Z -「G」own path-




 マリクの抱いた懸念は、当然将治と新城も考えていた。それでも彼らはこれが劉と彼らの共通の目的であるZの殲滅に至る最善手と考え、マリクに委ねた。彼ならばそのメッセージが伝わると信じたのだ。
 しかし、全ては劉がギリギリまでヤケを起こさないという前提にあり、かつギリギリのラインを超えた場合、劉は彼らの新たな強敵となる。
 彼らはみどりに連絡を入れた。この想定される状況に対応できるのは、部外者の睦海以外に考えつかなかった。

「……事情はわかったわ」
『使わずに済ませることを前提に考えていた備えに我々は頼るざる得ない。申し訳ない』

 みどりの隣で渦中の睦海も話を聞いていた。正直なところ、すべてが劉個人の動機によるものだとわかり、安心していた。
 将治と新城は断腸の思いで、きっと想定外の目的で睦海を頼ることを悔いながら話しているのだろうが、本人である睦海は全く逆の感情であった。M-7を体に移植した半機械の劉。怪獣への復讐心と仲間の無念の為に覇道を選んだ劉。それはシエルそのものと言っても過言ではない。健の有無、立場の違い、選んだ方法の違いはある。しかし、それはただの環境の違いにすぎない。本質的な動機そのものは、シエルと同じだ。

『シエルはコンテナの中にある』

 昨年の実験後にシエルの体はG対策センターが保管研究の為に持ち帰った。M-7で叶わなかったレプリカントの成功データを得られたのだから、当然と言える。それを今回、みどり達は初めから知っていた様だが、万が一の窮地を脱する為の備えとして極秘で持ち出されたらしい。Zの脅威に晒される可能性が高い場所に関係者とはいえ民間人の睦海を送り出せたのは、シエルという睦海専用の切り札があってのことだったのだろうと考えられる。
 もっとも、彼らの口ぶりからその切り札をZでなく人間相手に使用するこの事態は全く想定外であった為、ここまで苦しい表情をしているのだろう。
 しかし、睦海にとっては先の通り、真逆だった。怪獣を相手にするなら再びシエルに戻るだけであり、正直なところ、結局自分は桐城睦海には成れず、シエル・シスなのだと思ったことだろう。だが、相手にするのはもう一人のシエルとも言えるような劉だ。睦海がシエルとして対峙する以外に彼と対峙するべき相手は存在しないと思った。

「わかった。設定や起動はお母さんだけでもできる?」
『元々睦海に設定を合わせているから補助なしでも大丈夫なくらいだ』
「いいわ。……お母さん、行こう!」

 念の為、通話は接続させたままにし、歩きながら浮かんだ疑問を投げかける。

「そういえば、どうやって項羽へ移動するの? ここから20キロは離れた海の上だよ?」
『それは問題ない。必要ならそっちにいる加納レイモンドさんに頼むといい。専門技師ではないが、基本的な装着は実験や展示会で見たはずだ』

 言われるがまま、睦海は体育館で避難しているレイモンドに連絡した。
 トラックに到着すると、既にレイモンドと茉莉子が待機していた。

「手伝います」

 みどりとレイモンドがコンテナの扉を開ける。中にある緩衝材と固定器具を外すと、三つの機械が姿を表した。
 一つは睦海がよく知るシエル。一応の配慮なのか、上下黒ではあるが、シャツとレギンスを履いている。しかし、非常に体のラインがくっきりと現れており、レイモンドが一瞬シエルを見つめていた。
 もう一つはハーフヘルメットとシエルにそれぞれケーブルで繋がった装置。恐らく、このヘルメットを被って意識情報を送るのだろう。
 そして最後は折り畳まれた翼竜ロボットだった。これに似た物を21年前の弥彦村で睦海は見た。

「BABY……そうか。直接接続すれば思考操作が可能か」
『その通り。元々本体の基礎設計は翼の父、青木一馬氏によるものだが、これはCIEL社が商品化を目指して開発してる試作品の一つで、G対に試供されていたものだ』
「わかりました。睦海さん、マリちゃん。コレをシエルの背中に背負わせるのを手伝って。配線と起動はたぶん、僕一人でもできるから」
「わかったわ」

