Z -「G」own path-
葬儀はつつがなく執り行われ、昔話などに登場する桶の棺桶に入った祖母はこの地区一体の集落の共同墓地へと運ばれた。
祖母の家までは舗装された道路が走っているが、この墓地への道は未舗装で広場に古い石畳で墓地と谷に生い茂る森を区別してしている印象であった。
改めてこの集落の田舎加減を感じ、茉莉子はうんざりとする。叔父夫婦の話では自分達の代からは火葬で、最終的には祖父母を含めた先祖の墓も改装するつもりらしい。
参列者は自分達親族と近所の高齢者達で、茉莉子を計算に入れても平均年齢は70以上になるだろう。父方の祖父母が若い為、こちらの親族は特に年老いて見える。末娘の母があまり実家に帰りたがらないのも何となくわかる。そして、茉莉子自身も高知市までは望まない。せめて土佐清水の市街地であれば、一段落してからは街の観光を多少できただろうが、市街地から離れた場所にポツンとはみ出たこの半島の先端にある祖母宅へは、タクシーでも20分かかった。
調べた範囲で一番近くで暇つぶしになりそうなのは、徒歩10~20分のところに小さいながら水族館があるらしい。
どうしても考えてしまうのはレイモンドと睦海のことだ。何か込み入った事情のある事らしいが、二人は今も一緒にいる。どちらに対してでなく、嫉妬や仲間外れになる寂しさを感じてしまう。
一応、土葬が終わったらメッセージをダメ元で送ってみようと思う。どちらに送るかは悩むところだが、レイモンドに連絡しようと考えていた。
「何だか蟲が湧いてるなぁ!」
「あぁーもう! これだから土葬は嫌なのよ!」
「あんまり言うなって、これっきりの事なんだから」
「だけど、気持ち悪くて仕方ないわ!」
叔父夫婦が棺桶に集るハエを払いながら喚く。
確かに墓地に近づくに連れてハエが増えており、茉莉子も嫌悪感を示す。近づくハエを手で払うのも嫌なので、数珠にテッシュを巻いて振り回す。
「茉莉子、それはやめなさい」
「でもぉー」
母親に注意されるが、当の母親もハンカチで顔を覆って、片手でシッシッと払っている。
「こんなことは初めてだ。もしかしたら近くで動物が死んでんのかもしれない。……おい、後でそこらを探すぞ」
参列者の老人が他の高齢者達に言った。確かこの集落の長みたいな人だ。
彼の言葉に高齢者たちは各々頷き、歩きながらも周囲の草陰を覗き込んでいた。
何とか棺桶を運び終え、土の中に埋める。葬儀屋の男性衆が手際良く行なっているが、今回はやはり異常なのだろう、流石の彼らもハエの羽音に表情を険しくさせていた。土をかける最中もハエが一緒に土に埋まっていくほどだった。
「お母さん、私夕食要らない……」
「野菜だけでも入れときなさい。お母さんも同じだから」
茉莉子と母は小声で話しながら、ハエにまみれた土葬作業を見つめていた。
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睦海達を乗せた小型機は、高知県の高知龍馬空港に着陸した。機体は旅客機のように空港ターミナルへは横付けされず、建物から離れた駐機場で内蔵式のタラップが降ろされた。
睦海達が機内から降りると駐機場の隅で待機していた未希が近づいてきた。
「お久しぶりです」
「お久しぶり。大きくなったわね。……でも睦海ちゃんからしたら急に老けちゃったかしら?」
未希は笑って言った。確かに、21年前で会っているが、こちらで最後に会ったのは両親に付いてG対策センターへ行った時以来だ。もう何年も前の話になる。
みどりとレイモンドも各々未希と挨拶を交わす。
「みどりさん、これからまた移動だけど大丈夫?」
「えぇ。しっかりと休んでいますし、あのサイズのトラックなら運転も問題ありません」
みどりが未希に笑顔で答える。
睦海が目を丸くしてみどりを見る。確かに、Gフォース隊員が機体の後部から一辺2メートル弱のコンテナを空港が用意したフォークリフトで下ろし、機体へ横づけた中型の4ドアトラックの荷台に移動させていた。事前に寸法を合わせていたのか荷台ピッタリにコンテナは収まった。
しかし、問題は運転手のみどりだ。仕事柄小型のトラックを運転する機会はあるだろうが、そもそも免許は大丈夫なのだろうか。
「お母さん、運転できるの?」
「一応、調査では何度も運転しているわよ。それと私は駆け込みで旧免を取得しているから4tトラックは運転できるの」
とりあえず問題ないらしい。
「目的地の土佐大学がある土佐清水市は大体3時間弱の距離です。……睦海ちゃん、移動中にお話、させてもらっていいかしら」
「はい」
この時睦海は何故学会に出ているはずの未希が片道3時間、往復6時間と丸一日潰れてしまう距離を移動してここまで迎えに来たのかを理解した。
未希曰く、昨日で未希の役割は終わり、今夜学会終了後の懇親会に顔を出しておけば問題はないということであったが、それでも移動負担を考えると申し訳なく思う。
トラックの前列へみどりとレイモンドが乗り、後部座席に未希と睦海が乗り込んだ。高知自動車道へ向かう最中、その旨の話をすると、未希は微笑んで睦海の髪を撫でる。
「気にしないの。私だって昔は色々と悩んだし、迷惑もかけたし、助言も貰ったわ」
確か未希は超能力少女と呼ばれ、18歳でゴジラの一時的な足止めを成功させるなど睦海とはその境遇や状況こそ違うが怪獣の戦いの最前線に居続けていたはずだ。
それは健以上に睦海と似た経験をした人物といえ、最も相談相手に適した存在であった。
「さえ…新城さんは」
「そんな堅くならなくていいわよ。未希で」
