Z -「G」own path-




 新潟県弥彦村にある桐城家は、夜が更けてきたもののまだ煌々と明かりが灯っていた。

「大翔、寝たわ」

 健の妹である青木美歌が客間の襖を閉じて、居間にいる夫の青木翼と母の桐城和美に告げた。

「今日は粘ったね」
「よっぽどお爺ちゃんに遊んで欲しかったみたい」
「あらあら。悪いお爺ちゃんだこと」

 和美はニコニコと笑って言う。
 その言葉を聞いて、美歌は苦笑する。

「それだけ? 昔行方不明になった時もそうだけどさ」
「だって、研護さん。睦海ちゃんにプレゼントを買いに行くからって言ってたし」
「いやいや、それで丸3日音信不通になって平気なの?」
「今回は藤戸さんと一緒みたいだし。きっとお爺ちゃん同士仲良くやっているのよ」
「う、うん。……だから余計に心配なんだけど」

 最後はソファに腰を下ろし、隣に座る翼だけに聞こえる声で言った。
 翼も曖昧な笑みを浮かべ他ないが、何となく心配はしていなかった。
 それよりも、ここにいる面々の知らないところでまた健達が何か大事件に関わっているのだと言うことは気づいていた。
 美歌に気づかれると、きっとまた色々と心配をするだろうと思い、こっそりと携帯で調べていた。そして、ゴジラが太平洋を移動しているニュースを発見して、テレビでなく大翔の好きな怪獣映画を再生し、二人に気づかれないようにしていた。

「お母さんと美歌もそろそろお休みされた方がいいと思いますよ。大翔が遊びに来て疲れたでしょう? 明日も大翔が学校だから朝も早いし」
「あらあら。私はまだ元気よ」
「別にそこで若さアピールいらないから。……でも、まだ眠くはないのよね。ちょっとテレビでも見ようかな。昨日から全然ニュースも見てないし」
「あっと! そうだ、さっき大翔の見てた映画の新作も持ってきたんだ! ハリウッド版で、凄い人気みたいだよ」

 翼が慌てて、カバンからディスクを出すのを見て、美歌の表情が変わる。

「あなた。……何か隠しているでしょ?」
「あ、いやぁ……」
「ニュース、携帯だって見れるのよ」

 そう言って、携帯を操作すると、美歌の目がどんどん大きくなる。

「なっ! ゴジラ、日本に来てるって! なら、お兄ちゃんも今大変なんじゃないの! ……それに、怪獣? あなた、知ってたわね?」
「はい」
「それ、知られたくなくて隠してたでしょ?」
「はい。その通りです」
「あらあら。すっかり美歌も大黒様ね」
「いやいや、それを言うなら大黒柱だし、我が家の大黒柱は翼さんだから。お母さん、ここで変なボケを言うのはやめてよ。力抜けるから」
「あ、ごめんなさい」

 和美の変わらぬ天然っぷりに怒る気力が削がれたらしく、美歌はテレビを付けてニュース番組に切り替える。翼も今更止めない。
 ニュースはスポーツの報道をしていたが、テロップで高知県土佐清水市内の避難情報が流れていた。どうやら怪獣は複数現れており、人型らしい。
 翼が見たSNSの記事ではアンデットやゾンビというゲームの宣伝の様な内容も書かれていた。どうにもこれまでの怪獣とは毛色の違う存在らしい。
 みどりにもメッセージを送ったが、詳細は伝えられないとの回答で、妙な怪しさがあった。翼の予想では、最近睦海が色々と悩んでいるらしく、美歌にもみどりから相談を持ちかけられていたらしいので、健だけでなく睦海、そしてみどりも渦中にいると考えている。
 そして、研護までもが拓也と共に姿を消しており、睦海の名前を理由に出したのは拓也と共に行動する為の方便だろうが、嘘から出た誠という可能性は高いように思う。
 いっそのこと将治に連絡をすれば、事情の全てが明らかになるのだろうが、知ってしまえば必要のない心配を二人にさせてしまう気がしてそれはできなかった。
 そんな事を考えながら、翼が和美に出されたビールを受け取り、喉を潤していると、和美の携帯が鳴った。

