Z -「G」own path-
「以上が3年前の大西洋地域司令部で自分の知る全てです」
劉が話を終えると、マリクは咳払いをする。
「劉、庚に例の件も伝えるぞ」
「構いません。今のことはあくまでも自分の認知している話をしたまでです」
「わかった。ここからは俺が知っている話をする。……まずは劉についてだ」
瞬は眉間に皺を寄せる。無理もない。今のやり取りだけで理解をするのは困難だ。
マリクは話を続ける。
「今の話の通り、劉はルーン島にいたが、こうして生きている」
「それは爆撃時に装甲車ごと海に落ちたからで……え?」
「流石に気づいたな。地中貫通爆弾の空爆によってルーン島は地図から消えた。そんな威力を海にいたから、装甲車の中にいたからって生身の人間が生きていると思えるか? 当然、そんな訳がない。発見時、劉は体の60%以上が損傷する程の重体で意識不明。瀕死状態で、辛うじて生きていたが死ぬのは時間の問題だった。そして、回収されたM-7の残骸はまだ使用可能なパーツが多くあった」
「………」
瞬も噂程度には知っていた。21年前に未来から来たアンドロイドがM-6に脳を移植した人間の少女だったということ。昨年G対策センターがCIEL社のM-6を使用して行った意識データ転送実験のこと。昨年の実験は件のレプリカントをM-6に搭載させて行われたものだということは既に瞬も察していた。
しかし、それら噂と今回の劉の話は一つの可能性を示唆していた。
「M-7のパーツは今どこにあるんですか?」
「ここだ」
瞬の問いに劉が自身を指して言った。予想通りの回答だった。
「劉はルーン島で起きた惨劇をその目で見た唯一の生き残りであり、現在最新鋭のアンドロイドパーツを移植された人間でもある。……本人は意思不明だったのだから、承諾なしに証人から話を聞くために行われたことと考えるのが妥当だがな」
「その点をとやかく言うつもりはありません。俺は元々生没与奪権を軍に捧げた人間であり、Gフォースに属するのだから、それはGフォースに委ねている。今更、体の所有権を握られたところで大差はありません」
「……だそうだ。劉の体については以上だ」
劉が政治的に微妙な立ち位置にありながら、Gフォースの最前線かつその原因になっている相手国の主導で開発された項羽で最新鋭のバハムートを担当している事情は、瞬にも察せられた。
そして、マリクは話を続ける。
「予めクリアにしておくべき情報共有は以上になるが、ここからが本題だ」
「Zですね?」
「そうだ。当然だが、事件後に劉の証言を元にルーン島跡地や大西洋地域司令部の生存者や資料が徹底的に調査された。それによって劉の証言の裏取りがなされた。M-7については特に補足することもないが、Zについてはその詳細が専門家達によって明らかにされた。……といっても、これは俺自身も先程司令官から開示されたばかりのものだ。この情報まで得ていたら、劉同様にもっと早い段階でZを疑っていただろうな」
タブレット端末に手をかざすとファイルのロックが解除され、資料が表示された。端末自体にパスと顔認証の二重ロックがあるのにも関わらず、もう一度別形式の本人の確認がある。通常の資料よりもセキュリティレベルの高い資料というのがよくわかる。
「改めてZについてだが、これはプロジェクトの目指した蘇生剤でなく、ルーン島で宿主にZが寄生してZ寄生体とするZ化、要はアンデット化だな、をした存在の固有名詞としてのZだ。Zは、人間の幹細胞を失活? つまり、殺して細胞としての働きを無くした中にG細胞から抽出したオルガナイザーG1と微小な大きさにしたオリハルコンを注入し、再活性化させて増殖した細胞集合体である。Zはその特性故に単独での生存は困難で、僅かな時間で不活化してしまう。Zは生物に寄生し、細胞組織へ侵食、栄養を吸収することで活性化し、増殖する。ただし、Zは生物の免疫系に抵抗する力がない為、生体に寄生しても免疫機能によって死滅すると考えられる。その為、個体差は存在すると考えられるが、生命活動の停止した死骸にしかZは宿主にすることができない。……つまり、Z自体はすぐに死ぬし、パニック映画みたいにゾンビに噛まれたからってゾンビになる訳じゃないってことだ」
「しかし、噛み殺されて寄生されることはあります」
「劉の言う通りだ。……続けるぞ。Zに寄生された死骸はZ化し、生体の様な活動をする。これは壊死していない神経細胞を侵食し、神経伝達物……駄目だここは読めない単語ばっかりだ!」
「つまりは死骸を操り人形のように動かすことができるという解釈でよろしいかと」
瞬がタブレットを見て言う。マリクも頷く。