「では、未希さんはどうでしたか? その将来についてとか」
「進路ね。……私の場合は元々能力開発を受けて力を得た時から精神科学開発センターにいて、ゴジラに会った時は既にその職員でもあったから立ち止まれなかったという方が正しかったかもしれないわ。あの頃は、私がやらなきゃいけないという気持ちが強かったと思うし、それで無理もした」
未希が今の関空建設基地でゴジラと対峙した時、足止めをしたものの意識を失ったらしい。その時未希を信じて自衛隊を退避させ、ただ一人に未希と共にその場に残ったのが大河内明日香だった。彼女は未希にとっての姉のような身近な大人であり、夫と海外で暮らしている為、長らく会えていないものの、今でも大切な存在だと言う。
「未希さんはどうでしたか? 自分の力を発揮したいという衝動というか……」
「あったわ。今の睦海ちゃんと同じように。それは求められていたというのもあるわ。私の力を信じてくれている人達もいた。今、睦海ちゃんがここにいるのも同じでしょ?」
「そうですね」
「でも、睦海ちゃん。これだけは間違えちゃいけないわ。求められていることに応えることが自分の道ではないのよ。私はやりたいこと、ううん。あの頃の私は、たまたま求められていたことと私自身が自分らしく、輝けることが同じだったからやりたいことになったのだと思うわ。睦海ちゃんはまだそれを見つけられなくて悩んでいる。それは無理に納得させることでもないし、今はまだ悩むべきだと思うわ。大人になるとその時間は無くなってしまうから」
「はい」
「でも焦っている」
「そうなんです。去年、戦いを終えて平和なこの世界になって、もう戦わなくてよくて、桐城睦海で生きていけるようになった。願いが叶ったんです。だけど、生活に慣れていくうちに日常が、周りが怖くなってきたんです。目標もない、目指すべきもの、立ち向かうべきものもない自分がどんどん周囲から離れている気がして」
「………」
「未希さん?」
「大丈夫。続けて」
未希は目を閉じて真っ直ぐ睦海を向いている。未希から何か見えない糸で睦海の額が繋がり、温風を当てられているような不思議な感覚が伝わる。
睦海は頷くと続ける。
「もうあの地獄は嫌です。今でもあの頃の悪夢を見ます。皆と同じように、もう戦わなくていいと思うと嬉しいし、この平和が続いて欲しいと思う。……だけど、ズルいんです。周りが平和に慣れて怪獣に対する意識が薄れているのを見て。私はいつもそれを恐れ、警戒している。だから、その時は皆が狼狽える中、私だけ落ち着いていられるし、もしかしたら戦うことだってできてしまう。……歪んじゃってるよね、私。普段は馴染めるように、新しい目標に向けてとか考えているはずなのに、心の奥底では皆が危機になって私の力を求めることを望んでいるなんて」
「……確かに、睦海ちゃんが望むこと、求めていること、嫌なこと、好きなことを箇条書きして繋げるとそうなるわ。でも睦海ちゃんの心はもっと複雑になっている。無理もないわ。だって貴女の半分は戦場しか知らない。そして半分は戦場を知らない。対照的な経験をした二つの心が一つになって、まだ何もわからないはずの将来について悩んでいるのだから。……複雑で睦海ちゃん自身もわからない心の内を言語化して自分が安心する為にその背景や一つ一つの感情に蓋をして納得させようとしてしまっている。このまま悩んでも多分、睦海ちゃんは悩み続けて苦しくなるだけよ」
「………」
それは薄々気づいていた。しかし、焦燥感はそのブレーキを効かせなくする。
それを理解しているのか、未希はもう一度睦海の頭を撫でた。
「一度、悩むことをやめて単純に心と付き合ってみたら? 単純っていうのは言語化とは違うわ。単に自分の心に従うの。大人になるって、色々なことを考えて心にいろいなブレーキをつけていくことでもあると思う。それは必要だし、それができてこそ大人なのだとも思う。……だけど、睦海ちゃんはまだ大人じゃない。だったら、今からブレーキをかけることなんて考えて悩むより、アクセル全開で走ってみたら? そうすれば、睦海ちゃんの複雑になっている心の奥にある一番重要な芯になるところを見つけることができるはず。……それを見つけてから悩んでも遅くはないわ」
未希は何か能力を使っているらしく、彼女の言葉の持つイメージが睦海にも伝わる。
恐らく睦海が話している間に浮かべていたビジョンやイメージも未希には伝わっており、或いは睦海自身も認識できていない深層にある想いも未希にはわかったのかもしれない。
それならもしかしたら、と睦海の中に一つの願望が生まれた。未希に余計な重荷を預けることになってしまうが、叶うのであれば、と睦海は願ってしまった。
「ありがとうございます。……あの、このまま私の過去を聴いて頂くことはできますか?」
「……そうね。いいわよ」
未希には伝わっている筈だ。先程の悩みとは全く違う。これは単なる睦海の我儘だ。今この時代、この世界に睦海のシエルとしての過去を共有することのできる存在はいない。
しかし、もしも一人でもシエルの10年を生きたあの世界の過去を共有する人が存在したら。……単に孤独を紛らす我儘に過ぎない。もしそれを受け止めてくれたら、きっと自分は今後未希に甘えることになる。それをわかっていても、願わずにはいられなかった。
そして、その感情も理解してのことだろう。未希は睦海の手をしっかりと握って頷いてくれた。
睦海は瞳が潤むのを感じながら、11年前、Gことガダンゾーアに襲われてシエルとなったあの日のことから順に語り出した。