Z -「G」own path-




 茉莉子達が高知の祖母宅に到着したのは日付が変わる直前であった。所謂限界集落であり、叔父家族が発見した時は既に危篤であったらしく、病院へは行かず主治医が立ち会い、看取ったという。
 死去した直後に叔父から茉莉子の母親に連絡が入っていたこともあり、既に家族に焦りはなかった。
 茉莉子達が祖母宅に着いた時には、主治医も帰っており、地元葬儀屋の社長が葬儀の段取り叔父夫婦相手にすすめていた。

「前々から話も代金の前払いも済んでいるんで、明日には葬儀ができる段取りです」
「お袋らしい話だが、やっぱりやるんですか?」
「まぁ亡くなったご主人もそうでしたし、ここらはまだ土葬ですから。先週亡くなった方も自分までは土葬でいきたいと仰っていて行われましたよ。……生前に頼まれた話では、ここの地区の慣習通りに葬儀は親しい集落の者と親族だけで済ませて構わないとのことでした。先程清拭だけは済ませていますが、明朝こっちで手配した専門の者が湯灌やお化粧などを行いに来ます。準備ができたら昼に住職が来て葬儀となり、午後にはお墓への埋葬となります」
「わかりました。今時土葬とは思いますが、お袋の最期の我儘なので、よろしくお願いします」

 葬儀屋と叔父の会話に耳を傾けながら、茉莉子は数年前に亡くなった祖父も土葬だったことを思い出す。
 この地域は土葬を行う風習が今も続いているらしい。墓地もこの辺りの集落は同じらしく、山の麓の広い霊園となっていたのを覚えている。とは言え、小さい頃は毎年来ていたものの、祖父の葬儀が亡くなってからは頻度も減り、茉莉子がここに来たのは2年半ぶりとなる。
 その為、感傷に浸ることもできず、部屋の隅で携帯を確認する。
 レイモンドから着信が入っていた。1時間程前であったので折り返しかけることを少し躊躇われたが、庭に出てレイモンドに発信した。

『あぁ、マリちゃん。ごめんね、大変だろう時に』
「ううん。私は特にやることがないから。……どうしたの?」
『何から伝えたらいいかわからないけれど、とりあえず明日、僕も高知にいくことになったんだ』
「え! そ、そうなんだー」

 茉莉子は思わず顔がニヤけてしまい、誰に見られる訳でもないが、髪の毛を触って顔を隠す。

『実は今、昨日マリちゃんから聞いた桐城睦海さんと行動を共にしているんだ』
「えっ! 睦海さん!」

 我ながら表情がよく変わると感じながらも、ざわざわとする胸の上で拳を握る。
 どうしても良くない想像をしてしまうが、レイモンドと睦海が相手だ、何か理由があるはずだと自分に言い聞かせる。

『実は彼女が僕の研究で重要な情報を持っている人だったんだ。詳しくは話せないし、この通話も聞かれているから機密になることは一切言えないんだけど、彼女と共に高知に明日行くことになった。時間が合えばマリちゃんに会いたいとは思うけど、どうなるかまだわからない』
「うん、わかった。でも、ここ日本なのに土葬するくらいのど田舎で周りが海と山しかないところだから、会えるかはわからないかな」
『わかった。だけど、帰国する前に会えたら嬉しいから、一応連絡をするよ』
「うん」

 通話を終えた顔はほんのり熱い。
 崖のように急な斜面の先に見える海を見つめ、大きく深呼吸した。
 嬉しいし、一瞬頭を過ったようなことは無さそうだし、むしろ何か大変なことに巻き込まれてしまっているようだったが、やはり美少女の睦海とレイモンドが一緒にいると知ってしまうと胸がざわついてしまうのであった。



 

――――――――――――――――――
――――――――――――――



 

 深夜の森。そこは太古から変わらず21世紀までその姿を残す原生の森。深い緑が月明かりに照らされ、動物達が息を潜める。
 その木々の中をモスラは進んでいた。
 その幼い体には先の戦いで負った無数の傷がついており、節の間には血が滲んだ痕が残っていた。
 モスラは導かれるように一本の大きな杉の木に辿り着いた。幹はモスラの胴体にも匹敵する程に太く、樹齢は二千年を超えるであろう古木であった。
 それを見上げたモスラはゆっくりとその縄文杉の幹に登り、頭を夜空に向けて上げて体をそらせる。
 そして、口から糸を吐き出す。糸は夜空を舞い、モスラの体に降りかかる。
 月明かりに糸は七色に輝き、モスラを包んでいく。
 そして、縄文杉にモスラの巨大な繭が作られた。
 モスラの通った後を辿り、屋久島の人々がモスラの繭を発見するのは朝日が昇りきってからのことであった。


 


