Z -「G」own path-




 劉宇翔はGフォースに属しているが、特殊な事情を抱えた存在だ。彼は中華人民共和国の出身ではなく、台湾の出身だった。
 Gフォースは国連のG対策センターの軍事部門である為、国連加盟国の国民で構成されている。それは出向組も直属組も同様である。故に国連に加盟していないバチカン市国の法皇も仮にG対策センターへの出向を希望しても本来はそれが敵わない。
 同様に台湾は国連に加盟していない中華民国政府の統治下にあり、中華人民共和国政府と足並みを揃える多くの国もその国家として認めていない為、所謂実行支配によって存在している国である。故に台湾の中華民国国軍の所属である劉は本来ならGフォースに属することのできない存在であった。
 彼は台湾と国交を結ぶパラオ共和国の軍へ正式な出向として扱い、パラオ軍からのアメリカ派遣軍人枠としてGフォースの出向を実現させていた。故に彼がGフォースにいる事実こそ台湾島の中華民国政府の生命線の一つになっている。
 当然、それほど政治的なリスクの高い存在でしかも、現在は同じ立ち位置の国家を主張する中華人民共和国主導で開発された項羽所属になっているものの、その圧倒的な才能故にバハムートの管制を担当している。それは3年前に所属していた大西洋地域司令部での活躍と数少ない生き証人であることも少なからず影響していた。
 大西洋地域司令部はアメリカ合衆国マサチューセッツ州のクインシー湾に本土と道で繋がっているムーン島に設置されていた。この島は元々クインシーに隣接するボストン市が所有し、消防士学校や射撃場が設置されており、大西洋地域司令部の設置時に島内は大規模な建築と開発が行われたものの、島の一部はそのまま利用されていた。
 環太平洋地域司令部が当時項羽の開発を進めていたのに対し、大西洋地域司令部は元々太平洋よりも怪獣の出現そのものが少ないことも相まって、対怪獣兵器開発とは異なるベクトルでの開発研究を中心に行われていた。その一つがバハムートに実装されたM-LINKシステムだ。そして、当時最も力を注がれていたものがZプロジェクトとM-7プロジェクトであった。
 現在実装されているM-LINKシステムの要であるバハムートに内臓されている操縦ユニットも2020年頃に開発されたアンドロイドM-6を不要な頭や手足のパーツを無くして箱状のユニットに作り直した一種のアンドロイドなので新しいタイプのアンドロイドといえなくはないが、制御系など基本的な内部構造は従来のM-6規格と同じものを使っていた為、M-6のカスタムモデルとして認知されている。
 その為、このM-7は完全なる後継モデルとして開発された新型アンドロイドのことを指していた。素体の制御系ユニットやパーツは基本的にバージョンアップの範囲だが、各メーカーの開発したAIが搭載されていた従来のM-6とは一線を隠した全く新しい思考システムを導入する。それこそ脳構造を再現した人工脳に実際の人間からコピーした人格をインプットして作り出す人工頭脳ともいうべき新しいタイプの学習思考システム「レプリカント」である。
 レプリカント搭載新型アンドロイドM-7、M-LINKシステムの何も作戦失敗時生存率の著しく低い対怪獣戦の無人化を目指すものであり、ZプロジェクトもGフォースの生存率向上、復帰率向上を目指し始まった計画であった。約7年前に発見され、再生医療分野での利用が期待されつつも、由来が曰く付きのG細胞であったことからG対策センターで慎重に研究されることとなって遅遅として臨床試験には至っていなかったオルガナイザーG1と自然科学の常識を無視して怪獣を生み出す物体オリハルコン、ゴジラとガダンゾーアの二つのGから得られた物質の長所のみを持つ蘇生剤Zを開発する計画。それがZプロジェクトの概要であった。
 粒子化したオリハルコンと分離したオルガナイザーG1を細胞内に取り込むことで、負傷した臓器は勿論、欠損した手足も蘇らせ、心停止し死亡した肉体をも蘇生する究極の投与薬としてZは構想された。
 当然ながら、初期は失敗も多かった。同意署名済みの殉職者の体に試作品を投与した際に異常な細胞分裂が起こって巨大な肉塊となり、遺体を損壊してしまうことや動物実験で危うく新たな怪獣を生み出してしまうところで殺処分したことは一度や二度ではなかった。
 研究を重ねた結果、オリハルコンの持つ巨大化は細胞分裂の活性化と有機物構造そのものの巨大化とその構造強化をさせることで発生する現象だとわかった。つまり、オリハルコンは子どもでも思いつく単純な倍化によって生物を巨大化させることを現実にさせる正真正銘、生物、化学、物理の壁を無視した存在であったのだ。
 しかし、それ故に生物学、生理学の常識を覆す蘇生剤Zの実現に光明が差したのも事実であった。
 まさにその頃、劉は大西洋地域司令部に配属された。