 そして、みどりは将治の指示通りに装置の準備を整える。
 4人で行った作業はすぐに終わった。
 睦海はコンテナの中に入り、床に腰を下ろすとヘルメットを被った。

「じゃあ、繋げるね」
『睦海、改めて説明するけど、今回の装置は意識や記憶、人格データのコピーができるようなものではない。あくまで既存のデータに接続する為の最低限の情報しかやり取りできない。だから、前みたいにシエルになって動くというよりも、シエルをアバターとして遠隔操作する感覚に近い』
「わかったわ」

 レイモンド曰く、この技術を民間導入すればフルダイブVRデバイスが完成するだろうとのことだった。
 どれほどの差があるか不安はあったが、睦海は迷わず接続した。

ーLINK START

 一瞬視界が揺らぎ、目眩の様な感覚を覚える。
 そして、目を開くとヘルメットを被って座る自分の姿が見えた。成功だ。

「……確かに、前とは違う。画質や音質も悪くないけど、それを感覚で捉えている感じとは違うわね。シエルに入って操縦しているって感じだわ」

 シエルは立ち上がって、自分の手足を動かす。気になる程ではないが、僅かばかりラグを感じる。

「睦海さん、BABYを展開してください。イメージは翼を広げて飛ぶ姿です」
「わかった」

 シエルはコンテナから降りると、ARデバイスのモノクルタイプのデバイスを取り付ける。戦闘力の測定はできないが、これもシエルと直接接続されており、視覚情報の補助をしてくれる。
 準備を整えると、シエルはレイモンドに言われたイメージを持つ。

「行くよ、BABY!」

 背中で起動音が聞こえ、翼竜型翼が展開され、そして体が飛翔した。

「きゃっ!」

 それは翼竜のハンググライダーのような飛行とは異なるものであった。むしろアニメのスーパーロボットの飛行する姿に近い。そして、その操縦は驚く程に簡単だった。複雑なことは何もない。ただ、どちらに飛びたいかを考えるだけでいい。それはまさに未来の国からはるばるとやって来たロボットのひみつ道具そのものだった。
 あえて聞かずとも睦海は理解した。これはM-LINKシステムだ。シエルがBABYの操縦ユニットの役割を担っているのだ。

「よし! 項羽へ行くよ!」

 ARデバイスが項羽の位置を表示する。戦闘宙域を突っ切るのは危険なので、迂回して飛行することにする。
 そして、シエルは地上20メートルの空を時速30キロ程度の速度で飛んで行った。




――――――――――――――――――
――――――――――――――


 
 

 管制室に入った瞬は、戦闘に劉が集中している隙に部屋の壁際で待機した。
 他の隊員は何故副艦長の瞬が無言で待機しているのか疑問に感じている様だが、しばらく全く動かずに立つ様子と戦況の変化に対応する為にすぐ瞬を視界から外した。瞬の直属の部下達だと恐らく態々起立して敬礼をしてくるところだが、任務最優先を徹底的に鍛え抜かれた精鋭の彼らにとって、瞬は上官の前に自分達の聖域にいる部外者なのだ。
 ありがたいことに劉は誰かが入室していることにこそ気づいた可能性は高いが、それが瞬と気づくこともなく、また確認する素振りもなかった。

「3号機、ベータとイオタの触手に捕まりました」
「5号機が援護する!」

 海中から現れたタコ腕2体に強襲型バハムート3号機の両手両脚が囚われる。
 そこをすかさず5号機がメーカーブレードで斬りつけ、腕を斬り落とす。
 更に緑色のモスラが額から光線攻撃を行い、イオタが爆発四散する。

「イオタ消滅」

 確実に敵の数は削れている。
 再生能力は侮れないが、モスラの加勢以降、火力が明らかに上がり、戦闘に持ち込めは駆逐できる状況が続いている。
 だが、明らかに相手の動きが変化していた。抵抗でも攻勢でも護りでもない。無茶な特攻といえる攻撃を行う個体が増えている。
 お陰で海中の敵はタコ腕一体、同じ20メートルクラスのカニ腕が一体、鱗の巨人が3体、サメが2体まで減少し、魚群も壊滅または他のZ寄生体に吸収されて消えている。陸上のカイを合わせても8体となり、勝機は見えている。

