Z -「G」own path-




 みどりがG対策センターに到着した時は既にすっかり辺りが夜になっていた。
 途中で将治から睦海と一緒にいるという連絡は受けていたので、既に心配はなくなったが、有事の司令部に睦海が押しかけたことに対しての不安は大きかった。
 センターの職員であるみどりは、自身のIDで受付を通過できるが、有事中のGフォース司令部となると入れるか不安があったが、どうやら主任階級は隊員にIDを見せれば通過できるらしい。
 司令部の分厚い自動扉が開くと思った程の喧騒はなかった。人もまばらだ。ただ、室内全体に緊張感だけは漂っている。
 チラっとみどりを見た隊員に会釈をしながら、一番奥にある将治の部屋に入る。

「最善手は今晩中に鹿児島、高知、徳島の海域封鎖と四面楚歌によるローラー作戦になるが、四面楚歌は市街地を含むエリアの使用に制約があるんだ」
「そうですね。もっとエリアを限定できれば日本政府に掛け合えるだろうけど。それに、瀬戸内海に侵入する可能性や鳥や虫に寄生した場合、内陸部で出現する可能性も高いと思いますよ」
「睦海?」
「あ、お母さん! お疲れ様」

 睦海はいた。将治と机を挟んで話していた。しかも、他にも4人いる。うち一人は新城で、残り3人は直接みどりの面識がないが、Gフォースの部隊を率いる幹部であることは知っていた。
 そんな面々がブレザーの制服を着た睦海の意見を真剣に聞いている。非常にシュールな光景だ。
 将治が手を挙げて話し合いを中断してみどりに近づく。

「みどりさん、ご無沙汰してます」
「あ、いいえ。将治く……麻生司令もお元気そうで」
「畏まらなくて大丈夫です。ここにいるのは21年前の全てを知る者達です。貴女のことは勿論、睦海のことも知っています」

 視線を睦海と共にいる幹部達に移すと彼らは頷く。
 ふと、将治が「いや」と漏らし、視線を部屋の隅のソファーに小さく座っている青年に移す。

「正しくは図らずも先程知らされてしまった者もいますね」

 青年は苦笑しながらみどりに頭を下げた。

「彼は?」
「加納レイモンドさん。……と名前を伝えればみどりさんもわかると睦海が」
「加納……えっ! なんでここに?」
「なし崩し的に、と言うのが正しいかな? 一応、彼は研究者で後程睦海にインタビューをする約束をしているのと、知り過ぎてしまった為、ここから出せなくなってしまったんです」
「えぇーと、何で?」
「まぁ、もう少し睦海をお借りしたいので、その辺のことを彼から聞きながらお待ち頂けますか」
「あ、はぁ……」

 もう何が何だかわからない。本当は部屋に入って睦海を見つけるなり、将治達に迷惑をかけた行動を注意し、説教をするつもりで来た。だが、最早その毒気はすっかり抜けてしまった。
 言われるがままレイモンドの隣に腰を下ろす。

「えぇーと……」

 レイモンドも戸惑っている。そりゃそうだ。いきなり訳の分かっていないおばさんを押し付けられたようなものだ。
 とりあえず、彼に挨拶をする。この状況下だとみどりの立場はG対策センターの主任や健の妻などもあるのだが、睦海の母というのが正解なのだろう。

「あぁ、なるほど」

 やはりそれだけで話が通じてしまった。
 睦海は再び幹部達と話し合っている。
 まずは現状を把握することが建設的だと判断し、みどりはレイモンドに教えてもらうことにした。

「睦海は一体?」
「本当に凄いの一言ですよ。私を使ってここまで繋げた交渉能力にまず驚き、司令相手に物おじせずに自身の仮説を話したことに驚き、その推測が見事に当たって自分の倍以上歳の上の人達を相手に意見を交わすことにまた驚き、とどめは昨年の実験の被験者であることと、更に未来人とタイムスリップして21年前の戦いを勝利に導いたと聞いて、もう驚ききれませんよ」