――――――――――――――――――
――――――――――――――





 翌朝、睦海は着替えを済ませ、ヘイアイロンで髪を整えていた。制服であった為、着替えを用意していなかったが、女性隊員達が私物を用意してくれた。
 睦海に合う服を選ぶと朝一番でやってきて、あれこれ吟味した結果、これが似合うと水色のストライプ柄のブラウスと白色のロングのプリーツスカート、そして睦海と足サイズが同じだったためスカートに合わせた白のパンプスを用意された。そしてヘアアイロンも貸してもらい、久しぶりに髪をふんわりとさせてボリュームアップさせた。
 鏡で確認すると一体自分はこれからどこに出かけるのだろうかとツッコミたくなるようなお出かけコーディネートになっていた。

「睦海、学校には休みの連絡しておいたわ。……って、何してるの?」
「ついポーズを決めたくなって」

 みどりが鏡の前で飛び跳ねながらポーズを決めている睦海を見て冷静なツッコミをしてきたので、睦海は真顔で答える。

「馬鹿なことしてないで、準備できたなら早く行くわよ。朝食、今なら社食で食べれるから済ましなさい」
「はーい」

 G対策センターの食堂に行くとレイモンドも食事をしていた。既にオンバーン達にはレイモンドの事が伝えられており、彼の分は共同研究者達がカバーすることになっていると昨夜話していた。
 どうやらその分の補填をしっかりするつもりらしく、彼はロールパンを食べながら、仕事熱心にもタブレットを確認している。

「おはようございます」
「あ、おはようございます。昨日はありがとうございました。うまくいけば新機軸のビジョンを打ち出せる可能性も出てきました」

 レイモンドは昨夜睦海に約束通りインタビューを行った。睦海の正体を知った彼にとって、睦海の経験は貴重過ぎるものだったことだろう。
 録音したインタビューの文字変換された文章の誤字などの修正をしているらしい。彼は時折タブレットに触れて文章の修正をしている。

『私は二つの世界の記憶があります。この世界ともう一つ、歴史が変わって存在しなくなった地獄の世界。そしてそっちの世界では私は10年間機械の体で生きていました。一年前、歴史が修復されたことでこの世界の私に統合され、生身の人間に戻りました』
『元の体に戻った時の感想は覚えていますか?』
『当時は色々な感情が入り混じっていましたが、体に関しては違和感でしたね。だってずっと機械の体だったのが突然元の体になったんです。違和感が凄かったのを覚えてます。幸いこの世界で生きた記憶もあったので、生身故の生理現象などに不自由することはなかったですが、それでも戸惑いはありました』
『できれば詳しくその辺りも伺いたいのですが、セクシャルハラスメントに該当する為、話せる範囲で構いません』
『んーそれ自体が多分、機械だった影響なんだと思います。自分の容姿のこともそうですが、多分今の私は体そのものに自己を感じるというのか……その自分自身を客観視する癖があるのを自覚しています。内面や感情は違うのですが、外見や体という点については……多分学者さんなのでわかるかと思うのですが、観察、分析して理解していく感覚が一番近いと思います。生理現象もそうです。内臓が動き、生命活動を行なっている結果の感覚がこれかと考えながら馴染んでいきました。月のものもそうですね。元々血は見慣れてましたし……』
『ゴホッ! ……ありがとうございます。その辺りは別の研究分野になるので、大丈夫です。次にアンドロイドであった時ですが、その当時は自身をどのように捉えていましたか?』
『それは人間か機械かみたいな? それとも機械の体に対してですか?』
『両方含まれます』
『そうですね。どんなに強いアンドロイドであっても、私は10代少女として生きていました。人であると考えていました。そして機械の体はその私の体です。義手や義足もそうだと思います。そうですね。もっと身近なアイテムだと、眼鏡なんかと同じです。体の一部として装備している。機械の体も同じです。元々M-6規格の中でもシエルは移植に伴ってより人間に近いものにしていたらしいので、それは一際強かったのだと思います』
『そうですね。結局実物や資料は見せてもらえませんでしたが、聞き及んでいる限りも既存のM-6規格よりも人間的というか実生活を視野に入れた皮膚や人工臓器を搭載していたようですね』
『そうですね。亜弥……いえ、真壁さんの話では、この世界のシエルも他のM-6とは違う特別製だとは話していました。それがレプリカントというものだとは先程まで知りませんでしたが』
『そうですね。話は逸れますが、シエルのM-6は少なくともこの世界では限りなく次世代機のM-7に近い存在だったのかと思います』

 チラリと覗き見ると文字起こしはほぼ終わっているようだ。どちらかというと、何が使えて何が彼の胸の内に留めるべきことかを精査しているように見えた。
 確かに事実を知らない人間が見たら、気が触れたかと思われても仕方がない話ばかりだ。
 しかし、レイモンド曰く、重要なのは睦海が語った眼鏡の表現が真理に近いものだという。睦海の体に戻った直後の違和感も体の一部であったツールを失った場合、それは体の一部を後天的に欠損した人の感じるものと類似している可能性があると考察していた。どうやら今はその切り口から将来より感覚的操作ができるデバイスが普及し、人間の体の一部のように手放せない存在となる可能性とその喪失時のストレスの関係性から理論を展開していこうと考えているらしい。
 確かに、睦海がスマートデバイスを活用しているのは便利で使いこなせているのもあるが、シエルから失われた感覚を補う代替となっている可能性は高い。
 モーニングセットBのコーンポタージュスープを飲みながら思った。