「ブリッジより! 海中の7体に異常を確認! 一斉に融合しています!」
「ちっ! バハムートを下げる!」
「2号機間に合いません!」

 突如海面から先程までよりも太く、大きいタコの触手が現れ、バハムート2号機が絡め取られる。更に同じ太さのカニの爪が現れ、バハムート2号機の脚部が切断された。
 そして、メキメキと圧迫されたバハムート2号機は機能を停止し、砲弾投げの様に陸に向かって投げ飛ばされた。空中でバラバラに分解されたバハムート2号機は海岸近くの岩場に激突した。
 海中から現れたそれは60メートルと最大で、カニ腕と翅付きとタコ腕の特徴を持っていた。全身は深緑色の鱗と体毛に覆われ、胸部と背部、頭部は甲殻に守られ、右腕はカニ腕、左腕はタコ腕、背中からは巨大な翅を生やしている。まさに敵のボスといえる存在であった。
 先程までは十分に対抗可能な大きさであったバハムートもそのサイズは子どもと大人以上の差がある。
 瞬は劉の動きに注視する。彼が敵に勝ち目がないと判断したら、自爆装置を起動させる可能性が高い。
 しかし、劉は諦めていなかった。

「三機のフォーメーションで敵を撹乱させる! 大きくなっても急所は同じだ!」

 そして、劉はマリクに通信を繋ぐ。

「艦長! ミサイルと魚群をありったけぶち込んで下さい! 的が大きく一つになってくれました! 一気に蹴りをつけます!」
『わかった!』

 劉が興奮しているのが、瞬にも感じ取れた。口調も先程とは違う。それは自らの手でZを滅ぼすという鬼気迫る執念のようなものを感じた。




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 一方、足摺岬の海岸にはバラバラになったZ寄生体の残骸が漂着していた。既にそれらに寄生していたZは生存ができず、死滅していた。
 だが、それはあくまでもZ単体での話だ。
 大きなイタチザメ型Z寄生体の3メートル近い大きなヒレが海岸に打ち上げられていた。そのヒレは動き出し、中から男が這い出てきた。それは達也であった。
 しかし、その容姿は腐敗によって朽ちた屍人の姿とは異なっていた。頭部は正気のない土気色で口角が裂け、瞳も白濁しているものの、首から下は生前の引き締まったシルエットを維持しており、その全身を黒光りするレザータイツを着用しているように見えた。
 達也は周囲を見回し、自らの手や体を確認する。これまでのぎこちなさがなく、指も滑らかに動く。
 喉に手を添え、発声する。

「アーアーアー……」

 掠れているものの力強い声が出た。
 達也は海岸から陸に上がり、道路へと移動した。

「まだいたのか!」

 道路へと出た達也にライトが向けられる。見回りをしていた隊員であった。彼はライトの付いたメーサーライフルを構え、達也に向ける。

「マテ」
「! 人間か!」
「ソウダ、タスケテクレ」
「すみませんでした。よくご無事で……ぐっ!」

 隊員が油断した瞬間、達也は右ストレートパンチをするように体を動かすと、右手は触手のように真っ直ぐ伸び、隊員の喉を貫いた。
 ドサッ! と音を立てて倒れた死体に近づくと、達也は寄生するのではなく、両手で頭部を握った。そして、真っ黒の手の表面が波打つと、掌から鮫の歯が現れ、一瞬にして頭部を潰し、掌が一飲みにした。

「……ン?」

 頭部を両手で食べた達也は死体の持つメーサーライフルを取り上げ、それを構え、引き金を引く。メーサー光線が放たれたのを確認し、達也は無言でカイのいる方角へと歩き始めた。
 達也に寄生したZが変異体だったのか、達也に寄生したことで変異したのかは定かではない。しかし、達也のZ寄生体だけが人間の知能と言語という能力を発揮することができ、それは達也の細胞と完全に一体化した。そして、サメ型Z寄生体の中で作り直されたその体は宿主と寄生の関係でなく、一つの存在になった。完全に達也はZと一体化した今は、死体を操るようなぎこちなさもなく、まるで深夜の散歩をするような足取りでメーサーライフルを右手に歩く。
 達也は海で戦闘をするプシーに視線を向けた。現在、彼とプシーは思念で繋がっていた。

アガァァァアアァァァ!