「そうだな。……その為、通常の生命活動が回復したのではない。死斑、死後硬直、腐敗などは進行すると考えられるが、死後硬直に関してはZの侵食によって解消させているものと推察される。また、オルガナイザーG1の作用により、侵食している神経細胞が破壊された場合、それを自己再生できると考えられる。ただし、既に壊死した細胞の再生は困難であり、Z化した宿主の行動も侵食した神経細胞の程度によって異なると思われる。これは個体差が大きく、人間の脳の全てを侵食し、生前のような思考、会話などのコミュニケーションといった社会性を持つ行動ができるケースは否定できないものの想定し難い。しかしながら、Zそのものに備わっている生物的要素が増殖のみと過程すると、大西洋地域司令部で確認されたZ寄生体の行動に一つの仮説が生まれる。増殖の限界はその宿主によって決まる。それ故に増殖を続けることがZの生存戦略、本能であれば、増殖を続ける為に三つの行動を行う。
一、捕食行動等によるZ寄生体そのものの成長。
一、死骸への寄生による新たなZ化。
一、Z寄生体間で結合し、一つの大型個体となる。
以上、三つによる行動が大西洋地域司令部で確認された現象と考えられる。……とこんな具合だ」
確かにZであれば一連の事の説明ができる。Z化した人間の集合体である巨大ゾンビが存在した以上、Z化したシュモクザメが20メートルの集合体となっていてもおかしくはない。
資料を進めてマリクが渋い顔をする。
「一応、対策も考えられているが、メーサー兵器による蒸発と冷凍攻撃による凍結と基本的は対怪獣戦の基本戦術と同じだ。だが、地下で劉はゾンビ共を燃やして一度駆逐している。その点をこの資料ではZが床に溜まった水に避難してそのエリアの床にあった約20人の死体に寄生し、巨大ゾンビとなった可能性が高いと書かれている。そうなると、先のサメの問題になる」
「サメからZは?」
「まだ結果は出ていないが、仮にZが発見されたところで今現在断定できていないところをみると」
「海中に逃げた可能性が高い…か。海中での単独の生存可能時間は?」
「残念ながら、具体的な数値は載っていない。ただ、そんなに長く生きれるものではないだろう。海水の塩分にやられて死滅していることを願うしかないな」
マリクが嘆息混じりに言った。瞬もその可能性を信じたいが、最悪を想定すべきところだろう。しかしながら、どうやってZの有無を確認するかが問題だ。Z化した死骸が発見された時、その存在が確認できる状況では後手に周り、Zに地球が侵食されてしまう。
「艦長、Zの所在の指標になるデータを見つけられないか調べてみます」
「うむ。それについては庚に一任しよう。劉は俺と共にZ寄生体出現時の対応策を練るぞ。何に寄生しているかわからないからな、覚悟しておけ」
「了解」
そして、瞬は艦長室を後にした。まずは尖閣周辺海域のサメの動きと漁獲量の変化を調べることにした。
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茉莉子が帰りの支度をしていると、夏美がやってきた。
「マリっぺ、今日も彼とお約束?」
「昼休みに話さなかった? 別に約束していないわよ」
「話してない。マリっぺ、昼休みはニヤニヤしながらずっと携帯いじってたじゃん。あーあ、男ができるとすぐこれだ」
夏美がやれやれと大げさなジェスチャーを交えて首を振る。
「あれは違うよ。今朝話したじゃん、ピンチを助けてくれた睦海さん」
「はぁ、私というものがありながら、男だけじゃ飽き足らず女にも手を出すとは……」
「それ、ものすごく人聞き悪いから!」
「なら、今日はウチとカラオケにでも行く? まだ昨日のことを十分に聞けていないですし」
「いいけど、ちょっと親に連絡するね。流石に心配したらしくて、今日はまっすぐ帰ってくるのか? って今朝確認されたから」
「そりゃそうか。ささ、大親友の夏美さんと淑女の会話をするとお伝えなさい」
「わかったわよ。……あれ、着信来てた」
茉莉子は笑いながら携帯を確認するが、その顔がドンドン険しくなっていく。
それに夏美も気づく。
「マリっぺ、どうかした?」
「お母さんからでね。……高知のおばあちゃんが倒れたって。今夜が峠だろうって」
「大変じゃん! マリっぺ、早く帰らないと!」
「う、うん! 高知にこれから行くみたいだから、明日は多分学校休む」
「わかった! ノートは私に任せとけ! あんたは早く帰りな!」
「うん。ありがとう!」
茉莉子は頷き、夏美に促されながら慌てて教室から出ていった。
そして、帰宅すると既に家族は出発の準備を整えており、おそらく葬儀になるだろうから制服は着ていけと言われ、茉莉子は着替えをスーツケースに詰めた。その後、足早に自宅を出発し、羽田空港へと出発した。
空港への移動中、何となく睦海とレイモンドに高知へ急遽行くことになった旨のメッセージを送信していた。これが所謂虫の知らせであったのかもしれない。
