Z -「G」own path-




「ん~! 美味しい!」

 満面の笑みでケーキに乗っているイチゴを口に入れて歓喜の声を上げる睦海。そして、その向かいに座る世界大会決勝戦で燃え尽きたかのように真っ白な灰となった梨沙。
 スイーツ食べ放題の店でここまで対照的な席は他になく、周囲の客もちらちらと二人を見ている。

「ほら、梨沙も食べなよ。時間制限付きのスペシャルデラックスコースなんだから、食べなきゃ損だよ」
「ムツミン、私はあんたのその可愛さを見て、時折小悪魔なんじゃないかと思っていたわ。だけど、そんなちゃっちいもんじゃない。私は恐ろしいもの片鱗を見た気がしたよ」
「何言ってるの?」
「いや、もう……こっちの話です、はい」

 ぶつぶつ独り言を呟く梨沙を無視して、睦海はケーキを食べる。クリームは油分も少なく甘さも強くない。スポンジも程よく甘くフルーティ。中々食べ放題のお店では提供されない贅沢な仕上がりだ。
 睦海の皿は他にも栗をしっかりとペーストして作られたモンブラン、光沢を放つチョコレートソースのコーティングに加えてココアパウダーを丁寧にまぶされたチョコレートケーキ、チェリーが浮かべられたゼリー、色鮮やかなマカロン、そして今にも流れ落ちてしまいそうなプルプルのババロア。
 午後の体育で部活を二日連続で休む為、そしてこの一時で摂取するカロリーを消費する為に、周りのクラスメイトが引く程のストイックな走り込みを行っていた。ちなみに体育の授業内容はバレーボールだったが、グループ毎に交代で行われた模擬戦よりも体育館の脇でシャトルランをする睦海にクラスメイトの視線が集まっていたのは言うまでもない。

「あと2回くらいはおかわりできそうね」
「ムツミン、今日の貴女ガチ過ぎませんか?」

 梨沙の言葉に睦海はフォークを置いて、テーブルの上で手を組んで、額を当てた。

「梨沙、スイーツ食べ放題は戦いなのよ。そう。聖戦といって差し支えないわ」
「……普段、スクールカーストを気にしてお嬢様を装っているムツミンにこの姿を見せて詰問したいわ。何がそうさせるの?」
「そうね。……強いて言うなら、ここに美味しいスイーツがあるから……かしら?」
「はい、名言いただきましたー!」
「梨沙こそ、今日おかしいわよ?」
「いやいや、あんたの所為だろ!」
「ほぉ?」
「なんでもごじゃいません。どうぞ、お召し上がり下さい」
「ありがと!」

 財布を確認して涙した梨沙は、こうなりゃヤケだ! 死なば諸共! と叫んで、皿を持ってスイーツを取りに向かった。
 それを見送った睦海は、満面の笑みで今度はスプーンでババロアをすくって口に運ぶ。舌の上でとろとろとトロける。
 そして、何気なく腕に付けたスマートデバイスを確認する。シエルの時の癖なのか、彼女はあまり携帯本体を操作しない。HALがAIとして優秀なのもあり、眼鏡を着用してのARと腕時計代わりにつけているデバイスで操作してしまい、携帯本体はカバンに入れたままにしている。特にスマートデバイスが無線通信に直接接続できる為、家に携帯本体を忘れても不自由がなく、稀に本当に丸一日家に忘れたことを気づかないことすらある。

