誓い〜for NEXT「Generation」〜


 四日後。新潟市中心部にある県警本部独身寮に籠もっていた健の所に意外な訪問者がやってきた。陣中見舞いのつもりらしく、その手には浅草土産の人形焼きがあった。

「暇そうだな」
「分かってて言うんだから、ほんっとうに意地が悪いな。部下から性格悪いって言われないか?」
「そういうお前は、相変わらず後先考えずに突発的に動く。その結果招く事態など頭の片隅にも置かずにだ。よくそれで7年も警察でいられたものだな」
「ほっとけ」

 そう言いつつも、健は将治が部屋に入ることを拒まず、人形焼きのお供として熱い緑茶を用意した。雪が降り始めた冬の新潟の気候は関東の人間には堪えるらしく、健が気づいて暖房を入れるまで将治は幾度も身震いをしていた。

「なあ、俺相手だから土産も適当に選んだか?」
「失礼な。つくばと都心を結んでいる鉄道の途中駅に浅草があったから、そこで選んできただけだ」
「目の前で脳味噌吹っ飛んだところを見た相手に持ってくる手土産にしては悪趣味だろ。俺は慣れてるから平気だけど、次何か持ってくるときは草加せんべいがいいな」
「それは埼玉土産だ。東京とそれ以外を一緒くたにしない方がいい」
「そうかい」
「しかし、人の死体に慣れているとは流石は刑事と言ったところか」
「水死体をよく見るんだ。日本海にはよく漂着するから」

 取り留めのない話を数往復した後、やりにくそうな態度で将治から切り出した。

「で……どうなんだ?」
「ん? ああ。別に麻生が責任感じることはないよ。お前の言うとおり、ああなってこうなったのは俺の責任だからよ」

 二週間の謹慎の後、正式な処分を下す。それが高田から告げられた刑事部の決定だった。未だその処遇がはっきりしないのは刑事部のせめてもの情けだと言えるが、結果として健が生け贄に召し上げられたのは明らかだった。
 包囲後の不可解な命令は、マミーロフから国際宝石密輸組織の全貌を暴けると踏んだ警備部、及び警視庁公安部からの圧力があってのことだった。そこにGフォースからの連絡が入って上層部も混乱状態に陥る事態となり、結果として隠密行動を生業としない刑事部が失敗し、マミーロフに自決を許した。
 その責任の押しつけ合いにて槍玉に挙げられたのが健だった。理由も急拵えの粗悪品よろしく、盗品の確保に固執するあまり武器を奪わなかった事を致命的落ち度として取り上げる事によって正当性を確保したようだ。

「お偉いさんの茶番染みた休憩時間が過ぎて出された結論が停職半年となれば、体の良い退職勧告だ。犯罪のような明確な落ち度が無い限り、公務員は表立って解雇なんか通知できないからな」
「しかし、このまま飼い殺し状態でほったらかしにしておくのは僕としても気が引けるな。やはりGフォースから懇願して、今回の処分の取り下げを具申しようか」
「いい。そうまでして残っても居心地が悪いだけ。後ろ指刺されながら勤務に従事しても、ちょっとしたきっかけでまた同じ居場所に立たされるだけだ。そうまでして復帰して周囲の目に怯えながら刑事してられる自信は無いよ」
「確かに、それは桐城健の性格が許さないな」

 苦笑混じりに言う将治の言葉を聞いて、健は高校卒業後からこれまでの、警官としての自分を静かに振り返ってみた。
 警察官としての心得は警察学校にて骨の髄まで叩き込まれるが、どうにも堅苦しいことは水と油のように馴染まず、配属になった交番でも度々管内の話題をさらうような活躍を繰り返してきた。良くも悪くもその実績が認められて本部の刑事部に配属されたのが一年半前。それ以降も相変わらずの活躍は見せるのだが、その全てにおいて空気がどこまでも読めなかった。所轄所刑事課の機嫌を損ねたり警務部を怒らせたり、そして今回の公安だ。
 模範的……とはとても言い切れない。だがそれで警察官失格の烙印を押されるのはやはり腑に落ちない。これまでの行動は全て健自身の正義感に基づいたものであったのは胸を張って言い切れる事実だ。それに今回の場合、オリハルコンが本物だった可能性を考えれば健の取った行動がもっとも被害を軽微にするものだったのは明らかだった。

「そう言えば、あれは結局オリハルコンだったのか?」
「ああ。G対センターの解析班が出した結論だ。間違いない」
「だけど今になってどうして……」
「簡単なことだ。あれはガダンゾーアが爆発した際に飛び散ったオリハルコンの一つだったんだ。臨海副都心で爆発したガダンゾーアの肉片は日本中どこに飛び散っていてもおかしくない。特に東京湾対岸の市原市を含め、袖ヶ浦市、木更津市、君津市というのは今後も調査する価値のある地理的条件を満たしている」
「それ、どこら辺なんだ?」
「君も公務員なら日本の地理くらい頭に入れておいてもらいたいね。とにかく、これで改めてはっきりしたんだ。オリハルコンの驚異は潜在的に残ったままだとね」

