誓い〜for NEXT「Generation」〜
「で? わざわざ新潟くんだりまで来て何の用だよ?」
健は高田達と離れて一人、将治達と行動を共にすることになった。名目上は監視を言い渡された事にはなっているが、実際は面倒事を押しつけられた形となった。知り合いとなれば尚都合が良かったのだろうが、犯人検挙の瞬間から外されたのには内心腹を立てた。その原因である将治に憤慨しながらも、Gフォースが動いた理由に興味はあった。こうして高田達と離れなければ聞き出せなかっただろう事に、意外にも将治はすんなりと口を開いた。
「警察と同じだ。僕らも宝石強盗を追いかけている」
「Gフォースが?」
「ああ。その全権を僕に譲渡するようにあの警部にけしかけたらあの様だ。結局、県警にまだ話が行き届いていないらしかったが」
「全権って、そりゃ俺もキレるよ。警察って結構縄張り意識が強いからな」
「そういうものか」
「対怪獣戦での、Gフォースと自衛隊みたいなもんだろ」
「そこまでは分からないよ」
「で? どうして警察を追い払おうと思ったんだ?」
「これを見てくれ」
将治が示したのは、タブレット端末に表示された写真の数々だった。どこから入手したのか、現場となった店舗の写真と、盗まれた商品の写真付きの一覧まであった。
そしてその中に異彩を放った宝石が一つあった。健が知っているどの宝石とも違う輝きを放っている。それが何なのか、認めたくはない事実が健の記憶の中に深々と刻まれていた。それは将治も同じくしている。
「まさか、オリハルコン?」
「ああ。その可能性があるとして、G対センターで解析をしようとしていた物だ。現品は二ヶ月前、千葉県の私立大学地質調査チームが市原市内の山中で発見した。それが流れ流れていつの間にか宝石商の手に渡り、恵比寿の店に並ぶこととなったらしい」
オリハルコン。一般的にその名前はアトランティスが使用していた伝説の金属として知れ渡っている。しかし健と将治にとっては別の側面を持つ物品だった。
10年前。世界の命運をかけた怪獣との戦争があった。日本に再び現れた怪獣とそれを倒すために上陸したゴジラ。その戦いはやがて人工知能との争いへと移り変わり、そして全ての元凶である悪魔ガダンゾーアとの決戦となった。辛くもガダンゾーアに勝利した人類とゴジラは平穏を取り戻した。
オリハルコンは、そのガダンゾーアの触手部分の肉片であり、既存の生物を怪獣化させる作用が確認されている非常に危険な物質なのだ。しかしその事実は、一部の者にしか知られていなかった。
「オリハルコンの存在とその作用については、混乱を招かぬよう情報統制が敷かれていた。だから地質調査のチームも、宝石商も販売店もそれが何なのかは知り得なかったのだろう」
「じゃあどうしてGフォースはその事を知ったんだよ?」
「小沢芽留さんを知っているか? 三枝さんと同じ、超能力者で、アメリカ情報官を経てGフォースに編入された人物だ。彼女が近くを通りかかったときにそれの存在に気づいたらしい」
「へ、へぇ」
とは言いつつも、あの事に関わっていない人物など知り得ないだろうと内心で突っ込む健。
「G対センターが正式な手続きを踏んであの宝石の譲渡手続きをとっていた矢先の出来事だ。ここまで言えば余計な説明はいらないだろう?」
「ああ……」
オリハルコンに関する真実はGフォースの上層部しか知らない機密事項であり、それを外部に漏らすのはたとえ相手が警察であっても防がなければならない。加えて、怪獣出現の危険性があるという情報が流れて近隣にパニックを与えるのを防ぐ必要があった。
理解はした。しかし納得はできなかった。
「でも、このままお互いが自分の縄張りだと意地を張って連携が取れないままだと、オリハルコンは最悪海外に持ち出される。いつどこでまだ怪獣が現れるかも分からないんだろう。だったらここは、県警に盗まれた宝石がどういうものかを明らかにして……」
「もう忘れたか。あくまでまだG対センターとしては、オリハルコンの[可能性がある]段階なんだ。それがオリハルコンだという確証はまだない」
「それで十分だろ? もし連中がアレをオリハルコンだと知ってて盗んだとしたら、世界のどこかで怪獣テロを引き起こすかも知れないんだろ? それに下手に追いつめられた連中がここでオリハルコンを使ったとしたら、どれだけの人が被害に遭うか分からないのか? それを未然に防ぐためにお前らが来たんじゃないのか?」
「そういう解釈もあるにはあるが……」
しどろもどろになる将治をよそに、健は耳に指してたイヤホンが音を拾ったのに気がついた。動きがあったらしい。
『マル被発見。埠頭に入ります。数は四』
『了解。注意して包囲しろ』
強盗が埠頭に入ったらしい。やはり東港からの脱出だった。
