Z -「G」own path-




 猟友会と合流した部隊は臼碆埼灯台と足摺岬の中間地点に相当する位置の県道上で陣取っていた。
 散弾銃とライフル銃、火炎瓶やワイヤーなどの罠が増えたものの、他は手投弾とナイフのみ。決して優位な状況ではなかったが、この先は集落があり、道路も別れており、平坦な場所も広がる。ここで増援を待つのと、この先の場所まで退避するのでは今後の戦いの優劣に開きができる。可能な限り市街地手前で向かいうち、残りの海にいるZ寄生体に戦力を避ける状態にするにはここまでの後退で戦線を維持したかった。
 そして、彼らにとって今は決死戦でない。軽トラックという移動手段が残されている今、車輌さえ死守すれば脱出が可能となるのだ。
 もっとも、それは上陸したアンデット軍団のみを相手にしている状況を前提としている。万が一、海に閉じ込めている残りのZ寄生体が押し寄せてきた場合、約2キロの距離を積載オーバーの軽トラックで走り抜けないといけないことになる。

「隊長! 応援来ました! 既に市街地を抜けてこっちへ向かっているそうなので、あと数分です!」
「よし! ここを防衛するぞ!」

 アンデットの軍団も既に目視で確認できる。距離は100メートル程度だ。
 一同はそれぞれ武器を構える。

「まだ撃つな! 罠まで引きつけて十分に溜めてから手投弾で削る様にしろ!」

 道には猟友会と共に仕掛けたイノシシ用のワイヤーが張られている。そこまで引きつけて動きが鈍れば爆発に巻き込んで一度に大量のアンデットを倒すことができるという算段だ。

「おい、何か近づいているぞ!」
「小型のアンデット? ……犬だ!」

 それは皮膚が緩んでおり、耳が垂れた茶色の大型犬であった。その犬種を彼らはよく知っていた。

「気をつけろ! 土佐犬だっ!」

 猟友会の一人が叫んだ。
 正しくは土佐闘犬。その名の通り、闘犬の為に品種改良された日本を代表する犬種の一つで、血統は大型の洋犬に近く、闘犬であるが故に非常に獰猛な犬種でもある。
 その土佐闘犬のアンデットが五匹走ってきていた。

「正面の獲物は狙いにくいぞ!」
「大丈夫だ! 我々は訓練を積んでいる!」

 猟銃の所有者である猟友会の人々が心配を口にするが、隊員達は冷静に銃を構え、狙いを定める。

「……撃て!」

 5発の銃声が周囲に響き渡る。
 全弾命中。土佐闘犬のアンデットは頭部を撃ち抜かれて大きく体を後転させて地面に倒れた。
 そして、猟友会の老人から火炎瓶を受け取った隊長はそれを犬の死骸に向かって投げつけた。瓶が割れ、死骸は火に包まれる。

「これで復活の心配はない。……よし、もう一度構えろ!」

 隊長の声で隊員達は再び猟銃を構える。
 そして、アンデット軍団がいよいよ罠に差し掛かる時、彼らの横の洋上で大きな水飛沫が上がった。
 思わず彼らの視線が海に引きつけられる。
 それは正しく巨人であった。
 先程まで警戒していたカニ腕などとは比べようがない。体長30メートル以上の全身深緑色の鱗と体毛に覆われた恐ろしい形相の巨人であった。

アアァァアアアァァァッ!

 鱗の巨人は最早咆哮と呼べる呻き声を上げ、海中から掴み上げた岩を空にいる戦闘ヘリに向かって投げた。戦闘ヘリは反応して、攻撃をするが、互いに相打ちとなり、戦闘ヘリは岩の直撃を受けてそのまま海岸に墜落し、爆発した。
 一方の鱗の巨人もメーサーの直撃を受けて海中に消える。
 一機墜落されたものの、他のメーサーヘリが応戦し、更に攻撃を海に浴びせる。
 しかし、今度は別の場所から違う容姿の巨人が飛び上がった。体は10メートル程度と鱗の巨人よりも小さいが、頭部がハエの形状をしており、背中から翅を生やしている。
 その翅を震わせ、そのまま翅付きは飛翔し、戦闘ヘリに襲いかかる。

「嘘だろ……」

 隊長は恐ろしいと思った。それはその巨人達が恐らしいのではない。
 あの巨体を見て全てを悟ったから、恐ろしいのだ。囲まれて降着状態になったのでもなく、奇襲攻撃をする時間稼ぎをしていたのでもない。奇襲すらもあの巨人達の集合体を作り出す為の時間稼ぎにしか過ぎなかったのだ。生き物が集まって巨大化するとしても、5メートル程度のものが簡単に30メートルにはなれない。敵の本当の狙いは、巨大なアンデットの怪獣を使って作戦そのものを根底から潰すことだったのだ。

