Z -「G」own path-




 奄美大島の怪鳥出現の報せは飛行機に乗る睦海達にも届けられた。
 機内にある50インチの大型モニターは、司令部の将治と繋がっている。
 その前の座席にいる睦海達は将治から状況の説明を聞いていた。

『島の関係者によると、怪鳥はベニアジサシに酷似しているらしい。本来なら30センチ程度のカモメの仲間だが、出現した怪鳥は2メートル以上。大きいものは10メートルに相当する。言わずもがなZ寄生体だと考えられる。個体数は断定できないが、最低でも十数羽。推定では三十羽以上だ』
「そんなに……」
『あぁ。自然の多い地域であることもあり、完全に把握するのがまだ難しい。現在項羽が米軍基地を出発して奄美に向かっている。既に日本政府から四面楚歌の承認を得ているので、バハムートを出撃しての空中戦を展開する予定で作戦を考えている。本来なら高機動型の超電導電磁フィールドによる突撃だけで十分駆逐できる大きさの敵だが、マッハ10の衝撃波は周囲への被害が甚大だ。マングローブ林や市民生活への影響を考えると日本政府はストップをかけてくる可能性が高い』

 将治は悔しそうに語った。
 バハムートはあらゆる面で世界最高のスペックを持つ無人戦闘兵器だが、そのあまりに高過ぎるスペック故に戦闘面以外の理由で能力を発揮しずらい兵器だ。状況と結果次第では怪獣よりも被害を与えかねない。

『とりあえず、強襲型で島外へと出し、海上戦に持ち込んで高機動型と項羽による殲滅が妥当な作戦と判断し、今現場で詰めて貰っている』
「それしかないですね。人的な被害は?」
『まだ確認中だが、少なくとも一世帯の安否が不明で、他の住民は屋内避難をしている。市民が退避できないのも島内での戦闘ができない理由になっているわけだ』
「わかりました。……私達はこのまま高知へ行っていいの?」
『あぁ。睦海達は高知で新城未希さんと合流してもらうことを第一にしてほしい』
「わかりました」
『とりあえず、戦局はそのモニターでも確認できるように設定したので、何かあればメッセージでも通話でも連絡して欲しい』
「はい」

 将治の通信が終わり、モニターは奄美大島と項羽の座標が表示された地図画面に切り替わった。
 その画面を見つめて睦海は考える。

「加納さん」
「はい、どうしましたか?」
「そのタブレットで鹿児島と沖縄の地図を出してこれから伝える場所をマークすることできますか?」

 睦海に言われたレイモンドは自身の持つタブレットを見て、再び睦海を見て答える。

「できると思いますが、専門ではないので、画像編集用のソフトで手作業ですけど」
「構いません」
「わかりました。……いいですよ」

 レイモンドは画像編集ソフトに地図を貼り付け、そこに描画用のレイアーを重ねる。

「まずは尖閣諸島」
「最初の場所ですね。詳しくは知らないので大まかな場所ですが、構いませんね」
「はい。次が、宮古島と石垣島の中央上あたり」
「この辺ですかね」
「多分、それで大丈夫です。次が今怪鳥が現れている奄美大島の住用地域と宝島、それと奄美の港を」
「はい。確か例の漁船は名瀬港から出ていたみたいなので、そこから西の沖合にかけてでマークしました」
「ありがとうございます。最後が屋久島と種子島」
「できました」
「そこに詳細なものでなくていいので、海流を重ねられますか?」
「……インターネットにあるものを縮尺合わせて貼り付けるだけで良ければ、こんな感じです」
「十分です。……やっぱり」

 社会科の授業で習った通りだ。日本にはいくつかの海流が流れ込んでいるが、沖縄方面からは大きく二つになる。黒潮こと日本海流と対馬海流。そして、沖縄から種子島方面に向かう大きな海流は黒潮だ。黒潮は沖縄本島や奄美大島の北西側を流れ、屋久島、種子島と大きく蛇行しながら東の太平洋へと抜ける。季節によって差異はあるらしいが、概ねこの地図通りの筈だ。
 そして、睦海は今怪鳥の現れている住用地域だけが黒潮から離れていることに着目していた。
 睦海は住用地域のマークを指差して、レイモンドに問いかける。

