誓い〜for NEXT「Generation」〜


 三日間続いた会議は滞ることなく終了を迎えた。新潟でのオリハルコンの一件に関しては健にも証言が求められたが、その大部分の質疑応答の原稿は事前に将治が用意していたので、健は何を考えるでもなくその原稿を読んでいれば良かった。
 が、本題はここからだった。会議が終わってすぐアドノア島へ向かうべく用意されたヘリに乗せられ、二回の給油を挟んでそのままベーリング海へのフライトと相成った。操縦士以外の搭乗者は梓と健、数名の観測研究員。そしてみどりだ。

「あの、どうしてみどりも?」
「あれ言わなかったっけ? アドノア島周辺環境の変化推移調査で彼女、何度かアドノア島に足を運んでるわよ?」
「そういうこと。ま、常連のようなものよ」

 一瞬、梓が含み笑いを浮かべたように見えた。もしかすると今回のアドノア島行きに最初からみどりも同行する予定になっていたのではないか。だとすれば梓は、健とみどりを引き合わせるのも目的の一つにしていた可能性がある。まんまとしてやられた感を喉に詰まらせたままでフライトは続く。
 みどりと梓の会話を聞いていると、どうやらアドノア島に定期的に訪れているのは本当らしい会話が延々と続いていた。だが時折飛び交う単語は健の理解の外にある。どうも浮き世離れした話が続く。それは今のみどりの立場を考えれば当然ではあるが、同時にゴジラに近い世界にいるみどりが別世界で活躍していることを実感させられ、置いて行かれたような空虚感があるのも事実だった。
 そう考えれば、梓の申し出はありがたい話かもしれない。せめてみどりに近い場所にいたいという思いが知らず知らずの内に芽生えていた意外性を自覚しつつ、健は今の状況を整理する。が、考えるまでもない。遅かれ早かれ警察を退職する事になるであろう今の立場も、健の判断を後押ししようとしている。
 だがもう一押し、もう一押し必要だった。何か決定的な要素を健は欲していた。
 そして数時間のフライトが過ぎ、水平線の向こうに島が見えたのは夜明け頃だった。すっかり機内泊となってしまった一同にパイロットからの呼びかけが入る。

『皆さん。あと数分でアドノア島に到着します』

 一番に目を覚ました健の視界に、殺風景な岩山が入ってきた。それがアドノア島を占める景色の全容であり、島の環境の厳しさを表していた。
 ゴジラが住まう島としての性格からか、観察基地は岩山の中腹に埋め込まれるようにして建設されていた。崖から突き出ているようなヘリポートの上で待つ一人の女性の姿が健達を出迎えた。

「おはよう。そしてようこそアドノア島観察基地に」

 誰だと問うまでもない。G観察研究センター主任の三枝未希だ。

「へえ、なんかすっかり大人になったねぇ」
「そりゃまあ、10年経ってますから」

 立て続けの再会。その度にそう言われては親戚の集まりか何かと言いたくなる。今日に限って将治がいないのもどこか策略めいている気がして、今自分が置かれている状況を心底嘆きたくなる。
 未希から観察基地の概要を一通り聞き及ぶと、すぐさまゴジラの観察に行こうという話になった。
 再びヘリに乗り込むと、これまた計られたかのように、みどりと隣同士の席割りとなった。前に座る未希と梓がくすくすと笑っているのも聞こえるくらい、今の健は地獄耳だった。

「どう?」

 そう言って健の顔をのぞき込むみどりの顔が幾分近く感じられた。どこから来る緊張でこんなにも体温が上がっているのか、そのはっきりとした理由も分からないまま、健はみどりと視線を合わせて、逸らした。

「どうって?」
「健にとっては10年振りのゴジラでしょ? なんか思うこととか無いの?」
「いやまぁ、逆に何て思ったらいいか分からないって言うべきかな」
「なぁにそれ」
「知らないよ」
「ふうん。で、今のところどうなのよ。例の話」
「ああ。まだはっきりとは決めかねてる」
「なぁに? 三枝さんの推薦を蹴っちゃうくらいに今が充実してるの?」
「そんな事はない」
「お? 即答じゃん」
「あ、まあ、嬉しいし、光栄だよ」
「前向きに考えてくれると嬉しいかな」