「ん? HAL、ゴジラのニュースを開いて」
『OK』

 デバイスの小さい画面にニュースが表示された。それを見て、睦海の表情が険しくなる。

「ふふふ。見よ、この元を取ることのみを考えた邪道っぷりを!」

 梨沙が食べ合わせや満足度を無視して単価の高いメニューだけを盛り付けてごちゃごちゃとした皿を見せつけながら戻ってきた。
 しかし、睦海はそれに対して素っ気ない反応だけ返して左腕のデバイスを見つめている。
 それは総理大臣が会見を開き、ゴジラとモスラが日本を目指して移動をしているという発表をしたというものであった。既にメディアには事前に情報を伝え、報道規制をしていたものを解禁したらしく、かなり詳細な情報が報じられていた。
 Gフォースがゴジラとモスラの動向を監視、追跡しており、少なくとも明日以降まで日本近海には到達しないこと、またこれまでにそれぞれの怪獣に対して市民生活へ支障を与えないようにする取り組みをG対策センターが行っており、すぐに避難を求める判断はしないことを断言していた。そして、それでも必要と判断した場合は事前に段階を踏んだ避難の呼びかけを自治体が行うように政府がG対策センター、Gフォースと連携して情報発信を行うと説明をしていた。
 しかし、睦海にとって重要なのはそれら災害対応についての話ではない。ゴジラがアドノア島周辺海域から出たということは、その追跡をしているのは健だ。そして、今朝告げられた週末の帰宅は諦めた方がいいという事でもある。だが、それ以上に睦海が重要と考えたことは、ゴジラとモスラが何かを目指している可能性が高いということだ。
 それは兼ねてより睦海が懸念していた想定が現実になることを意味している。即ち、G細胞でも、オリハルコンでもない、新たな怪獣の出現だ。

「ムツミン、後60分! もとを、せめてもとを取るのよ!」

 エンジンのかかった梨沙が大食い選手権のように皿の上の食べ物を口に運びながら睦海に言う。
 睦海は頷きつつも、思考を巡らせる。
 新怪獣が現れる。ゴジラが来ている。健が追跡をしている。指揮は将治が行なっていることは間違いない。だが、そこで終わりだ。みどりにも遅かれ早かれ将治ないし、Gフォースからその連絡はあるだろうが、所詮そこまでだ。その先のことは事後になる。
 何ができるか、何をするかなどの話とは違った。陸上部と同じだ。焦燥感が募っていた。何もしないでいる自分が嫌で仕方なかった。
 故に睦海は必死に考えた。何でもよかった。自分が、自分も当事者の一人となり、無関係の他人の一人になりたくなかった。
 ゴジラとモスラは何かに気づき、日本を目指している。それは恐らく新怪獣出現の兆しを感じた。その新怪獣の兆しは恐らく昨日の尖閣周辺に現れた怪獣だが、睦海の推測では既に項羽が駆逐している。しかし、安全宣言はされなかった。それはまだ怪獣を駆逐しきれていない可能性があったからだ。そこは他の人も推測していたが、睦海は何かそれにも違和感を持っていた。これはシエルとして生きた10年間に培われた直感といえるが、何かあると思うだけの違和感があるのだ。ロジックに穴があるはずだ。
 もしも、項羽がデストロイアの様な怪獣を駆逐し、他の個体の可能性を感じていたとしたらどういう動きをするか?

「……どうして入港したままになったの?」
「ん?」
「あ、気にしないで」

 梨沙に笑って誤魔化し、睦海は再び考える。頭が冴えていく。
 そうだ。何故項羽は入港したままになった? デストロイアの他の個体がいる様な可能性が示唆されたなら、項羽は哨戒を再開する筈なのだ。つまり、駆逐した怪獣が対象の怪獣かわからない事象があって、かつその怪獣がいる保証も全くないような、現場が混乱して判断待ちを余儀なくなるような怪獣だったのだ。
 更に、違和感はある。睦海は昨年の経験から怪獣達の、特にゴジラの能力を知っている。DO-Mや敵怪獣の存在を感知し、戦いに向かっていた。それは人間の科学力を優に超える超能力だ。その怪獣達が何故昨日やその前でなく、今朝動いたのだろうか? それは今朝、明確な脅威が発生したのだ。
 点と点が線で繋がる。昨日、新怪獣を項羽が駆逐した。しかし、それは何かしらの異常な状態で本当に駆逐した怪獣が対象なのかわからないような状況で、判断を待つ為、入港して待機した。そして、新怪獣はやはり倒しきれておらず、今朝本当の驚異となって現れた。しかし、それはまだ人間達、つまりGフォースはそれを発見できていない。むしろ、認知していない。だから、新怪獣を目指すゴジラとモスラの目的が特定できていないのだ。つまり、まだ睦海以外の人間でこの可能性にたどり着けていない可能性もある。
 新怪獣の何がどう異常な状態なのかはわからない。実体のない怪獣とかなら、捜索は続く。分裂する怪獣も同様だ。