「お母さん、どうしたの?」
「いや、このGセットの茶豆スープが案外美味しくてなんて言うのかなと思って」
「お母さん、それフェイジョアーダよ」
「……何それ?」

 それくらい自分で調べなさいとみどりに話していると、周囲の職員や隊員達が騒ぎ始めた。
 みどりが顔見知りのGフォース隊員に声をかける。

「どうかしました?」
「嗚呼桐城さん、モスラの繭が屋久島で発見されたんです」
「えぇ!」

 みどりが驚いていると、新城が食堂に入ってきた。睦海達を見つけると駆け寄ってきた。

「おはようございます。モスラの件は?」
「今聞きました」
「なら話は早い。モスラの移動した後にはモスラの血痕が確認されています。それと例の漁船も発見されました。2隻は無人で宝島沖を漂流していました。船上に致死量相当の血痕も確認されました。そして、一隻はバラバラになって種子島に漂着していました。その中にモスラの表皮と思われる付着物がありました」
「じゃあ、モスラはZと既に戦った?」
「その可能性は高いかと」

 睦海はそれを聞いて、みどりに問いかけた。

「……お母さん、島のモスラってほとんど幼虫なんだよね?」
「えぇ。そう聞いているわ」
「モスラって地球の守護神みたいな存在なんでしょ? もしかして成虫になるのは卵を産んで世代交代する為なのもあるけど、モスラの場合、それ自体が脅威と感じる存在に対応する為の本能の一つなんじゃない?」
「確かに小さい時にあったモスラもゴジラと戦う為だったわ。ということは、今も?」
「うん。幼虫じゃZに勝てなくて成虫になって再戦するつもりなんじゃないかな」
「未希も同意見だった。……みどりさん、こちらの準備はできましたので、出発をお願いします」
「わかりました」

 三人はGフォース格納庫内に用意された小型飛行機に乗り込み、高知へ向けて出発した。





――――――――――――――――――
――――――――――――――


 
 

 奄美大島の中央部、名瀬の南部にある住用はマングローブ原生林のある住用川が流れ、カヌーなどのレジャーが盛んな観光エリアの一つだが、オフシーズン中は長閑で自然豊かな離島の村である。
 そして住用川から更に南東、トビラ島を望む沿岸の市集落は観光施設も少なく、より一層その気配は増している。人口も150人程度の小さい集落である。

「おはようございます」
「おはよう」

 小中学校に通う児童が郵便局員に挨拶する。
 郵便局員は集落の更に先、集落北部にある浜辺、ターバマ(高浜)近くにある移住者の家へ郵便物を届けるためにスーパーカブを走らせる。未舗装の道を進みながら、「ん?」と途中でカブを止めてエンジンを切る。
 おかしい。静か過ぎる。
 この地区で生まれ育った彼は、その異常を敏感に捉えていた。風が抜け、木々がざわめく。

クイィィィキィキィ・・・

 ベニアジサシの鳴き声が聴こえる。
 しかし、違和感がある。カモメの仲間だけあってベニアジサシはいつも海辺にいる。今彼がいるのは沿岸地域といえ内陸の森の中の道だ。他の鳥の鳴き声が聴こえずにベニアジサシの鳴き声が聴こえるのは妙だ。しかも、海ではなく山側の空から聞こえて来る。
 彼の場所は森に囲まれている為、見晴らしは良くない。

「何かあったのか?」

 彼は一人呟き、空を見上げていると、バサバサと空を裂く音が聞こえ、風が木々を揺らす音が近づいてきた。

「なんだ? ……うわっ!」

 風が吹き、思わず身をかがめる。周囲の木々もバサバサと揺れている。
 そして、彼の頭上を大きな影が通り過ぎた。
 まだ風は吹いているが、恐る恐る顔を上げると、再び大きな影が通過した。

クイィィィィ・・・

 それは鳥だった。逆光だったが、それでも白い全身と紅色の嘴と脚が見えた。昔から見慣れているベニアジサシのシルエットであった。
 しかし、それは30センチ程度のベニアジサシとはまるで違った。ゆうに4メートルを超える怪鳥であった。

「今のは……」

 驚きを隠せず、空を見上げていると、更に周囲の木々が強風にバサバサと音を立てる。更に大きく広い範囲から迫るその音は山から集落の方へと向かっている。
 そして、音の方角に視線を向けていると、木々の隙間から鳥の影が次々に飛んでいくのが見えた。一羽や二羽ではない。沢山の怪鳥が集落へ向かって飛んでいった。

「大変だ……!」

 彼は慌てて携帯を取り出して役場に電話をかけた。
15/31ページ
スキ