誓い〜for NEXT「Generation」〜


『へぇ! 何だか面白いことになってるっすね!』
「面白くはない」

 夜。寮の部屋で将治は青木翼に電話をかけていた。翼は東京の大学に進学し、今は千葉県のホテルに勤めているらしい。

「君のお母さんにも参った。あの桐城がものの見事にやりこめられるとは思わなかった。このまま行けば、三枝さん達の計画は成功するだろうよ」
『兄貴をゴジラ研究観察部門の後任にするっていう? そう言えば兄貴が警察学校に入ったって知らせを受けたときはおれも色々言われましたよ。健君以上にゴジラ観察の適任はいないのに!って』
「だろうね」

 その時の青木家の賑わいは想像に難くない。ゴジラに関わる重要な人材をみすみす逃してしまったことは当時のG対センターを揺るがした大事件に危うく発展しかけていたのを将治は思い出した。

『ところで麻生さん、おれに何か聞きたいことがあって電話してくれたんじゃないんですか?』
「んあ、ああ。そうだ」

 むしろこちらの方が本題だった。将治は姿勢を正し、ペットボトル入りのミネラルウォーターを一口飲んだ。そして翼に、この一週間の間に健に起こった全ての出来事を話した。

『何というか相変わらず色恋沙汰に振り回されっぱなしなんですねぇ』
「相変わらず、か」
『ええ。兄貴って傍目で見れば性格は明るいしルックスもいいから、高校の時も結構モテてたんですよ。おれが入学したときも彼女がいたって聞きました。でもまあ長続きしないはずですよね。要は、本命がいたわけですから』
「まあな。それにしても、あいつの性格を明るいの一言で評することができる君の感覚は相当だな」
『長い付き合いですから』
「で、僕の見解としてはだ。やはり桐城を揺さぶって手塚さんへの好意を自覚させる以外に円満な解決方法はないと踏んでいるんだが、何か意見はあるかな?」
『まあ、ある意味で雲を掴むような話だとは思いましたね。正直、普通なら麻生さんが言った内容を聞き及べば誰だってそういう結論にたどり着くでしょう。当事者特有の鈍感さを差し引いても、気付いていないというのはあり得ない。ならば兄貴が、姐さんに対して恋愛感情を抱くはずがないという先入観に囚われている可能性も考えられます。先入観は人を盲目にするというのが職場の先輩の口癖なんです』
「なるほど」
『もう一つ。これは一人っ子の意見なのでアテになるかどうかは分かりませんが、兄貴にとって姐さんが家族、それも実姉のような存在になっているとしたらちょっと厄介かも分かりません』
「というと?」
『だって、姉弟に恋愛感情なんか抱くと思います?』
「ああ、確かにそうかもな。それに桐城には妹もいる。そういう部分もまた恋愛に疎くさせている要因かもしれない……が、生憎僕も一人っ子だ。確かな事は言えないよ」
『ならばおれたちの到達点は、兄貴に姐さんへ抱いている好意を自覚させることではなく、姐さんを一人の異性として認識させることなのかもしれませんね』
「……君がそういう知的ぶった話し方をするとは思わなかった」
『そうっすか?』

 それは失礼だったか。青木家の両親は共にG対センターの要職を任せられる頭脳である。そう考えれば、健と離れた翼が行き着く先がこうなのかという解釈もできる。

『あの、今一度整理しておきたいんですけど、兄貴は睦海さんの言葉に遵守しようとして悩んでいるんですよね。そしてそれが上手く行っていないと』
「ああ。そういうことになるな」
『つまり兄貴からすれば、自分が結婚して家庭を築くことは歴史の流れからして必然のことのはずなのに、未だにその気配がない事に焦りを感じざるを得ない、と。そうなると、これはちょっと問題ですね』
「え」

 電話越しにも、翼の表情が一変したような空気を感じられた。将治は目の前のペットボトルを空にして、スマートフォンのスピーカー部分を耳に強く押し当てた。

『じゃあちょっとシミュレートしてみましょう。まず、兄貴がこのまま結婚しないで生涯独身でいたとします。そうすると、睦海さんと兄貴の心温まるエピソードの半数以上は無かったことになるかもしれません。いやむしろ、サイボーグ化する前に睦海さんが死亡するかもしれない。これをケース1としましょう。で仮に睦海さんがサイボーグ化し、シエルとなったとして、兄貴と二人で旅をすると』
「あ、ああ」
『この旅の最中で、睦海さんは過去に行く決意をすると。しかしそれも、兄貴から過去の話を聞き、それを守りたいと思わせたからこそ成し得た事。もし兄貴に、睦海さんの心を突き動かすだけの過去が無かったとしたら? 睦海さんは過去へは行かず、未来で戦っていたかもしれない。しかしゴジラがいなければガダンゾーアを倒せるかどうかは怪しいです。当然、ゴジラが存在するこの時代でなければ勝てない。世界は滅亡します。これをケース2、勝利の場合をケース3とします』
「はぁ……」
『この三つの共通点は何だと思います?』
「いずれのケースも、シエルが過去に行ってない」

 順を追って把握しながら聞けば何のことはない。そもそも何のことはない事を得意げに語る翼の話の到達点が見えないことが問題だった。

「で、シエルが過去に来なかったとしたらどうなると?」
『分かりませんか?』
「どうもタイムパラドックスには疎くてね」
『前に兄貴が言ってた事の受け売りですがね、歴史上の道程がどうあれ結果が同じであれば、招く結果に大差は無いと思うんです。話に聞くゴジラのタイムパラドックスが良い例です。結果としてゴジラザウルスに核兵器の放射能が浴びせられたために、ゴジラ誕生は回避できなかった。一九五四年か一九九二年かの違いでしかない。じゃあ、結果が違えばどうでしょうか。特に一組の男女の婚姻なんか最も顕著な例の一つだと言えますよ』
「で、桐城と手塚さんが結ばれなかったらどうなると思うんだい?」
『簡単ですよ。現代社会の滅亡です』
「え」

 淡々とした調子で翼はとんでもないことを言ってのけた。本当に自分が知るあの青木翼なのかと思わされるほどに。

『十年前の一連の事件は何れも、睦海さんがいたから上手く行ったようなものだというのが正直な印象です。確かに弥彦での出来事を聞けば、兄貴だけでもどうにかなりそうな場面は幾つか挙げられます。けど、兄貴だけでは絶対にどうにもならない事が一つあります』
「ガダンゾーアか」
『そう。睦海さんがいなければデルスティアは現れない。デルスティアがいなければゴジラは勝てなかった。ゴジラが負けた後で世界がどうなるかは、未来世界での事を聞けば語るべくもない。それと同じ状況に世界の歴史が成り代わろうとしているとしたら?』
「あまり怖いことを言わないで貰えるかな」

 ぼそりと呟くように将治が言った。直接ガダンゾーアの強さを目の当たりにしていたからこその恐怖だ。人類の対怪獣戦力とゴジラとモスラ。これらが総出で戦っても簡単には勝てなかったのだ。世界の滅亡まであと一歩に迫った瞬間の恐怖を将治は昨日のことのように鮮明に覚えている。

『とにかく、期せずして兄貴の結婚には世界の命運がかかっている事が証明されたんです。麻生さん、一刻も早く兄貴に結婚して貰わなきゃ』
「うーん……」

 しかしだ。先の翼の見解を要約すれば、半ば雲を掴むような話ではないか。将治は頭を抱えながら二本目のミネラルウォーターの栓を開けた。
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