Z -「G」own path-




 茉莉子が赤面しながらレイモンドから離れるが、レイモンドはハグをされただけだと思い特に気にしない。
 それよりもゾンビ達の復活を警戒していた。

「あまり余裕はない。イノシシは車で轢いて、アンデット達も車にあったコレで吹き飛ばしたけど、すぐに復活してくる」

 そう言って、レイモンドは右手に持つバールのようなものを見る。

「貴方、もしかして……」
「ご無沙汰しています。加納レイモンドです」
「やっぱり」
「アァァ……」
「アアアァ……」

 外で呻き声が聞こえてきた。バールのようなものでは一時的な足止めにしかならないらしい。
 再びそれを握り締めるレイモンドは叔父の持つ猟銃に目が留まった。一般的な散弾銃より高威力のライフル銃であった。

「それ、ライフルですね?」
「あぁ。だが、あのイノシシは骨を砕いた筈なのに動き出した」
「イノシシは簡単に倒せないかもしれませんが、アンデットなら頭を完全に吹き飛ばせるはずです。……貸して頂けますか?」
「しかし、キミ。これは……」
「学生時代にビッグボア射撃を何度かやっていました。アンデットとはいえ、ご身内や顔見知りの方を撃つのはお辛いと思います」
「……わかった。それとイノシシだが、使っていない罠用の網とロープが物置にある」

 猟銃を叔父から受け取ったレイモンドは、弾の確認と構えて照準を確認する。スコープは外されているが、50メートル以内の至近距離での使用となるので、反動さえ何とかすれば十分狙えるだろう。そして、罠があれば勝ち筋が見える。
 丁度、頭上で空を裂く戦闘機の飛行音が聞こえた。自衛隊戦力が投入されたらしい。

「アンデットは復活できない程に破壊するか、燃やすことで死滅するそうです。……灯油やガソリンはありますか?」
「発動機用の軽油がある。……よし、イノシシは任せろ。それに向かいの爺さんはダメだったが、他の奴はまだ無事かも知らない。我々がなんとかする。すまないが、お袋達を逝かしてくれるか?」
「勿論です。……マリちゃん、念の為、コレを持っていて」
「うん」

 レイモンドは茉莉子にバールのようなものを預け、耳栓とイヤーマフをつけ、ライフル銃を構え、玄関を飛び出した。
 車に老婆と老人のゾンビが3人集まっていた。ヘッドライトに反応していたらしい。
 一方、イノシシは姿を消していた。

「場所が悪い……」

 このまま撃つと車に当たって運が悪ければ爆発してしまう。
 なので、レイモンドは家屋の前から道へと飛び出し、アンデットのいないリアから車をよじ登る。

「アァァ……」
「アアアァ……」
「アア……」

 アンデットはレイモンドに気づかずヘッドライトを叩いている。恐らく白内障と耳が遠い為、レイモンドに気づいていないのだろう。力も弱い為、イノシシのような脅威ではない。
 海からは爆撃音が聞こえる。既に戦闘は始まったらしい。
 レイモンドは老婆と老人達に視線を戻す。

「どうか安らかに……」
「アアアァァ……」

 ライフルの発砲音と衝撃がレイモンドの全身に響く。
 老人の頭部は完全に四散し、ドサッと倒れた。
 直ぐに次弾をもう一人の老人に撃つ。外すことなく命中した。頭部は四散し、血飛沫を周囲に撒き散らして胴体も倒れた。恐らくまだ死んだばかりの老人だったのだろう。
 弾を装填し、最後の一人、茉莉子の祖母にライフルを構える。

「ご冥福を……」
「アアッ!」

 銃声が周囲に木霊し、老婆のアンデットは頭部を吹き飛ばされて死体に戻った。
 更にレイモンドはライフルを構え、三人の死体を見下ろす。
 死体から赤紫色のゼリー状物体が出てきて集まって一つになろうとしている。
 それをレイモンドは無言で撃つ。
 ゼリーは吹き飛び、もう死体に復活の兆しは見られない。それを確認したレイモンドは両手を合わせて黙祷した。

