Z -「G」own path-




 足摺岬は既に住民避難が完了し、自衛隊が海岸線の警戒をしていた。彼らは野戦特科の訓練を受けた隊員で、海岸線には牽引式の榴弾砲や迫撃砲を配置し、肩にはRPGやメーサーライフルを装備している。
 万が一、海上で展開している包囲網を突破されたとしても、彼らは対応する実力があった。
 しかし、敵は彼ら、否誰一人想定していない方法で上陸を果たしてきた。

「ん?」
「どうした?」
「今、そこの木が揺れたような」
「気のせいだろ? それより海の方を見ろ」

 ヒントは存在していた。包囲されて膠着状態になったものの、将治や睦海が考えた様に物量によるゴリ押しならば突破の可能性もあったが、行わなかった。
 それは全滅のリスクを警戒する知能故ではない。

「やっぱり何かおかしいぞ! 確認してくる!」
「わかった。俺は山でも木でもなく、海を見ている」
「……なんだ? 木が揺れてる? おい! ……ん? うわぁぁっ!」

 魚群を囮に別働の本隊を地上に送る海でも空でもない、第三のルートを考える知能があったからだ。

「どうした? おい! ……えっ!」
「アアアアアアッ!」
「ぎゃあぁあああっ!」

 2名の隊員はその実力を発揮する機会も与えられず、突如海岸から10メートル程先の地上に生えた松の木の根元から現れた体長3メートルの両腕がカニの爪になった巨人に襲われた。
 そして、その穴から次々とゾンビ達は這い出てきて、数分後に他の隊員がこの事態に気づいた時は既に100人以上のゾンビが上陸を果たしていた。




 

 満天の夜空に流れる天の川の溢れんばかりの星が輝く。その下には彩色豊かな緑色の草木が広がる地上。それは悠久の時を経ても尚、原生の景色を今に伝える。
 そこにある科学の光は、Gフォースの設置したスポットライトの灯のみである。そして、その明かりに照らされるのは縄文杉に作られたモスラの繭であった。

「隊長、インファント島の妃羽菜からです」

 現在はGフォース指揮下に組み込まれているが、この屋久島でモスラの監視を行なっているのは、隊長以外は全てG観察研究センターに組み込まれたみどりの同僚の研究職達である。そして、彼らはみどりと異なり、本来は国家環境計画局に属している。
 Gフォースの女性隊長は、通信端末を受け取る。

「代わった。貴女が噂に名高いハルカ・ヒウナ嬢か」
『そんな凄い人じゃないと思うけど……はい。確かに私が国家環境計画局の妃羽菜遥です』
「それで、貴女がわざわざ直接私に連絡をしてきたというのは何故か?」
『正確には私でなく、コスモスからです』
「わかった。話せ」
『『はい。隊員さんにお願いがあります。モスラに私たちの声を届けて下さい』』
「つまり、羽化か?」
『『はい。モスラが求めています。今、モスラは他のモスラよりも強く、そしてバトラとも違う新しい力を持つ成虫になろうとしています』』
「新しいモスラ」
『『はい。その為に思念でなく、直接声を届けたいのです』』
「わかった。この音声をスピーカーに繋げよう」

 そして、すぐにスピーカーの設置と接続がされ、繭のある縄文杉を取り囲むように置かれたスピーカーからコスモスの歌が流れ始めた。

『『Na intibihan mo ba
Mairoun doan maganda baron
Punta Ka lang dito
Harika, at marupo
Harika, at marupo
rururu…』』

 歌と共に羽化が始まる。周囲の木々から緑色の光が舞い上がり、縄文杉からは生命力そのものが可視化された七色の光が繭に送られる。幻想的な光に包まれ、繭から成虫が出てくる。光は成虫の羽へと集まり、広げられるその色は通常のモスラの黄色ともバトラの黒色とも異なる鮮やかな緑色であった。

カクゥゥゥゥゥン!