 そしてそれが、今日に至るまでGフォースが存続している理由だというのは、将治に言われるまでもなく健の理解するところにあった。
 ガダンゾーアとの戦い以後、アドノア島に帰ったゴジラによる人類への驚異は無くなったというのが国連の見解だった。一時はG対策センターの解散も囁かれていたが、日本政府が断固としてこれを拒否し、それに付随してGフォースも対巨大生物戦闘を目的とした無国籍連合軍として存続が決まり今日に至っている。理由は、ゴジラのG細胞やガダンゾーアのオリハルコンに起因する怪獣の出現の可能性がゼロではないとされたからだった。尤もこの辺りの政治的な駆け引きに関しては、某国からの武力攻撃の可能性を危惧した日本政府が国内に駐留する戦力を充実させたかったからとか言うグレーな噂も持ち上がった。自分に課せられた職務に実直であればあるほどこの手の噂は反吐が出るようなゴシップに過ぎず、正式な隊員として活動している将治もその筆頭としてここにいた。

「で、結局本題は何なんだよ」
「え?」
「おい。俺をただのバカだと思ってるだろ? わざわざ人形焼き持ってきて、そんなことを面と向かって言うためにこんな所にきた訳じゃないんだろ?」

 明確な根拠があったわけではないが、同じ立場ならと考えれば将治の行動は悪友に対する行動にしては気遣いが過ぎる気がしていた。何よりも、こうしてわざわざ冬の新潟に足を運ぶあたり、律儀な人間ですら面倒がる行動だ。

「まず一つ。陣中見舞いに関しては本当だ。手土産も本心からの品だと思って受け取ってもらいたい」
「ああ」
「で、直に会って桐城の精神状態を見ておきたかった。これも事実だ。ところで、これは憶測の域を出ないが、あの日から更に悪化しているように見えたが」
「どうして?」
「僕と楽しそうに話をしているからだ」
「それは自分を卑下しすぎだろう。まあ、悪化してるって推理は合ってる……」

 と、声量の大きさをフェードアウトさせるように言った健。ほほうと声を上げ、関心を寄せた将治の表情を見て、認めるんじゃなかったと後悔した。

「何があった?」
「……フられた」
「……んぐっ!」
「おい! 吹き出しやがったなコラ!」
「わ、悪い悪い。意外なことでナイーブになるんだなと、感心してしまった」
「しないでほしかった」

 事件から二日後。突如として健の元に一通のメッセージが届いた。

[あれから考えてみました。私、先輩とは合わなかったみたいです]

 その瞬間は、不思議と喪失感は無かった。付き合ってから暫く経って、心のどこかでこうなるだろうという予感はあった。否、知っていたと言うべきだった。予備知識を得ていたかのような意外性の無さと持ち前の切り替えの早さが幸いし、桐城健は躊躇無く彼女の連絡先を消去した。
 所轄所の後輩にあたる彼女と付き合いだしたのも、職場における理想と現実の乖離から生まれる胸の空虚感を埋めるためだった。あるいは、彼女が自分を満たしてくれるのならばそれで全てが上手く行くだろうという確信めいた自信があった。しかし交際が始まって三ヶ月もしないうちにほころびは広まりつつあった。
 健が何よりも我慢できなかったのは、彼女が徹底的な傍観者であったことだ。生まれつきの熱血漢たる健は、それと決めたことに対してはひたすらに突き進むタイプであり、それが故にパートナーを置き去りにする事もしばしばであった。それを彼女は健を、自分勝手な男だと評した。そして広まった健の失態の噂が、彼女の背中を強く押したのだ。
 だが健も承知していた。自分と釣り合う女性は、こんな自分の性格を分かっていて、且つどこまでも喰らい付こうとするほどの情熱を持った女性でなければならなかった。その矛先がどこを向いていても構わない。大事なのは、決して冷めていないことだ。それだけが満たされていれば、在る程度の事は我慢できた。
 思えば、高校の頃からそうだったかもしれない。いや世間一般的には、健と釣り合う女性は健と衝突しないような大人しいタイプだと言われているのだろう。それが健の想うタイプとは真逆であることなど女子生徒達には知る由もなく、結果として健の女性関係は付き合っても長続きしないという日々が続いていた。
 などと過去を振り返っていると、哀れみを表に出した将治の表情がこちらに向けられていた。

「おい、人の不幸は楽しいか?」
「それを眺めるような趣味も愉しむ趣味もない。まあ、悪いことが重なるのは僕も経験していることだ。しかし未だ桐城が女性関係で頭を悩ませているとは思っていなかった」
「いや、いい。言わないでくれ」
「まあいい。話がすっかり逸れてしまった」
「まあいいって……」
「なあ。気晴らしにつくばに来るつもりはないか?」
「え?」

 あまりに唐突すぎる将治の提案に健は目を点にしてしまった。そしてもう一度思案する。
 つくばとはどこだったか。
6/14ページ
スキ