「おーおーおーっ!」
「おーろろろーっ!」

 周囲から老人たちの雄叫びが聞こえてきた。アンデットの呻き声とは違う。

「追い込めぇ!」

 叔父の仲間達らしい。そして、家の裏側で大きな音が聞こえた。

「今だっ! 足を狙え!」

 銃声が聞こえた。ライフルとは違う。散弾銃の音だ。
 レイモンドが家の裏に回ると、蛍光オレンジのジャケットを着た叔父と老人たちがワイヤーの網に巻きつかれ、脚を再生させる度に老人が散弾銃で足を撃ち、逃げられなくされたイノシシがいた。骨を破壊することを主眼に置いた威力からスラッグ弾で撃っているらしい。

「死なねぇ、直ぐに傷が治るってのも、わかっていりゃやり方はいつもの駆除と変わらんなぁ」
「しっかし早いな。もう足が戻ってる」

 そう言って散弾銃を撃ち、イノシシの足を破壊する。

「かなり腐ってるなぁ、臭い臭い」
「こりゃ死んで結構たってるな。内臓が腐ってるわ」
「本当だ。どのみち探して撤去だったな」
「だな。ほれ、軽油撒くから離れろ」
「あ、まちな。こっちの足が戻りそうだわ。……っ! よし、いいぞー!」
「ほい、かけるぞー!」
「んじゃ、燃やすかー」
「おーいいぞー!」
「離れろー!」

 そして火をつけられたイノシシはもがきながらも、脱出することはできず、そのまままもなく燃え尽きて沈黙した。

「おー、兄ちゃん。ありがとうな。お陰でこの通りだ。……あ、お袋はあっちか?」
「えぇ」
「復活する可能性はもうないのかい?」
「多分大丈夫だとは思いますが、まだ胴体が残っています」
「……じゃぁ、念の為やっとくか。おーい、すまないがここの番を頼む。お袋と向かいの爺さん達、燃やしとく」
「だな。息子のアンタがやってやれ」
「ありがとー」

 そう言って、叔父はレイモンドが車を離すと、家の前に倒れている老人達の死体に軽油の残りをかけて火をつけた。
 車からレイモンドが降りると、叔父が燃える遺体を見つめて呟いているのが目に入った。

「お袋、すまねぇな。改葬になってしまった」

 レイモンドは彼に声をかけることなく、家の中に入った。




 
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 日が沈み夜の闇が包む洋上に航空自衛隊の戦闘機のジェットエンジン音が響き渡る。
 そして陸地の足摺岬では警報が鳴り響き、人々は半島から市街地に向けて列をなして避難していた。しかし、高齢化率の高いこの地区の避難は難航していた。

『住民避難が完了していない。攻撃は洋上20キロ地点までとする』
『了解』

 戦闘機は洋上を旋回するが、ターゲットは発見できない。

『ターゲットを発見できない。座標による指示を乞う』
『了解。座標を指示する』

 土佐清水分屯基地からの連絡を受け、指定座標に空爆を行う。
 海上に爆発が起こり、水柱が次々と上がった。

「……どうですか?」

 海上保安署で睦海が未希に問いかける。
 彼女達はみどりが用意したパソコンの映像で、洋上の衛星画像を見ていた。
 しかし、未希は首を振る。かなり距離が近づいたことで、死者とはいえZ寄生体の大軍の存在は感知できるようになっていた。

「確実に倒せているとはいえない」

 睦海も頷く。確かに威力も十分にある攻撃の為、効果がないとは思えないが、海中に潜むアンデットの大軍を相手に成果は出ていない。
 海上自衛隊による援護があれば有効打となりそうだが、到着は項羽と大きく変わらない。現在、警戒の為にこの海上保安署に駐留していた巡視船が沿岸に出ているが、空爆の連絡を受けて退避している。
 この巡視船のソナーが目の役割を果たせれば状況を変えられるが、それは船に撃沈されろと言っているようなものだ。そして、巡視船の保有する銃程度ではZ寄生体に対応できない。今は沿岸部で接近の有無を監視するくらいしか術がない。
 そう考えていると、将治からの通信がきた。

