Z -「G」own path-
昼休みになり、睦海は茉莉子から昨日のお礼を伝えるメッセージを受信し、そこからやり取りをしていた。
まだこの時点ではGフォースからの発表が控えられ、各国も情報規制を行っていた為、睦海はゴジラとモスラの移動について知ることはなかった。
お弁当を食べながら、受信した茉莉子のメッセージを確認する。何度かやり取りをしていくうちにだんだんと敬語の多い会話が砕けていき、他の同い年の女友達と同じ口調の会話でやり取りができるようになっていた。
茉莉子『私も護身術、習っておこうかな? 難しいかな?』
睦海『はじめは難しいと感じるかもしれないけど、どの格闘術もそれぞれ決まった動きがあるから、護身術ならそれを覚えるだけでも十分に役立つと思うよ』
茉莉子『なるほどね! 睦海さんはどれくらいなの? ほら、黒帯とかあるでしょ?』
睦海『どうなんだろう? 実はそういう道場とかで習ったものじゃないからわからないんだ』
茉莉子『え! 独学なの! すごい!』
ものすごい驚いた顔のイラスト付きで送ってきた。確かに事実なのだが、実力に合っていない為、人によっては睦海のそれが殺人術も含まれる戦闘術であると気づかれる可能性もある。健が元警察官であったり、今も両親ともにG対策センターに勤めている為、その関係で習ったと言い訳もできるが、迷惑をかける可能性もあるのでも独学以外の説明を考えておく必要があると思った。
「……通信教育?」
「ん?」
「なんでもない」
前でモヤシとパンの耳を食べていた梨沙が顔を上げた。合計40円で買える昼食らしく、彼女はよくこの組み合わせで食べている。どうやら昼食代と言ってお金をもらっている分を趣味に回しているらしい。本人曰く、一日のエネルギーはパンの炭水化物から摂取し、不足しがちな栄養はモヤシで摂取できるらしい。モヤシが意外と栄養豊富な食材であることは睦海も知っているが、それにしても極端だと思う。前の世界では贅沢なくらいだが、この世界はそうではない。
それにせめてモヤシは袋から出して食べてほしいと、一本ずつポテトチップスを食べるように袋から取ってポリポリ食べる梨沙を見て思う睦海だが、その指摘は再三しているので諦める。
睦海『それより、昨日はどうだったの? 会えたんでしょ?』
茉莉子『うん。一緒に食事しました!』
睦海『へぇ。いい感じだった?』
茉莉子『うん。また会ってくれるみたい。って、睦海さんもこういう話するんだ! なんか意外!』
睦海『そりゃするよ。え? 茉莉子さんの私って、もしかして筋トレマニア?』
茉莉子『そこまではないけど……。なんか硬派なヒーローみたいな?』
睦海『ちゃんと乙女ですよー』
茉莉子『ごめんなさい。怒った?』
睦海『怒ってないよ。まぁ今は部活に集中したいのもあって、恋愛をするつもりないのは合っているけどね』
茉莉子『インターハイ目指しているんだっけ? やっぱりすごいなぁ』
睦海『出場できなきゃ意味ないよ。どうしてもあとちょっとのところで記録がクリアできないんだよね』
茉莉子『それでも目指すものがあるってすごいと思うよ。私は特にそういうのないから』
睦海『彼のことは?』
茉莉子『それは別! それにカッコいいとは思うけど、だから付き合いたいとかじゃないから!』
睦海『そっか。でも応援はしてるよ!』
茉莉子『ありがとう!』
それでやりとりは終わった。ちょうど睦海もお弁当を食べ終わり、昨日の尖閣諸島関連ニュースをチェックする。
しかし、まだGフォースが対応に当たっているという内容に表現が変わったものの周辺の安全宣言は出ていない。加えてSNSの投稿で、Gフォースの項羽が沖縄の米軍基地に入港している写真が見つかった。哨戒中の補給という可能性もあるが、違和感がある。
インターネットの匿名掲示板でもこの話題はマニアの間で討論されていた。睦海同様に補給なら入港せずに補給船が派遣されるはずだと熱弁を奮っている投稿があった。また、すでに怪獣は駆逐しているが、別の理由でまだ警戒を解除していないのだという陰謀論者もいる。項羽とバハムートのスペックは睦海も調べたことがあったので、怪獣がすでに駆逐済みとする意見には賛成だ。駆逐できないほどの怪獣となるとそれこそゴジラやガダンゾーアといった総力戦で対処する必要のある程の大怪獣になる。