「研究セクションのやってるZプロジェクト、新しい実験を行うらしい」

 劉と同じ30代の黒人男性隊員のロックが食堂で昼を食べていた劉の隣に着いて話しかけてきた。彼はアメリカ合衆国海兵隊からの出向組で、階級は軍曹で同じ隊のメンバーからは軍曹と呼ばれている。劉もロック以外に軍曹がいないとわかっている時は軍曹と呼んでいる。ロックと劉は同じ部隊に所属している。

「次も殺処分か肉塊の焼却の任務だろ。俺達は任務をこなすだけだ。それから軍曹、飯が不味くなるからその話題はやめてくれ」
「劉らしいな。確かに俺たちは与えられた任務をやるだけだ。ただ、今回の実験は今までの投与実験じゃないらしい」
「というと?」
「研究部の奴から聞いた話だと、これまでの失敗を解決する秘策を試すらしい」
「秘策?」
「ああ。なんでも、今までは直接被験体に試作品を投与していたからオリハルコンの反応の方が強く現れて失敗していたという仮説が出たらしい。実物を散々見てきた俺も納得する仮説だな。再生させるG細胞の……」
「オルガナイザーG1」
「そう。それの作用している感じがなかったからな」
「で、それをどう解決するつもりなんだ?」
「器を用意するんだとよ。どうもそのG1とオリハルコンを入れた細胞を投与するらしい」
「って、それじゃあG細胞にオリハルコンを入れているのとほとんど同じじゃないのか?」
「まぁそこら辺は学者さん達のやることだ。奴さん達だって、G細胞を使うと碌なことにならないのは知ってるからな」
「それにしたって、細胞に怪獣由来のものを組み込む発想自体、碌なアイディアじゃないように思うが?」
「まぁ、そこは劉がさっき言った通りだろ? 俺達は言われた任務を遂行するだけだ」

 ロックが笑って言った。
 しかし、劉にはそれが禁忌に触れる実験に思えてならなかった。




 

 劉の予感が的中するのは、その日の深夜であった。
 突然の警報で布団から飛び起きた劉はロック達と共に研究セクションへと向かった。
 研究セクションは防犯上と非常時の安全策の為、地下に作られていた。

「状況が全くわからない。わかっているのは地下の研究セクション内で爆発が発生したことだけだ。テロなのか実験の事故なのかも不明だ」
「爆発のあったのは、M-7開発プロジェクトのあるエリアだ」

 武装を整え、階段で地下へと降りながら、ロックと劉が会話を交わす。
 そして、研究セクションに達するところで、上層から爆破音と振動が起きた。

「なんだ? 今度は上か?」

 ロックが通信機に呼びかけるが、ノイズが激しく返事が返ってこない。今ここにいるメンバーで一番階級が高いのはロックと劉で、この基地内ではロックの方が経験が長い。

「どうする? 指示がない今は軍曹、お前の指示に俺は従う」
「……わかった。だが、俺がリーダーに適すると判断した場合はお前に渡す。それでいいな?」
「勿論だ。どうする?」
「上にはまだ隊員がいる。我々はこのまま下に行き、状況の把握と負傷者の救援を行う」
「了解!」

 他の隊員達もロックの指揮に同意した。
 そして、長い階段を降り、防火扉を開けた。
 煙はまだ排出されきていないが、既に一酸化炭素などの有毒なガス濃度は低下し、まだ酸素も活動可能なレベルに残されていた。
 念の為防毒マスクは着用しているが、機動力を下げる酸素ボンベは先頭の隊員のみ装備し、他はカートに乗せて運ぶことにした。
 距離を取って先頭の隊員が薄暗い廊下を進み安全を確認して進む。途中、廊下で2名の死体が発見された。排出済みであったが、爆発の直後は高濃度の有毒ガスがフロアに充満していたらしい。
 時間が深夜であったこともあり、ほとんどの部屋は空となっており、廊下の2名以外はZプロジェクトの研究室で3名の遺体が発見された。どうやらこちらは予定していたZの細胞実験の準備をしていたらしいが、死亡時にぶち撒けてしまったらしく、回収しても使い物にならないことは一目瞭然であった。