「あら、研護さんからだわ」
「えっ! お父さん!」
「はい、和美です」
「お母さん、スピーカーにして!」
「はいはい。ごめんなさい、美歌達が来ているのよ」
『あぁ、そうだったのか。それじゃあ、心配かけちまったな』
「本当よ! お父さん、今どこなの?」
『大阪だ! 久しぶりのスクープ……じゃなくて、ビックなプレゼントを買いに藤戸さんと来ててな』
「いや、それが嘘ってのはもうわかってるから!」
「美歌、お父さんに怒らないの! めっ!」
「えぇー! 私が怒られるの?」
『ハハハ、皆元気そうだな。もうすぐ用事が終わるから、明日には家に帰るよ』
「はーい。じゃあ、美味しい物をたーくさん作っておくわね」
『あぁ! 楽しみにしておく!』

 そして、通話は終了した。

「兄さんと言い、お父さんといい、どうしてウチの男共はこう自由なのかなぁ! ね! 翼さん、ね!」
「僕に何と言えと?」

 矛先がどこにも向けられない美歌に八つ当たりされる翼は笑ってその場を凌ぐしかなかった。




 

「もう大丈夫ですか?」

 家族との電話を終えた桐城研護に話しかけたのは藤戸拓也だった。白くなった頭髪と無精髭を生やし、皮膚が下がったことで少し痩せた印象であり、グレーのハンチング帽に黒レザー生地のベストとズボンを着た年相応のその風体は、殆どの人は隠居生活を送るチョイ悪系の高齢者の一人にしか見えないことだろう。しかし、見る者が見れば彼の肉体が鍛え続けられた今尚現役のものだと察する。
 研護もまたその一人であり、ジャーナリストとして多くの人間を様々な状況で見てきた為、拓也が様々な死線を掻い潜り、そして今もその中で生きていることを感じ取っていた。
 そんな研護も拓也よりも若いとはいえ、既に60代であり、本来ならば相応の衰えが肉体に現れているはずであるが、拓也とはまた異なった筋肉美を維持しており、Vネックシャツから覗く胸筋と重ね着したデニムシャツの捲った袖から現れた太い上腕二頭筋がそれを物語っている。
 いずれにしても深夜の大阪の繁華街の裏通りに立つ二人の姿は不釣り合いに見えるか、または裏世界の重鎮として相応に見えるかの両極端の意見に割れることだろう。

「ええ。藤戸さんはいいんですか?」
「散々好きにさせてもらっているので。むしろ、これから手に入れる話を土産に連絡をした方がいいでしょう」
「わかりました。……では行きますか」
「そうしましょう」

 そう言って、拓也は夜にも関わらずメタルフレームサングラスを取り出してかける。
 研護も両手にはめていたグローブを外して肩に下げていたナップザックの中に放り込む。ズシッ! という音を立ててナップザックに底が沈む。
 そして、腕の関節を回す研護とズボンのポケットに手をつっこんだ拓也は、路地裏に入口のある雑居ビルの中に入っていく。
 階段を上がり、企業名が中国語でプリントされたプレートの貼られたフロアの扉を開けた。

「誰だ!」
「ここがどこだかわかってんのか!」

 突然オフィスに入ってきた二人に首や腕にそれぞれタトゥーの入った二人の東洋系男性が中国語で叫びながら近づく。
 拓也は身分証を片手に叫ぶ。

「インターポールだ! 二週間前に運んだ物について教えて下さい」
「警察だっ!」

 心当たりがあったらしく、中国人達は机の上の書類を撒き散らして逃げようとする。
 しかし、研護と拓也はすぐに動き、彼らに飛びかかる。
 そこからは乱闘だった。相手はナイフと拳銃をそれぞれ取り出す。しかし、研護はナイフをナップザックを振ってそれを叩き落とし、拓也は拳銃相手に腰のベルトから取り出した鞭を使って拳銃を叩き落とす。そして、そのまま二人の拳が炸裂し、吹き飛ばす。
 そこに奥の部屋から黒いチャイナシャツを着た男が飛び出し、「アチャー!」と絶滅危惧種となったステレオタイプな中国人像を体現するクンフーの構えをして現れた。
 それに対して研護が対峙し、拓也は奥の部屋へと進む。

「アチョー!」
「こいっ!」
「チャーっ!」
「とうっ!」

 男の鋭い手の突きを体を右にずらして回避し、そのまま研護は右脚を広げ、ストレートパンチを男の頬に当てる。その瞬間、彼の鍛え抜かれた上腕二頭筋、上腕三頭筋、広背筋、そして大腿四頭筋が盛り上がり、重い一撃が頬から顎、そして頭蓋骨に伝わり、男の脳を揺らした。
 男はそのまま脳震盪を起こして体をぐるりと回して床に倒れた。

