Z -「G」own path-
放課後、茉莉子は池袋を散策していた。
まだ待ち合わせまで2時間ある。サンシャインあたりで服でも見ようかと思いつつ、人の多いサンシャイン通りを歩いていると、ふとゲームセンターの看板が目に入った。
UFOキャッチャーなども久しぶりに見てみようと何となく足が向いた。
機械音で賑やかな店内に入ると、アーケードゲームコーナーで大会が開かれているらしく、人集りができていた。近づいてみると、ギャラリー達が騒ぎ始めた。
「おい、アイツのアレ、ハメだろ?」
「あぁ。禁止だったよな」
「決勝戦でハメとか最悪だな」
何やらブーイングが出ている。様子を見ると、どうやら格闘ゲーム大会の決勝戦で禁止されているハメ技を使ったらしい。
茉莉子の場所からも大型スクリーンに映る試合の様子は見えた。ハメ技を使ったらしいキャラクターは残り僅かな体力となっており、一方相手はほとんどダメージを受けていない。ヤケを起こしたのだろう。
そう思っていると、ハメられていた相手キャラクターが動いた。攻撃を受け、動けないらしいがそれを不思議なモーションが入った直後にキャンセルされ、飛び上がるとそのままアニメーションの差し込みが入り、必殺技が発動した。当然至近距離にいたキャラクターはそのままダウンした。
刹那、ギャラリーが喝采した。
「マジかよ! あのハメ技、回避不能だから禁止されてんじゃねぇの?」
「あれアピールモーションだろ? 防御の後にあれ出してスタンキャンセルしたのか?」
「あのキャラの必殺技のコマンドめちゃくちゃ難易度高くなかったか?」
「てか、神かよ! あのコンボ、どうやったら成功させられんだよ!」
「訳わかんねぇ。あの娘女子高生だろ?」
「もしかして、前にアキバの大会でも優勝した奴じゃね?」
「噂の賞金稼ぎJK? でも、アレはFPSじゃね? これ格ゲーだぞ?」
どうやら並のプレイヤーでは再現すら困難なコンボを使ったらしい。確かにアレは素人目にも鮮やかなものであった。
世の中にはそういう怪物みたいな人がいるんだなぁと思いつつ、茉莉子は後ろに集まっていた男性達を抜けて入口近くのUFOキャッチャーコーナーに戻ろうとするが、誤って男性の一人にぶつかり、靴を軽く踏んでしまった。
「あぁ? おーイッテェなぁ!」
男は茉莉子を一瞥すると大袈裟に痛がった。面倒な相手に当たってしまったらしい。
「あ、ごめんなさい」
茉莉子はすぐに謝るが、背後と左右に仲間と思われる男達に囲まれてしまった。アクセサリーや髪型、服装から典型的な不良の格好をしていてその自分達を誇示していることがよくわかる。
大方、相手が場慣れしていない制服を着た女子高生とわかって強く出てきたのだろう。
店員を呼べばすぐに散るだろうと思い、声を上げようとしたが、脇腹に硬いモノが当てられた。
マジか? あり得ない。馬鹿なのか? そう思うと同時に恐怖で萎縮した。
ナイフを茉莉子の脇腹に当てて男の一人が低い声で耳打ちした。
「声出すとかっさくぞ」
「………」
血の気が失せるのを感じた。そして、男達4人に囲まれたまま店の裏口に向かって歩かされる。
優勝者の表彰で沸く喝采が目の前で上がっているのにも関わらず、それはとても遠くに感じた。
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「ムツミン様ぁ!」
昼休み中、尖閣諸島のGフォース出動までの経緯を発表する官房長官の記者会見映像をAR端末の眼鏡で見ながらお弁当を食べていると、目の前に友達の梨沙が近づくなり拝んできた。
「梨沙、すごく気まずいのでやめて頂けますか?」
「睦海第六天魔王様ぁ!」
「いや、私は信長じゃないから」
拝み倒す作戦をする梨沙に睦海は嘆息する。
彼女が睦海にこの様な態度をする理由は決まっている。だから、あからさまに睦海は嫌な顔をして抵抗する。
あまり騒がれるとクラスで変な噂が立つので非常に困る。
「そこを何とかお願いします!」
「この前もアキバでやったし、あまりやると特定されそうだから嫌なんだけど」
「今日のは池袋なので、大丈夫です!」