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ベーリング海からゴジラはまっすぐ南西方面へ移動を続けていた。
健が乗り込んだのはGフォースの警備艦で、アメリカ沿岸警備隊の通称カッターと呼ばれる船舶であり、もともとアラスカ側の海域を担うアメリカの軍隊に属していたものだが、現在はゴジラの保護海域を担当する為にGフォースに移管されている。アドノア島周辺の保護海域がG対策センターの管轄となっていることもあるが、このようにゴジラが移動をした際の追跡時にロシア領海への侵入が想定された為、国連機関のGフォースに属している。
そして、ゴジラの移動を始めて間もなく6時間が経過する。初めは健の乗るカッターと並走するようにゆっくりと移動していたが、ベーリング海峡を越えて加速を始め、次第に距離が離されている。
「ダメだ! もう背びれも殆ど見えない!」
健は双眼鏡を覗きながら地団駄した。
既にゴジラは全速力で追跡をしているカッターでも追いつけない速さになっており、今もじわじわと距離が広がっている。太平洋の荒海で大きく船は上下する為、すぐにゴジラの背びれは波の陰に隠れて見えなくなる。
カッターの艦長曰く、ゴジラは40ノット以上の速さで移動しており、これは通常船舶での限界を超える高速船並かそれ以上に速いらしい。
「タケル! すまないが、これ以上はこの船の限界だ。追跡は続けるが、この速度での航行は続けられない!」
「……わかった」
「一度中に戻れ。今、司令部と連絡を取る。タケルもコーヒーを飲んで温まれ。この辺はこの時期でも海風が冷たい」
「ありがとうございます」
健は悔しそうに頷くと、ゴジラのいるであろう海を一瞥し、船内に入った。
船内に入ると、船員が健にホットコーヒーを差し出した。揺れが激しい為、蓋がつけられている。
健は礼を言い、コーヒーを少しずつ飲む。インスタントだったらしく味は薄かったが、潮風で冷えた体には丁度良く染み渡った。
「タケル、司令からだ」
コーヒーを飲んで温まっていると、艦長が電話機を片手に告げた。
健は頷くと、艦長の元へ行き、電話を受け取る。相手は将治だ。
「俺だ」
『桐城、お疲れ様。ゴジラの予測針路が割り出せた。90パーセント以上の確率で目的地は日本だ』
「まぁこの方角だとそうなるよな。……で、何をしにいくんだ?」
『実はモスラも現在日本に向かっている幼虫が一匹いる』
「じゃあ、ゴジラはモスラと?」
『いや。僕の予想だが、ゴジラとモスラは共に共通の敵を感知して日本に向かっているのだと思う』
「何か怪獣が現れているのか?」
『残念ながら、現時点では怪獣がいたというのが正しい。昨日、Gフォースの項羽が駆逐している』
「じゃあなんで?」
『事情を説明したいところなのだが、今の段階で君に詳細を伝えることができない。ただ、言える範囲で伝えるならば、これから再び怪獣が日本に現れる可能性が考えられる。ゴジラとモスラが向かっているのも、その兆しだと僕は考えている』
「わかった。今はしつこく聞かないでおく」
『ありがとう。必ず、時が来たら君にも事情を説明しよう。……さて、その上でこれからのことだ。すでに艦長からゴジラと距離が離されていることは聞いている。衛星でもゴジラの現在位置はモニタリングしているが、ゴジラが海中に潜ってしまったらそれ以上の追跡は困難になる。なので、今しばらくはその船に乗って追跡を続けてくれ。こちらで準備が整い次第、君のところに迎えを寄越す』
「迎え?」
『そうだ。ゴジラの目的地が日本であれば、先回りをして日本近海で君にはゴジラと合流をしてもらいたいと考えている。少なくとも、僕はゴジラによる被害を発生させないように事態を収拾する場合、君は必ずその場にいなければならない存在だと考えている。君のことについてはGフォース内でも賛否が分かれているところだが、僕と同じ考えを持つ者は決して少なくはない。故に、今その者たちのルートで手配を行っている。遅くても明日中には君のところへ迎えが合流できるはずだ』
「わかった」
『色々と君にはすまないと思っている』
将治の口調から、それはこの追跡劇に限ったことではなく、予定していた帰宅や睦海の件などの諸々が込められた謝罪だと健は理解した。
「なに、気にするな。……じゃあ、一つ頼まれてくれるか?」
『む、なんだ?』
「そう警戒するなよ。睦海の件、あれはそのまま有効にしておいてほしい。あと、心配かけていると思うから、時間を見つけてみどりに連絡しておいてほしい」
『……わかった。日本でもまもなくゴジラとモスラ接近について報道が解禁される。家族への連絡は責任をもって僕が引き受けよう。睦海の件は、安心しておけ。すでに新城さんに任せている』
「ありがとう。流石は司令だ!」
『ふん、そういうことは落ち着いたらゆっくりと礼をしてもらう』
「わかった」
電話を終え、改めて健は日本のある南西を見つめた。