 緑色のモスラが耳心地の良い咆哮を上げ、ゆっくりと飛翔すると、そのまま星々の海の中を飛んでいった。

「モスラは飛んでいった」
『『はい。モスラは戦います』』

 グリーンモスラは一直線に屋久島から土佐清水へ向かった。




 

 一方、足摺岬に出現したアンデットは、野戦特科の部隊が対応する前に数を増やし、奇襲を成功させた。
 部隊は応戦しながらの後退を余儀なくされ、牽引式の火力は置いていかざる得ず、装備しているメーサーライフルとRPGが彼らの生命線となっていた。

「装填もチャージも命取りだ! 無駄撃ちするな!」
「くっ! 撃っても敵がちっとも減らない!」
「ヘリが近くにいるのにっ! 畜生!」

 取り囲まれないように編成を維持しつつ、正面と左右のアンデットの集団を適格に攻撃し、撃っては後退、撃っては後退を繰り返しながら、堅実な抵抗を続けるが、いずれ底を尽きれば彼らは成す術がなくなる。
 運が良ければまもなく市内に入る応援の陸上部隊が到着するが、あと10分と持ち堪えられるかすら怪しい。
 そして、最も近い海上に戦闘ヘリが飛んでいるが、奇襲をしているアンデット軍が主戦力の全てを奇襲に回しているとは考えられない。こちらの援護に戦闘ヘリが回れば、海中のアンデットが巡視船と漁船に猛威を奮い、これまでの時間稼ぎが全て無駄となる。
 恐らく補給を終えたヘリが戻ってくるが、それでも陸上の応援の到着時間と大差はない。最早彼らはそれほどまでに時間的猶予がなかった。

「メーサーライフル、残量10%切りました!」
「RPGも全員残り1発ずつです!」

 アンデットのほとんどはフェリーの乗客らしく、人間の姿を維持している為、単純な戦闘力で見れば訓練を積んでいる彼らの敵ではない。十倍の人数が敵でも近接戦で持ち堪えるだけの実力がある。
 しかし、敵の中には他のZ寄生体との集合体と思われる怪物が混ざっている。それが甲殻類と合体したと思われる3メートルの怪物だ。彼らが便宜上、カニ腕と呼称しているそれは、腕がカニの鋏の大男というチープなシルエットであるが、胴体も甲殻類の外骨格を硬くさせたと形容すべき表皮で覆われており、これまでに2体の接近に対し、RPGとメーサーライフルそれぞれ1発の直撃をもってしなければ対抗できない強敵であった。
 そのカニ腕がまだ4体見える。そして、内一体が彼らに近づいていた。

「アギュギャギャギャー!」
「隊長!」
「奴の駆逐を優先! てぇーっ!」

 隊長の声でRPGとメーサーがカニ腕に命中する。これで貴重な武器が二丁、使い切った。
 カニ腕は上半身を四散し、駆逐に成功するが、他のアンデットはまだ足を止めない。

「アアアアアア……」
「アアァァァ……」

 再び迫ってくるアンデット達に応戦する。
 順序とタイミングをすべて隊長の指揮で行い、可能な限り攻撃を節約するが、遂に最後のメーサーライフルの残量が尽きた。

「お前ら、逃げろ! 俺はギリギリまで抵抗する!」
「隊長!」
「なに、この体を奴らにくれてやる気はない! 死に際には肉の一片も残さずに自爆する」

 隊長は残していた手投弾を見せて、サバイバルナイフを抜く。

「隊長、我々も心持ちは同じです」

 そう言って、彼らも隠していた手投弾を見せる。

「くっ! お前は子どもが生まれたばかりだろ!」
「結婚する前に妻には覚悟して貰っています!」
「お前ら……行くぞっ!」
「「「「「「応っ!」」」」」」

 そして、彼らが迫り来るアンデット軍団に肉弾戦を挑もうとした時、エンジン音が後方から聞こえてきた。

「なっ……」
「援軍? いや、違う。軽トラック?」

 道路を走り、彼らに近づいてくる車はどう見ても自衛隊のものではなく、一般車。しかも、地元ナンバーの白い軽トラック。それが3台隊列をなして、近づいてくる。

「まずは追い立てろぉ!」

 掠れた声が運転席から聞こえ、トラックの荷台から空砲が放たれた。
 そして、アンデットの注意がトラックに集まると、蛍光オレンジ色のジャケットを着た中年男性が力一杯に火のついた瓶を投げつけた。着火したゾンビは呻き声を上げながら、そのまま倒れる。