「残りは爆発のあった可能性の高いM-7の開発エリアだ。まだ火災や有毒ガスの充満していている可能性が高い。ここからはボンベを装備する」

 ロックの指示で隊員は一斉にボンベを装備した。廊下も爆発の影響で非常灯が破壊されてしまったらしく、真っ暗になっている。またスプリンクラーも故障しているらしく、水が止まらず流れ続けており、音も聴き取りにくい。
 隊員達はライトの明かりを頼りに広い開発エリアの中に突入した。

「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
「よし! 照明弾使用!」

 ロックの号令で照明弾が投げられ、広い室内の視界が開ける。
 想像以上に凄惨な状況であった。深夜の割にこの場にいた人間の数も多かったらしく、爆発での死者が水浸しになった床に多数転がっていた。また、様々な装置も爆発時に吹き飛んだらしく至る所に破片やスクラップとなった装置が散乱していた。
 絶望的な状況ではあるが、生存者を探しながら、何が起きたか確認する。

「軍曹!」
「どうした?」

 隊員の一人が昇降機の前でロックを呼んだ。劉も一緒に近づく。

「コレを。……これは、昇降機を伝って何者かが登った、と考えるのが自然かと思います」

 隊員の言う通りだった。
 電源が爆発で消失した様子ではあるが、このエリアはGフォースの兵器の開発、修理用スペースとしての利用も想定した設計となっていた為、地上とで大型の兵器などを移動させる為の昇降機が設置されている。そして、その昇降機の非常用ハシゴが重い何かが強い力で登った様な形で変形していた。

「軍曹! こちらへ!」
「今行く! 貴様は昇降機周辺を調べろ。何か他の痕跡もあるかもしれない! 行くぞ、劉!」

 ロックは劉を連れて待機する隊員の元へ移動する。

「爆発の原因はこちらのタンクのようです」

 隊員がライトで照らしたところには大きな力で内部から吹き飛んだ燃料タンクだった。大規模な電源を一基で賄えるジェネレーターのもので、昔からGフォースの兵器では利用されている。勿論、外的なダメージには非常に強い構造となっているが、兵器に搭載させている訳ではないので、実機のものよりはダメージに弱かったのだろう。
 問題はそのダメージを与えた存在となるが、昇降機から地上に登った存在と考えるのが自然だ。

「生存者発見!」
「「!」」

 叫ぶ隊員の元へ二人は駆けつける。他の隊員も集まってきた。
 生存者は研究員らしく、白衣を着ている白人の中年男性で、ロッカーの中に逃げ込んで爆発から生存。更にロッカーが倒れて水に浸かったことでガス中毒で死に至らずに済んだらしい。
 しかし、既に衰弱しており、呼吸も浅い。死に至らなかったもののガス中毒にはなっているらしい。
 酸素を送り、応急処置をするが、劉の経験では長く持たないだろうと思った。

「何があった?」

 ロックも同じ判断をしたらしいし、救出と処置よりも情報収集を優先させた。

「ああ……暴走した」
「暴走? M-7か?」
「そう…だ。……インストール…したレプリカントを起動…した。そして、暴走…した」
「何をインストールしたんだ? 被験者か?」
「違う…。それだと…同じ人間のコピー…で、…癖など…そのまま引き継がれる。……ただから、…複数のデータを…統合……基本となるアルゴリズムを…作った」
「つまり、機械の兵隊を作る為の人格データを作ってみたものの失敗して暴走した。そういうことだな?」
「そう……だ。焦って…いたんだ。すま…ない」
「……死んだ」

 息を引き取った研究員をその場に寝かせ、ロックは劉に伝える。

「知っての通り、Gフォースの予算は一時こそ最盛期並に戻り、ここの設置を含めて組織再編する程になったが、年々予算は減っていた。環太平洋地域司令部の項羽が成果を出そうとしている今、M-7計画は窮地にあった。バハムートと項羽があればあまり必要性はないからな。加えて、デルスティアとかいう新型ロボット兵器もアッチは予定している。そして、これまで打ち切りの最有力候補であったZ計画が突然成功の可能性を示した。そうなると打ち切られるのはM-7の方だ」
「それでZプロジェクトより先に成果を出そうと焦った結果がこの有様か」

