誓い〜for NEXT「Generation」〜


 昨晩新潟空港に降り立った健とみどりは、そのまま健の実家に上がり込んでいだ。突然の来客に驚きを隠せなくとも、健の母である和美のもてなしの手際に一切の不備はなかった。
 寝床、風呂、食事に至る全ての世話を受ける傍ら、健は和美からああだこうだと質問責めを食らった。どうやら先日のオリハルコン騒ぎは全て父親でジャーナリストの研護を介して筒抜けだったようで、警察を辞めざるを得ない事態に陥っていることも知るところにあったらしい。その話は、再就職の当てがあることを話して鎮めることができたが、今度は結婚についての話となった。
 昨今、25歳で独身なのは別段珍しくもない。和美がどうしてその話に舵を切ったのかは詮索するまでもなく、健の同行者にその原因があった。
 それがどう転ぶかは未だ健の知るところには無い。だから滅多なことは言えず、その話はどうにかしてはぐらかすことができた。しかし、この一言だけはしっかりと和美に言い残してある。

「大丈夫。今日ちゃんと決着させるから」

 そして今、健はみどりと共に彌彦神社への参拝を終えたところだ。
 あの日、村を命懸けで守った英雄の帰還を山の神はどのような表情で迎えたのだろうか。ゴジラを追い払ったあの日から考えるようになったことだ。

「でさ、そろそろ話してくれない? わざわざ私をここに連れてきた理由」

 未希や梓に無理を言ってまでみどりを連れてきた理由。いよいよそれを口にすべき時が来たか、と健は大きな深呼吸を一つ挟んだ。

「こっち来てくれよ」

 歩き出した健。背中にみどりの視線を感じながら先に進む。
 境内を出て、登山道の方に進んでいく。まだ雪も深くなく、特別な装備無しでも歩ける程度だった。
 弥彦山の麓の林はかつて、健の庭だった。幼い頃から刻み続けてきた記憶は確かな道しるべとして、あの時は深い霧の中をみどりの所へ、そして今も迷わせることなくある場所に導いていた。

「ん?」

 目的の場所に到着したと思ったが、何かおかしい。確かに場所に間違いはない。雪が多少積もっているとは言え、周囲の木の配置に斜面と岩の見え方、そして目の前の大木。記憶と合致する。年月の経過による変化を考慮しても不自然な変化が一つあった。
 健の目の前の地面に、雪ごと掘り返された真新しい跡があった。こればかりは健の完全想定外な出来事であり、同時に目的の物の安全に不安を感じた健は、その最悪の状況が思い浮かんだ瞬間に地面に伏してその場所を掘り始めた。

「ちょっ、ちょっと健!」
「いいから、ちょっと待ってろ!」
「いや、とりあえず道具持ってこよ。汚れるって」
「アレが……アレが無事かどうかが……確かめたい!」

 両手両膝を土色に染め上げ、指と詰めの間を土で満たしながらも何とか、柔らかくなっていた土を掘り返し終わる。あの時と同じ、昔健とみどりが埋めたタイムカプセルの木箱が現れると、全身の力が一気に抜けだしたように健は大きく息を吐いて安堵した。

「あった……あった……よかった……」
「……そっか。そういえば、アンタが二十歳になったら掘り返そうって言ってたんだっけ」

 それは二人の約束だった。一度目は最初に埋めた時。二度目はゴジラが去った日の夜。お互いが二十歳を越えたら中身を開けようと、誓い合っていた。しかし健が二十歳になる頃にはもうみどりは海外に出ていて、互いにタイムカプセルのその後を気にしている暇がなかった。

「もしかして、これを掘り返すために、今日ここに……」
「あ……ああ。思い立ったらやらなきゃって。そしたら身体が止まらなかった。迷惑だったか?」
「ううん。すごく嬉しい。こんな事のために私を連れだそうだなんて、アンタくらいしか考えてくれないもん。それがね、とっても、嬉しいの」