 プシーは咆哮を上げ、タコ腕とカニ挟みで牽制し、背中の翅を羽ばたかせると海面から空中に飛翔した。

カクゥゥゥゥン!

 緑色のモスラの光線が放たれるが、プシーはそれをカニ爪で受け、閃光が迸る。煙をあげる爪だが、直ぐに再生をする。
 しかし、その隙をついて、バハムートが三方向別々から同時に攻撃を仕掛け、プシーを海に墜落させる。
 直後項羽から放たれた各種ミサイルと魚雷がプシーに襲いかかる。

アガァァァ・・・

「………」

 プシーは再生を始めているが、既にモスラの攻撃と項羽の魚雷が発射されており、再生速度を攻撃が上回っていた。直ぐの決着はできないものの、プシーが敗れるのは時間の問題であった。
 達也は無言で海から視線を戻し、カイへと歩いて行く。


 

 

 カイはバハムート6号機と陸上部隊との戦いを繰り広げながら、西へと進んでおり、出現場所から1キロ程進んだスカイラインの出口と県道の接続付近にまで移動していた。
 経過時間を考えると十分に足止めできているものの、既に陸上部隊からの攻撃は止まっており、バハムート単独の戦闘が中心になっていた。
 陸上部隊の多くが海岸線に並べられ、自動遠隔操縦によるプシーへの援護攻撃に切り替えられており、カイはプシー駆逐後に一斉攻撃で消滅させる方針となっていた。
 事実、カイはバハムート一機で十分に対処できており、進行事態はメーサー戦車によって牽制することができていた。

「プシーはそろそろ倒せる。この気持ち悪い肉塊だけになれば、一斉攻撃で終わりだ」
「我々はここを守るだけですね!」
「そうだ」

 メーサー戦車より30メートル距離を取って装甲車に乗る隊員が操縦桿を操作しながら話す。彼らがカイを牽制するメーサー戦車の遠隔操縦を行っていた。
 今もカイに対してバハムート6号機が、メーサーブレードで斬りつけ、その肉を焼き、削ぎ落とす。破壊する度に再生をするカイだが、再生をしている間、動きがそれだけ鈍くなる。
 そして、一定以上回復速度が上回ってきたら、メーサー戦車が攻撃し、ダメージを増やす。

「単純な繰り返しだが、有効な作戦だ」

 しみじみと隊員が呟く。
 その時、運転席で「なんだ?」と声が聞こえた。彼らは一瞬視線を運転席に向けた。
 刹那、目の前の運転席でメーサーの閃光が迸り、破裂、爆発した。

