誓い〜for NEXT「Generation」〜
「桐城が寄港を依頼した?」
事情を説明し、協力を頼んでいた梓から将治に電話が入ったのは、夜の八時過ぎの事だった。
『うん。それもみどりちゃんと一緒に新潟へ』
「新潟……」
となれば、間違いなく行き先は弥彦の実家だ。今更健が警察の寮に戻るとも思えないし、ああいう場所に女性を連れ込むことが好ましくないのは将治も知っていた。何がきっかけになったかは知らないが、即日そこまでの行動をさせる何かが弥彦にはあるのかもしれない。
「ふむ……」
『ねえ、もしかしてもう心配無用なんじゃないかな』
「だといいですがね。とにかく僕はもう少し様子を見たいと思います」
『分かった。あ、そうそう。健君ね、私達の申し出を正式に受けることにしてくれたよ』
梓にとってはどっちが本題か分かったものじゃあなくなりつつあるらしい。何にしても、それなら健の抱える不安要素はもうどこにもない。確かに、心配無用だ。
『それじゃあ、がんばってね』
「はい。ありがとうございました」
自分が何を頑張ればいいのかと自問しつつ将治は通話を切った。
人生の岐路に立った悪友の勇姿をどうにかこの眼に納められないものかと将治は思案する。明日は航空兵器操縦の特別講習を教示する予定であった。だが何かと理由を付けて弥彦に行くことはできないものか。
そう考えながら廊下を歩いていると、前方から二人の男性が歩いてくるのが見えた。片方は見知った顔だが、もう一人の、白髪の老人は知らなかった。
「やあ将治君。どうした? 浮かない顔して」
見知った顔は、翼の父親で古くからG対策センターとGフォースを知る人物の一人、さっきまで電話していた梓の夫である青木一馬だ。元々は陸上自衛隊の出身で、あのスーパーX2の開発チームに属していた事もある。G対策センターではガルーダの開発を担っていたロボット工学のスペシャリストと言うべき人物だ。現在はそのロボット工学センターの所長を務めている。
「ああ、青木さん、どうも」
「そうだ。隊長、彼が麻生さんのお孫さんで、非常講師もやっている将治君ですよ」
「んー、君がか」
隊長と呼ばれたその男性は、その呼び名に相応しい眼光で将治の全身を眺めた。一通りの観察が終わったと思ったら一変、にこやかな表情で一馬に振り返った。
「しかしよぉ恐竜ボウヤ。俺はいつまで隊長やってればいいんだ?」
「やだなぁ、隊長こそ、恐竜ボウヤはやめてくださいよ」
「じゃあ恐竜オヤジか。ハッハッハ」
余程の旧知の仲であるらしい二人の仲。そして男性のネックストラップの名札に記されている[Gフォース航空隊 特別顧問 佐々木拓也]の文字。将治がその名を知らないはずがなかった。
「もしかして、メカゴジラクルー隊長の佐々木氏ですか?」
「そうだぞぉ。Gフォースで最初にゴジラと戦った男だ」
と得意げに語る一馬の隣で佐々木は眼を覆った。
「お前その時何してたんだよ。んん? 忘れたとは言わせんぞ」
「やだなぁ……アハハ……」
「何したんですか?」
柄になく興味を持って将治は佐々木に訊いた。隣で冷や汗流す一馬を後目に佐々木は年を感じさせない気迫を出して言った。
「女の所に行ってたんだよな」
「いや……あの時はホラ、恐竜が気になっててそれで……」
あのお調子者とも言える一馬がここまで畏まるとは、現役の頃の佐々木とはどのような鬼隊長だったのかが推して察することができるし、興味が湧いた。同時に、一馬の話も。
「女って、梓さんですか?」
「おお、そうだぞ。君もそういうだらしない事をするだけの男にはなるなよ。とは言っても、麻生さんの血を引いてる分には心配無用だろう」
「はぁ」
そう相槌を打ったものの、一馬がそういうだらしないだけの人物ではないのは将治も知っていたし、佐々木の一馬を見る目も本気ではなかった。前に幕張での戦いの資料を眼にしたことはあるが、一馬は一度ゴジラを追いつめたあの戦いの立役者とも言える人物だ。佐々木も評価すべき所とそうでない所の線引きは弁えているようだ。
「ところで、浮かない顔してたのは、何かあったのかい?」
「あ、いえ……」
今の話を聞いた後ではどうにも話しづらかった。経緯はどうあれ、今将治は一馬と同じようなことをすべきか否かと考えていた。それをこの伝説の鬼隊長の前で口にするなど、許されたものではない。
そのはずだった。
「佐々木さん。例えばの話ですが、任務とは直接関係のない事でも世界の危機に関するような事案があったとして、その行く末を見届けに行くことは任務放棄に当たりますか?」
「何だそりゃ?」
言葉だけ並べ連ねて考え無しに口に出せばそういう反応になって然るべきではあった。将治も思いつきに身体を乗せたまま突っ走るようなまねをするとは自分でも思いもしなかった。
「おいおい、恐竜ボウヤの変な影響を受けたんじゃないだろうね?」
「ちょっと隊長、そりゃないっすよ」
「でもまあ、きちんとした手順を踏んでの行動なら、咎められはしないだろう。例えば不在の間の代理として、特別顧問に就任した元パイロットに講演を依頼するとか」
「えっ」
驚きのあまり目を丸くした将治と、得意気な顔をして白い歯を見せている佐々木。その目と釣り上がった頬の肉が、分かっているぞと語りかけていた。
「さ、言いたいことがあるんじゃないのか? 言って見ろ」
「は、はい。恐れながら申し上げます。麻生中尉は所用により明日は不在となります。つきましては、佐々木特別顧問に訓練生への特別講話を依頼したく存じます」
「承った。何が何だか良く分からんが、後悔の無いよう、しっかりと見届けてこい」
「はっ。心より、謝意を表します。では、これで失礼いたします」
「おう」
佐々木に深々と頭を下げて、将治はその場から走り去った。
「お前もあれくらいしっかりしてたらな」
「まだ言いますか」
苦笑混じりの一馬の声を背に聞きながら、将治は携帯を手に取った。
「夜分遅くにすみません。そしてお久しぶりです。Gフォースの麻生将治です。ええ、今日そちらに健君は来てますでしょうか? ええ、はい。そうですか。ああ、僕から電話があった事は内密にお願いします。それでは、失礼します」
電話した先は健の実家だった。これでまず健とみどりが弥彦にいる確証は得た。
将治は続けて、上越新幹線の時刻表を確認した。できれば今日中に新潟に言っておきたいが……
そして翌朝6時。新潟行き一番列車の乗車列に並ぶ将治の姿がそこにあった。
燕三条駅で降りた将治に突きつけられた現実は非情極まるものだった。直通列車はこの先2時間は来ないらしい。1時間後に来る列車も弥彦までは行かない。思い出せば10年前も同じような宣告を受けて仕方なしに車を手配したのを思い出した。
今回は全くの私用だ。将治は肩を落としながらタクシー乗り場へと向かった。