 声を震え上がらせながら、健が大事に抱えている木箱を受け取ったみどりはその蓋を開けた。中から出てくるのは二十年近く前に埋めた品々達だ。どれもこれも、当時の記憶を蘇らせる鍵となって二人の頭に刻まれていく。

「そういえば前開けたとき、アンタ手紙だけが目的で、他の物はぜんぜん見向きもしなかったのよね」
「ああ。あ……そういえばそうだったな」

 一瞬、記憶が飛びかけた。あの手紙、自分のルーツとなった物の一つであり、決して他の人間には見せられない物だった。自分で見て決意を促す精力剤の役目をさせる分には良いが、決して誰にも見られてはならない代物だ。

「あら、この手紙は……」

 だがあの手紙は前回開けたときにこっそり回収して、今は警察の寮に置いているはずだ。家族にも見られるわけにはいかない。誰にも見られないようにするためには自分の手元に置いておく必要があった。

「……た……ける……」
「ん? あ……」

 健は絶句した。どういう訳か、封印したはずの手紙は今、みどりの手元にあった。恥ずかしさと不可思議さと、何か訳が分からなくなった何かで頭の中が混乱し、足下がおぼつかなくなっていた。そしてそのせいか、目の前に立っているみどりが泣いているように見えていた。

「え……」

 興奮状態が一気に醒め、健は冷静に目の前の光景を理解しようと目をこすり、もう一度みどりの顔を見た。
 みどりは泣いていた。

「あ……ど、どうした?」
「わ……わから……なくて……でも……あのっ、ね」

 みどりの涙でふやけてはいるが、クレヨンで書かれているその文面を読むには不自由しなかった。

[みらいのぼく。
 ぼくはおとうさんにほめられるくらいつよくなって、みどりねぇちゃんをみかえている。それで、みどりねぇちゃんをぼくの、およめさんにしている!]

「あぐっ……う、うれ…し…わた……し、うう……」

 その文面が見られたことによる恥ずかしさは失せて、反比例するように何かの核心めいた思いが浮かび上がった。



 ああ、なんだ
 昔も今も
 何にも変わってなかったんだ
 何一つ変わってなかったんだ
 昔も今も
 俺もお前も
 ずっと同じだったんだな
 ずっと思ってたんだ
 ずっと
 好きだったんだ

 泣きじゃくる彼女の肩をそっと抱き寄せる
 こんなにも華奢だったかと思いながら抱き寄せる
 声を立てずに彼女は泣き続ける
 柄ではない
 俺には似合わないことかもしれないけど
 予定とは違っているかもしれないけど
 今はこうするのが正解なんだ
 こうするのが強い男なんだ
 守ると誓った男のつとめだ

「お母さんが紹介した人ね、悪い人じゃなかったんだ。でも乗り気にはなれなくって、どうやって断ろうかとも思ったんだけどその理由も見つからなくって、このまま行けばあの人と結婚することになってたかも知れなかったんだ。でも私、それじゃあどうしても納得できなくて、でも何が何だか分からなくなっちゃって」
「ああ」
「ちゃんと私を理解してくれてて、私のことを想ってくれている人はいるって、分かってたのにね。分かってたのに分からない振りしてたのかも……しれないね」
「……ごめん。それは俺が悪い。俺がもうちょっと、自分をきちんと見つけることができてれば良かったんだ」
「健は悪くないよ。それどころか……なんか、一生分の嬉しさがあふれかえっちゃって、なんか私、らしくないところ見せちゃったね」
「お互い様だ。でもさ、俺達はそんなことの繰り返しだっただろ?」
「かもね。っていうか、らしくないとか言っちゃう辺り、よく分かってるとしか言えないよね」
「だな」
「……ねえ。もっとらしくないことさせてあげようか」
「何だよ」
「あの手紙をさ、今の健の言葉に置き換えて言ってよ」
「んなっ! そればっかりは勘弁してくれよ」
「えー、聞きたい聞きたい、きーきーたーいーなー」
「分かった分かった! じゃあよ、目、閉じててくれよ」
「んーわかった」
「……んっ。よしっ」
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