誓い〜for NEXT「Generation」〜


「で、そんな馬鹿げた話をしにこんな時間に来る君がそんな馬鹿げた事で悩んでいると?」

 冬場の関東地方らしい、雲一つ無い一面の青空から差し込んで来る朝の日差しが地面をじりじりと照らしている。此処つくば市を含む関東全域に季節外れの暖かさの予報が出た今日この日は、絶好の会議日和になると思ったのもつかの間。日の出前にかかってきた電話でこのやかましい悪友と無理矢理起こされて、将治は不快感を露わにしていた。
 鉢の底に在る訓練用グラウンドを囲む縁の部分は、一般に公開されている遊歩道や公園として整備されている。開かれた組織としての性格を露わにしようとして進められた施策の一つだ。対人を目的とした軍ではないからこそできる事ではあるが、さすがにやりすぎなきらいはあるように将司は感じていた。
 乾燥した地面から立ちこめる砂煙は、時折をグラウンド見下ろすこのスペースにまで届いてくる。特務遊撃隊隊長補佐だけでなく、航空兵器操縦部門の訓練も与っている身として言わせて貰えれば、朝運動の時間も活気に満ちあふれた声が響くのは結構だが学生の運動部とどう違うのかと問いたくなる光景でもあった。

「馬鹿げた話って言うけどよ、こっちはあくまで真剣なんだ。邪険にしないでもらいたいね!」
「それはせっかくの朝の時間を潰して君に会っている僕が言い放つべき台詞だと思うが」
「お前みたいなのに訓練される新人さんは哀れだな」
「話は済んだな。会議の時間までその辺をうろついていてくれ」
「ウソウソ、わりぃ。だから頼む、何か解決策はないか考えてくれないか」

 部下や訓練生からの悩みに応える事はたまにあるが、同世代の人間からの悩みともなると簡単には行かない。その上相手は破天荒という言葉を擬人化したような存在である桐城健だ。新潟での一件以降色々と案じてはいるがずっと思っていた。一般的な解決策が正答とも限らない点が何とも悩ましい。

「話を整理するとこういう事か? 君は手塚さんと再会したのはいいが、彼女に縁談が持ちかけられているという話を聞くと胸が締め付けられるような不快感に襲われた。その一方で彼女が笑顔で話しているのを見ると、その症状は昨日までに蓄積していた不安要素と共に緩和された。そして今朝になるまでそのことを思い続け、全身が何かしなければならないと訴えているのにその何かが分からない上に行動に出る踏ん切りが付かず。結局昨日はまともに眠れなかった。これは桐城健という人物史上例のない事態だと」
「ま、まあ難しい言い回しは抜きにすればそういうことだな」
「……本気か?」

 正気とは思えなかった。思春期の頃からGフォースという世界の中で生きてきた将治でさえ、そのくらいの常識はある。それだけに、健がここでこうしているのが信じられなかった。

「本気かって? 俺は大真面目に本気だ! そして本気で、分からない!」
「う……嘘をつくなぁ!」
「どこが嘘なんだ! 俺のどこが嘘なんだよ!」
「ここでこうしているのが嘘だ! お前なら簡単に答えを出してさっさと走り出しそうな事なのに!」
「そうなれないから困ってるんじゃないか!」
「それが信じられんって言っているんだ!」

 売り言葉に買い言葉な状態であるのに気づき、将治は一呼吸挟んだ。健はと言うと、頭をかきむしりながら未だ悶々としている。
 上下させていた肩もようやく落ち着き、将治は徒労に終わるであろう試みをすることにした。

「じゃあ聞こう。君は手塚さんの事をどう思っているんだ?」
「どうって、まあ昔なじみの仲ではあるよ。でもまぁ、俺が隠してたお菓子やジュースを勝手に漁るわ、持ってったマンガをなかなか返さないわで苦手意識はあったな」
「それだけか?」
「それだけって?」
「好意的に思っている部分はあるのかって事だ」
「好意って……そりゃまあ普通に……友達……いや、」

 端から聞いていても、健とみどりの仲を友人と解釈するのは無理がある。その違和感に気付いたらしい健はまた頭を抱えて悶絶する。
 みどりは健が小さい頃から弥彦の家に出入りしていたらしい。家族ぐるみの付き合い。それは一般的に言えば幼なじみというものだ。年の差がある故に、みどりは半ば姉のような立場で健と接していたと思われる。そのような感覚での付き合いだったとすれば、もはや二人は家族そのものと言い換えてもいい。それ以上は部外者である将治が幾ら考えても詮索の域を出ないが、少なくとも友人という言葉で片づけられる関係ではないのは確かなのだ。
 そして健が、その事実を認めたくないのか本当に分からないのかも他人には分からない。
 一通りの悶絶を終えた後、健は開き直ったかのように「やっぱり分からん!」と言い放った。将治は嘆息一つ挟んで言った。

「何がだ」
「何もかもだ!」
「お前、本当に桐城健か?」
「どういう意味だよ」
「いや、逆にらしくなってもいるのか……? じゃあ聞くが、只の友人としか思っていない相手を命懸けで救出に向かったりするのか? 例えば、弥彦山の時のとか」

 それは将治と健が出会ったばかりの話だ。弥彦山に出現した怪獣フォライドに、みどりと健の妹である美歌が襲われた。健は単身弥彦山に突撃し、中学生の身でありながら二人を抱えて下山したのだ。人並み外れた体力もさることながら、自身の安全を省みない健の行動が当時の将治には理解の外だった。

「あれは、美歌がいたからであってな……」
「銃を持った相手に立ち向かおうとしたのは?」
「それは……」
「あの一連の出来事で、手塚さんは何度も危機に瀕した。その都度お前は後先考えずに突っ走っていた。それがお前の信条だと言われればそんな気がするが、家族以外の人物の危機であってもそこまでできていたと思うか?」
「そりゃあ思うさ」
「先日別れたという恋人でもか?」
「人を助けるのに元カノも何もないだろ?」
「ああ、そうだったね。君はそういう人間だったね」

 迂闊だった。この期に及んで桐城健という人物の本質を見違えていた、否、忘れていた事に将治は自らの詰めの甘さを呪った。
 であればよりいっそう、健が抱いているであろうみどりへの好意を自覚させるのは困難を極める。あくまで健が自覚している好意は博愛主義的な思想に基づくものであり、恋愛に結びつくものではない。が、話に聞く健の悶々とした思いは明らかに恋愛的好意に他ならない。
 健の悶々とした想いは将治にも伝染した。
 そして将治は一つだけ結論を見出した。
 この件は自分一人だけでは絶対に解決しない。
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