「すげぇな! 爺さんの火炎瓶!」
「カッカッカッ! 半世紀前の学生運動でブイブイ言わせた実力を舐めるでないわっ!」

 隊員達の前に止まった軽トラックから茉莉子の叔父が降りる。

「高知県土佐清水市猟友会です。勝手ながら害獣駆除に参加させて頂きます」
「猟友会?」
「来たぞっ! ネットはれ! 相手はイノシシより遅いぞっ!」
「おうよ!」

 トラックの荷台にワイヤーネットのついたカラビナを付けると、2台のトラックがバックのまま道路を越えて、両側に広がり、アンデットに突っ込む。
 そして、アンデットを押しながらネットを外し、一気に前進し、荷台に飛びかかるゾンビには散弾銃で応戦する。
 軽トラックが戻るともう一台のトラックの荷台から火炎瓶が次々にワイヤーネットに絡まったアンデット達へ投げ込まれる。

「思った以上に数がいるな。……二佐、さっさと荷台に乗ってくれ! 隣町との境にが小さな丘だが、谷になってる。ここよりも上手くやれる筈です」

 日焼けしたガタイの良い中年男性の一人が隊長に言った。唐突に民間人から階級で呼ばれて隊長は驚くが、その男性がすぐに陸自式の敬礼をしてすぐに察した。

「貴方は?」
「陸上自衛隊予備自衛官であります! 着任を求めます!」
「わかった。只今より隊への着任を命ずる」
「了解!」
「では早速、案内してくれ」
「はっ!」

 彼らは猟友会の軽トラックに乗り込む。定員、積載オーバーだが、誰もそこは咎めず、アンデット達から離れた。






「叔父さん達、大丈夫かな?」

 土佐大学へと避難をした茉莉子はレイモンドにポツリと言った。
 彼らは大学校舎内の体育館で大学の総務課が配布した毛布に包まっている。周囲には千尋ヶ崎以外の住民も多数避難しており、一番多いのは足摺半島在住の人々であった。
 到着当初は混乱した様子であったが、今はそれぞれの地区で場所が分かれ、落ち着きが出ており、子どもや高齢者などは既に眠りについていた。
 外の駐車場では車輌避難をした人々も多数いるらしく、自治会と警察、役所の人が忙しそうにまだ避難情報の交換をしていた。

「きっと大丈夫だよ。まさかZ寄生体を倒してしまうとは思わなかった。猟友会って、凄いんだね」
「うーん。あまり詳しく知らないけど、叔父さんの会の人達、何か凄い人が多いみたい。叔母さんの話だと、怪獣と知らないで駆除をやったこともあったみたい」
「それは……」

 まさかゴジラなどの超大型怪獣ではないだろうが、それでも小型怪獣ですら、数メートルはあるケースが殆どだ。
 いずれにしても凄腕の匠達が偶々集った会だったのだろう。それ故に、避難をする前に仲間達と連絡を取り、レイモンド達を送るとすぐに仲間達の軽トラックに乗り込み、準備を整えてくると出発してしまった。
 そして、先程警察が軽トラックが列をなしてバリケードを突破して避難区域に侵入したと騒いでいた為、茉莉子は不安を覚えたのだろう。

「そういえば、睦海さんは? というか、レイくん、あのゾンビのこと知ってたの?」
「あぁ、そうだね。あまり他の人の耳には入れたくないから、外で話そう」
「うん」

 茉莉子を体育館の外に連れ出し、人の少ない建物の端のコンクリートに腰を降ろして、Gフォースの機密と思われるZの正体などは伏せて尖閣周辺に現れた怪獣がZで、その可能性に気がついて直談判に来た睦海と偶然出会ってここまで一緒に行動することになったことを説明した。
 レイモンド同様に茉莉子も睦海の驚異的な推理に驚いていた。

「睦海さんって、本当に凄い子だったんだ。私には思いつかないことだし、思っても直談判になんて例え知り合いだったとしてもできないよ」
「うん。僕もだよ」

 そう。睦海はそれをできてしまう。しかも、レイモンドにはそれが狂気とも思える熱量を彼女から感じていた。
 そんな事を話していると、まさに噂をすれば影ということか。睦海が駐車場を歩いて体育館に向かっていた。心なしか表情が暗い。