「やっぱりこの苺他の苺とは違う! ふふふ、苺を包むとはやりおるわ!」
「………」

 梨沙が不気味な笑みを浮かべて、苺が苺型のチョコレートコーティングの中に包まれた単価の高そうなスイーツを開いて、中の苺を抜き取った口に運んでいた。
 それを見つめていた睦海は、目を見開いた。苺を頬張る梨沙を見てのことではない。
 この苺が新怪獣で、チョコレートコーティングが項羽の倒した怪獣に見えたのだ。
 項羽は怪獣を倒したが、新怪獣はその体をまるでチョコレートのコーティングの様に脱ぎ捨てて逃げた。そして、今朝新しいチョコレートコーティングを着た。それにゴジラとモスラは反応して日本を目指した。
 ならば、その新怪獣は今どこにいる? 沖縄? 否、それなら項羽が気づくのではないか? それともまだ気づけない何かがあるのかもしれない。
 睦海は眼鏡をカバンから出して、視野の広いARで調べる。今朝のニュースにヒントがあるはずだ。沖縄………ない。怪獣が逃げるなら空はバレバレだ。海を逃げるはずだ。なら、海流に乗るはずだ。沖縄でなければ、九州だが、エリアが広くてわからない。もっと限定的にする。鹿児島県内のニュース、特に海関連。……見つけた。
 それはニュースでなく、SNSの投稿であった。奄美の漁船が3隻戻ってないらしい。救難信号もなかったが、漁協が海上保安庁に捜索を依頼したらしい。
 睦海の推測通りなら、怪獣は着替えをする。漁船を怪獣が襲ったということもあり得るが、もっと可能性があるのはこの漁船が襲われたことで、何かに着替えてゴジラ達が脅威と感じた新怪獣となったという可能性。馬鹿げた話かもしれないが、睦海の推測で最も納得のいく仮説、それは漁船にいた漁師に怪獣が着替えたというものだ。もし人間の思考力を持つ怪獣が生まれたとしたら、それは非常に厄介だ。
 結論は出た。次はどうするか? この時点では睦海の勝手な憶測だ。何か一つでも証拠が欲しい。Gフォースの動きがないのも、まだ睦海同様に馬鹿げた話でしかなく、確証が得られていないのもあるはずだ。そして、漁師を着た新怪獣に気づいていない。
 もしそうであれば、一番の理想は証拠を提示することだが、その証拠にたどり着く方法を提示するならばどうだ? 今Gフォースは確証が得られていない。その術を睦海が提示できれば、それは証拠としての機能を果たせる。
 今睦海しか気づいていないのは、漁船の情報だ。情報量では圧倒的に上であるGフォースが唯一得ていないのはそれだけだと考えていい。項羽の四面楚歌があって、何故新怪獣を見落としたのだろうか。
 睦海は四面楚歌の情報を次々に検索する。四面楚歌は全てを把握する。なのに、見落とした。つまり、見落とす原因があるはずだ。
 四面楚歌の運用は、全てを把握し、ターゲットを完全に捕捉するシステムだ。わからない。何故だ? 完璧としか思えない。

「完璧? ……違う。そうじゃない!」
「ん?」
「全部が見えるなら、見落とす筈がない」

 もう一度、四面楚歌の運用プロセスの解説ページを見る。

「フィルタリング? ……そうか。見え過ぎるから、余計なものを見えなくするんだ」
「ムツミーン、独り言すごいよ?」
「……魚! だから、漁船が襲われたんだ!」

 睦海は立ち上がって叫んでいた。
 流石の梨沙も呆けて睦海を見ていた。他の客も驚いている。
 しかし、睦海は気にせずに考える。この情報を渡し、自分の話を聞き届けてくれる人物。一人しかいない。今、この状況の全てを掌握している人物、将治以外にはいない。

「梨沙、ごめん。私、ちょっとつくばまで行ってくる!」
「えっ! 今から?」
「うん!」

 電話でも将治へ辿り着くルートはあるが、多分それでは睦海の目的には達せない。直接、将治に会って伝え、話を聞き届けてもらわないとならない。
 睦海は梨沙を残して店を後にして駅に向かった。




 

 勢いだけで動いてしまったが、つくばエクスプレスに乗る間も睦海は自身の行動に後悔はなかった。
 ただ、冷静さは取り戻し、みどりと雅子に心配をかけないようにメッセージを送信する。ありのまま書くとむしろ心配をかけそうな内容であったので、健のことが心配になり、つくばを目指してしまったということにした。嘘はついていない。
 すぐにみどりからお叱りのメッセージが届いたが、みどりは既に将治からの連絡を受けていたらしく、将治へ伝えておくことと自分もこれからG対策センターへ行くという内容の返事が来た。
 お説教は覚悟の上だ。むしろ、これでみどり経由で将治のアポイントメントが取れるわけなので、結果オーライというものだ。みどりが到着する前に将治へ話を済ませてしまえばこっちのものだ。