 レイモンドは苦笑する。
 後半はみどりもよく知っていることなので驚きはなかったが、前半の話は寝耳に水だ。
 何で睦海がそんな重大なことを気づき、話せたのだろうか。21年前の、否本人の体感時間では昨年の睦海の行動力と最近の焦燥している様子を見れば、一連の一見無茶苦茶な行動も納得できる。変なところが健に似てしまい、居ても立っても居られない性分なのだろう。
 それはいい。後でゆっくり家族会議だ。
 問題は何故彼女が幹部達の関心を惹きつけるほどの仮説を唱えられたかだ。みどりに思い当たるのは、彼女の持つみどり達の知らない知識だ。そうなると、まさかガダンゾーアが復活したのか? それなら一大事だ。もしくはゴジラとモスラの何かに気づいたのか?

「もしかしてガダンゾーアが復活したんですか? それともゴジラに何かが? だから睦海が?」
「えぇーと、何か勘違いされていますね? 今脅威となっている怪獣はGフォースがかつて開発事故で生み出してしまった寄生型の怪獣らしいですよ。……あ、これはどうも極秘みたいなんですが。でも、この部屋にいるのなら知ってしまっても大丈夫ですよね?」
「それは……」

 わからないが、少なくとも睦海から連想した最悪の事態ではないらしい。
 そうなると、睦海は自分一人の力で仮説を立てて、それを伝える為にこれだけの行動を起こしたということになる。
 そして、ソファーに座って睦海を見ていると、彼女の表情がとても生き生きとしていることに気づく。この一年、睦海は悩んでいた。記憶の混濁や生活に慣れようと必死にもがいて、そして慣れてきた日常の中で苦しんでいた。焦っていた。間近で見ていたみどりは、それを肌で感じており、それが思春期特有のモラトリアム的な心理だけではないことも気付いていた。戦場を経験した人は日常に戻れないという話は耳にすることがある。睦海はきっと平和な日常と戦場という非日常それぞれを求める相反する想いに葛藤し、悩んでいたのだろう。そして、日常に再び非日常が近づいて体が動いたのだ。或いは日常に染まる自分を恐れていたのかもしれない。
 そして、みどりは無意識に平和に馴染み、再び戦場に睦海が連れていかれることを忌避していたのかもしれない。親として、またシエルとして生きた睦海の境遇を知る仲間として当然の想いだが、それが睦海にはプレッシャーとなっていたのかもしれない。シエルの記憶は今の睦海にとってアイデンティティの一つだったのかもしれない。そのアイデンティティは非日常の状況下で活かされるものだ。非日常に備え、モチベーションを高めることは別の角度から見ればそれを求めているようにも見える。身近な人間達の望まないことを求める自分とみどり達と同じように平和な日常を求める自分。想像しただけでも苦しく、辛い葛藤だ。
 昨日の健の言葉を思い起こす。
 彼はもしかしたら今の彼女の姿が見えていたのかもしれない。
 今ならみどりは本心から思うことができる。睦海がどういう道を選ぼうと、それを応援しようと。

「みどりさん」

 みどりのところへ新城が歩いてきた。
 睦海も後ろからついて来ている。

「お久しぶりです」
「はい。ご無沙汰しています。……今睦海さんと話をしたのですが、妻が現在学会で高知にいます。元々妻と会うことを準備していたことは既に睦海さんにも話してます」

 チラリと睦海を見ると、はにかんだ表情をしている。察しの良い子なので、みどり達が睦海を心配して美希達と引き合わせようとしていたことはわかっている様だった。

「お母さん達も大概じゃない……」
「単身Gフォースに乗り込む馬鹿娘に言われたくありません」

 そして、同時に二人とも苦笑いをする。
 それを温かい目で見ていた新城が切り出した。

「我々からしたら貴女達は十分に似た者親子ですよ。……それで本題ですが、未希も何かを感じ取った様です。まだ海にいるとしかわからないようですが、高知で何かが起きる可能性を予知しました」
「予知……」
「予知については本人もまだ確たるところでは無いようですが、皆さんに未希と合流して頂きたいと思います。自分と麻生も離れられない状況なので手配はしますが、みどりさんに担当をお願いしたいと思います。一応、G観察研究センターは緊急コードが発令されてGフォース指揮下に入っているので、これは命令と解釈して受領して下さい」
「わかりました」
「高知へは明朝、手配された専用機で移動となります。……それで貴方ですが、如何しますか? ちなみに、残る場合はG対策センターから出ることはできません」