どちらも山手線沿線でどう大丈夫なのかよくわからないが、彼女曰く大会のゲームも前回のFPSと異なる格闘ゲームなのでユーザー層が違うから心配ないという。疑わしい話だし、そもそもそのゲームはやったことがない。
「今回の大会優勝賞品がゲームポイントなのよ! 今月ピンチで……」
「なら梨沙が優勝すればいいじゃない。それにお金ないのもまた漫画を買いすぎたからでしょ?」
「違うのよ! 純粋を守った男は魔法使いになるのよ!」
訳の分からない主張をしてきた。まぁ、梨沙の愛するボーイズラブの話だろう。最近の作品のみならず、マニアックな10年以上も前の作品までも買い漁っているらしく、彼女は万年金欠状態にある。
そう言っている間にも彼女は睦海の端末に大会ルールと対象のゲームの操作方法の書かれたページを送ってくる。
基本操作は前にやった格闘ゲームと同じで、コマンドを覚えてしまえば何とかなりそうな必殺技を持ち、基本操作中心でもそれなりに使い勝手の良さそうなキャラクターがすぐに見つかった。恐らく数回は戦うので、決勝戦までには使いこなせるだろう。
そこまで確認した睦海は、隣でアレコレ説得をしてくる梨沙に嘆息し、大袈裟に恩を売ってから口を開いた。
「スペシャルデラックスのスイーツ食べ放題をお小遣い貰ったら私に奢る。優勝ポイントより安いんだから良いわよね?」
「ありがとうございます!」
放課後の部活は休むことになるから、夜の自主練メニューにマラソンを入れる必要があるなと思いながら、睦海は動画サイトで使用予定のキャラクターの動きを確認し始めた。
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裏口を出た先は裏路地になっており、人通りは全くない薄暗い場所だった。そして、そこからは乱暴に腕を掴まれ、茉莉子は路地の奥に連れて行かれる。
路地の奥は表通りからは完全に死角になっており、高速道路に近いことで騒音もある。
恐らく悲鳴を少し上げたところで気づいてもらえる可能性は低い。
今も一人がナイフを茉莉子に当てており、そもそも恐怖で声が出てこない。
「全く、気をつけてもらわらないと困るんだよ」
「………」
「これって、恐喝? ヤダねぇ。先輩もこの前クスリとジジイをやっちゃって、気をつけないとなぁと思ってたんだよ。マッポに目をつけられてんのよ、俺ら。レイプなんて一発アウトだよ。わかってる?」
「………」
もう何もわからない。わかりたくない。少し離れたところでは沢山の人が歩いており、警察官のパトロールもきっといる。
しかし、その助けを呼ぶ術が全く考えられなくなっていた。心の中で助けを呼ぶしかできなかった。
これは悪い夢だ。あと1時間半もすれば待ち合わせになり、相手次第では久しぶりの再会だけでなくそのままデートをしてもいいと考え、内心舞い上がっていた。それが現実はどうだ。下手をしたら殺されかねない恐怖、そして知らない男達に襲われることへの諦めに心が死にかけていた。
「じゃ! とりあえず、脱げよ。あ、下着もな」
「………」
「オラっ! 脱げっての!」
「っ!」
肩を跳ねらせ、茉莉子はセーラー服のリボンを外した。せめてもの抵抗で、無意識に時間をかけて脱ごうとしていた。
しかし、それも彼らを喜ばせるものらしい。あからさまに下衆な笑みを茉莉子に向けている。
「ん? なんだ?」
茉莉子が上着の袖を抜いたところで、路地の先を警戒していた一人が声をあげた。
革靴の路地によく響く足音が近づいてくる。
「………」
「おい、アマ。混ざりたいの?」
路地の奥にいる茉莉子からも見える位置までその娘は近づいていた。男との距離は1メートルを切っている。
そして、茉莉子はその少女に見覚えがあった。先程、大会の決勝戦で優勝をしたプレイヤーだ。茶色のキャスケットを被り、大きな黒縁の眼鏡をかけ、制服のものと思われるワイシャツとスカートを着ている男の胸程度の小柄な少女だった。とてもこの不良達と対峙できるような容姿ではない。
逃げて! 内心で茉莉子は助けを求めるよりも彼女の心配をしていた。
しかし、彼女は逃げるどころか、物怖じしない口調で彼らに告げる。