「加納さん、これをどう見ます?」
「違和感はありますね。漁船の流れた範囲やモスラの見つかった屋久島は黒潮と重なる上に時間の経過ともマッチしますから、ここだけ海流にズレます」

 やはり同じ見解だった。それなら漁船と奄美の怪鳥は別々に考えるべきだろう。漁船はすべて痕跡だけで推測の域を出ない上に今の問題は怪鳥の方だ。怪鳥の方から切り込んで、漁船と別々に考えることの正当性を確認するのが建設的だろう。
 とは言っても、そもそもベニアジサシという生き物を睦海は全く知らない。カモメの仲間といっても、そもそもカモメの知識もあまりない。睦海は斜め後ろの座席で自分の仕事を行なっているみどりに声をかけた。

「お母さん、鳥ってどれくらい飛ぶの?」
「うーん、専門外だから確かなことは言えないけど、繁殖期近い頃は営巣地を中心に結構広い範囲で活動するのが一般的よ。特に海鳥は元々季節で南北を移動するし、羽は多分生え変わる筈だけどそれでも営巣地の沿岸だけに活動が限られる訳ではないと思うわ」
「これは確認だけど、巣から少し遠いところに狙いやすい魚群あったら、近場の餌だけじゃなくてそっちにも向かうかな?」
「そりゃ向かうでしょ? 多分例外なのは縄張り意識が特に高いか、天敵が多過ぎて基本的に巣から離れられない種に限られるわ。それでも番で雄雌交代かどちらかがずっと巣に残って一方が狩りに行くパターンになると思うわ」
「ありがとう」

 そうなると仮説はいくつか出てくる。基本的にはいつZにあのベニアジサシは寄生されたかの違いだ。
 A、昨夜から今朝まで。
 B、昨日の朝から夜まで。
 C、一昨日から昨日の朝まで。
 睦海の推測では破片が漂着した漁船に漁師のZ寄生体がいた筈だ。そのZ寄生体が他とは異なる脅威を持つ存在で、それ故にモスラとゴジラは日本に向かっている。怪獣達の移動開始と漁船の行方不明となったタイミングから、そのZ寄生体は昨日の朝に発生したのだろう。今尚謎なのはそのZ寄生体の何が他とは異なる脅威なのか? という事だが、少なくともモスラの幼虫が勝てなかったような存在だということはわかる。
 実は、これにも睦海は違和感を持っていた。海流に乗って移動しているのにも関わらず、まだその存在がはっきり確認できないのだ。昨日まではそこに疑問はなかった。大海原を漂流する一隻の漁船をこの短時間で発見できるとしたら、この世から漂流の事故や事件は存在しない筈だ。昨夜寝る前に念の為海上保安庁のデータを確認したが、確かに件数は年々減っている様だがそれでも存在する。
 しかし、今朝の報せでモスラがその漁船のZ寄生体と戦って勝てなかった可能性が高いのだ。ただ取り逃したのではなく、モスラは負傷していた。つまり、反撃をしてモスラを撃退させる力が小さい漁船に乗るZ寄生体にあったことを意味する。
 一瞬、物凄い超能力などの少年漫画的な力を有している可能性も考えたが、流石に現実味が薄い。しかしながら、今最も高い可能性であるのは事実だ。
 次いで可能性が高いのが、実は漁船の方でなく別のZ寄生体が脅威であった場合だ。つまり、すべて偶然で漂流する漁船と一緒にモスラに対抗できるほどの巨大なZ寄生体が漂っていた可能性だ。ただ、この可能性は二つの理由で可能性が低い。一つは何故一隻だけ種子島まで流れていたのか。一つはそれほどの大きさならば漁船のように発見できないのは謎となる。ゴジラやモスラの様な潜水能力があれば話は変わるが、漁船と共に漂流している状況から可能性は低い。
 実はもう一つ、一番考えたくない想像がある。睦海は怪鳥の発生タイミングでその想像があり得るかあり得ないかの裏付けになると考えている。