 粗末な話としか言えない。これでM-7プロジェクトは凍結されるのは決定的だ。自分達の手で僅かな存続の可能性の芽すらも摘み取ってしまったのだ。

「よし。暴走したM-7は上の連中に任せて、残りの捜索を終わらせるぞ!」

 しかし、予想通りであったが生存者は見つからず、合計20名の死体が確認されただけであった。


 

 

「よし、遺体の回収は後の連中に任せる。ここまでが俺達の仕事だ」
「よし、地上の連中に合流するぞ」

 今も通信機はノイズばかりで全く地上の状況はわからない。
 装備を整え直して地上を目指すことになる。このエリアの空気も安全レベルと確認されたので、機動力を落とす防毒マスクと酸素ボンベはここに置いていく。
 その時、入口でポチャンと水の跳ねる音が聞こえた。ライトを当てると、白衣を着た人が立っていた。

「生存者!」

 すぐに隊員が駆け寄る。
 ロックも近付こうとするが、咄嗟に劉はその腕を掴んだ。

「どうした?」
「何か変だ」

 隊員のライトに照らされたその人物は白人にしても色が白く、目の焦点が合っていない。中毒症状の可能性が高いものの、それにしても違和感がある。
 劉はロックの腕を掴みながら必死にその違和感の正体を掴もうと考える。

「大丈夫ですか?」
「アァ……」
「中毒症状の可能性有り! ……! 更に2名の生存者発見!」

 廊下の奥を照らした隊員が歓喜の声を上げた。
 それを聞き、頭に3の数が引っかかる。そして、記憶の扉が開いた。

「あの死体だ……」

 その男は先程研究室にいた死体と同一人物だった。劉の脳裏にあり得ない可能性が浮かび、血の気が失せる。

「え?」
「ぎゃぁぁぁ!」
「敵襲!」

 ロックが劉に振り向いた瞬間、入口と廊下の生存者に駆け寄っていた隊員が叫んだ。
 更に、廊下では発砲音が響く。
 そして、「アァァァァ!」という呻き声が混ざって聞こえ、入口ではライトを向けられた白衣の男が隊員を襲っていた。
 その襲い方は人間らしさを全く感じさせない。獰猛な獣のそれだった。隊員の頭を両手で押さえつけ、歯を立てて首を噛みちぎるその光景はまさにホラー映画の怪物そのものであった。首を食いちぎられた隊員は絶命し、バタンと水飛沫をあげて倒れた。
 それを見下ろす白衣の男を劉とロックは銃撃する。
 体を跳ねられせて後退するが、ゆっくりとまた歩き出す。

「そんな! 防弾装備しているのか?」
「いや、壁に弾が当たった音がした。外していないなら、弾は貫通している」
「俺達がこの距離で外すか?」
「俺は心臓を撃ち抜いている!」
「俺もだ!」

 しかし、目の前に立つ白衣の男は出血すら見られない。確認できるのは白衣に空いた穴だけだ。
 そして、倒された隊員の前に立つと、嘔吐をするような動きをする。すると、口の中から赤紫色のゼリー状の物体がドロっと吐き出され、隊員の遺体の喉にある傷口にゼリー状の物体が瞬く間に入り込んだ。
 その直後、隊員の体はビクビクと跳ねると、ゆっくりと起き上がった。

「アァァァァ」
「アアアァ」

 これは疑いようのない。否、最早他の可能性を模索する思考はなくなっていた。
 劉とロックはそれがホラーパニック映画やビデオゲームなどで登場する所謂ゾンビであると確信した。

「アアアァ」
「アアアァァァァ」
「アァァァァァ」
「あーあーうるせぇ!」

 入口から他のゾンビ達も入ってきた。廊下にいた他の隊員達も含まれている。奇襲を受け全滅しゾンビになったらしい。合計10人以上のゾンビに対してロックと劉の二人だけ。しかも銃撃を受けても何故か倒れない。
 ロックが銃を撃つが、映画の様に頭部を撃っても動きが痙攣したり麻痺する程度で倒すことはできない。しかも、時間経過で動きが回復してくる。