しかし、その場合ならもっと大々的に報道がされるか、項羽入港の情報が投稿されても即座に削除されるほどの厳しい情報統制が行われるかの両極端になるのは想像に難くない。つまり、中途半端なのだ。
そんな睦海の目に一番彼女の考えに近い投稿が留まった。古い資料のリンクを貼っている。どうやらデストロイアについての記録ページとリンクされているらしい。項羽は怪獣を駆逐したものの複数個体が存在している可能性があり、情報の精査をしているのではという投稿であった。しかし、この内容は沖縄周辺海域すべてが危ない可能性があるのではないかという意見を中心に炎上まではいかないものの否定的な投稿が多い。
いずれにしても今は何か動きがない限り、東京にいる睦海には何も判断することはできないと結論づけた。
「……で、まだ食べているの?」
睦海は目の前でポリポリとモヤシを食べ、口から根っこがはみ出している梨沙を呆れて見る。
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午後、米軍基地で待機する項羽のマリクが瞬を艦長室へ呼び寄せていた。
「庚、ゴジラとモスラのことは聞いているか?」
「はい。どちらも日本の方角へ向かっているとか」
マリクは頷き、タブレットを瞬に見せた。画面には太平洋の地図が映っており、ゴジラとモスラの予想針路が書き込まれている。
「見てのとおり、ゴジラは日本方面というだけで具体的な針路がまだ特定されていない為、追跡を継続している。一方、モスラは既に沖縄から西日本にかけての方角とある程度、範囲が狭まっている。当然、モスラの上陸危険性が高まった際の対処は項羽が担当することが司令部から話があった」
「妥当なところだと思いますが?」
「勿論、司令部の指示に異論はない。その為の項羽だからな。……それと合わせて、昨日の四面楚歌の記録解析についての報告が届いた」
「結果は?」
「遊泳している生物体に相違なし。つまり、アレは我々が駆逐するまで生きていたということだ」
瞬は表情を変えずにマリクの言葉を聞く。間違いなく彼らが倒した怪獣が対象となっていた二隻の船舶を襲った怪獣であると判断することができたのは大きな収穫だが、それ故に新たな謎が生まれてしまった。
しかし、それは瞬に関係ないことだ。
「それでは尖閣周辺海域の警戒は解除。我々はモスラの動向に注視し、必要に応じてはゴジラにも対応するということでよろしいでしょうか?」
「あとの判断は日中の両国が決めることだが、アノ怪獣についてはちょっと面倒なことになった。……そろそろ時間だな?」
マリクが言葉を切り、扉に視線を向ける。すると、タイミングを合わせたようにノックがあり、劉が入室した。
「失礼します」
「なぜ彼を?」
瞬がマリクを見ると、彼は先ほどの話の続きを始めた。
「昨日の怪獣から採取したサンプルは遺伝子の解析も行われていた。まぁ当然だな。その報告が非常に興味深いものだったそうだ。専門外だから、そのまま伝えるぞ」
マリクは淡々とタブレットを見ながら読み上げる。
それは怪獣から採取した複数のサンプルの遺伝子情報を調べた結果、当然ながら外見通り、ヒラシュモクザメと同一の生物であると確認されたというものであった。しかし、不思議な結果が出たという。それは種として同じであるものの、いずれのサンプルも異なる遺伝子であると確認されたのだ。つまり、一体の怪獣ではなく複数のヒラシュモクザメが一つに合体した生物だったということを示していた。
「この事からこの怪獣に一つの仮説が出た。それが約10日ほど前に死亡したヒラシュモクザメの死骸が一つになって20メートルの怪獣となったというものだ」
「………」
「劉、心当たりがあるな?」
「え?」
マリクの言葉に瞬は劉を見る。彼は下唇を噛みながら頷いた。
「はい。……死骸、正確には血流が止まり、免疫が機能しなくなった生物に寄生し、部分的に生体機能を修復して活動させる特徴を持つ存在。Zと特徴が一致します」
「やはりか。……庚、この件はGフォース、いやG対策センターの上層部と国連常任理事国首脳、それと大西洋地域司令部の生き残りしか知らない話だ。日本の総理大臣も知らされていない。当然だが、口外禁止だ」
「御意」
瞬の言葉を確認すると、マリクは劉に視線を戻した。
「よし、劉。3年前の大西洋地域司令部で起きたことを話せ」
「わかりました」
そして、劉は淡々と話し出した。