「ん?」

 茉莉子からもメッセージが届いていた。
 どうやら身内の不幸で急遽高知へ行くことになったらしい。まだ危篤状態らしいので、言葉を選びつつ返事を書く。
 不意に、高知も太平洋に面した西日本側の県であることを思い出し、それとなく注意を促すことにした。不安を煽ってしまったら申し訳ないとは思いつつ、万が一があった時が怖かったのだ。
 茉莉子からの返事はすぐに来た。

茉莉子『ありがとう。怪獣って言われても正直ピンと来ないけど、襲ってきたら怖いもんね! 台風とかと同じようにちゃんと情報をチェックするようにしとくよ!』
睦海『心配し過ぎかもしれないけど、そうしてくれると安心する』
茉莉子『意識高い系なんだね、睦海さん』

 茉莉子の返事を見て、何とも言えない気分になる。確かに、茉莉子からしたらそうなのかもしれない。きっと彼女も悪気なく書いた文章なのだろう。
 睦海は考える。同世代からしたら、睦海はきっと『意識高い系』となるのだろう。人によってはウザいとすら思われるかもしれない。それこそ、なるべく今の生活に馴染もうとしている睦海にとって、それは望まぬ結果に繋がる言動なのかもしれない。
 それでも、睦海はこの感情に背を向けることができなかった。恐らく、この世界とあの世界、どちらの睦海にとっても共通すること、それが怪獣の被災者という点なのだろう。だから、怪獣の被害に遭うかもしれない人を無視できないし、何もできない自分が許せないのだ。
 伝えておくべきか、睦海は悩む。

茉莉子『ごめん。変なこと言ったかも』

 茉莉子は気にしてしまっている。そんなことはないと送るべきだが、何故かそれはできない。茉莉子に対して自分を偽ってはいけない気がした。
 守谷駅を発車した。あまり時間はない。
 よし、と睦海は文章を打ち込んだ。

睦海『ううん。そうなんだよね。私、怪獣については意識高いんだ。理由はちょっと重い話だけど……』

 自分を否定しないことにした。茉莉子が引いてしまうかもしれないが、多分正解だと思う。
 二駅通過したところで返事が来た。

茉莉子『そうだったんだ。睦海さんのこと、知りたいと思う。無理して話さなくてもいい。でも、教えてくれたら嬉しい』

 それを見て睦海はつくば駅に到着するまでの僅かな時間でメッセージを送った。もう迷いはなかった。

睦海『実は私、怪獣被災者なんだ。だから、もう怪獣で悲しむ人を見たくないし、助けられる人がいたらじっとして居られない。お節介だけど、もう茉莉子さんは友達だから、絶対に怪獣から守りたい。何か分かったら、茉莉子さんにも伝えるよ! 覚悟してね!』

 駅の改札を抜け、タクシーに乗り込んで、G対策センターを伝えてデバイスを確認すると返事が届いていた。

茉莉子『わかったよ。覚悟しとく!』

 それを見て、睦海は口元がムズムズした。


 

 

