分も、みどりも決して後悔しない選択。それは、自分が間に合えばいい。ただそれだけだ。
 睦海は羽織っていた上着を脱ぎ、スカートを脱ぐ。

「あんた、何してんの?」
「レギンス下に履いてるから」
「そういうことじゃ……」

 スカートが光の加減で透けてしまうので、レギンスを履いていた。レギンスとはいえ重ね着用の薄手生地の為、遠目だとタイツにも見えるようなものだ。みどりの言いたいこともわかる。
 しかし、睦海はファッションを今は一切気にせず、髪の毛もゴムでポニーテールにまとめた。

「工事中!」

 前方で工事中の看板が見え、手前に自衛隊の車両が止まっている。
 まだ上り坂は続いている。そして、距離も後2キロ半以上ある。
 しかし、睦海は助手席から飛び降りる。

「ここで待ってて!」

 睦海は着地すると、トラックから離れながら、手首と足首、足を簡単にほぐす。
 そして、時間を確認。推定では後10分はある。3000メートルよりは短いが、足場も悪い上り坂。正直、今の睦海の記録ではバハムートにたどり着く前にタイムリミットとなる可能性すらある。
 しかし、平坦な道なら、十分に間に合う距離だ。

「行ける!」

 睦海はザッ! と足を後ろに伸ばし、両手を地面に添え、頭を低くし、腰を上げる。
 彼女の中で最高のクラウチングフォームだ。
 もう一度、心の中で呟く。

(行ける!)

 そして、地面を蹴り、睦海はクラウチングスタートした。
 坂道を息を上げすぎないようにしつつ、昇る。

「はぁはぁはぁ……はっはっはっ……」

 いつの間にか青紫色に変わり始めた空が先に見える。
 時間は刻々と減っていく。
 しかし、不思議とこれまでよりもハードなコースであるはずなのに、彼女の足取りは軽く、辛くもない。
 極度の興奮状態なのかもしれない。
 それでも構わない。
 限界を超えて故障してしまうかもしれない。インターハイの目標が達成しないかもしれない。
 それでも構わない! 今、この瞬間の為に睦海は鍛えてきたとすら思えていた。
 ここで全力を出さなかったら、仮に命が助かっても一生後悔する。
 ここで走り切らなければ、自分を助けたもう一つの世界のみどりに、健に顔向けできない。そして、この世界に生きるみどり、健、みんなにも同じだ。

「はぁ……はぁ……はぁんっ!」

 昇りきった! あとは起伏の少ない道のりだ。残り5分!

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

 腕をしっかり振る。足を上げる。
 民家と自衛隊の姿が見えた。
 しかし、睦海はそれを一瞥し、そのまま前方に見えるバハムートの機体に向かう。まだ距離があるが、行ける!
 自衛隊が睦海の姿を見て慌てて何か声をかけながら追ってくるが、睦海は一切振り返らずに走り続ける。

「はっはっはっはっ……」

 息が上がり始めている。
 しかし、後ろからまだ声が聞こえる。

「うわぁぁぁあっ!」

 思わず叫んだ。
 足のギアが変わった。グングン声が遠ざかる。
 まるで足と体が別に動くように、どんどん加速し、目標に迫る。
 一瞬、クラッとする。
 まだ倒れちゃダメだ!
 気力だけで走る。

「はぁはぁはぁはぁっ!」

 そこから先は意識がはっきりと残っていない。
 睦海は朦朧とする意識にも関わらず、全力疾走を続け、バハムートにたどり着くと、胸部の空間に入り込むと、ケーブルを引きちぎった。

『エネルギー供給停止』
『システムダウン』
『機関停止』

 完全に気を失う直前、睦海はそんな機械音声を聞いた。





 

