誓い〜for NEXT「Generation」〜
午前10時。将治に連れられて入ったのは巨大なホールだった。中央部の円形に並んでいるモニター付きテーブルを中心として同じテーブルが外側に幾重にも連なった形は国際会議場を思わせる。健と将司は一番外の円の席に座る。
用意されていた資料を斜め読みすれば、Gフォースの人事に関する内容も議題に挙がっている事が分かった。将司をはじめとした、軍人気質の人間も数名いたのはそのためらしい。が、G対センターとGフォースとで共通しているのは、やはり外国人の多さだった。それだけで健にとってはこの場がとてつもなく特別な場所になった。思わず右往左往する目線に、隣に座っている将治が渋面を浮かべた。
「素人か君は。そんなにきょろきょろするな」
「素人だ」
遠目には、10年前に知り合った顔ぶれもちらほらと見えた。GフォースやG対センターの中では要職に位置する人物達だが、見知っているだけあってその辺りで警備を担当していた隊員達よりは安心感があった。
二段下の席にみどりの姿を確認した。朝一で将治と話すことがあるからと、一緒にここに来るという話を蹴った事を少なからず後悔していた。それで何故後悔しているのかという話になれば、今朝の将治との問答に戻ってしまう。
時間になり、出席者全員の着席が確認された。そして司会進行役と思しき女性が中央部の席で立ち上がった。
「本日はお集まりいただいてありがとうございます。三日間に渡ります今会議の司会を務めさせていただきます、小沢芽留と申します」
彼女は続けて英語で挨拶を始めた。
聞き覚えのある名前だったと思ったら、将治から聞いたオリハルコンを関知した超能力者だった。1996年。先代ゴジラメルトダウンの一件で来日した当時は三枝未希に劣らない力を持っていたらしい。
そつのない進行で会議は予定よりも早く進んでいた。一日目は各部署の人員配置と異動に関する内容でまとめられていて、G対センターから抜ける科学者、加入する学者の紹介。各研究部門の人員に関する質疑応答。Gフォースで陸上隊と航空隊に新たに招くことになった特別顧問の紹介などがなされていた。そして昼休憩を挟んで取り上げられた最初の議題にて壇上に上がったのは、健もよく知る人物だった。
「G観察研究センター副主任の青木梓です」
弥彦で会っていた時の姿と比べると大分見違えたように思えた。彼女の息子であり、健の弟分である翼が上京して就職してからはつくばに住まいを移したと聞いていたが、こんな所で会うとは思っていなかった。
「ご承知の通り、G観察研究センターは、10年前の戦い以後アドノア島及びその近海にて活動を沈静化させているゴジラを国立生命科学研究所と共同で、生物学、精神科学等あらゆる方面から研究し、ゴジラと人類との共存の可能性を日々模索しております。当センターは先日、長官からある命令を拝しました」
梓が目配せすると、麻生長官が立ち上がる。
「命令という表現は一部間違っている事を先に述べさせていただく。私見ではあるが、ゴジラとの共存という到達点は、G対センター及びGフォース設立当初では考えられない事であった。だが時代が移り変わり、ゴジラの存在は脅威でなくなった。いや、そう言ってしまうと語弊があるが、共存の可能性を見いだせた事に間違いはない。現在同センターは、主任の三枝未希君と青木梓君という、過去と現在のゴジラと深い関わりを持つ二人が率いている。が、今後永きに渡る人類とゴジラの時代を切り開くべき若い人材を、後任に据える気はないかと先日両名に持ちかけた。どうやら考えていたことは私と似通っていたらしく、共に快諾してくれた。そして後任を任せられる人材を早急に選定するとしてその日は解散した」
「その回答をこの場をお借りしてさせて頂きます。私達の後任となるに当たって必要な要素は多々ありますが、何よりも重要視されるのはゴジラへの理解度です。それも先代から続く種としてのゴジラへの理解ではなく、現在のゴジラに関する事項であるという見解で、私と三枝主任の意見は一致しました」
話がきな臭くなってきたような悪寒を感じた。横目で将治を見る健。将治は梓が壇上に上がってからこちらの様子を一片も気にしていない。
「各種データからも分かるとおり、先代ゴジラと現ゴジラとは精神面、行動原理の面で相違点が見られます。そして要件を満たす人物の選定を行い、民間人に一人該当する人物が挙がりました。これがその人物です」
テーブルのモニターに、ゴジラと対峙している一人の少年の写真が映し出された。健は自分の顔を両手で覆った。
それは10年前の、相模湾でゴジラと対峙している健本人だった。
「ああ……昔の自分の写真ってあんなに恥ずかしいんだな」
ある意味満身創痍だった。あの直後、名前を告げられると共に梓の視線がこちらに向けられたときは生きた心地がしなかった。世界中の叡智の視線を一挙に集める事の重大さと、重要なポストへのスカウトを受けた気恥ずかしさで頭が混乱し、片言の母国語を披露することになってしまった経験は二度と忘れないだろう。
「恥ずかしいのは僕も同じだ。忘れたわけではないだろう。あの場には僕もいた」
「そういうこっちゃないって! だいたいお前、この事知ってたんじゃないか?」
「直接は告げられていない。が、例のオリハルコン騒動の報告をしに此処に来て青木さんと鉢合わせした時に君のことをつぶさに質問されれば、誰でも察しは付く」
「それを知ってたって言わないで何て言えばいいんだ」
「確証はなかった。知ってたと断言するには弱かった」
「ああっっっもう!」
「健君?」
頭をかきむしっているところに、物腰やわらかくした梓がやってきた。
「あ、お久しぶりです」
「ごめんなさいね。本当は事前に挨拶して置かなきゃいけなかったのに」
「いえ、俺は大丈夫です。大丈夫……です」
「やっぱり急すぎた?
「いえ、そんな事は」
「そう、よかった。健君なら話くらいは聞いてくれると思ってたからね」
こちらの顔色を窺うように言葉を選んでいるらしい梓の態度は、硬化しかけてた健の出鼻をへし折った。一見すると非がある梓が健の機嫌と取っているように見えるかもしれない。しかしその実、健の性格を知り尽くした知略を思わせる話の誘導だった。断るに断れない空気を生み出す。健と旧知の仲だからこそできる芸当だ。今日ここに来たのが三枝未希ではなく梓なのはそれが理由なのかもしれない。
「改めて確認するけど、これは決定事項ではない。一番尊重されるべきは本人の意思だからね。それに健君自身の生活のこともあるから、強制はできない。もし話を受けてくれたとなれば、私と三枝さんの下で働いて貰いながら色々勉強して貰いながら、つくばとアドノア島の往復の生活になるから、結構ハードよ」
「ええ、まあ……」
それでもあまりに突然すぎた。話を受ければ、20年以上住み続けた新潟県を離れてつくばに住み、アドノア島にも通い詰めることになる。それがベーリング海という極寒の地である事も昔聞いたことがあっただけに、生活環境の激変という一大事をそのまま飲み込む心の準備はできていなかった。
「もう少し考えさせてください。どうも考えるだけの時間と材料が……」
「じゃあ、材料だけでも仕入れてみる?」
「え?」
「会議の全日程が終わった後で、アドノア島に行きましょう。是でも非でも、決断の材料にはなるでしょう」
実を言えば、梓という人物はこう言い出したら絶対に曲がらず退かずの性格をしている。思い切りが良いというか我が強いという言い方もできる。健は結局、最初から好転するはずの無かった状況下で足掻いた自分をあざ笑いながら答えた。
「ぜひ連れて行ってください」