「逃げるぞ。……すぐに乗り込め! このままだと増援諸共あの巨人共とゾンビで挟み撃ちにされる!」

 一同は慌てて軽トラックに乗り込み、撤退を始めた。
 一方、翅付きに襲われた戦闘ヘリは飛行したまま中の隊員が殺されて海に墜落し、更に海中から鱗の巨人より少し小柄ながら容姿のはほぼ同じで、唯一両腕がタコ腕となった巨人が飛び上がり、両腕を上空の戦闘ヘリに伸ばす。掴まれた戦闘ヘリはそのまま巨人と共に海中に引きずり込まれ着水と同時に破壊された。
 最早彼らの独壇場と化し、退避の間に合わなかった巡視船と漁船も戦闘ヘリと共に巨人達に破壊され尽くしてしまった。
 県道を走る軽トラックの隊員と猟友会は、その惨状をただ眺めることしかできない。

「まさか……完全に我々が翻弄されるとは」
「……まだ、勝機はあります」

 その言葉を証明するかのように、鱗の巨人の体が沖から放たれたミサイルに撃たれ、爆発と同時に凍り付いた。
 更に水上ギリギリの超低空から飛んでいく鈍色のミサイルが氷結した鱗の巨人に直撃すると、そのままそれを粉々に砕き、貫通して陸地にドスンッ! と地響きと土煙を上げて激突した。貫通力特化のミサイル、フルメタルミサイルによる攻撃だった。
 この様な正確な特殊攻撃を海上で使用できる艦艇はこの世に一隻しか存在しない。

「き、来た! 項羽だ!」

 隊員の一人が声を上げた。
 そして、軽トラックの正面から車輌のライトが見えてきた。増援が到着したのだ。



 

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「いいか! もうこれ以上奴らの好きにさせるな!」

 艦長席でマリクが言うと、ブリッジの全員が「はいっ!」と一斉に返事をした。
 四面楚歌には海中の状況が映し出されていた。魚群は巨人をつくる為に数を減らしていたが、それでも数はあり、それが邪魔をして海中に潜む全ての敵の姿を掴むことが難しい。しかしながら、見る側の目が注意を払えば、その造形は次第に明らかになる。
 魚群から飛び出せば、尚正確に特定も可能だ。

「形体のマーキングされたものは色分けします。翅付きをアルファ、タコ腕をベータ」
「いいぞ! このまま全部色分けしてやれ!」
「了解!」
「艦長、敵魚群の規模から推定すると後3体、または更に巨大なZ寄生体がいると考えられます」
「魚群を透過させることはできないのか?」
「現状で透過させてしまうと、対象の集合体も一緒にフィルタリングされてしまいます」
「となると、地道にマーキングをしていくしかないな。……よし、魚雷用意! あの魚群を広げる。敵の把握が優先だ。繰り返す、マーキングが優先だ!」
「了解! 魚雷用意!」
「目標、魚群中心部」
「撃てぇー!」
「発射!」

 魚雷が射出される。着水し、真っ直ぐ魚群に進んだ魚雷は、爆発した。
 同時に魚群の形が崩れ、内部に潜んでいた巨人の姿が捕捉される。

「マーキング成功! 大小ありますが、全てマーキングできました」
「よし、表示しろ!」

 敵のコードは幸いにも21個で収まった。人のサイズより巨大な3メートル以上の寄生体をマーキングしており、地上にいる3体のカニ腕もマーキングされている。
 イタチザメ型のZ寄生体と鱗の巨人が大小あるものの、最も多くマーキングされている。

「人間の知能を有する個体が特定できれば、脅威度は一気に下がるが……」
「狡猾な人間の知能を持つ敵が目立つ真似をするとは思えません。我々が大将を飾るのは我々の指揮向上があるからです。アンデットにそのような感性があるとは思えません」
「そうだな。……地上部隊に伝えろ! 地上部隊は上陸したアンデットの殲滅に注力。海中の巨人は項羽が受け持つ」

 そして、マリクは劉に通信を繋ぐ。

「劉。一機は高機動型外装。残りは強襲型だ。1号機のアイダは待機だ」
『了解。……メンテナンスは問題ありません』
「言うようになったな。余程新しいシステムが使い易かったか? いや、アイダだから」
『そういう意味ではありません』
「そういうことにしておこう。アイダは緊急時に備えて艦上待機だ」
『了解』