『睦海、いいかい?』
「どうしたの?」
『これから陸自の支援攻撃が始まる。今のところ、基地からのミサイル攻撃とメーサー搭載ヘリだ。他の航空支援は避難を優先する予定だが、現場にいるキミの意見を聞きたい』
「私、Gフォースじゃないよ?」
『今更そんなことを言うな。現在前線にいる人間の中で最も実戦経験があり、戦術評価を行える者はキミ以外にいない』
「……将治。いえ、麻生司令」
『なんだい?』
「図りましたね? 私をここに置いたの、少なからずこうなることを予測しての采配じゃないですか?」
『……否定はしない。少なくとも僕は桐城睦海をGフォース司令部に欲しい人材だと考えている。これ以上は立場上言えないが、わかってくれ』
「将治、良くも悪くも大人になったね」
『……それで?』
「はぁ……。海中に無数に潜み大小様々で再生能力が高い。もっと正確な位置と敵勢力の展開を把握しないと時間稼ぎも難しいと思うよ」
『睦海、キミならどうする? 一番欲しい海中の目が到着するまでの数時間、奴らを海の中に足止めする方法。キミの推測通りなら敵は知能がある。単純な壁では迂回されるだけだろう』
「そうね。しかしどの道Zはここを目指すと思うわ」
『Zの大目的は増殖。それなら人が多い場所を狙うか』
「えぇ。現在はまだ足摺岬に人が残っているから、一番近い陸を目指しているだけだと思うわ。それに対する策は壁よりも罠の方が有効。加えて、攻撃をするならいまあるソナーを活用するべきだと思う」
『罠……ソナー……つまり、睦海はZの漁を行うのが有効だと?』
「巡視船だけで足りなければ、漁船も使えばいいし、海中の機雷設置ならヘリからの投下でも可能」
『流石だ。ありがとう。船舶の避難なしで攻撃可能な手段の方はこちらでやる』
「どういたしまして」

 睦海は当然のようにソナーが足らなければ漁船を使えばいいと思ったが、将治は盲点だったようだ。確かに現実問題、この状況下で漁船を借りるというのは厳しいだろうから、実質的に強奪や徴用となるだろう。
 有るものは何でも使う地獄で戦っていた為、民事や管轄という概念を無視した思考に慣れているのかもしれない。
 そして、将治は睦海の案を採用し、まもなく海中で使用する機雷を運搬するヘリが手配され、沿岸にいた巡視船を目としたメーサーヘリによる攻撃が実行された。



 

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 一方、太平洋上にいた健に将治から連絡が入ったのは、既に日本時間で20時を過ぎた頃であった。

『君の娘には助けられているよ』
「睦海をそっちに無理矢理引き込む真似はやめろ」
『それが嫌なら君の手で止めにくることだ』
「……ってことは?」
『まもなく合流するはずだ。アメリカ軍の巡洋艦で、とっておきを用意したからそれで日本の高知へ直接向かってくれ』
「とっておきって? まさかガルーダとか?」
『何年前の機体だ……。型番伝えても桐城はピンとこないだろ?』
「まぁ確かに」
『とりあえず、よろしく頼む』

 通信を終え、しばらくするとアメリカ海軍の巡洋艦から合流ポイントの連絡が届き、1時間もかからずに大きな巡洋艦の艦影が近くまで迫った。
 健は迎えに来た米軍隊員に指示されるまま、ボートに乗り込み、巡洋艦へと乗艦した。