 その時のみどりの眼は、どこかすがるような気持ちが含まれているような気がした。それが何なのか健には言葉にできなかったが、あえて言うならば健が感じたことのない、みどりの弱々しさが垣間見えたと表することができた。

「なあ、みどりはどうなんだ? 海外での生活は一段落したんだろ?」
「うん、でもアドノア島には通うことになるよ。自然科学の観点からゴジラとその周囲の環境変化の研究は続けるからさ。その拠点としてはこれ以上ない環境なの。ここは」
「この岩山がか?」
「あれ、知らなかったっけ? それか三枝さんから説明受けなかった? 昔この辺りは使用済み核燃料の不法投棄が横行しててね。その影響でラドンが現れたって説が濃厚なんだけど」
「ああ、だから植物が育たないのか?」
「まあ気候の関係でもともと育ちにくいって言うのもあるんだけどね」
「なんだそりゃ。結局分かってないんだろ」
「それを調べてんの」
「二人とも見えたわよ」

 未希が指し示した先の一角。周囲の岩と違う色の山がそこにあった。そして頂点部の背鰭のような凹凸。見間違えるはずがない。

「健君には初めて見せるかな。こういう雑音のない場所でならあの子、テレパシーで呼びかけると応えてくれるの。すっかり力が弱まった今でも通じてるって実感が沸いてね、その瞬間がとても嬉しいの」

 そう言った未希は両目を閉じ、全身の力を抜いてゆっくりと息を吐いた。
 瞬間、ぐわりと何かが宙に浮かび、そのまま地面に叩きつけられた。遠目で見ればそれが尻尾だと分かったと思ったら、囂々とした音を立てて立ち上がったゴジラの咆哮が轟いた。
 揺れる空気の流れにヘリががくんと揺れた。が、致命的な事態には至らない。健以外の三人は平然としたままでいる。もう慣れている、恒例行事らしい。

「ご、ゴジラ!」

 その眼にを見間違えるはずがない。あの時対峙し、あの時戦い、あの時協力し合ったゴジラがそこにいた。上体を上げたゴジラはヘリの中をのぞき込むような目線を向けている。

「あれ、いつもより興味示してる?」
「そうですね。未希さんがもっと強く呼びかけないと見向きもしないのに」

 いつもと違うらしいゴジラの反応に言葉を交わす未希と梓。ひとしきり何かを確認し終わると、振り向いて「健君、ちょっと呼びかけてみて」と言った。

「へ? 俺が?」
「多分、君に反応してるんじゃないかな。ちょっと確認しておきたいの」
「は、はあ」
「じゃあそっちに寄ってもらうから。それと、ドア、開けて良いからね」

 ヘリは側面をゴジラの正面に向けた。健は言われるままにドアを開ける。その瞬間、10年前の記憶がフラッシュバックするように健の脳裏に入り込んできた。
 それは、健なりのゴジラとのコミュニケーションの方法をインストールさせるような出来事だった。気づけば健は、何かを考える前に声を張り上げていた。

「おーい! ゴジラ! 俺が分かるか!」

 健の声が分かったのか、小さくうなり声を出した。

「すごい! 健君の事が分かるんだ!」
「こんなのって……」

 驚きを隠せない二人をよそに、健はゴジラへの呼びかけを続けた。
 ゴジラもまた、応えるような咆哮を響かせた。

「ゴジラ……」

 言葉にはできない。だが、ゴジラに自分の胸の内が伝わっているような感覚と、ゴジラが何を言っているのか理解できているような感覚とが同時に健に降りかかった。ゴジラが右を向けと言えば右を向いてしまうかのように、ゴジラは何かをするように呼びかけている。
 それはゴジラには理解できず、健には理解できることで。
 それはゴジラには無縁の障害であり、健には立ちはだかっている壁で。
 それはゴジラも健も共通している信条だった。

 ただひたすらに、
 臆せず突き進め。
 あの時のように。

 それが健の背中を押した。
11/14ページ
スキ