「警察呼んだよ」
「ざけんな! ボコるぞ、ガキが」
言うと同時に既に拳を彼女に振り下ろしていた。
思わず茉莉子は目を瞑る。
「ぎゃあああ!」
悲鳴は彼女でなく、男の方が上げていた。
目を開くと、男は彼女に殴りかかった姿勢のまま悲鳴を上げていた。対して、彼女は拳を避けて男の肩に片手を添えているだけに見える。
「てめぇ!」
既に彼らの意識は茉莉子から彼女に移っていた。残り二人もナイフを取り出している。
しかし、茉莉子は体を動かせず、黙ってその顛末を見届けることしかできない。
睦海はナイフを取り出した三人の男達を見て嘆息した。構えが使い慣れていない素人丸出しだ。三人とも真っ直ぐ刃を向けて握っている。これでは突きしかまともな攻撃ができない。もしくは大振りに振り回すことになる。後者は前者以上の悪手だ。余程腕力に自信がなければ皮膚を裂くのが精一杯だし、隙が多すぎる。あえて拷問として肉に刃がひっかかるように切るならもしかしたら効果的なのかもしれないが、この場合はデメリットが多すぎる上、無意味だ。前者の突きも瞬発力が高くなければ、脇を攻撃される。
睦海は肩にある痛いツボを押して動きを止めていた男を沈黙させる為に、空いている右手を男の首に添える。すぐに位置を定め、瞬間的に力を込めた。
「カハッ! オエッ! ううっ……」
やはりこの体の力では急所を突いても失神させることは難しいらしい。
しかし、痛みに慣れていない相手らしく、咳き込みながら呻いている。戦意を奪えたので、問題ない。
それに、それを合図とばかりに男達は一切に睦海に襲いかかる。
睦海は咄嗟にそのナイフをはねのけようとする。しかし、彼女の動きはそれだけでなかった。その反射動作のまままるで機械の様な迷いのない動きで一人のナイフを握る手を受け流し、もう一人の股間に蹴りを入れた。
青い顔をしながら股間に手を当てて地面に崩れる男。
一方、最後の一人がナイフを振り回しながら、何か言葉にならない声を叫びながら睦海に突っ込んでくる。リーダー格と思われる男だったが、一番の悪手をしてきた。
睦海は身を翻し、目の前でバランスを崩していた先程の男を裏拳で頭を殴り、そのまま襲いかかる男に向けて倒す。倒れ込んだ男はリーダー格の男の足元に転がり、それに彼は躓く。睦海は余裕を持って腕を振り上げ、射程に入った男の頭部に肘を叩き落とした。
「ガハッ!」
今度は上手くいったらしく、男はそのまま地面に倒れて失神した。
転がされた男はナイフをまだ離していなかったので、思いっきり手を踏みつけ、ナイフが手から離れたら、ナイフを離れた場所に蹴り飛ばす。
まだこの男と最初の男が戦闘可能なダメージだが、戦意はなくしており、パトカーのサイレンが近づいている。逃げるかもしれないが、今更襲う事はないだろう。
睦海は警戒こそ解かないものの、男達を放置して被害者の元に近づく。
彼女は自分と同い年くらいで、見覚えのある都立高校のセーラー服を着ていた。まだ落ち着いていないらしく、上着の片腕を抜いた姿で呆然としている。
睦海は彼女の足元に落ちているリボンを拾って彼女に差し出した。
「もう大丈夫よ。警察が来るまでに服を直した方がいいわ」
「……あ、ありがとう」
まだ反応が鈍いが、状況からしてまだ直接何かをされた訳ではなさそうだ。
「お巡りさーん、こっちです!」
路地の入口側で梨沙の声が聞こえた。
まもなく三人の男女の警官が梨沙の誘導で流れ込んできて、男達は拘束された。
女性警官は睦海達に近づいてきた。
「池袋警察署です。……お話を伺えますか?」
彼女の視線は被害者でなく、睦海に向いていた。
ちょっと面倒なことになったと内心で思いつつも、人助けをした為、後悔はなかった。
「ムツミンにいきなりナイフを持つ男に女の子が連れてかれたから警察を呼んでって言われた時はびっくりしたわよ」
池袋警察署で事情聴取を終えて廊下に待機していた睦海に隣で座る梨沙は苦笑しながら言った。
確かに突飛な話だったことだろう。しかも、それが優勝賞品を受け取った直後に店員のインタビューも無視して梨沙を捕まえてそれだけ告げて、裏口に飛び出してしまったのだ。無理もない。