 レイモンドはその時、G対策センターにいた。
 朝、昨日と同じように練馬のCIEL社へ行ったところ、昼に日本の大学の共同研究者から吉報が届けられた。どうやら昨日のオンバーンとやり取りを行って、G対策センター内のサイキックセンターであれば情報の一部を開示できることとなったらしい。
 詳しく聞いていくと、サイキックセンターもG対策センターの他部署と同じように規模縮小を余儀なくされ、現在はほぼ国立精神科学開発センター内にその機能が移行され、しかも殆どの職員は精神科学開発センターからの出向となっているらしい。その為、サイキックセンター職員の中でもG対策センター内にあるサイキックセンターの資料の閲覧ができるのは主任のオンバーンくらいらしい。
 彼女自身も貴重な記録を眠らせることが惜しいと感じていたらしく、加えて現在高知で精神科学開発研究学会なるものが行われており、精神科学開発センターのサイキックセンターは休館しており、彼女はG対策センターに出勤しているとのことだった。
 移動だけで2時間近くかかってしまったものの、それなりの収穫となった。
 昨日の実験で使用した装置でゴジラをコントロールした超能力者三枝未希の残した記録や資料も閲覧でき、テレパシーという超能力が必要ではあるが、非接続による接触型意思伝達の方法を理解することができた。
 一般製品化を目指すCIEL社にとっては収穫といえないものかもしれないが、研究畑のレイモンドにとっては十分過ぎる成果といえた。
 ついでに無理を承知で、昨年行われたM-6の実験について何か知っているかオンバーンに聞いたものの、彼女も詳細は知らないとのことであった。ただ、かつての主任である三枝未希の知り合いが被験者で、どうも未成年の少女だったらしいという話は得られた。
 オンバーンに礼を言い、G対策センターの入口に向かいながら携帯を確認すると、茉莉子からのメッセージが届いていた。高知に今夜から行くらしい。日本の滞在予定を考えると今回、彼女にもう一度会うことは叶わない。
 共同研究者がメッセージの相手を気にしたらしく、彼女か? としつこく聞いてくる。
 そうではないと言いながら、幼馴染でまだ高校生だと説明するが、日本の感覚では20歳と高校生は恋愛可能な年齢になるらしく、冗談混じりであるが、高知の精神科学開発研究学会に行って、ついでに茉莉子に会いに行ったらどうだと言われた。
 流石に学会へ顔を出して得られる成果と私用のバランスが合わないので、それは無理だと言うと彼は本気で惜しいと言っていた。
 確かに、何か成果の見込みがあるなら明日以降の予定を変更して高知に行くチャンスではあるが、収穫の見込みが薄い為、背中を押されても困るというものだった。
 そんな会話をしながら、G対策センターの入口のセキュリティを潜ると、警備員と制服を着た女子高校生が何やら揉めていた。
 隣の共同研究者が思わず「おぉっ!」と声を上げていたが、確かに思わず目を奪われる美少女であった。幼さのある日本人特有の可愛さと美貌を持つその少女は、欧米で日本人女性は可愛いと評される意味を体現するものであった。

「だから、Gフォースの麻生将治司令にお伝え下さい。桐城睦海です! 名前を伝えて頂ければわかりますから!」
「いやだから、今司令は司令部で職務中の為、取り次ぎできないんだよ」

 ごく最近聞いた名前を耳にして、思わずレイモンドは彼らに近づいていた。
 その美少女っぷりと名前の組み合わせなら、同一人物でない可能性の方が低いと判断する。

「すみません。もしかして寺沢茉莉子の友達の睦海さんでは?」
「! 貴方は?」

 突然割って入ってきて話しかけてきたハーフの男に彼女は驚いた様子であったが、レイモンドの首に下げていたネームタグを見て正体に気づいたらしい。

「もしかして、加納レイモンドさん?」
「はい。マリちゃ……いえ、茉莉子さんから聞いてましたか?」
「はい! ……どうしてこちらに?」
「あぁ、実は研究者なんです」

 女子高校生に通用する文化なのかはわからないが、日本に来てから初対面で繰り返していた為、最早条件反射的に名刺を出して渡していた。
 彼女は戸惑った様子ではあったが、名刺を確認し、頷く。
 その様子を見て、とりあえず知り合いに会ったならいいかという顔をして、警備員は持ち場に戻った。
 睦海は警備員に「とりあえず、麻生司令に必ず私が来ていることは伝えて下さいね!」と釘を刺して、レイモンドに顔を戻す。

「G対策センターに関わる研究なんですか?」
「いや、直接の関係はないよ。偶々研究テーマに関する資料があるかもしれないという話で、見せて貰いに来たんだ」
「そうだったんですか」
「こほん! 初めまして。自分は帝東で共同研究をしています。所謂ユビキタスツールの研究をしているんですよ!」
「あ、はぁ」

 突然割って入って来た彼に睦海は面を食いつつも、応じている。

「まぁまだ今のところは、人間と機械の接続を研究する段階で、先は長いんですけどね! ただG対策センターでは興味深い実験を行ったらしく、本当はそれを聞こうと思ったんだが、やはり個人情報にも関わることらしく、空振り!」
「あー残念でしたね」