「何か考えがあるんですか?」

 無言になった睦海を気にしてレイモンドが話しかけてきた。
 睦海は頷く。話すことで気づくこともあるかもしれない。

「はい。怪鳥がいつ発生したものかがわかればと」
「それは重要になることなのですか?」
「はい。もし怪鳥が昨日の日中や今朝までに発生したZ寄生体なら、私は考えをもう一度整理する必要が出てくるんです。まぁ、できれば外れて欲しい想像なので、むしろ怪鳥が昨夜とかに発生していることが証明できればと思うんですけどね」
「それは我々学者がよく使う理論の組み立て方で解消できそうですよ。仮説を立てるのは自由ですが、それを他の人に支持してもらうことが一番重要です。なので、別の可能性を潰していくんです」
「なるほど」
「なので、この場合は昨日中の発生をまず潰します。これは簡単です。海流からしてその頃の場所と遠い。なので、可能性として今朝か一昨日。こんな感じです」
「今朝なら発見されるタイミングですから一番可能性が高い……ですか?」
「そう信じたいと感じられる言い方ですね。……なら、違うと思う理由は?」
「一つは私の最悪の想像ではそれが考えられないことになるから。もう一つは、大きさです。オリハルコンの力で巨大化することができる可能性もあるんですが、何故か純粋な巨大化でなく集合体や大量の捕食をして巨大化しているんです。……オリハルコンの怪獣化は本当に科学の常識を無視します。なのに、Z寄生体は巨大化するものの少なくとも体の表面積分は合体や摂取で入手しているみたいなんです。あれだけ質量保存の法則とかを無視していたのに……。なので、あれだけの数の寄生体の巨大化だと、今朝の短い時間だけで相当な数の鳥がZ化して集合体になったか、大量の材料を摂取して巨大化したかとなるんです」
「もしかして、Z寄生体の巨大化の誓約も気づいてることがあるんではないですか?」
「……はい。Z寄生体はオリハルコンではなく、オリハルコンを持つZに寄生された存在です。なので、オリハルコンの巨大化の効果はZ本体にしか作用しない。そしてZは単独で存在していられない。だから、巨大化するには器に当たる宿主を大きくしてからでないといけない。その為、Z寄生体は合体や捕食というプロセスを経て器を大きくさせないと巨大化できない。……と思います」
「では、今朝発生した可能性は低いですね。そうなると、一番可能性が高いのは素直に島の近くを通過したであろう一昨日の夜から昨日の朝にかけての、ここの辺りですね」

 レイモンドは先程の地図を表示させて、奄美大島の西の洋上を指差した。
 つまり、彼も漁船襲撃前にZ化したと推測したのだ。
 睦海はいよいよ最悪の想像を考えなくてはならないと、天井を仰いだ。




 

 レイモンドは段々と睦海の推測が単に手放しに天才的だと褒め称えるようなものではないことに気づいていた。
 確かにその推理力ともいえる知能には目を見張るものがある。それは事実だ。
 しかし、その推測のほとんどは圧倒的な想像力と直感から生まれている。浮かんだ考えを整理する過程で、理論立てが生まれているのだ。つまり、彼女のやり方は言わば問題と解答が用意されている論理の証明なのだ。
 それ自体はレイモンドも含めて多くの人が日常の中でも使っている思考だ。むしろそれ以外はそもそも解答が特定できないようなことの方が多い。問題から解き方を出して解答に辿り着くものはそもそも日常であれば、思考をさして求めないマニュアルといえる。
 しかしながら、彼女の思考が他の人と異なるのは、最初の段階で他の人が持たない解答が存在していることだ。Gフォースの人々も問題はわかっているが、解き方と解答のどちらも見つからないから苦戦していた。故に彼女の仮説を支持したのだ。
 そして、その理由をレイモンドは昨日知らされた。彼女には誰よりも多い怪獣との実戦経験があるのだ。世界が怪獣によって滅ぼされているならば、世界中に様々な怪獣が現れていたことは想像に難くない。その世界を10年間彼女は旅をし続けていたと話した。それならば、あらゆる怪獣との実戦経験、知識のみならず、命がけとなる経験も積んでいた筈だ。その世界で10年間生き抜いた結果、彼女の持つ危険予測、最悪を想像する能力は常人の想像を優に上回るレベルにまで極められていると考えられる。その結果、彼女は直感的に経験則の中から解答を出し、それを証明する思考をしているのだろう。