「ゾンビというか、アンデットだな。死ぬってのがないのか?」
「同感だ。……馬鹿げた話だが、軍曹見ろ! 頭の弾痕が塞がってる。これはつまり」
「わかってる! 脅威的な回復、死んだ奴が蘇る。例のZだろ!」
「確かにある意味Zプロジェクトは成功だ。だが、単なる不死者を作るだけでは死体の処理が面倒になる分、余程面倒な代物だ。……軍曹、無駄弾だ!」
「だが、よぉ! 撃たなきゃどんどん来るだろ!」

 既に銃を撃ち尽くし、隣でリロードをしているロックを見て、劉はグッと肩を掴んだ。

「軍曹、指揮を譲渡しろ!」
「……わかったよ、リーダー」

 同階級二人だけの状況でそれはあまり意味のないことであるが、これでロックは劉の命令に従って動くだけになる。冷静さを失っている彼にとって、それは必要なことであった。
 そして、劉はまるで新月の豪雨の様な暗闇とスプリンクラーの水が降り注ぐ足元も悪いこの状況からの生還、そして不死の敵を殲滅する方法を考える。ライト残量は問題ないが、視界を辛うじて確保している照明弾はまもなく消える。残弾も多少あるとはいえ、すぐに再生する相手に時間稼ぎ以外の効果は期待できない。グレネイドなどがあれば或いは有効かもしれないが、持ち合わせていない。
 その時、ふと目に留まったのは酸素ボンベであった。

「軍曹、援護をしてくれ」
「何をするんだ?」
「ボンベを開く。そして銃を撃ち込んで爆破炎上させる。不死者を殺せるかはわからないが、足留めにはなる。そして、梯子を使って脱出する」
「確かに有効だな。だが、それなら確度を上げよう。援護は昇降機までリーダーが避難し、行って欲しい。俺は残りの弾薬を使って牽制しながら移動し、ボンベを開けてダッシュで昇降機へ行く。そして、リーダーが爆破させる。どうだ?」
「軍曹のリスクが高いぞ?」
「残弾と射撃の腕を考えたらこれがいい。それに近くで援護したら誤爆する可能性が高い」
「確かに。……わかった」

 二人が拳を当て、劉は昇降機へ、ロックは酸素ボンベの場所へと走る。
 ロックは残弾を使い果たすと宣言した通り、銃を連射とリロードを繰り返す。走りながらで命中率はかなり低下しているが、頭部を中心に狙っている為、数を撃てば命中し、その場に倒れたり痙攣をしている。
 そして、劉が昇降機にたどり着くと銃を構えてロックの援護をしようとする。

「な、何をしている!」
「うっせぇな! 最期に一服くらいさせろ!」

 ロックは酸素ボンベの上で煙草を吸っていた。
 既に残弾は尽きたらしく、迫るゾンビを銃で殴っていた。

「確度を上げた! それだけだ!」
「バカが!」
「いいから伏せろ! 湿気った煙草に火をつけっからなぁぁぁっ!」

 ロックは勝ち誇った笑みを浮かべてボンベのバルブを回し、火のついた煙草をその口に向かって吐き捨てた。
 刹那、酸素ボンベに引火した炎は爆発的に炎上し、ロックはゾンビ諸共吹き飛び、炎に消えた。

「軍曹、馬鹿野郎!」

 体を起こした劉は一言吐き捨てると、地上に繋がるハシゴを登り始めた。




 

 ハシゴの地上部は大きな穴が開けられていた。非常用の扉があったのだろうが、吹き飛んでおり、見る影もない。
 地上に顔を出すと、炎が至る所で上がっていた。まさに戦場そのものであった。
 兵器用昇降機の地上部である為、その場所はアスファルトの敷き詰められた広場となっており、ルーン島中央部のかつては射撃場であった場所だ。現在も平時は演習スペースとして活用している。
 しかし、現在は乱暴に頭部を破壊されて殺された隊員の遺体や扉を剥がされ、無造作に発射台にぶら下がっている隊員のある戦車などが転がっており、メーサーで燃やされた戦車や隊員の遺体が燃えている。
 これをM-7が単体でやったとするならば、M-7のスペックは話で聞いていた以上だ。否、それどころではない。暴走状態だとはいえ、一騎当千をしているのだ。

「借りるぞ」

 劉は隊員の遺体からショットガンを取り、別の遺体からは近接戦闘用のメーサーブレードを回収する。本来対怪獣兵器に搭載させる想定で開発されたものを歩兵用に小さくさせた武器であるため、バッテリー持ちが悪く、万が一のお守り程度の装備だが、幸い持ち主は使用しなかったらしく、バッテリーは満タンであった。これなら、5分くらいは最大出力で使用可能だ。
 遺体や壊された兵器の状態からどんなに守りを固めても攻撃を受ければ命はない。そうなれば、チョッキなどは重いだけだ。脱ぎ捨て、可能な限りの軽装になる。