 あまり彼ばかりに話させると睦海に悪いと思い、レイモンドは自分に話の主導権を戻す。

「もっとも、人の意識データをアンドロイドに移したという本当か嘘かもわからないものなので、期待はしていなかったんですけどね」
「………あー。そ、そうですか」

 いきなり睦海は余所余所しくなった。目が泳いでいる。

「どうかした?」
「あ、何でもないです。……ちなみに、その実験のことを調べて、何か役立つことがあるんですか?」
「そうだね。直接的に得られる情報は単にその実績があったという事実だけになってしまうね。僕達は、機械と人間が一つになっていくことで人類にどのような未来へ繋がっていくのかを考える如何にも大学の研究らしいテーマが本来の主旨だから、一番欲しいのは実験のデータというより被験者の情報、もっと言えばインタビューなんだよ。……だから、秘匿されている以上、得られたとしてもその事実以上の成果はないんだ」
「……つまり、被験者が何を感じ、どう思ったか? ということですか?」
「そういうこと。あとは、その当事者だからこそ言えるだろう機械と人間の将来についての見解だね。肯定的なのか、否定的なのかによっても、その後の研究のベクトルを大きく左右するだろうと思う。それだけに惜しいと感じている訳さ」

 レイモンドの話を聞いて、睦海は少し思案し、顔を上げて真っ直ぐ彼の目を見た。

「どうかした?」
「私は、その情報を持っています。つまり、被験者が誰かを知っています。その証拠に、ここの軍事部門のGフォース環太平洋地域司令部司令の麻生将治は私の知り合いです。ただ、先程の通り彼とのコンタクトが上手くいかずに困っています。……私と将治のコンタクトに協力頂いたら、その報酬として被験者とのインタビューの場の設定を保証します」
「え……」
「信じられませんか? しかし、これはチャンスだと思います。何故なら私はここの人間ではないですから」

 レイモンドは驚きつつも、彼女の言葉の意味を理解していた。確かにG対策センターにしかその情報はないが、秘匿されるべき被験者の情報は永遠明かされることはないだろう。しかし、睦海は別だ。理由はわからないが、司令と親しい間柄であるならば、何らかの事情で情報を持っている可能性はある。
 万が一、彼女のハッタリだとしても、そのハッタリをしてGフォース司令への引き継ぎを行った事実があれば、それを理由に交渉の余地が生まれる。レイモンドの最も欲しいのは個人の情報ではない。インタビューだ。交渉で匿名のメッセージや紙面での回答でも被験者から提供をして貰えれば、大きな収穫となる。
 この船は乗って悔いることがない。
 そして、パイプは細いものの存在する。

「いいだろう。協力しよう! おい、オンバーンさんに至急連絡してくれ!」

 レイモンドの言葉に共同研究者は苦笑しつつもすぐに電話をかけてオンバーンを呼んでくれた。




 

 Gフォース環太平洋地域司令部は、しばらく前から慌しくなっていた。
 理由は単純ながら、重大なことだ。モスラの所在が全く掴めなくなったのだ。場所は南大東島南西部沖で、移動速度も非常に速い為、海中に潜られてしまうと全く検討がつかない。
 推測では既に日本の九州から四国沖に達している可能性が高いが、日没となったことで、発見は困難な状況となっていた。
 日本政府とのやり取りで、朝までは情報を伏せられるということなので、何としても朝までに大まかな所在だけでも掴む必要があった。
 そして、たった今衛星からゴジラもロストした。
 すぐに洋上の健にも連絡をするが、既にかなり距離を引き離されてしまっており、全く見当もつかないという回答であった。

「わかった」
『すまない。もう少しゴジラと事前に話しておくべきだった』
「いや、君は十分に役割を果たしている。それに、巡洋艦が今君の乗る船と合流する為に向かっている」
『え? 合流って、乗り換えのか?』
「そうだ。桐城、君の為に取っておきを手配した。期待して休んでいてくれ」
『何だかわかんねぇけど、了解だ』

 電話を終え、将治は司令部の大型モニターを見る。ゴジラとモスラの予測針路を描いた予測円が描かれている。まるで台風だが、彼らは台風と異なる。健とコスモス、2つのキーパーソンが最悪の事態を避けることは可能だと彼は確信していた。
 そんな彼の視界の端に珍しい顔が見えた。
 司令部とは縁遠いサイキックセンター主任のオンバーンであった。隊員が立ち上がり、彼女と揉めている。どうやら他にも人を連れ立っていた。
 そして、その中に見覚えのある顔が混ざっているのに気がつき、慌てて彼らの元へ向かった。