「睦海さん、話してください。貴女の考えるその最悪の想像を」

 レイモンドの言葉に睦海は俯く。話すと現実になるのではないかと恐れる気持ちもあるはずだ。年齢を考えれば当然だ。
 しかし、レイモンドが何も言わずに待っていると、睦海は一人頷き、口を開いた。

「最悪の想像は、漁師のZ寄生体が人間の思考力を持ち、そして他のZ寄生体をコントロールする力を持っている。言わばリーダーとして統率していることです。ただの群れのリーダーではなく、相当な数のZ寄生体がその指揮下にいると考えられます。具体的にはモスラの幼虫を撃退するだけの規模の。それは大軍といえるものだと思います。個体自体は数メートルくらいが最大サイズでほとんどは更に小さなZ寄生体だと思います。ただ、その統率力とチームワークは、すべてが一つの生物といえる程に優れている。もしそうだとしたら、これまでの怪獣とは全く異なる種類の脅威です」
「………」

 恐らく、彼女は今回のZが彼女のあらゆる経験の中で類を見ない特殊な存在として認識している。漁師がZ寄生体となったことで、その脅威が跳ね上がったと判断しているのはわかるし、事実だろう。その中で浮上する可能性の中で、彼女の直感はZという怪獣そのものではなく、Z寄生体になった生物、人間を脅威と捉えたのだ。しかも、人間の思考力までは報告書でも言及していたが、可能性が低いとそこで否定していた人間の社会性生物としての能力を得たZ寄生体と彼女は考えたのだ。どのようなことを見聞きして来たのかはわからないが、彼女は人間社会そのものが最も危険かつ恐れるべき脅威として認識していることが、この考えから伺える。

「やっぱり、言うべきではなかったですね。すみません」
「いえ。少し考えてしまいました。……では、その仮説と真逆の可能性を模索しましょう」
「真逆?」
「えぇ。つまり、今もZ寄生体に統率者なる存在はいないとするんです。その場合に考えられる現象、事態が発生していれば、統率者はいないと証明できます」
「なるほど」
「では聞きます。統率者のいないZ寄生体はどのような行動をしますか?」
「基本は増殖する本能に従う筈なので、巨大化するか数を増やしていきます。その為、生物を見境なく襲う筈です。ただ元の生物の習性は引き継いでいる可能性が高いので、群を形成するくらいのことはあると思います」
「つまり、今の奄美の怪鳥のように、ということですね?」
「はい。群れは基本的に強く大きい者がリーダーとなる筈なので、どんどん巨大化した一匹に集中していくと思います」
「なるほど。現在のところ、それが確認できたのは奄美だけですが、件の漁船も同様になっている可能性が高いです。では、統率者がいない場合、漁船の方はどうなっていると考えられますか?」
「怪鳥の発生した過程が、仮にZ寄生体の魚群を狙って逆に殺されて寄生されたとするなら、他の場所にも同じことが起こる筈です。鳥だけでなく、最初と同じようにサメなど大型の魚類、タコなどもありえると思います」
「僕もそう思います。宝島や屋久島、種子島周辺でそれぞれZ寄生体の群れが発生し、被害が出てくる。その可能性は高いと思います。しかし、今はない。これは偶然によると考えることができますか?」
「いいえ。……海流に乗っているとしても、すべてが行動を共にする状況はそれを指揮する統率者の存在を疑うしかありません」
「そうですね。あと、今浮かんだ僕の仮説を」
「はい」
「Z寄生体がそもそも新たに増えていない。つまり、漁師に寄生し、後はそのまま一緒に海流に乗って移動する魚群と漁師達だけという仮説です」
「それは……あり得ないと思います。そもそもの理屈に合わない行動ですし、それならモスラに倒されている規模だと思います」
「そうですね。……では証明していきましょうか。統率者がいて、Z寄生体の軍団の規模が拡大している場合、何かしら痕跡があるはずです」
「痕跡……」
「昨日と今朝の漁獲量の差。……これなら参考になるんじゃない? 各地の漁協に問い合わせれば答えは得られると思うわよ」