「よし」

 劉は残骸を辿り、M-7のいるだろう司令部のある建物を目指す。
 広場を抜け、防音壁を抜け、遮音のために残された森を抜ける。防音壁にも爆破された大きな穴があり、森の木々も燃えている。地面には頭から恐ろしい力で叩きつけられて地面に頭がめり込んでいる隊員や太い木の枝に串刺しにされた隊員、その他多数の隊員がやられていた。
 ここまでで相当数の隊員が犠牲になっている。果たして今晩この基地内に何人の隊員がいただろうかと考えながら劉は建物を目指す。
 建物は元々の施設を旧館として利用し、必要となる追加の設備を収める為にその隣の森を切り開いて建設された地上4階建てのガラス張りの近代的な建築物である。
 しかし、今はそのガラスの多くが割れており、火災が内部から発生していた。
 そして建物の周りには上空からの攻撃で破壊されたメーサー戦車などが放棄されていた。状況からしてM-7は駆けつけたGフォース隊員を倒しながら迷わずこの建物に移動し、一気に上層階を制圧、戦車を上から攻撃して沈黙させたと考えられる。非常に手際の良い攻略といえる。
 また、ここまで来ると現在の状況が理解できた。生存者が全くいないのだ。そして、破壊された戦車以外にある筈の装甲車もない。考えられるのは、基地を撤退し、M-7を基地諸共破壊する決断をした可能性だ。
 そこまで考え至ったところで、機関銃の連続した発砲音が聞こえた。方角は島の南部。恐らく、M-7をこの島に留める為の殿を務めている決死隊の攻撃だ。徒歩では距離が離れており、M-7の追撃対策か戦車以外の残された車両も破壊されている。

「いや、アレは残っているか?」

 劉は旧館へ走る。旧館は宿舎も兼ねており、その裏手は隊員達のプライベートスペースとして私物などを置くことが認められている。そして、ロックの趣味はバイク弄りで、愛車はハーレーダビットソンのファットボーイモデル。彼の好きな20世紀のアクション映画でハリウッドスターが乗っていたバイクの最新モデルらしい。
 バイクは無事だった。鍵の隠し場所は知っていたので、すぐに始動する。
 ショットガンをパイプの隙間に挟み込んで思わず劉は苦笑する。これでサングラスをかけたらただのコスプレだ。それにあの映画もアンドロイドと人間の戦いをテーマにした作品だった。

「軍曹、アンタの趣味は活かしている」

 排気量の大きいバイクはすぐに加速し、島を周回する道路を進む。
 すぐにM-7とその足止めの為に攻撃をする為に装甲車で壁をして攻撃をするGフォースの殿に追いついた。皮肉なことに先程劉が出てきた広場の脇の道路であった。
 幸いにもM-7は殿の攻撃に注意が向いており、背後から来た劉に気づいていない。
 バイクを止め、そのシートにショットガンを当てがって構える。映画のスターは片手で撃っていたが、現実でそれを人間がやれば肩を脱臼することは試すまでもない。

「ポンコツが!」

 劉はショットガンを撃った。狙い通り、M-7の首を中心とした背後に弾は命中し、その体が前方に倒れる。
 続いて第二射。命中。
 再び頭部に直撃し、頭を地面に打ち付けている。
 弾をリロードし、接近して至近距離で更に二射頭部を狙って撃ち込む。
 距離を縮めた劉はショットガンを捨てて、メーサーブレードを手にしてスイッチを入れる。青く発光した刃を断頭する為に振り下ろす。

「っ!」
「………」

 刃は断頭できず、M-7の振り上げた右腕に防がれる。まだM-7は活動していた。
 刃を引くと、腕は切断されて地面に落ちたが、M-7の蹴りが来た。咄嗟に左腕で防ぐが、バキバキと骨の砕ける音が鳴る。
 左腕がだらりと下がり、右手で構えるメーサーブレードで牽制をする劉の目の前にM-7が立っていた。M-7はかなりダメージを負っており、既に人の顔を模した外装部は殆どが失っており、内部の機械が多数露出している。片足も切断されたケーブルが露出しており、火花が出ている。胴体に至ってはほぼ内部が露出しており、骨組み状態といえる。そして、左手には唯一の武装で対戦車ライフルに似た武器を持っていた。
 それを見て劉は苦笑する。それはメーサーブレード同様に歩兵用にリサイズして開発されたものの威力に対して使い勝手に癖のある為、癖を嫌う劉達は好まない光学兵器メーサーライフルであった。
 そして、それをM-7は片手で持ち上げ、劉に向け、放った。

