Z -「G」own path-
「マリちゃん、そんなに泣かないでよ」
引っ越し業者が忙しく段ボールをトラックに積み込む傍らで小学生高学年の少年が抱きついて胸元で号泣する年下の少女に困惑しながら言った。少年は髪の毛が赤焦げており、整った東洋人らしくない顔の通り、ハーフだ。
一方、典型的な日本人の特徴を持つ少女は嗚咽をしながら首を振る。
「だって……だって……」
少年は親の仕事で海外へ引っ越しをするという。既にお別れ会も行った。プレゼントを交換したり、手紙などのやり取りもしてくれると約束もした。しかし、それはそれだ。
幼い少女にとって、目の前でその時が来たら、理屈ではないのだ。ただただ別れたくなく、少しでも一緒にいてほしくて我儘だとわかっていても抑えることはできなかった。
そして、彼を困らせているとわかっていてももう引き返すことはできない。
「レイくんが……レイくんが……」
「そうだね。ずっと一緒だもんね。……マリちゃん、僕はお別れするつもりなんてないよ。ちゃんとマリちゃんとまた一緒にいられるようにするよ」
「う……う……う……」
わかってる。わかっているのだ。
彼も苦し紛れにそう言っているし、彼女自身も同じ気持ちだ。きっと大きくなれば本当に会うことだってできるし、もしかしたらまた一緒に遊べる日も来るかもしれない。しかし、それは今じゃない。
だから、辛く。離れ難く、聞き分けのない状態になってしまっているのだ。
「……レイ」
やがて荷物の積み込みが終わり、白人の女性が彼に声をかけた。もう時間だ。
彼は意を決して彼女を引き離す。そして、精一杯の笑顔を見せた。
「マリちゃん、待っててね! 約束だよ!」
指切りを無理矢理彼女とする。まだ彼女は涙と鼻水をダラダラと流して、肩を震わせている。
内心、彼はむしろ彼女のその姿に感謝した。純粋に嬉しいのもある。だが、何よりも彼女がこれほどまで情緒を乱していれば、逆に自分は冷静になれた。
お陰で別れ際にカッコいい姿を見せることができるからだ。
そして、遂に諦めた少女はタクシーに乗り込む少年を見送る。
最後まで彼女は泣き続けた。
それでも彼は彼女に最後に大きな声で叫んだ。
「マリちゃん! また会おうねー!」
タクシーが角を曲がって見えなくなってから、少女は小さい声で呟いた。
「うん。……約束だよ」
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「……っ!」
ガタッ! 大きな音を立て、教室中の視線が一気に集中する。
それに気づいた寺沢茉莉子は赤面して白紙のノートに目を落として取り繕う。
教壇にいる教師は嘆息したものの態々名指しで注意をすることはなかった。
顔を恐る恐る上げ、周囲を確認すると、既に皆、教壇のモニターか机の上のモニターを見ているかノートや入力デバイスに集中している。
まだ顔の火照りが醒めない。居眠りで寝ぼけた恥ずかしさもあるが、夢の内容も原因だ。まさか10年も前の恥ずかしい記憶が蘇るとは思わなかった。
アレが初恋だったのかも今となってはよくわからない。そもそもまだ恋愛らしいものもした事がない。
しかし、夢の原因はわかる。その当人から連絡があったからだ。
当時の幼い自分では想像もしていなかったが、今となっては当たり前の話だ。世界中とインターネットで繋がっている。海外だろうが、今生の別れなんてありはしない。ちゃんと毎年年賀状も届くし、誕生日などの時はオンライン映像でお祝いもしてもらっていた。
勿論、年を追うごとにそれなりに疎遠となり、顔を見ながら話をするようなことはなくなってしまったが、手紙やショートメッセージは定期的にやり取りをしていた。
その為、自然な流れで彼が久しぶりに帰国し、会う時間が取れると向こうからメッセージが届いた。今日の放課後だ。
特に意識していなかったが、夢の影響で二十歳になる男性と二人で会うという事実に今更ながら意識してしまった。当然、相手はそんな事を考えてもいないだろう。このまま舞い上がってしまえば恥の上塗りとなりかねない。
茉莉子は授業そっちのけで、重大な青春の大問題について対策を考えることが急務となった。
「ぷははは!」
「ちょっ! 声大きい!」
昼休み。再び教室の視線を集めた茉莉子は慌てて友達の口を塞ぐ。
メイクをバッチリ決めており、一部男子生徒からはギャルと揶揄されているが、実際にはそんなことなく、むしろ女子高生の皮を被ったオヤジというのが茉莉子の中のこの友達の評価だ。当の本人、夏美は笑い声こそ抑えたが、まだ肩を震わせている。
「ちょっとナツミン、怒るよ」
「ごめんごめん。マリっぺにそういうオトコがいたとは知りませんでしたから」
「そういう事を言っても怒るよ。割とマジで悩んでんだから」
「マ?」
「マ!」
「ママ?」
「違うわい!」
思わずつっこみを入れてしまった。
このままバカにするのであれば茉莉子も怒るが、彼女の良いところはここで表情を戻せるところだ。つまらない駄洒落を言うが、ちゃんと話は出来る。そういう意味でも茉莉子は彼女をオヤジと評している。
「幼馴染とはいえ、久しぶりの再会で互いにガキじゃなくなったんだから、意識するのは当然よ。むしろそこを取り繕おうとするから変にパニクるんでしょ? だったら、品定めするくらいのつもりで会いなよ」
本当に的確だ。内心で夏美に脱帽しつつ茉莉子は彼女のアドバイスを素直に受け取ることにした。
「そうよね。なんだかアメリカでエリートみたいだし、キープするくらいじゃないとね」
「そうそう。相手にはマリっぺなしじゃ駄目だって感じにしといて、マリっぺが主導権取るくらいでいいのよ」
「ははは。ナツミン様流石っス!」
「ドヤっ!」
お陰で変な緊張が取れた。
約束は夕方に池袋。移動時間を考えても時間が余る計算だが、池袋なら彼の到着まで時間を潰す場所もたくさんある。
そんなことを考えながら、夏美と他愛のない話をしながら茉莉子は残りの昼休みを過ごした。