「うわっ!」
「なんだ!」

 車両の後部に転がる。計器類も破損して煙が上がっている。
 カタンカタンと装甲車に昇る音が聞こえ、煙の先に人影が見える。その手にはメーサーライフルが握られていた。

「何だ?」
「……え? いや、嘘だ!」
「撃つな!」

 煙の先から見えたそれは白濁した瞳をした全身黒い男がメーサーライフルをチャージする姿であった。
 男は口が耳近くまで裂け、喉の奥から声が聞こえてきた。

「ニンゲン、イラナイ」

 メーサーライフルにチャージ完了のサインが表示される。

「「うわぁー….…」」

 メーサー戦車は動きを止め、再び回復速度が上回ってきたものの一切援護攻撃がなくなった。
 代わりにメーサー戦車の横をメーサーライフルを片手で持つ男が過ぎていき、カイでなく、その後ろに立つバハムートの頭部に射撃する。
 バハムートは破壊こそされないものの、突然のメーサー攻撃に対応できず、メインカメラの映像が不調になる。それによりバハムートの攻撃の手が止まっている間にその男はメーサーライフルを投げ捨て、カイの前に立つ。
 メインカメラが復旧すると、男はカイに手を添えていた。
 そして、男の掌の中にその10メートルの肉塊は吸い込まれ、瞬く間にその姿を消滅させた。
 男は全身タイツの様な黒色の表面が小刻み波立ち、そして足先から波紋が広がり、腰、胸、首へと上がり、顔も包み込まれた。まるで真っ黒のペンキを塗ったマネキンのような姿で、鼻や耳、髪といった起伏もない顔だが、のっぺらぼうでなく大きく丸々とし、白濁した瞳が二つ。それは焦点のわからないただ白い丸が黒い輪郭の中にあるだけの不気味なものであった。
 そして、夜空に浮かぶ三日月のように細く、そして長い口が開き、カタカタと喉の奥底から笑い声を上げた。

「ソレ、ヨコセ」

 バハムート6号機の持つメーサーブレードを指差して言うと、一歩“ソレ”は前に踏み出した。その足が地面に踏み込まれると、アスファルトは新雪のようにズボッと足が沈み、飛び上がるとアスファルトは畳一畳程が剥がれ、後方に蹴り飛ばされてメーサー戦車の上に倒れた。メーサー砲がアスファルトに押し潰されて、バチバチと火花を飛ばしている一方で、飛び上がった“ソレ”は体重を乗せた空中回し蹴りをメーサーブレードの持つバハムート6号機の右手首関節部に当てる。回された足は鞭の如く遠心力に従って伸び、体の数倍以上になった。

バキッ! メキッ!

 火花を上げ、バハムートの手首関節が叩き潰されて、ケーブルも引きちぎれた。
 “ソレ”が地面にドスンと周囲のアスファルトを破壊してクレーターを作ると、同時にメーサーブレードを持つ右手は地面に落下していた。
 バハムートは飛翔し、距離を取ろうとするが、“ソレ”は上半身を振り、右手を広げて掴み掛かろうとする。この段階で既に数メートルはバハムートと離れており、到底届くことも掌の大きさから考えても届くはずはなかった。
 しかし、まるで遠近感が狂ったかの如く、掌はバハムートに近きながら大きくなり、同時に地上にいる“ソレ”も巨大化する。
 否、これまでの“ソレ”が異常なまでに小さかったのだ。溜め込んだ質量と体積のバランスが合わず、あまりに密度の高い物体が動いていた為に動く度にその弊害が生じていたのだった。
 本来の“ソレ”の大きさは取り込んだカイに相当するべきであり、液体のように流動していたカイと人型の“ソレ”で比較すれば当然、“ソレ”は更に大きくなるのが理である。
 ギシッ! と鈍い音を上げてバハムートの右足は“ソレ”の右手に掴まれていた。
 既に“ソレ”とバハムートの大きさに差はなくなっていた。18メートルのバハムートの足を掴んだ“ソレ”はそのまま大きく体を下げ、バハムートを地面に叩きつける。バハムートは家屋の上に落下し、土煙が上がった。
 そして、“ソレ”は地面に落ちたメーサーブレードを掴む。既に電力供給がないメーサーブレードはただのブレードであるが、得物としては十分であった。

「ニガサナイ」

 右手に持ったブレードを地面にズルズルと引き摺り、そのまま地面を踏み込む。一歩、二歩、三歩。最後の踏み込みで跳躍した“ソレ”はブレードを空中で構え、倒れたバハムートに飛びかかった。





 

「バハムート6号機、反応消滅。……オメガ、海に向かって移動します!」

 管制室で隊員が声を上げた。
 カイを取り込み、突如巨大化した真っ黒な人型の怪物はオメガと呼称されていた。
 オメガは6号機を破壊した後、左手で破壊した6号機を引き摺りながら海に向かう。
 一方でプシーはモスラとバハムート、項羽の攻撃を受け、全身がボロボロになりつつも、オメガに導かれるように一心不乱に陸を目指して移動していた。
 それは自身の再生や総攻撃をまともに受け、カニの腕とタコの腕を吹き飛ばされ、更に背中の翅を飛翔中にモスラが光線攻撃を受けて四散し、そのまま海面へ向かって落ちるが、海面を転がりながら着水し、両腕からタコやカニの腕ではなく、サメのヒレを生やし、オメガのいる陸地を目指して泳ぐ。

アァァァァァアアァァアアアッ!