 気を失っている間、睦海は遠い遠い昔の記憶を思い出していた。
 そもそも睦海が災害に遭遇したのは健に助けられた怪獣が初めてではなかった。
 これは健もみどりもシエルだった睦海も知らない。この世界で生きていた睦海の記憶だ。
 それは健と出会う前。睦海は恐らく3歳くらいの事だ。その時、多分台風だったのだろう。周囲は暴風雨に見舞われ、家の雨戸は激しく音を立てており、幼い睦海は本当の親に泣きついていた。
 そして、家の周囲は一面ドス黒い濁った水でいっぱいになり、道と田畑の区別もつかない状態になった。多分、川が決壊したのだろう。流石の家族も不安な表情をしており、それによって睦海は恐怖を感じていた。
 しかし、そんな中、突然戸を叩く音が聞こえたのだ。睦海を抱き抱えた父親が戸を開くと、豪雨の中、ゴムボートに乗った自衛官がいた。彼らは力強く言った。

「自衛隊です! 救助に来ました! もう大丈夫です!」

 その瞬間、家族がホッとした笑みを溢し、睦海も安心した。そして、将来はあの人達のようになりたいと両親に話していたのだ。
 幼い記憶、そしてその時の記憶を上塗りする怪獣の恐怖と健の存在で今まで忘れていた。しかし、この記憶は睦海にとっての原点だった。
 シエルだった睦海だけではなかったのだ。この世界の睦海もただ健に助けられただけの女の子ではなく、その時既に誰かを救いたいという強い動機付けをもって自衛隊に憧れていたのだ。
 自分の中のモヤモヤが晴れ、真っ暗な闇の中を照らす一筋の光が見えた気がした。
 そしてそれはここまでの一連の自分自身の行動の理由でもあった。睦海はシエルだったから戦いを求めていたのではなかった。誰かを救うことのできる人になりたかったから、強くなりたいと願い、そして行動する原動力となっていたのだ。

「っ!」

 睦海は目を覚ました。
 意識を失ったのは数秒程度だったらしい。
 時刻を確認した睦海は呼吸を整えると、バハムートの中から出る。
 自爆は防いだが、油断はできない状態なので、早めに離れる必要はあるだろう。

「はぁ……ふふ、これは」

 思わず苦笑した。睦海のデバイスが記録した走った距離と時間、平均速度はどれも彼女の最高記録であった。正しく比較できるものではないが、3000メートル10分の壁を越えるどころか上位すら狙える記録であった。

カコゥゥゥゥンッ!

 モスラが彼女のいるバハムート手前に落下した。そして、木々の先にオメガの姿が見えた。既に上陸し、北上し始めている。
 睦海の場所も、すぐに危険になる。

「くっ!」

 無茶な走りをした反動だ。足が痛い。
 オメガはまだ離れているが、80メートルのオメガの移動速度ならすぐに来る。
 フラつきながら歩くが、やはり歩けない。

「……! この音……」

 上空に轟音が響く。それはバハムートの超音速飛行のものに見える。
 空を見回すと、機影が大きく旋回し、オメガに向かってくる。

「に、逃げなきゃ……」

 バハムートのソニックブームに巻き込まれたら命はない。
 睦海は足を引き摺りながら、必死に離れようとするが、とても逃げ切れない。

「アァアァァアァァァッ!」

 オメガも迫ってきている。最早絶体絶命だ。

「!」

 その時、上空で大きな音が立った。バハムートが高速移動中にパージしたのだ。バハムートはその速度のまま降下してくる。
 そして、バハムートから何か声が聞こえる。
 その声を聞いて、睦海は思わず口を抑えた。

「うぉぉぉぉ……睦海ぃぃぃぃ……っ!」
「グフォンッ!」

 聞き間違えるわけがない健の声だった。
 そして、七色にカラーリングされたバハムートはそのままのオメガに拳を炸裂させる。
 衝撃波が周囲を揺らした。
 高速で襲いかかってきたバハムート1号機、アイダの拳を受けたオメガは一気に後方に倒れる。
 更に半島西側の海から青白い光の筋が伸び、倒れたオメガを追撃する。

「グハァッ!」

 オメガが呻き声を上げた。
 それに対して海から聞こえた咆哮は、力強く、そして健の声と同じように睦海の胸をあつくさせ、涙が流れた。

ゴガァァァァァァァァァオオオンッ!

 水平線に一筋の光が伸びる。空が明るくなり、やってきた日の出を背にゴジラがその姿を現した。
 
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