『顔照合、合致しました。一人は国際指名手配犯のマミーロフです』
『大物じゃないか……』
思わず息を漏らした高田の緊張が無線を通して伝わってくる。名声を上げるには絶好のチャンスだと言うようによりいっそう気合いが入ったようだ。
「無線か?」
健の態度から察したのか、将治が激しく詰め寄ってきた。
事の重大さを鑑みれば、ここで将治に今の内容を教えるべきなのだろうが、高田から「裏切るな」と釘を刺されている。つまり、Gフォースなどというどこの馬の骨か知れない連中には何も明かすなと言うことだ。
「桐城、オリハルコンの被害を未然に防ぎたいなら協力してほしい」
無論、オリハルコンを知る者からすれば将治の言い分の方が正しいのは自明の理である。期せずして板挟みに陥ってしまった健は自分の運の悪さを呪いつつ、将治に懇願するように言った。
「オリハルコンの回収には協力するけど、逮捕するのは警察だからな」
「ああ」
宵闇に紛れるような隠密さで、四人の宝石強盗は埠頭の端に位置するコンテナに迫っていた。それが新潟県警が入手していた情報通り、出自不明のウラジオストク行きコンテナだった。高田班他数班の刑事達が、それらを取り囲むようにして距離を詰めていた。
その更に後方から、健と将治率いるGフォースの遊撃隊が迫っていた。その所作は、警察の特殊部隊の動きとは比べものにならないほど秀でていて、健一人だけ置いてけぼりにされるような場違い感を浮き彫りにさせるほどだった。
『総員に次ぐ。間もなくSATが到着する。それまでは手出し無用だ。繰り返す。SAT到着まで手出し無用』
状況から、包囲制圧に優れているSATの出動はやむなしだったかも知れない。しかしそれは、ここまで体を張ってきた刑事達にとっては非情な宣告だった。
『待ってください。到着は待てません!』
『再度検討してください!』
高田をはじめ各班の警部が口々に異論を唱える。しかし本部には聞く耳はないらしく、『命令だ』の一点張りだった。
「ここに来て縄張り意識か。警察にも困ったものだね」
将治に皮肉られては元も子もない。何よりも見透かした態度で分かったような口を利くのが腹立った。その点に関しては何年たっても変わりないな、と逆に皮肉ってみたのも一瞬、一発の銃声が状況を一転させた。
『気づかれた!』
『マミーロフ、発砲!』
『馬鹿野郎が!』
誰の声とも知れない声での罵倒を挟み、続けて一発、また一発と響く銃声。それは徐々に健の元に近づいてきていた。
「桐城。これは僕らなりの情けだと思ってくれ」
「なに?」
「総員戦闘準備。絶対に殺すな。繰り返す。絶対に殺すな」
瞬間、将治の部下達の気配が霧散した。もう健には、誰がどこにいるか分からなくなった。
「おい……」
「静かに。来るぞ」
将治に招かれるようにして、健もコンテナの陰に隠れた。それから数十秒。ボストンバッグと拳銃を持った背の高い男が走ってくるのが見えた。そしてその向こうから走ってくる刑事達の足音が続く。
「早いな……」
次の一手を躊躇う将治の横顔がそこにはあった。どうやらGフォースが人間に手を出す瞬間を見られるのは好ましくないらしい。
「?」
反対側からも足音が聞こえる。この場は刑事達に包囲された。それを悟ってか、マミーロフは岸壁へと足を進めた。
「まずい!」
もし海に飛び込んでその拍子にオリハルコンが海中に沈んだとしたら、ゾエアのような怪獣が新潟を襲う事になる。それだけは絶対に防ぐ。その思いだけが健の足を突き動かしていた。
一瞬の油断が接近を許したのか、マミーロフの振り返りが遅れたようだ。健のタックルが腹部に決まり、マミーロフごとその場に倒れた。健はマミーロフの鳩尾に一発肘を入れて怯ませた。その瞬間、握力が緩んだ隙を突いてボストンバッグをひったくるようにして奪うと、健は体を回転させてマミーロフから距離を取りつつ立ち上がった。
「と、取ったぞ……」
緊張から息を切らしながらも、手中にあるボストンバッグの安全を確認する健。ファスナーを開け、宝石の所在を確認すると、その目線をマミーロフの方に向けた。
「おい! もう完全に包囲されている! 武器を捨てて投降しろ!」
日本語が通じるか否かは二の次。だが状況が健の言葉を代弁していた。四方から差し迫る足音。それ以外にも標的をその場に釘付けにしようとしている殺気が四つ。逃げ場は無いぞと言葉無き圧力がマミーロフを逼迫させた。そしてマミーロフは、もう一つ用意されていた逃げ道を思い出し、銃口をこめかみに密着させた。
「やめろ!」
一足遅く、ニヤリと嗤ったマミーロフが健の目の前で引き金を引いた。飛び散る鮮血がマミーロフの絶命を示す。駆けつけた刑事達の誰もが絶句したまま、事件の静かな解決を目の当たりにした。