「ッ! オメガに近づけるなっ!」

 何をしようとしているのかはわからないが、直感的に誰もがオメガとプシーを接触させてはいけないことに気づく。
 バハムート3機、そして項羽と陸上部隊の一斉攻撃がプシーに襲いかかる。
 背中の殻も吹き飛び、氷結とフルメタルミサイルの猛攻、メーサー光線の連続照射を受け、プシーは体のほとんどを砕かれようと、全く止まる気配はなく、陸地へ迫る。

『全弾発射! 全力でプシーの動きを止める!』

 マリクの声が艦内に響いた。
 そして、項羽からありったけのミサイルと魚雷が放たれる。項羽とプシーの間に無数の筋雲が伸び、更に海岸線からも陸上部隊からの一斉砲撃がプシーへ放たれた。

「ハァアァアアアァァァッ!」

 刹那、プシーの直上でミサイルと砲撃は何かに阻まれ、爆発した。

「なっ……」
「まさか……」

 映像を見ていた者は皆、言葉を失った。
 陸地にいたオメガが両腕で力一杯奮い投げたのは自身とほぼ同じ大きさの6号機であり、それは空を切り、衝撃波で陸地の木々を吹き飛ばしてプシーの直上に投げ飛ばされたのだ。
 しかし、魚雷攻撃を受けたプシーは陸地手前で失速し、停止した。

「マッテイロ……フンッ!」

 オメガは地面を踏み込むと、3段跳びをし、海岸から飛び上がると真っ直ぐプシー目掛けて飛び込んだ。

「オメガ! プシーに接触!」

 刹那、プシーの60メートルに及ぶ巨体が消滅し、海面が渦を巻く。

「オメガ、巨大化します!」

 残されたオメガは巨大化しながら、右手の人差し指と中指を立ててモスラに向かって振った。

カコゥゥゥゥンッ!

 モスラはオメガから放たれた何かに吹き飛ばされて海中に墜落した。
 モスラの羽にはブレードが突き刺さっている。

「ま、まさか。ブレードを投げたのか……」
「………」

 瞬はその圧倒的な光景に茫然と呟く。
 劉もあまりのことに絶句していた。

「オメガ、全高……80メートル」
「質量から……すべてのZがオメガに吸収されたものと推測されます」

 一体にまとまって、確かにアンデットの増殖と比べるとわかりやすい構図となった。
 だが、誰一人として、モスラよりも巨大になったオメガに勝てる気がしなかった。
 そして、オメガは海底を漁り、ゆっくりと掬い上げたのは、パージされたバハムート高機動型外装であった。超音速飛行に対応する為のデザインである40メートルのそれは80メートルの体を持つオメガにとっては、まさに槍そのものであった。

「アァアァアアアアアアァァァッ!」

 メタルブラックに輝くその槍を天に掲げ咆哮したオメガに残されたバハムートと項羽の戦力はあまりにも少なかった。

「….…っ! バハムート、フォーメーション! 艦長! 今すぐ、高機動型外装を射出してくれ!」
『無茶だ! パージは艦外で行えるが、換装は格納庫でないと行えない!』
「だったら、今すぐアイダに高機動型外装を! アイツに強襲型では対応できない! 一刻も早く! ヤツはここで討つ!」
『劉、落ち着け! 今すぐアイダに高機動型外装を換装させる! お前はバハムート3機とオメガの上陸を死守しろ!』