「マリちゃん、あれ……」
「あ! 睦海ちゃん! おーい!」

 名前を呼ばれた睦海は周囲をキョロキョロし、レイモンド達を見つけると、暗い表情が一変、笑顔で手を振って近づいてきた。

「よかった。二人とも避難できてたね」
「あ、報告をしてなくてすみません」
「あーそれは大丈夫。お母さんも加納さんを見張るつもりはないみたいだし」
「どうしたんですか?」
「二人の安否を確認しに来たのも理由のひとつだけど、ちょっと気分転換を兼ねてのお使い」
「お使い?」
「そう」

 笑顔で明るい調子でそこまで話していた睦海であったが、表情を変え、真顔で二人の近くに顔を寄せる。二人も察して耳を近づけた。

「少し前にZ寄生体が上陸を果たして今足摺岬の部隊は後退戦をしているの。もう援軍が到着する頃だから、形成は立て直せると思うんだけど、本格的な戦闘が始まる前に避難の確認を受けに来たの。通信の情報では入っているだけど、地区レベルの数字が曖昧みたい」
「それ、原因の一つはうちの叔父さんかも」
「どういうこと?」
「実は叔父さん達猟友会の人達が加勢に行っちゃって、どうもバリケードを突破したみたいなの」
「あぁ……なるほど、それでか。……どこでもお父さんみたいな人っているのね」
「え?」
「あ、なんでもない。とりあえず、状況はわかったわ。じゃあ、また後で」

 そう言って、二人に手を振ると、睦海は警察と市役所の人達の輪に向かった。
 心なしか彼女の足取りが軽くなったように見えた。



 

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 少し前、睦海はみどりと話して、使いにでた。
 睦海にとっても、アンデット軍団の奇襲上陸はショックが大きく、冷静さを欠いていた。その様子を感じたみどりが、陸上部隊の到着前に情報を確認しておいてほしいと頼んだのだ。
 正直、睦海は救われた。
 決して睦海一人の間違えではないし、そもそもGフォースの将治達司令部が決定しているのだから、彼らが敵を過小評価したことに起因する自体といえる。
 しかし、睦海はその様な割り切りなどできず、責任を感じてしまった。
 その為、夜風に当たり、茉莉子達の顔を見て安心することを主目的として、大学まで戻ってきたのだ。
 どの道、既に陸上部隊と項羽の到着は秒読み段階になっており、これ以上睦海には何もできることはなく、ただじっと戦局を見守りながら待機するしかない。それならば、体を動かして外の空気を吸えることは有り難かった。
 そして、無事に避難をした茉莉子とレイモンドにも再会を果たし、やっと睦海の中で重く引きづられる様な罪悪感を振り払うことができた。
 最後はお使いを済ませて戻れば、ちょうど項羽か陸上部隊の情報が入り、戦局が好転し始めるはずだ。そんな気持ちで地域の関係者達の輪に睦海は近づいた。
 と、何か揉めている声が聞こえてきた。

「おいおい、そりゃ不味いよ! なんで早く報告しないの!」
「しゃあないだろ、訓練も参加できてなかったんだから」

 どうやらどこかの地区の自治会長が警察と市役所とで揉めているらしい。

「要援護者情報は同意なしにリスト化できないから、各地域で把握して市へ教えて頂きたいところです」
「そりゃ丸投げだろ。おたくらの福祉課だって把握して訪問してたじゃないか!」
「それは福祉援護の対象としてで、今回の様な災害時避難計画で使用されるリストは地域や警察、消防とも共有する為、個人情報保護の同意が必要で……」
「だぁー! そう言ってお役所はいつも不備の責任を逃れようとする!」
「どうしましたか?」
「なんだい、嬢ちゃんには関係ないよ!」