 新城がレイモンドを見る。
 彼は肩を浮かして笑った。

「それは選択肢になってませんよ。……えぇ。勿論、同行しますよ。むしろ同行させて下さい」
「わかりました。皆さんには簡易ですが、宿泊スペースを提供します。なるべくゆっくりお休みできるようにするつもりですが、状況の変化で呼び出す場合があることはご理解下さい」

 新城は貫禄ある微笑みを浮かべて3人に伝えた。

 



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カクゥゥゥゥン・・・

 夜のふけた海原をモスラの幼虫が泳いでいた。
 その前方には小さな漁船があった。船は無灯火でエンジンもかかっていないにも関わらず航行していた。潮流に乗っているものの、それでもただ闇雲に流されているのではなく、少しずつ潮流に沿って斜めに進んでいた。
 そして、船の下は月明かりを反射した細かい光がキラキラと映り、船尾は水飛沫が細かく立っていた。
 それは魚の大群であり、時折人の物にしては大きな足がバタ脚しているのが見える。

カクゥゥゥゥン・・・

 モスラは躊躇することなくその漁船、第五空丸に突撃した。
 小さな船は瞬時にバラバラに砕ける。
 そして、船の周りの魚の群れも周囲に広がる。

「オオオオオオオォォォーッ!」

 直後、モスラの頭部にしがみついたボロボロの服を着た達也が叫んでいた。
 その声に反応してモスラの周りを魚の群れが取り囲み、細かい水飛沫が一面に広がる。

「ヤレェェェェーッ!」

カクゥゥゥゥン・・・! カクゥン!

 達也の一声で一斉に水面から魚がトビウオのように跳ね上がり、ピラニアのように歯を立ててモスラを襲いかかる。
 モスラは悲鳴を上げながら、相対的アリよりも小さい、モスラの目に見えない程の微小な大軍に群がられ、そのまま海中に沈められる。
 海中に沈んだモスラは更に5メートル程度の鱗に包まれた人型の怪物の攻撃を受ける。
 鱗を纏った巨人達は沈んだ漁船の柱や破片を握り、モスラの節の隙間に突き立てた。
 海中にモスラの血液が広がる。

カクゥゥゥゥン・・・

 自身の十分の一にも満たない小さな敵の群れにモスラは苦戦していた。

「イケェェェェッ!」

 5メートル以上の大型のイタチザメの背に立った達也は海中で暴れて大きな水柱を何度も上げるモスラを指差して更に指示を出す。
 海中で魚群と巨人に襲われるモスラの下を同じく数メートル級のイタチザメが10匹、グルグルと周回をしながら浮上し、モスラにくらいついた魚の諸共噛み付く。

カクゥゥゥゥン・・・!

 モスラの目が光り、体をローリングさせて抵抗する。
 更に胸部が発光し、電撃が放たれた。
 海面がバチバチと閃光し、魚やイタチザメ、巨人が浮かび上がる。

カクゥゥゥゥン・・・

 攻撃の手を逃れたモスラは血を節々から流しながら、海中深くに逃げて行った。
 残された達也は、海面に浮かんだZ寄生体達を無表情で見下ろし、ゆっくりと元の目指していた方角へ顔をガクッと曲げて声を出した。

「オキロ……イクゾ」

 その声に応じて海面に浮かんでいたZ寄生体達は波紋が広がる様に動き出し、再び達也と共に移動を再開した。
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