 そう。バハムート高機動型外装をアイダに装着させても、人のいる陸地への上陸、それも民間人のいる北部へと向かわせてしまったら、その超音速飛行は使用できない。
 これまでのアンデットと異なり、漆黒の体に白の目、三日月の口を持つオメガはその異様な外見と共に機動力がまるで違った。動く死体や知能を持つという次元ではない。紛れもなくその驚異的な身体能力は過去の怪獣をも上回るレベルであった。

『全弾発射! 残弾気にするな! ありったけ撃て!』
「バハムート! メーサー撃てぇ!」
「地上からの援護砲撃開始!」

 再度放たれた一斉攻撃は、先の比ではない。残弾を気にせずすべてをこの攻撃に集中させた。
 そして、オメガの周囲は様々な種類の爆撃によって視界が不良になる。

『四面楚歌より! オメガ、損傷多数!』
『撃てーっ!』
「うぉおぉぉぉぉぉっ!」

 普段の冷静さは微塵もない。劉は鬼の形相で、3機のバハムートに攻撃を続けさせる。
 最早カメラによる映像は真っ白い煙で視界はゼロだ。だが、それでもすべての計器が、四面楚歌が、そこにいるオメガの存在を示す。

『陸上部隊の残弾が尽きました!』
『オメガ、損傷50パーセント! 健在!』
『項羽、ミサイル打ち尽くします!』
『オメガ、尚も健在! 動きます!』

 白い煙の中から巨大な黒い掌が現れ、バハムートのカメラがある頭部が握り潰される。

「バハムート5号機、損傷重大! 機能低下!」
「まだだっ!」

 劉が叫ぶ。

『項羽、最後の魚雷を一斉に射出!』
『……オメガが、飛び上がります!』
『魚雷命中せず!』

 4号機のカメラに高機動型外装の槍が煙の中から現れ、バハムートの胴体に突き刺さる。

「4号機! 機能停止!」

 隊員の悲痛な叫びが管制室に響いた。
 誰もが感じていた。絶望感を。敵の圧倒的な暴力を。

「3号機がある!」

 劉は諦めていないが、オメガはその3号機に向かって走り、右手に握る5号機を叩きつけた。
 同時に3号機のカメラ映像も消えた。

「……3号機、破壊。バハムート、全機戦闘不能」

 一瞬にして静まり返った管制室で、隊員の声だけが響いた。
 その場の誰もが声を上げられなかった。あるのは、絶望だけだった。
 ブリッジからの音声だけはまだ届いていた。

『オメガ、損傷を回復しています。あと10分程度で完全に再生します』

 劉も管制装置の中で立ち尽くしていた。

「………」

 瞬はゆっくりと壁から離れ、劉の背後に立ち、腰から拳銃を抜き取った。

「……艦長」

 劉はマリクに話しかける。まだ瞬に気づいていない。

『なんだ?』
「艦長に無断でバハムートに自爆装置を取り付けました。今ならその爆発で……」

 不意に劉は後ろを振り返り、拳銃を構える瞬に気が付いた。
 そして、劉は一瞬、苦笑混じりの嘆息をした。

「あぁ、ご存知でしたか。なら、許可は取りません!」
「やめろ!」

 瞬は発砲した。
 しかし、響いた音は銃声と金属音だけだった。
 劉は掌をかざし、銃弾をその金属の手で受け止めていた。
 そして、もう一方の手で自爆システムの開始ボタンを押した。

「もう遅い。エネルギーの充填は開始した。……ちっ! 思ったよりチャージに時間がかかるな。まぁいい。副艦長、貴方では俺を止められない」

 そういう劉の顔は、勝者の者でも、悪人の者でもなかった。敗北し、苦渋の決断をした悲痛の顔であった。

「……なんで、そんな顔して言うんだ!」

 瞬は劉の頭部に銃の狙いを定める。

「まだ死ねないんです!」

 劉が左手を顔の前に当てて、瞬に向かって走り、右手の拳を構える。
 瞬は発砲するが、劉の左手に弾は防がれた。

「っ!」
「………誰だ?」

 劉の拳は瞬の手前で止まっていた。
 その右腕は、白銀の髪の少女の手によって掴まれていた。
 劉の問いに、彼女は口角を上げて答えた。

「シエル……シエル・シスよ!」
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