「G」vsディアボロス

〈事案発生時間軸〉


 それは余りにも突然で、衝撃的なものであった。
 不幸中の幸いは、全てが過去の出来事となり、彼を含めた世界は辛うじて再び歴史を刻む事ができていたことであった。
 しかし、世界、そして彼にとって、得難い余りにも重要かつ貴重な存在が2つも消失していたことに気づくまで、それほど時間はかからなかった。
 少なくとも彼は、恐らく最も歴史改変を体感し、今現在もこの世界で存在をしている数少ない存在の一人であった。
 すぐに彼らは事態の把握に動き出した。
 そして、報告が彼の元に届くまで時間は然程かからなかった。それ程までに、二つの内一つの与えた影響は重大であった。

――ゴジラが再び姿を消した。

 ゴジラは20世紀末に一度歴史改変によって消滅している。そして、新たに生まれた歴史に存在するのが、彼らの存在する時間軸であった。
 日本にかつて存在したG対策センターから発見された資料を元に発明されたタイムマシンは、歴史の真実の観察を可能とした一方、この時間軸の危うさを証明することになった。かつてこの時間軸が誕生したのと同様にタイムマシンで時間移動を行った者により、歴史が変えられるリスクが生じたのだ。
 その為、彼らのように時間軸の監視を行う存在が組織された。
 それが本来、彼らがこれまで歴史として信じてきた歴史であった。
 しかし、今は全く似て非なる状況となっていた。

「……入れ」

 扉のノックに気づき、彼は入室を促す。
 ここは彼の専用にあてがわれた部屋で、彼は机の奥でリクライニングチェアに深々と腰を下ろし、机とは反対、壁に設置されている本棚を眺めていた。

「局長、失礼します。遠野です!」
「よし、来い」
「はい!」

 組織で彼の直属の部下に当たる遠野亜弥香が入室し、彼の机の前に来る。まだ年若い女性職員ではあるが、その実力は確かであると認められている。

「報告か?」
「はい。ゴジラ及び、時間転移……タイムマシンのことで報告します」
「続けろ」

 彼は本棚に置かれた写真のない写真立てを見つめながら、片手を上げると彼の手元に資料が表示される。宙に紙束の様に現れた実体のないその資料を手に持ち、めくるように指を動かすと、資料もそれに応じて捲られ、写真は静止画のみでなく、動画や立体映像も含まれている。それらに目を通しながら、彼は亜弥香の報告に耳を傾ける。

「ゴジラは2009年を境に消滅。弥彦村に出現したのが最後の目撃となります。同時期に日本を中心に各地で怪獣の出現が相次ぎ、ゴジラ変異体と誤認されたガダンゾーアがゴジラの代わりに出現。後に同怪獣がゴジラを倒し、ゴジラの位置を奪ったことが判明しますが、ガダンゾーアは半世紀近く世界を破壊し、人類滅亡寸前まで陥っています。しかし、21世紀後期に人類は対G決戦兵器デルスティアの開発を成功させ、ガダンゾーアは活動を休止し、文明は復旧。幾つかの文化、技術、経済は起点時間軸よりも著しく停滞、または後退していることが確認されています。一方で、タイムマシンと呼称される時間転移装置は22世紀でなく、21世紀初頭に開発されている記録が存在し、当局管理の装置も当時の技術を復元したこととなっており、現存しています」

 亜弥香の報告を聞きながら、消滅したのはゴジラだけでないと思いつつ、デルスティアに関する情報を確認する。
 この時間軸でのデルスティアは人類最期の希望として防衛軍アメリカ基地で開発されたとされている。デルスティアは22世紀においても重要な技術であり、彼らにとって元の歴史にあたる起点時間軸においては20世紀末から21世紀にかけての飛躍的な科学技術の発展を生じさせるきっかけとなったメカキングギドラの技術でもあるM-LINKシステムの実践導入第一号機として記録されていた。
 この時間軸上でもそれは変わらない事実であるが、M-LINKシステムの基礎となった人工知能は、Gフォース史上最高の隊員とされた人物でなく、旧G対策センター内に保管されていたM-6アンドロイドに移植されていた頭脳から抽出されたデータによって作り出されたと記録されている。その頭脳の正体関しては記録が残されていないが、アンドロイドの頭部そのものは新潟県弥彦村で発見され、当時の防衛軍の中枢にいた人物によって2029年から保管が行われていたらしい。
 見終えた資料を手元から消失させると彼は、椅子を回転させて、亜弥香に向き合うと命じた。

「亜弥香。今からお前に任務を言い渡す」

 その言葉に背筋を伸ばす亜弥香。元々この報告を受けて亜弥香が任務に着任する予定であったのは知っているはずだが、やはり緊張をするらしい。
 彼女も当局同様にこうした事態に備えて日々訓練や勉強を続けてきたのだ。

「遠野亜弥香、これより次元転移による本事案の調査及び原因の特定、また事案の改善を行う任務を命ずる。本事案はGこと、ガダンゾーアがゴジラに成り代わったことと時間航行技術開発の大幅な前倒しによって生じている。その為、亜弥香にはその原因の調査を行ってもらうが、本事案の改善にはガダンゾーアへの対抗手段が不可欠となる。まず2029年へ行き、アメリカでデルスティアの開発の為の技術提供を行うと共に、日本の新潟県弥彦村へ行き、M-LINKシステムの鍵となる高性能アンドロイドを探し出し、その保護と協力の要請を行うことだ」
「はい。……あの、裁量権とかは?」
「あぁ、基本的に亜弥香に一任となる。また、当然ながら、これは極秘任務だ。今伝えた事柄以外の事項について、裁量権を与えると同時に当局は一切責任を負えないものもなる。……この意味、わかるな?」

 亜弥香は頷き、砕けた笑みを浮かべる。

「私がやらかしたら、懲罰対象ってことですね」
「懲罰で済むか、歴史を狂わせた極悪人として文字通り歴史に名を残すか、それとも英雄となるか、それを含めてすべては亜弥香、君に託す」
「了解です。必ず、何が起きたか明らかにしてみせます! では、準備が整い次第、出発します」
「うむ。頼んだぞ」

 亜弥香が退室すると、再び彼は椅子を回転させて本棚に置かれた写真立てに視線を向けて、先程亜弥香に言った言葉を反芻する。

「頼んだぞ、亜弥香」


11/43ページ
スキ