 後ろから声がして、振り向くとみどりが笑っていた。
 睦海はみどりを見て、頷く。

「……で、それだけ? まさかただの女子高生が漁協に片っ端から電話かけるつもり? 多分時間かかるわよ?」
「確かに……」
「母を頼りなさいな! G観察研究センター環境研究部門主任と名乗れるとちょっとは違うわよ?」
「お母さん……」
「まぁ、昨日と今日の差なら多分明らかに違うかどうかくらいなら一箇所で済むと思うわ」
「どう言うこと?」
「漁協は各港の漁師さん達の組合で、農家なら農協って言うでしょ? でも、漁協だけだと組織として重要な部分が足りないの」
「農作物とは違うってこと?」
「まぁ、農作物も全農とか取りまとめがあるけどね。それぞれの漁港だけじゃ流通仕切れないでしょ? 買いに行く為に離島の港まで行ってたら大変じゃない」
「あ、確かに」
「だから、港の市場だけじゃなくて、県ごとにある卸市場で流通させるのよ。市場が港の魚を仕入れてね。それをやってる組織が、漁連。つまり、この場合は鹿児島県漁連ってこと。当然管轄内の漁協毎のその日の漁獲量を収集して買い付けを決める訳だから、ある程度の範囲で明らかな違いがあればわかるってこと!」

 そう言ってみどりは漁連の番号を見つけて電話をかける。
 すぐに応対してくれているらしく、電話はあっという間に終わった。

「昨日と今日でやっぱり差が出てるわ。しかも、貴女が言ってたZの移動しただろうルートに沿っての範囲だけ不漁で、他の港はむしろ昨日より今日のが水揚げされているらしいわ。それと、どうやら同じことを考えてた人が項羽にもいたらしくて、昨日同じ質問をしていたらしいわ。ちなみに、あまり昨日は奄美含めて港毎の漁獲量の変化はなかったらしいけど、気になって担当者が漁協に問い合わせたらしいわ。漁船の行方不明の件もあったしね。……で、どうやら奄美では船毎の差が物凄かったらしいわよ」
「船毎?」
「そう。漁師さんってそれぞれ漁をする場所ってあるのよ。他所ンチが勝手に自分ちの畑で収穫してたら怒るでしょ?」
「そりゃそうね」
「漁師さんもおんなじで、それぞれ漁をする場所ってのがあるわけよ。勿論、普段も沢山水揚げできた船もあれば不漁の船もあるけど、昨日はかなり偏ったらしいわ」
「じゃあ……」
「睦海の仮説は多分合ってる。奄美大島の怪鳥よりもずっと大きな脅威が今も太平洋にいると思うわ」

 みどりは断言した。レイモンドも同意だ。
 ここまで考え至れば、それを想定しないのは単に逃避しているだけだ。
 本当の敵はただのアンデットではない。アンデット軍団を統率する存在だ。


 

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 海の上に一人だけ立つシルエットがある。
 Z寄生体の達也だ。
 既に死後1日が経過した事で腐敗が進んでいた。通常であれば死後硬直が発生するが、既に体を動かす過程で筋繊維は破壊され、現在は修復を繰り返しているが、生前の状態を維持する必要もないため、体を操作する為に必要とならない組織は腐敗しても修復は発生していない。
 それは足元にいるサメや魚も同様であった。
 そして、その腐敗臭に反応し、陸地からやってきたハエが集まっていた。

「ヤレ」

 彼の一言でハエ達は一瞬にして海に沈み死滅する。そして、Zが寄生していった。
 この繰り返しを朝からずっと行なっていた。
 まるでそろそろ頃合いかというように、彼は片手を高く上げる。

「トベ」

 その声に反応し、海の中から無数のハエが飛び上がり、頭上に黒い塊を作る。
 達也はその上げた腕を前に向けて下ろした。

「イケ」

 ハエの大群はその示した方角へと飛んで行った。
 これは言わば尖兵だ。
 彼は遂に陸地を目指していた。
 
 
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