 基本的にバハムート六機の内、2号機から6号機まではそのまま番号で呼称されている。しかし、1号機だけは例外で、アイダという固有名で呼ばれている。
 アイダは所謂実用試作機で、スペック面での差は他の量産初期ロットの5機との差は存在しない。しかし、三点だけが他の機体と異なる。一つはシステム面。これは単純に操縦ユニットを最新版に順次アップロードする都合で、まだ1号機のアイダだけしか最新版になっていなかった為だ。
 次が一目瞭然の違いでもある塗装だ。他の機体はメタルブラックカラー一色で統一されているが、1号機アイダは試験時にパーツ毎に塗り分けられた塗装をそのまま残している為、彩色豊かになっている。項羽への艦上時に他の機体と同じメタルブラックに塗装する予定であったが、その彩色を決めた者のセンスがよかったのか、それとも偶然か、綺麗な七色のグラデーションカラーとなっていた為、このままに実戦配備されることになった。
 そして、最後の一つが有人登場スペースの存在だ。他の機体にも操縦ユニットのメンテナンス用スペースとして、胸部に人一人が入る空間が存在しているが、アイダの場合は座席とM-LINKシステムの直結操作用の装置が存在する。これは有人試験を行った名残りであるが、既知の通り、この機体は人の乗れないパワードスーツであり、スペックを最大限に発揮するには搭乗者の危険が高すぎた為、他の機体にはこの様な仕様は存在しない。
 そして、その実験に参加していたのが、大西洋地域司令部の事件後に復帰した劉であった。上層部としてはM-7の体を持つ劉ならば、多少の肉体的負荷の高い実験でも耐えられると考えたのだろう。勿論、その事実が伏せられていた為、劉は命知らずの超人と思われ、政治的な視点では非常に微妙な立ち位置である劉が、項羽に配備されたバハムートの管制官に任命された際も誰一人異議を口にしなかった。
 アイダは先の奄美大島戦で高機動型バハムートとして出撃した後であった。超電導電磁フィールドを展開しているとはいえ、マッハ10の飛行と実戦を行った機体の負荷は実用配備から2年を経た今でも未知数であり、予期せぬトラブルのリスクを避ける為に、基本的には高機動型で出撃した機体は十分なメンテナンスを行ってからの使用をルール化していた。そのため、今回の戦闘では高機動型外装の装着は禁止で、可能な限り出撃は避けるという方針となったのだ。

「高機動型外装の換装が済み次第、高機動型バハムートを出撃。ターゲットはあの翅付き……アルファだ」
『了解』

 通信を切り、マリクは立ち上がった。

「艦長?」
「庚、少しの間、お前に指揮を預ける」
「どちらへ?」
「艦長室だ。バハムート出撃までに戻るが、何か動きがあれば報告しろ」
「了解!」

 そして、マリクは瞬と目を合わせる。
 瞬もマリクのアイコンタクトが伝わったらしく、何も聞かずすぐに敬礼を返した。
 艦長室へ足速に入ると、マリクは部屋を施錠し、将治への直接連絡をする。

『艦長、すまない。作戦中に』
「いえ。……それでどうだ?」
『結論から言うと、間違いない。それと既に内偵は行われていた。僕も先程知らさられた』
「司令が知らされた……ということは更に上?」
『あぁ。新城本部長と長官だった』
「あの2人が?」
『言いたいことはわかる。長官は国連の人間で、Gフォースの独特の風土で……いや、素直に認めよう。祖父の個人的な意向が強く影響して本部司令官になり、本部長をしている新城さんとは誰の目に見ても相性が悪い。だが、正義感という一点だけで見ると、二人の利害は一致しているのだろう。大西洋地域司令部を閉鎖してから、何か不穏な動きがあるのを感じていたらしい。そして、大西洋地域司令部に関係のある上層部の人間に気付かれない全く異なる組織に内偵の依頼を長官が直接持ちかけたらしい』
「となると、どっかの諜報機関? いや、今回は国レベルの関与が疑われるのだから、それはできない」
『そう。だから、長官は国連とは別に存在する国際的な機関の長に直接持ちかけ、一人の日本人が担当することになり、内偵を続けてくれたらしい』
「そんな都合の良い機関なんて……あー」
『いい反応で嬉しいよ、艦長。どういうコネクションを長官が持っていたのか定かではないが、インターポールに依頼したらしい。そして、丁度良い人材を選出していた。名前を聞いた時は苦笑しかできなかったよ』
「一体誰なんだ?」
『藤戸拓也という日本人だ。この名前では艦長もわからないだろうが、娘と孫の名前はここ数日聞いているはずだ。桐城みどりと桐城睦海。そして、桐城健は婿になる。ちなみに、彼の妻の藤戸雅子は元国家環境計画局の人間だ』
「何というか……とんでもない一家だな」
『まぁ、藤戸拓也捜査官が特殊というより、みどりさんと桐城の二人なんだろうね。桐城健については今更説明しなくても、G対関係者なら艦長でも知っているだろう?』
「えぇ。G対の各セクションの中心人物が口を揃えて桐城健がいればゴジラは心配ないと言ったという噂はGフォースでも届いているよ」
『大分尾鰭がついているような気もするが、確かに間違いとまでは言えないな』
「一体、何者なんだ? この艦に乗り込むような話も届いていたが」
『そうだな。……ゴジラの親友、だな』
「……ふふ。了解だ。とりあえず、その藤戸捜査官からの報告があったら、俺の個人用の通信でメッセージを頼む」
『わかった。では、頼んだ。艦長』
「了解です。司令」

 マリクは艦長室を出ようとすると、自分の口元が作戦中に相応しくないことに気づき、表情を戻してから退室した。
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