「でもよく気づいたよね」
「ちょうど見えたのよ。ほら、ステージって一段高かったし」
嘘ではない。もっとも、昔からの癖で怪しい挙動があると目で追ってしまうので、偶然というよりも必然といえるが。女性一人を囲む様に立ち、周囲に目配せさせながら一人は脇にピッタリくっついていたのだ。注意深くみれば、ナイフも隙間から見えた。お粗末な犯行と言わざる得ない。
「てか、ムツミンって強いんだね。刃物持ってたの一人じゃなかったんでしょ?」
「んー……ちょっと護身術を習ってたから」
笑って誤魔化す。元々護身術として教えられて、今もナンパや痴漢対策として毎晩自主練のついでに反復練習を行っているのでこれも嘘ではない。
想定されていた敵が小型怪獣、暴徒やゲリラなどで、睦海に教えたのが世界各地で出会った戦闘のプロで、それが護身術で一般的な武術でなくイスラエルで考案されてこの世界でも多くの軍隊や警察で採用されている生き残る為の戦闘術といわれるクラヴマガだが、些細なことだ。
拘束された男達の状況を見て、かなり念入りな事情聴取になったが、嘘はついてないのでよしとする。
親には連絡を流石にされるだろうが、睦海の事情を知っているので、これも良しとする。学校に知られるよりは遥かにマシだ。
「ありがとうございます」
廊下に先程の女性が警官にお礼を言いながら出てきた。
そして睦海に気づいて、近づいてきた。
「あ、あの。ありがとうございました!」
「いえ。当然のことをしたまでですから。……それより、大丈夫ですか?」
「えぇ。まだ少しドキドキしてますけど、もう大丈夫です。……迎えも来たみたいなので」
迎えのところで少し声のトーンが下がった。何となく用事の前だったのだろうと察しつつ、睦海は特にそこは触れずに簡単に受け答えをする。
お礼をしたいと言うが、丁重に断る。
「せめてご連絡先だけでも。……その、とってもかっこよかったので、またお話がしたくて」
すごく恥ずかしいことを言われている気がする睦海は赤面しつつ謙遜するが、梨沙が横から「いーじゃんいーじゃん! 連絡先くらい」と言ってきて断りにくくなる。
確かそこまで固辞する理由もないので、連絡先くらいならと応じることにする。
「桐城睦海…さんね。ありがとう」
「いえ。……寺沢さん」
「茉莉子って呼んで下さい!」
「あ、うん。じゃあ、私も睦海で」
「はい! 睦海さん」
隣で梨沙がニヤニヤしているのが気になるが、喜ばれるのは嬉しいものだ。自分もよろしくと頭を下げようとして、ふと自分が大会用の変装をしたままだった事に気づいた。
これは失礼だと、キャスケットと眼鏡を外す。キャスケットの中に丸めていた髪の毛がボサっと落ちる。慌てて髪の毛を整える睦海を見てまた別の驚きをする茉莉子。
「ふふん。どうです? ウチの睦海、芸能スカウトの経験もあるんですよー」
何故か誇らしげにする梨沙に対して睦海は慌てて取り繕う。
「別にそういうことを今言わなくてもいいでしょ! ただ名刺を渡されただけですから」
「ふふ。それって自慢っぽいわよ?」
「あっ……」
何も言えない。確かにその通りだ。これが学校だったら、不要な敵を作るところだった。自重せねばと睦海は反省する。
「茉莉子!」
「あ、おじいちゃん」
名前を呼ばれて茉莉子が振り向くと、老紳士が歩いて来た。70代くらいだろうか。
何となくどこかで見覚えがある気がして睦海は考える。
「すまない。お父さんもお母さんもすぐに動けないようだったからおじいちゃんが迎えに来たよ」
「全く、おじいちゃんをこき使って……」
「まぁそれはおじいちゃんとおばあちゃんから言っとくよ」
そんな会話をしているのを見ながら、やっぱりこの老紳士は覚えがあると睦海は思い、記憶を辿る。多分、シエルの記憶だ。
寺沢……さん? 睦海の体感では一年前である21年前の戦いの記憶が蘇る。
「……あっ!」
「睦海!」
目の前の老紳士の正体がノンフィクションライターの寺沢健一郎だと睦海が気づいたところで、みどりが警察署に駆け込んできた。
そして、寺沢とみどりも互いの事に気がつき、睦海の正体も知られることになったのは言わずもがなであった。