「!」
「………」

 間一髪で劉はメーサーを回避し、メーサーの光線はバイクを一瞬で破壊していた。
 長い銃身は慣れていれば照準を見破ることができ、引き金を引く前に回避行動をして相手が照準を修正するテクニックさえ無ければ回避は可能だ。理屈はそうであるが、実際には運の勝負であった。
 メーサーライフルは癖があり、特に出向組は例え実弾兵器より怪獣に有効な威力があっても好まない。その理由は彼らが対怪獣戦に特化した訓練を受けていた訳ではないからだ。怪獣は基本的に大きく、硬い。故に歩兵の武器は何よりも威力の高い武器の使用を推奨される。しかし、出向組の積んできた訓練は主に対人戦だ。高い威力にスペックを割いて、連射性と即応性が犠牲になった武器に抵抗を感じるのだ。その為、メーサーライフルを渡された隊員もその殆どが拳銃や小銃を装備する。咄嗟に撃てて、牽制のできる連射性がある武器が敵の殲滅よりも自身の生存率を高める装備だと体に叩き込まれているからだ。
 そんな者達の人格データも組み込まれている筈のM-7がメーサーライフルを選んだのは、所詮機械ということなのかもしれないし、Gフォース的な訓練を受け続けた隊員の人格データが優位になっているのかもしれない。いずれにしてもメーサーライフルは連射性が低い為、チャージ時間の今がチャンスになる。

「俺に構わず撃てぇ!」

 劉は自身が至近距離にいることで攻撃を躊躇していた装甲車の隊員達に叫んだ。
 その言葉がきっかけになり、M-7に銃撃を再開させた。劉は被弾をしつつも回避する。脇腹を被弾したものの貫通しており、出血量、臓器のダメージともにすぐに危険なものではなかった。
 M-7は一斉射撃を直撃で受け、更に追い討ちで切り札としていたらしい本家対戦車ライフルが放たれ、そのボディは一気に10メートル近く吹き飛んで沈黙した。

「よくやった! 今手当てを!」

 劉が装甲車に合流すると、隊員達が劉に駆け寄ってきた。車両から救急キットを処置の出して準備をしている。
 一方で、車内で通信担当が無線で攻撃の中止を伝えている。どうやら戦闘機による上空からの地中貫通爆弾の空爆を計画していたらしい。確かに地中貫通爆弾ならば地下にも及ぶこの島の全てを完全に破壊できるだろう。
 しかし、その瞬間、劉に悪寒が走った。出血による貧血症状ではない。本能的な危険を感じたのだ。
 そして、彼は広場へと視線を向けると同時に普段は広場の他と同じアスファルト素材の床になっている昇降機の地上部を覆うスライド式の開閉扉が吹き飛びんで天高く飛ぶと、劉達の近くの海岸に突き刺さった。

「………」
「何が起きた?」
「すぐに確認を!」
「………待て」

 劉は言葉を失っていた。絞り出す様に声を出すが、他の隊員に彼の声が届くことはなく、広場に向かう。
 劉は理解した。まだ終わりではない。まだ、この悪夢は終わらない。




 

 隊員達が広場にできた大穴に近づく。
 彼らは地下で起きたことを知らない。

「逃げろ!」
「動くと止血できない!」
「しかし!」

 装甲車に残った隊員に止血される劉が言うが、彼は劉がまだ興奮状態にあると思い、求めていない激励や休んでいいと語りかけている。

「そうではない! あそこには、まだ敵がいる!」
「大丈夫だ」

 彼に理解させる言葉が出てこない。ゾンビ? アンデット? どれも錯乱していると思われる単語だ。
 一方、隊員達は穴を覗き込もうとしていた。
 そして、彼は劉の言葉を理解するよりも先にその目で理解することになった。