「そんな信念のない拳で俺は倒せない」

 気絶した男に研護は言い捨てると、奥の部屋に入る。
 奥の部屋は所謂社長室となっており、応接セットが一通り揃えられ、高価な調度品も置かれているが、社長席の手前にその一つの壺が粉々に割られている。

「どうだ? そろそろ話したくなったんじゃないか?」

 社長席の裏から拓也の声が聞こえ、近づくと如何にも成金趣味の高級スーツに金の装飾品を身につけた中国人の中年男がボコボコにされて鼻血を垂らしながら拓也に詰問されていた。

「ワタシ日本語ワーカリマセーン!」
「話してるだろうが!」

 そう言ってもう一発中年男の頬を叩く。
 「わうん」と変な声を上げる中年男。拓也はまだ強引に口を割らせようとしている。
 一方、研護は別の方法を考えようと室内を物色する。中国語で「种瓜得瓜、种豆得豆」と書かれた額縁が掲げられている。意味は因果応報と同じだったはずだ。それを彼は無言で外す。

「あっ! それは!」
「普通に日本語話してるじゃねぇか!」

 額縁を外すと壁に金庫が埋め込まれていた。

「ほぉー面白いものあるじゃねぇか! すみません。代わってもらえますか?」
「いいですよ」
「ハハハっ! その金庫は特注品でそうそう開けられるものじゃないですよ! それより、こんな横暴! 本国を通して抗議させて貰いますよ!」

 確かに何も悪さをしている証拠がない状況である為、中年男が強気になるのも無理はない。しかし、研護が彼の前に立って両腕を前に回して筋肉をアピールするモストマスキュラーポーズを取ると何も言わなくなった。
 一方、金庫の前に立った拓也は耳を当ててダイヤルを回す。
 カチカチ、カチカチカチと少しダイヤルを回す音がした後、軽い音が聞こえた。

「開いた」
「嘘ぉーっ!」
「おぅおぅおぅ! 入ってる入ってる。これは、大麻か? おっ、コカインもあるな! このブローチのダイヤ、随分大きいな。調べりゃすぐにどこの物かわかるな。まだあるな。伝票か? へぇー随分マメに残してるなぁ! おっ、これか? お宅、随分と高いフカヒレを販売してるんだな? ……もう言い逃れできねぇぞ!」
「へい……」

 中年男は観念したらしく、もう口答えもしない。
 それを確認すると、拓也は改めて彼に質問をする。

「お宅がお仲間の水産会社に売ったこのサメだけど、誰から買い付けた?」
「買い付けというか、相手から接触してきたんですよ。当局の人間だと……」
「それだけで信じたのか?」
「ちゃんとG対策センターの用紙と当局の身分証を見せられたんだ! コピーは貰えた。一応、保険代わりにな」
「これか?」
「そうだ!」

 伝票の中にあった書類を見せる。真贋は不明だが、この際それは問題ではない。人物名は全く聞き覚えのないもので、顔写真もない。名前も恐らく正体を隠すための偽名だろう。
 そして彼らはそれを当局の手配した水産会社に売り渡した。つまり、Zを盗み出した実行犯と当局の用意したダミー企業の仲介を行ったのが、このチャイナマフィアということだ。
 拓也は携帯を取り出して中年男に見せる。それは事前にG対策センター長官から提供されていた職員の顔写真の中からピックアップした数人の写真を表示させる。

「その相手ってのは、この中にいるか?」
「……こいつです!」

 順々に見せ、一人の男の写真で彼は指さした。
 その写真を確認して、拓也は眉を寄せる。

「本当にこの男か?」
「はい!」
「わかった。……しかし、何故?」

 男から離れた拓也は思案する。正直彼としては疑っていた者達の中にフェイクの為に混ぜた写真であった。
 この男の言葉が嘘でないならば、そもそも当局の用意した工作員や裏切り者という前提が成立しない。

「……個人的な怨恨? となると、初めからあれも計画済み? しかしなぜ日本に……いや、それが予定外だったのか!」
「わかったんですか?」
「えぇ! すべてわかりましたよ! ……となると、最終手段も考えている筈だ!」

 拓也は慌てて電話をかけた。
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