「睦海!」
「あ、将治!」

 睦海は将治に手を振る。司令部内の視線が一斉に二人に向いた。
 後から様々な憶測と噂に悩まされることが容易に想像できたが、この際関係ない。明らかに、今のこの状況に関係しているとしか考えられない。

「睦海、どうしてここに? それに、どうして彼女と?」
「それは後で説明させて。……というか、お母さんから連絡来てなかった?」
「……あ、すまない。メッセージの受信には気づいていたが、まだ読んでいなかった」
「あー、まぁそれは仕方ないね。……将治、いえ麻生司令に至急伝えたいことがあります!」

 その目を見た瞬間に、将治は懐かしさを感じた。容姿は変わったが、目の前にいる睦海はかつての盟友だった。
 将治は頷くと、司令室へ促す。部外者のレイモンド達を入れることを躊躇し、その事を伝えると、睦海がそれならレイモンド一人だけ代表者として同行することを求めた。
 彼自身は驚いた様子だが、オンバーンともう一人はそれで承諾し、サイキックセンターで待機すると告げて退室した。
 それを見届けて、将治は二人を連れて司令室に入った。

「で、僕は何を聞けばいい?」
「なら、単刀直入に伝えるわ。昨日項羽が倒した怪獣の死亡時の四面楚歌データをもう一度解析して。多分、魚の群れがその怪獣周辺から移動した筈。そして、現在行方不明になっている奄美の漁船を探して。それが、ゴジラとモスラが目指す新たな怪獣よ。多分、その怪獣は今までの怪獣とは全然違う、生き物の体を服みたいに着る怪獣で、もしかしたら今は人間を着ているかもしれないの」
「なっ………」
「ごめんなさい。流石に唐突過ぎだよね。でも、嘘だと思うなら、まず項羽のデータを調べて。多分、魚の群れはフィルタリングされて透過されて見落されてしまっているから。それを私の言うことを信じる根拠にして欲しいの!」

 睦海は一気に話しており、慌てていた。
 それは自分でも荒唐無稽なことだと思っているからだろう。そして、将治の表情から慌ててしまったのだろう。
 しかし、真相は違う。将治は驚いていたのだ。

「い、いや。睦海、信じるも何も……君はその情報をどこで得た? 特に怪獣のことを」
「得た……というか、それしか考えられなかったというか」
「………」

 言い淀む睦海を見て、将治はあまりの衝撃に言葉を無くしていた。
 彼女はたった一人で真相を、しかもGフォースよりも先を行く推測までたどり着いたと言っているのだ。
 一瞬、彼女が嘘をついている可能性も考えたが、そのメリットもない上にそもそも将治よりも先の情報をどこで得られるというのか。脱帽だ。睦海は自力でZの存在にまで辿り着き、一晩将治達が歩みを止めざる得なかったZの可能性の有無を判定する術を全く別の角度、しかもGフォースの面々の盲点を突いて発見したのだ。
 将治は深呼吸をし、通信を繋いだ。

「……あ、私だ。昨日の四面楚歌データの分析だが、もう一点調べて貰いたい。対象を駆逐した直後からの周囲の魚群の動きだ。恐らく戦闘で死滅した魚の群れがある筈なのでその動向に注意して分析してほしい。……そうだ。これは仮説だが、死滅した魚群が再び動き出すはずだ。……ん? 仮死状態かの判断はできなくてもいい。それが確認されれば十分だ」
「えっと……」
「待っててくれ。……あ、すまない。麻生だ。君のところの奄美海上保安部で今漁船の捜索が行われている筈なんだが、僕が今担当する案件に関わる可能性があるんだ。……そう。情報をリアルタイムで共有させてもらえると助かる。……いやいや、何かあった時は協力するよ。ありがとう」

 呆けた顔をする睦海をそのままにして、将治はもう一件だけ連絡を行う。

「あぁ、艦長。麻生だ。Zの件だが、奄美方面にいる可能性が出てきた。今、各方面へ確認を取っているが、出現が確認された時は無条件で出撃命令を出す。即応待機で頼む」

 連絡を終え、将治はふぅーっと息を吐き、口角を上げて睦海に言った。

「さて、後は何が必要だい?」
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