「逃げろ!」
「なんだ? あれは」

 穴から巨大な肉塊が伸びてきた。
 そして、虫を叩くかの様に穴の前にいた隊員を叩き潰した。
 劉も残された隊員も言葉が出ない。想像していない存在が穴から出てきたのだ。
 彼の予想はもっとパニック映画の如き無数の大群で現れるゾンビの姿であった。
 しかし、その目に見えるそれは怪獣であった。肉塊は巨大な右手の形を作り、その先に離れた場所の劉からも視認できる3メートル以上ある体を持つ巨人が姿を現した。
 それは酷くアンバランスな姿をしていた。自身の倍以上もある右腕を持つ巨人は、地面をその右腕で押し付け、そのまま体を飛び上がらせて跳躍すると、一瞬で広場の端に着地した。
 更に口と掌から赤紫色のゼリー状の物体を出して周囲に撒き散らす。

「……まさか。マズイ! おい、すぐにここから逃げるぞ!」
「あ、あれはなんだ?」
「Zだ! ここの奴ならそれでわかるだろ!」

 劉の言葉を聞いて、隊員が青ざめた。理解はできたが、冷静さはなくなったらしい。
 劉は彼の肩を叩き、装甲車のリアに乗せると自身は運転席に乗り込む。
 エンジンをかけながらサイドミラーで巨大ゾンビを確認する。巨大ゾンビの周囲に人影が増えていく。広場の死体がゾンビになって起き上がっていた。
 最早はっきりと劉には断定できた。あの赤紫色のゼリーがZそのものだ。Zは死体に寄生してアンデットにする。そしてどういう理屈なのかはわからないが、アンデットは巨大な一つの怪物にもなる。そして、Zを撒き散らしまた新たなアンデットを作る。
 ゲームのゾンビウィルスのような何でもありの存在ではないが、アンデットになってしまえば銃撃程度では倒せない。
 脳裏にZプロジェクトのコンセプトであるオルガナイザーG1とオリハルコン、二つの長所を合わせた蘇生剤Zの開発という言葉が浮かび、劉は舌打ちした。

「死なない怪獣を生み出すんじゃ短所の掛け合わせじゃねぇか!」

 アクセルを踏みながらハンドルを切り、車両の向きを戻す。ガタンと車道から前輪がはみ出るが、装甲車の馬力で無理矢理修正する。

「あっ!」
「どうした? ……ガハッ!」

 後ろで隊員の声が聞こえて、劉が振り返った瞬間、装甲車の後部の天井が潰れた。隊員は押し潰され、劉も衝撃でハンドルに頭を打ち付ける。

「アアアアアアァァァーッ!」

 呻き声とも雄叫びとも感じられる声が上から聞こえた。
 装甲車の上に巨大ゾンビが飛び乗ったのだ。
 劉は既に止血処理をしたものの腹部に銃弾による負傷、左腕の骨は粉砕骨折。戦うことは愚かまともに逃げることもできない状況であった。
 生存を諦めた瞬間、劉の思考は別のことを考えていた。
 もしもZをここで倒さなかったら、世界はどうなってしまうのか? それこそ、映画やゲームの滅亡世界になってしまうのではないか?

「っ!」

 その時、運転席に置かれた無線機に目が留まった。その瞬間、彼は自分の命を捨てて世界を守ることに何一つ躊躇がなかった。
 彼は無線を繋いだ。

「攻撃再開! 繰り返す! 攻撃再開! 敵は生きている! 今すぐに空爆を実行せよ!」
「了解。脱出時間は」
「こちらは退避に問題ない。今すぐに攻撃してくれ!」
「了解。幸運を祈る」
「ありがとう」

 通信を切り、ポケットを探る。煙草は出てきたがビショビショに濡れていた。それを見て嘆息する。

「軍曹め……俺はお前より運が悪いらしい」

 濡れた煙草の箱を握りつぶして劉が狭い運転席で天井を仰ぐと、突然装甲車が揺れた。

「!」

 正確には装甲車の上にいた巨大ゾンビが広場に吹き飛んでいた。
 更に劉のいる装甲車は勢いよく海に転がって落ちる。
 転がる一瞬の間に劉が見えた光景は、M-7が仁王立ちしており、広場に飛ばされた巨大ゾンビが大きな右腕を地面に押しつけて対峙しており、M-7が巨大ゾンビに向かって走り出したところで、装甲車は海に落ちた。
 そして、海面が明るくなり、劉の意識はそこでなくなった。
11/31ページ
スキ