「トイレ大丈夫か?」
「ありがとう。済ませてる」
「了解! じゃあ、素敵な空の旅を! 美人の機内添乗も飲食サービスもトイレもないから、自前で何とかしろ!」

 軽快なジョークを言いながら、筋肉隆々の隊員は健にオムツの入った袋を渡し、甲板にあるヘリポートへ案内する。
 そこには垂直離着陸機ティルトローターが待機していた。

「V-280だ。時速280ノットで半径1500キロの作戦範囲を誇るが、今回は片道のみの回航だから3900キロ先の日本にも送れるってわけだ」

 時速280ノットは時速520キロと同じだ。つまり、7時間半後の夜明け前に日本へ到着できる計算になる。
 ゴジラを追跡するどころか、遥か先を進んでいるゴジラを追い抜く垂直離着陸機を健一人運ぶ為にGフォースは手配したことになる。
 流石にこれは将治一人の独断とは考えにくい。Gフォース上層部にとっての健の存在が、自身の考えている以上に重要なものと認識されていることを、意図せず思い知らされることになった。

「参ったな、こりゃ」

 武者震いを払うように拳を掌に当て、パンッ! パンッ! と軽快な音をさせながら、呟く健の口角は、その口ぶりとは裏腹に上がっていた。




 
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 巡視船と漁協の有志が展開した海中の目とメーサー装備の戦闘ヘリによる攻撃と、沖合に対して行われる空自戦闘機による爆撃は、決定的なダメージを負わせることこそできないものの、確実にZ寄生体の軍団を少しずつ削っている。更に足摺岬沖と西に5キロ先の臼碆埼灯台沖に設置した機雷により、沿岸10キロから20キロ、足摺岬から西5キロの臼碆埼灯台までの足摺半島先端部エリアの範囲にZ寄生体の軍団を閉じ込めることに成功していた。
 敵は徹底的なダメージを負うまで再生を繰り返す厄介な相手であるが、攻撃を続ける限り、敵も海中から攻撃の為に姿を表すことができない為、この火力が尽きるまでは十分に足止めが可能となっていた。

「……う」
「睦海、寝てて大丈夫よ」
「ううん。平気」

 いつの間にかパソコンで戦況を観ながら眠っていたらしい。
 睦海は大きく伸びをして立ち上がると、署内に置かれたポッドからコーヒーを注ぐ。
 時間が経っているらしく温く濃いコーヒーであったが、一気に眠気が覚めた。包囲ができて既に2時間半ほど経過していた。

「どう?」
「うまくはいっているけど、残弾が足らないみたい。今は相手のタイミングも読めてきて随分節約できているみたいだけど、麻生君の話だと隙ができたら一気に攻めてくるだろうって」
「項羽と陸上部隊が到着するにはあと1時間くらいかな?」
「そうみたい。トラックとかの車輌はそこまでかからないで着きそうだけど、戦車はどうしてももう少し時間がかかるみたい」
「まぁそうだよね」

 それに仮に到着しても戦車を効果的に展開するほどの土地は海岸線にない為、一列に並べるくらいしかない。無いよりはあった方がずっと良いが、既に輸送ヘリで海岸線に降りた野戦特科部隊の装備する榴弾砲や迫撃砲、RPG、メーサーライフルなどでも十分に対応できるはずだ。
 将治の懸念は巨大集合体と物量戦でゴリ押ししてきた場合だ。幸いにも敵に知能がある為、無茶をしてこないが、裏を返せばそれだけ厄介な相手と睨み合いをしていることになる。戦術的な視点は高いと言えないが、敵は間違いなく持久戦に持ち込めば勝機があることを知っている。睦海もだが、Gフォースにとってもこんな人間的な敵との戦闘は慣れていない。しかし、それは日本の自衛隊にもいえることだ。

「そうそう。健が今こっちに向かっているってよ」
「お父さんが!」
「ほら、ゴジラも来ているから」

 そうだった。ゴジラとモスラもいるのだ。
 消耗持久戦を乗り切れば、項羽、ゴジラ、モスラという圧倒的な加勢がある。
 そう淡い期待を持ったところに、ソファーで休んでいた未希が唐突に立ち上がった。

「未希さん……?」
「来る!」

 その一言は周囲を緊張させるに十分なものであった。
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