 睦海は無言でみどりから預かってきたGフォースの証明書を見せる。警察と役所相手なので、身分証明書として学生証も合わせて見せた。
 それを見て、彼らは目を丸くさせつつも、すぐに睦海にすがるように説明を始めた。十中八九、責任の所在をGフォースにする為だと睦海は思いつつも、内容を聞いて愕然とした。
 内容としては地域から孤立していた世帯の避難が確認されていないということであった。その世帯は母子家庭で、娘に知的障害があり、福祉課と自治会はその存在を知っていたものの、孤立によって関係性も薄く、福祉課の援護もまだ十分にできていない家庭だという。その為、地震や風水害、そして怪獣などの特殊災害に際して優先的に安否確認や避難時の援護をするべき対象者をリスト化するに当たっての個人情報使用の同意が得られず、先程までその存在が漏れていたらしい。
 車輌避難も多い為、実質的に地区の避難完了の確認は現地の確認となる。そして、今まさに睦海が来たのは、その避難先の安否確認をまとめた情報を得る為だった。通常なら、要援護者の自宅の避難確認は官民ともに個別的に連携して行われるものであり、その後の避難についても同様で、実際に今も学内にはその対象者家族が個別のスペースで避難をしているなどの対応がなされていた。
 所謂制度から漏れたという状況だが、今ここでその責任追及は何も意味をなさない。
 問題はその世帯が今も家に残されているか、否かだ。

「その世帯の家は?」
「中浜ってところで、スカイラインの登ってすぐの場所だ。ここからだと、約3キロ。内陸の方だし、大丈夫だと思うが……」
「警察の車輌で確認に行けますか?」
「そうしたいんだけど、今その道が工事中で」
「言い訳になっちまうが、それでわざわざその家まで避難の確認に言ってなかったんだよ」
「そうですか」

 睦海はみどりに連絡をする。
 状況を伝えて、陸上部隊から確認に人を回せるか確認を行う。

『わかったわ。もうこっちに部隊が到着するから、確認に行って貰うわ。どっちにしても山の中を通るルートからも進んで行くはずだから』
「ありがとう」

 みどりとの通話を終え、彼らに向き直る。

「伝えたわ。その世帯の安否確認へはGフォースの指揮で動く陸上自衛隊に行ってもらうことになりました。……他にも同様の世帯がないか至急確認をお願いします。もしありましたら、すぐに報告して下さい。私達は裏の海上保安署にいますので」
「「「わかりました……」」」

 彼らもまさか女子高生に説教をされるとは思ってもいなかっただろうが、睦海自身も何故こんなにも毅然と彼らに言うことができたのか、不思議に思った。とても自然に口から言葉が出てきていたのだ。
 一瞬、何かを思い出しかけたが曖昧過ぎていつどこの何の記憶だったのかもわからなかった。ただ、その瞬間、睦海の胸をあつくさせる何かを感じた。
 しかし、今追憶をのんびりとするべき時でもないので、気持ちを切り替えて海上保安署に戻ることにした。
 チラリと本日まで学会が行われていた講堂が目に入った。そこは今、警察により厳重に警備されている。
 中にいるのは学会に参加していた超能力者達であり、今も尚、この付近をアンデット達から守る為に力を使い続けているという。

「睦海ちゃん」
「未希さん!」
「ごめんなさい。貴女のそばにいようと思っていたのだけど、段々と結界……というのが正しいのかわからないけど、この辺りに張られた認識阻害の障壁が弱まってきているから、私もこっちに加わろうと思って」
「超能力者の皆さんがやっているものですか?」
「そう。視覚的なイメージは結界であっているし、目に見えない精神による壁、っていう表現になるものだけど、別に攻撃や侵入を阻む物理的な力を持つ壁ではないの。ここに人のいる気配というか、私達サイキッカーは生命エネルギーと呼んでいるものを隠す役割のものなのよ。だから、アンデット達はここに沢山人がいることを認識できない」
「それで直接市街地に向かわずに足摺岬に上陸しようとしていたのね」
「恐らくはね」

 なるほど。包囲作戦が成功したのには、そういうカラクリがあったのかと睦海は納得した。
 ある意味、その為に安易に目の前にある陸地を目指す進行をし、知能は高いが戦略性が低いと判断してしまって、奇襲の可能性を考えなかったが、それをここで言うような野暮な真似はしない。

「わかったわ。じゃあ、未希さんも頑張って下さい!」
「睦海ちゃんは平気?」
「えぇ。もう大丈夫です。とりあえず、お母さんのところに戻ります」
「わかったわ」

 海上保安署に戻ると項羽と陸上自衛隊が到着したこと、そしてモスラが向かっていることをみどりから教えられた。
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